株式会社角川書店 角川大映撮影所ポストプロダクション棟新設工事

音空間事業本部 崎山 安洋、大野 隆三、大高 俊樹、上原 薫、葛西 信輔
DL事業部 竹下 真

1. はじめに

日本映画の故郷といっても過言ではない東京都調布市。その調布市に、2011年10月、角川大映撮影所ポストプロダクション棟がオープンしました。本撮影所は1933年に多摩川撮影所として建設され、いくつかの変遷を経て、2004年に角川大映撮影所となり、順次リニューアル工事が行われてきました。

今回のポスプロ棟工事は日本最大級の撮影スタジオ(Gスタジオ)工事とともに2010年に開始されました。

本撮影所では、これまでポストプロダクション作業(撮影完了後の音や映像の編集・仕上げ)は、外部のスタジオで行われていましたが、今回のポスプロ棟新設により撮影から仕上げまで一貫して行えることとなりました。

2. プロジェクトの概要

今回新規オープンしたポスプロ棟は隣接した撮影スタジオ(Gスタジオ)とともに撮影所正面入口に位置しています。それにふさわしい斬新な外観と武人像・大魔神像が目を惹きますが、見えない部分にも細かい配慮がなされています。

デザイン的に一見一つの建物のように見えるこの2施設は、ポスプロ棟がRC造(鉄筋コンクリート)、スタジオ棟がS造(鉄骨)と構造が異なり、建物間は防振材で縁が切られています。これは、セットを組む時など大きな音や振動が発生するスタジオ棟と、音を録音・編集するため静寂さが求められるポスプロ棟という、相反する性格をもった施設を両立させるために非常に有効な設計です。また、ポスプロ棟の音響諸室は床・壁・天井すべてがRCの躯体で囲まれている上、階高も十分確保されており、遮音に有利な造りになっています。

建物全体の設計施工は(株)大林組。当社ではこれからご紹介する音響諸室の遮音設計から音響内装工事全般、また家具工事の一部を担当させていただきました。

3. Dubbing Stage

3.1 概要

(諸元 : 面積114.0m2、天井高5.7m、完全浮構造)

ダビングステージでは、編集作業済みの映像を確認しながら音の最終仕上げを行います(Final Mix)。ここでいう「音」とはセリフ・音楽・効果音を指し、それぞれに編集されます。通常の編集室と大きく違うところは、映画館と同じような空間で作業するという点です。部屋の規模、スピーカ配置など、映画館を想定した空間となっています。

3.2 遮音構造

本撮影所で当社が施工した音響諸室は、防振ゴムを用いて床・壁・天井を躯体と絶縁した完全浮構造を採用しています。基本的な遮音構造は、コンクリート厚150tの浮床と石膏ボード15t×2層片面貼りの壁・天井(Gスタジオ側のみ更に高比重のダンピング材を追加)となっています。

出入口などの開口部を除き、周囲がコンクリートの躯体で囲まれている事、上下階の音響とは直接関係のない部屋の空調機器も防振ゴムを用いて吊られている事などから高い遮音性能と静粛性を実現することが出来ました。

3.3 室内意匠

今回の計画において特筆すべき点は、ダビングステージ(編集する部屋)と試写室(再生する部屋)の音環境を" 同じ"にした事です。編集室と同じ環境で作品を再生し、完成版を検定する事を理想として設計を進め(厳密には座席数の違いなどもあり少々差異もありますが)、壁・天井の形状、スピーカ配列がほぼ同じ双子の部屋が完成しました。

ダビングステージには、実作業を行うエンジニア以外にも、監督やカメラマン、時にはクライアントも訪れるため、コンソールを中心として前後にソファー席が用意されています。それぞれの場所でのスクリーンに対する視野の確保は当然のこと、快適に時間を過ごせるようなゆったりとした広さも要求され、床の段差数や高さの検討にはかなりの時間を費やしました。

