京都大学大学院工学研究科 准教授 松井 利仁

1.はじめに

近年、道路交通騒音や航空機騒音を対象として、数多くの疫学調査が行われ、交通騒音によって心疾患を含む様々な健康影響の生じることが明らかにされてきました。本稿では、欧州WHO事務局が2009年に公表した「欧州夜間騒音ガイドライン」*1、および、2011年に公表した「環境騒音による疾病負荷」*2の概要を紹介するとともに、著者が日本音響エンジニアリング(株)と共同で行った、成田国際空港、および羽田空港を対象とした調査結果*3,*4から、健康影響に関連する結果の一部を紹介します。

2.「欧州夜間騒音ガイドライン」の概要

2.1 制定までの経緯

WHOは、1999年に公表した「環境騒音ガイドライン」*5の中で、既に交通騒音に起因する心疾患について言及しています。そこでは、24時間の等価騒音レベルが65~70dBの地域で心疾患が増加していること、閾値を定めるにはさらなる研究が必要であることなどが述べられていました。

その後、疫学研究の知見が充実したことにより、WHO欧州事務局が、夜間の騒音による睡眠妨害およびそれに起因する心疾患等の健康影響の防止を目的とした「欧州夜間騒音ガイドライン」*1を2009年に公表しました。

2.2 騒音評価指標

夜間の睡眠妨害について、1999年の「環境騒音ガイドライン」では、夜間の等価騒音レベルLnightと最大騒音レベルLAmaxを併用したガイドライン値を採用していました。しかし、「欧州夜間騒音ガイドライン」では、Lnightの年平均値という単一の指標が採用されています。

これは、2002年の欧州環境騒音指令*6で、騒音評価指標としてLdenとLnightが採用され、これらの指標に基づいた詳細な騒音マップが各国で作成されていたことなどの実務的な理由と、LAmax が覚醒などの短期的な騒音影響の評価に適した指標であるという理由に基づきます。

2.3 睡眠時間

「欧州夜間騒音ガイドライン」では、生活時間帯調査に基づいて、最低でも8時間の夜間時間帯を確保することが必要であるとされています。ただし、固定された8時間では50%の人口しか保護できず、80%を保護するには10時間の夜間時間帯が必要であると述べています。また、日曜日は平日の睡眠不足を回復するため、睡眠時間が1時間長くなることにも触れています。

なお、睡眠時間については、我が国でも同様な傾向であることが、総務省の調査などで明らかにされています。

表1 夜間騒音曝露量と健康影響との関連

Lnight,outside住民への健康影響
<30dB 実質的な生理学的な影響は生じない。30dBは影響が観測されないレベル(NOEL)である。
30-40dB 様々な睡眠影響が生じ始める。影響の程度は音源の特性や発生回数に依存する。高感受性群(子供、病人、高齢者など)は影響を受けやすい。しかし、影響の程度はそれほど大きくなく、40dBが悪影響の生じ始めるレベル(LOAEL)である。
40-55dB 健康への悪影響が認められ、多くの住民は生活を騒音に順応しなければならない。高感受性群ではより重度の影響を受ける。
>55dB 公衆衛生上、ますます危険な状態であり、高頻度で健康影響が生じ、相当数の住民が高度の不快感を訴え、睡眠妨害を受ける。心疾患のリスクが増加する知見がある。

2.4 量効果関係とガイドライン値

ガイドライン文書に示されている騒音レベルと健康影響との関係が表1です。40dBから健康に悪影響が認められ、55dB以上で心疾患のリスクのあることが記載されています。

表1に基づいて定められた最終的なガイドラインが表2です。子どもや高齢者、妊婦、交代制勤務者などの高感受性群を含むほとんどの住民を健康影響から保護するためのガイドラインとして40dBが定められています。また、様々な事由で短期間にガイドラインを達成できない場合の暫定目標値として55dBが提案されています。

暫定目標値は健康影響に基づいた値ではなく、実現可能性に基づいた中間目標に過ぎません。あくまで、政策立案者が例外的な地域に対し、一時的に適用して良い値であり、高感受性群の健康は暫定目標値では保護されないと述べられています。

なお、ガイドライン値の屋外Lnightで40dBという値を超える全ての地域で健康影響が生じると考えるべきではありません。Lnightは発生回数の少ない単発的な騒音による睡眠妨害を過小評価してしまう傾向があり、そのような騒音による睡眠妨害を防止するため40dBという比較的低い騒音レベルがガイドライン値として定められています。

なお、家屋遮音量として、少し窓を開けた状態の21dBという値が設定されています。遮音量が低い家屋では、さらに低いレベルから健康影響の生じる可能性があります。

表2 欧州夜間騒音ガイドライン
Lnight,outside
夜間騒音ガイドライン 40dB
暫定目標値 55dB

3. 「環境騒音による疾病負荷」の概要

3.1 騒音による健康影響のリスク評価の必要性

保健政策の優先順位を決めるための指標として、WHOはDALY(障害調整生存年)の利用を推奨しています。DALYは、疾患等による早世に基づく損失年数だけでなく、各種障害による損失を合計した指標で、各種障害については、障害の重度に応じた重み付けを行い、[障害発生数]×[障害の重度]×[治癒あるいは死亡に至る平均年数]の和を求めることで、社会全体での疾患や傷病による1年間の総損失年数を算出します。

「欧州夜間騒音ガイドライン」は、環境基準のような法的基準値を定める際の参考になりますが、環境政策の優先順位を判断するには、各種環境要因の健康リスクの高低を比較する必要があります。したがって、DALYのような社会全体での健康リスクを示す指標が判断根拠として有用です。

3.2 環境騒音による各種健康影響のリスク

表3に、欧州WHOが「環境騒音による疾病負荷」で示した、西ヨーロッパを対象とした交通騒音に関するDALYの推計値を示します。このうち、「アノイアンス(不快感)」は、WHOの健康概念(身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない)に基づいて、疾病負荷の項目として算入されています。

各々の項目について、騒音曝露量と反応率との関連性の知見、および2002年の欧州騒音指令により作成された騒音マップに基づく曝露人口の情報などから、環境騒音によるDALYを推計しています。欧州全体のDALYが算出されていないのは、騒音マップが未整備で、曝露人口の情報が得られなかった国があったためです。

表3の結果は、西ヨーロッパにおいて、交通騒音によって毎年100万年超の健康上の損失があることを示しています。睡眠妨害とアノイアンスによる損失が大部分を占めていますが、心疾患や子どもの認知力低下のDALYも環境要因による値としては決して小さい値ではありません。

西ヨーロッパと日本の交通騒音曝露の態様に大きな違いがないと仮定し、西ヨーロッパの人口が日本の3倍強であることに基づくと、我が国での交通騒音によるDALYは、300,000~500,000年と推定されます。比較のために、我が国の各種疾患のDALYの例*7を表4に示します。

交通騒音による健康の損失は、がんや精神神経疾患などと比較すると1/10程度に過ぎませんが、糖尿病や交通事故と同等の健康損失が生じていることになります。

また、我が国の環境要因によるDALY(日本の経済活動による海外での健康損失を含む)の推計値*8を表5に示します。交通騒音による健康損失は、DALYの値が最も高い大気汚染と同等以上になっていることが分かります。

表3 環境騒音によるDALYの推計値(西ヨーロッパ)
環境要因DALY(年)
心疾患 61,000
子どもの認知力低下 45,000
睡眠妨害 903,000
耳鳴り 22,000
アノイアンス 654,000
合計 1,000,000~1,600,000
表4 我が国における各種疾病のDALY推計値との比較
環境要因DALY(年)
交通騒音 300,000~500,000
がん 2,361,000
精神神経疾患 2,986,000
循環器疾患 2,156,000
糖尿病 654,000
道路交通事故 238,000
自傷および自殺 544,000
胃潰瘍/十二指腸潰瘍 31,000
HIV/エイズ 3,000
表5 我が国における各種環境要因のDALY推計値との比較
環境要因DALY(年)
交通騒音 300,000~500,000
大気汚染 270,000
地球温暖化 160,000
有害化学物質 31,000
光化学オゾン 13,000
オゾン層破壊 8,000

4. 成田国際空港周辺での疫学調査事例

本調査*3の主な目的は、航空機騒音による健康影響も含めた住民反応に関して、供用後約30年を経過したA滑走路と供用後間もないB滑走路とを比較するとともに、様々な騒音評価指標の妥当性を検証して、住民反応に基づいた適切な環境基準値を推定することでした。

質問紙調査は、成田国際空港北西地域を対象に、20歳以上80歳未満の住民を対象とした全数調査を、2005年10~11月および2006年10~11月に実施しました。調査票の総配布数は12,332部(回収率は約7割)で、解析では、同意書に署名があり、性別および年齢に回答のあった6,527部を利用しました。

身体的な健康影響に関する結果を図1に示します。GHQ-28質問票で得られた身体的症状(頭痛や体調不良などの不定愁訴)について、中度以上の症状を訴えている住民比率とLdenとの関連を解析した結果です。騒音感受性を推計する質問によって、回答者を高感受性群と低感受性群の2群に分け、Ldenが51~56dBの群を基準として、身体的症状を訴えるリスク(オッズ比)を95%信頼区間とともに図示しています。高感受性群において、統計学的に高度に有意なオッズ比の上昇傾向が検出されています。

図1 身体的症状と騒音曝露量との関連(A滑走路)
図1 身体的症状と騒音曝露量との関連(A滑走路)