壁と天井の表面は「布」で仕上げています。しかし、布の背面は、ただ単純な吸音面だけではなく、反射面も分散配置し、中高域の音響バランスを整えています。

3.4 音響の特徴

もうひとつ特筆すべき点は、シネマダビングステージ初!となる柱状拡散体の導入です。

リスニングカバーエリアの拡大とサラウンドスピーカのつながりの良さをポイントとして、計画初期段階のコンペでプレゼンを行いました。採用にいたる経過で、当社の拡散音場試聴室Sound Labにて柱状拡散体の音場を実際に体験していただきプレゼン内容を納得していただけた事、アドバイザーとして本プロジェクトに参加されたエンジニアの方が柱状拡散体の「効用」を既にご存知だった事、シネマダビングステージでの本格的な採用は初めてとなり差別化が図れる事などの点から、導入については即決でした。

両側壁と後壁のサラウンドスピーカの間に配列した柱状拡散体は、列柱廊のようにも見え、意匠的にも独特な雰囲気を醸し出しています。

今回、スクリーンスピーカはJBLの4wayスピーカが採用されています。機種選定に当たっては柱状拡散体と同様、Sound Labにて3種類のスピーカを仮設スクリーン越しに設置し、関係者一同でヒアリング。その結果、音が一番クリアーでナチュラルだったことから、このモデルに決定しました。

4. MA/ADR

4.1 概要

(諸元 : MA= 面積39.6m2、天井高2.6m、ADR= 面積24.5m2、天井高3.0m完全浮構造)

映像に合わせて音を仕上げていくMAルームと、アフレコやナレーション録りを行うADRは、ダビングルームの真上に隣り合って配置されています。両室とも広々としたスペースを明るく爽やかな色調でまとめており、居住性の高い空間になっています。長時間作業を行うことも多いMAルームでは大切なポイントです。

遮音構造はダビングステージと同仕様で、MA以外の音響諸室にも共通して空調騒音NC-15以下を確保しており大変静かな環境を実現しています。

4.2 室内意匠、音響の特徴

MAルームとADRとの隔壁には、より視認性を高めるため平面的に台形状になった大きな防音窓を設けています。鋼製枠が余計な反射音を生まないよう仕上げのクロスを巻き込むよう配慮しました。

正面のディスプレイ周りは黒色ジャージクロスで仕上げ、写りこみを防止。スピーカ台は鉄骨軸組の上、コンクリートを打設しており、台の下にサブウーハーを設置しています。

ADRのモニター台の下は収納スペース。こちらの壁の中も単に吸音材を充填するだけでなく、300角ほどにカットしたものをバランスよく配置することで、こういった部屋にありがちな耳が詰まる音場に陥らないように考慮しています。また、空調の気流が直接マイクにあたらないよう下がり天井の立上がり側に吹き出しを設けるなど工夫しています。

5. Foley

5.1 概要

(諸元 : 面積53.0m2、天井高3.1m、完全浮構造)

Foleyとは、映像に合わせて効果音を収録する部屋のことです。様々な小道具を用いて新しく音を創ったり、実際にあるものを鳴らして加工したりと一番"忙しい" 部屋といって良いでしょう。

この部屋は建物外観で特徴的な傾斜屋根の真下にあるため、部屋の1/4のスペースは、人が立てないような天井高さしかありません。通常ならデッドスペースとなるところですが、山のような小道具の収納場所として活用しました。

5.2 浮床構造

壁・天井の遮音構造はMAなどと同仕様ですが、浮床は少し特別なものになっています。Foleyは、室の目的から1階に固定床で造るのが理想的です。収録で一番多いものが「足音」のため、がっちり踏みしめられる地面が必要となるからです。しかし、今回は4階にある上に、遮音上、浮構造としなくてはなりません。防振ゴムを用いた浮床は、その特性上どうしても"ボワン"とした音になってしまいがちです。そこで、他室より100mm厚くコンクリートを打設し、鉄筋を配筋することで質量と剛性を高め、25mmの薄さで重量物に耐え、衝撃吸収能力の高い発泡ポリウレタン系防振材を採用することでその問題を解消しました。さらに水音を録る水槽があるため、完全な防水処理を施すなど盛りだくさんの浮床となりました。

5.3 室内意匠、音響の特徴

明るい色調でまとめられ、物を立てかけたり、ビスをもめるよう幕板を3段しつらえてあります。扉を入って左手にはキッチンセット、深い水槽と流し場、正面には砂や土、落ち葉などのピット、その上には着脱可能な鉄板などを数種類設置。右手には各種建具(鉄扉、アルミ扉、木扉、ふすま・障子、アルミサッシ)が備えられ、この背面が収納スペースになっています。また、建具の前には2種類の軸組みで構成されたフローリングの床があり、框を着脱することで自由自在に音色を変えられるようになっています。床の仕上げも、アスファルトや石、ビニルタイルなどさまざまです。

効果音エンジニアのアイデアが随所に盛り込まれており、様々な音を創り出せるたくさんの仕掛けがコンパクトながら使いやすく配置されています。床中心部のサークルは連続してキャリーを引く音が収録できる工夫です。水槽の4隅は大きなRを取り、水の余計な反射音が起きないよう工夫されています。障子等も撮影用のものと規格を揃えて、その内容に応じて簡単に入替できるようになっています。

Foleyでは、大きな音から小さい音、低い音から高い音、室内の音から屋外の音などさまざな音を収録します。音場設計には、静粛性が求められると同時に、自然な音場が要求されます。傾斜天井部分は、その傾斜を活かして50mmの薄い吸音層、水平な天井部分は、天井内部に吸音トラップと三角形状の拡散体を内蔵することで、吸音しすぎることなく、方向性のある反射音ではなく、拡散音場となるように設計してあります。

6. 試写室

6.1 概要

(諸元 : 面積114.0m2、天井高5.7m、完全浮構造)

試写室は、前述のとおりダビングステージとほぼ" 同じ" つくりです。座席数は64席(客席60席+コントロールデスク4席)の千鳥配置です。

空調吹き出し口は天井の両サイド、吸込み口は床にあり、効率的で温度分布も良好です(ダビングステージも同様)。この部屋もNC-15以下の性能を確保しています。

6.2 室内意匠

深みのあるグリーンを基調にしたダビングステージとは趣を変え、上品な紫をテーマカラーとしています。

各席でスクリーンに対する視野を確保するため、段床高さがまちまちになっているのですが、踏み面が広いためか、さほど気にならず座席数の割にはゆとりある雰囲気になっています。

6.3 音響の特徴

再生スピーカ・アンプは、ダビングステージとまったく同じシステムです。ダビングステージがコンソールアウトを入力するのに対し、試写室は様々な信号に対応するために、デジタルプロッセッサをセレクターとして使用している点が違います。

ダビングステージの調整後、試写室で音響調整中と同じ作品を聞いた際、「何か音が違うぞ」という場面がありました。機器搬入などのために、右側の柱状拡散体が養生されており、養生を外すと、なるほどダビングステージと同じニュアンス。思いがけず柱状拡散体の効果を再確認できました。

7. おわりに

今回のプロジェクトスタートは2011年1月。3月の震災では、幸い被害は無かったものの計画停電や資材不足など想像もしていなかった事態に遭遇し、頭を悩ますこともありました。しかし、撮影所の皆様の「絶対いいものを完成させるんだ」という熱意と、アドバイザーとしてプロジェクトに参加された経験豊富なエンジニアの方々の貴重なご意見の中に垣間見えた映画製作への愛情に励まされるように無事乗り切ることが出来ました。

最後に、本プロジェクトに関わったすべての皆様に感謝いたします。

お客様の声

スタジオはその特性上デッドな音場が多いですが、音は判断し易いけれど何かカサカサして心地の良い音とは言えず、また、生理的にも長時間居て心地の良いものではありません。劇場用ダビングステージは特に作業が長期間に亘ることも多く、居住性も重要なポイントでした。今回、柱状拡散体による拡散音場を取り入れたことで、過度な吸音をした従来の息苦しさから開放され、音響面においても音に自然な潤いが加わり、お客様・技術者双方にとって心地良く大変作業しやすい環境を実現していただきました。室内意匠もすばらしく、特注の作業デスクには柱状拡散体のパーツを使用してもらうなど統一感のあるデザインに大変満足しています。日本音響エンジニアリングの皆様には様々な無理難題に真摯に対応していただき、本当にありがとうございました。