次に、図1でオッズ比の上昇傾向が認められた高感受性群(Lden59~67dB)を対象に、身体的症状と各種生活妨害およびアノイアンス(不快感)との関連を分析しました。結果を図2に示します。睡眠妨害の頻度と身体的症状との間には高度に有意な関連が認められますが、聴取妨害との間に関連は認められません。また、アノイアンスの影響を調整しても身体的症状と睡眠妨害との関連に大きな変化はなく、アノイアンスと身体的症状との関連も認められませんでした。この結果は、身体的症状が主に睡眠妨害を介して生じていることを示唆しています。

成田国際空港では、夜11時から朝6時までは離着陸が行われていません。しかし、「欧州夜間騒音ガイドライン」でも述べられているように、住民の睡眠を保護するには、最低でも8時間の夜間時間帯が必要と考えられます。成田国際空港では7時間しか夜間の時間帯が確保されておらず、滑走路近傍では約半数の住民が週に1~2日以上の睡眠妨害を訴えていることも、調査から明らかになっています。

図2 身体的症状と各種生活妨害の関係
図2 身体的症状と各種生活妨害の関係

5. 羽田空港を対象とした浦安市での調査事例

羽田空港(東京国際空港)では、平成22年の再拡張に伴い、深夜早朝の時間帯(23~6時)に離着陸が行われるようになっています。着陸機の飛行ルートが浦安市の住宅地域近傍を通る計画であったことから、新滑走路供用前の平成21年度に、航空機騒音による睡眠妨害に関する調査*4を実施しました。

主な調査内容は、計画されている着陸コースを各種航空機が飛行した場合に生じる覚醒リスク(覚醒人口)を推計すること、および新滑走路供用前の質問紙調査(3,000人を対象)です。ここでは、覚醒リスクに関する結果を紹介します。

航空機騒音の実測値に基づいて、機種別の最大騒音レベルのコンターを推計し、その結果と地区別の人口から、覚醒人口を算出しました。騒音レベルと覚醒率との関係については、「欧州夜間騒音ガイドライン」を定める際に利用された関係式を採用しています。

図3に平成16年以降の飛行コース案を示します。これより以前には、浦安市上空が飛行コースになっていましたが、滑走路の角度が変更され、図のような飛行コース案が提示されました。

図4は、平成21年9月と平成22年2月の飛行コースを想定し、家屋遮音量として窓を開けた状態(10dB)を仮定して、機種別に1回の飛行による覚醒人口を推計しています。平成22年2月案では、平成21年9月案と比較して、覚醒人口が半分以下になっています。また、家屋遮音量を20dBとすると、覚醒人口がほぼゼロとなる結果が得られました。

図3 羽田再拡張における飛行経路の変遷
図3 羽田再拡張における飛行経路の変遷

図4 各飛行経路案での機種別覚醒人口
図4 各飛行経路案での機種別覚醒人口

6. 新たな評価指標の必要性

「航空機騒音に係わる環境基準」は、2007年に騒音評価指標がLdenに改訂され、2013年4月から施行されます。「現行基準レベルの早期達成の実現を図ることが肝要であり、騒音対策の継続性も考慮して、現行の基準値に相当する値とする。」として、約40年前の知見に基づいて定められた現行のWECPNLによる基準値がそのまま継承されることになりました。

しかし、1999年のWHO「環境騒音ガイドライン」では、Ldenに関して「住民の睡眠を保護するものではない。」と述べられており、Ldenでは睡眠妨害を評価できません。

「欧州夜間騒音ガイドライン」では、夜間の睡眠妨害が主因となって、心疾患が生じるとされています。航空機騒音による健康影響を防止するには、Ldenだけでなく、夜間の睡眠妨害を評価するための指標が必要です。当然、Lnightはその選択肢に入るでしょう。また、浦安市の調査で利用した覚醒確率や覚醒回数は、住民が理解しやすいという長所があり、住民とのコミュニケーションのために、DALYも含め、騒音影響そのものを示す指標の利用も今後は検討されるべきと考えられます。

7. おわりに

騒音は「感覚公害」に分類され、必ずしも健康影響の視点に基づいた騒音施策は行われていませんでした。欧州WHO事務局による「環境騒音による疾病負荷」に基づけば、非常に高い健康リスクが放置されてきたことになります。過去の公害事件や近年のアスベスト問題などの過ちを繰り返さないためにも、「欧州夜間騒音ガイドライン」を参考とした健康影響の基準値を早急に制定すべきです。

参考文献

*1 WHO EU : Night noise guidelines for Europe,(2009).(概要部分の和訳は以下のURL参照 http://otokankyo.org/docs/EUNNGL-summary.pdf)
*2 WHO EU : Burden of disease from environmental noise ― Quantification of healthy life years lost in Europe ―,(2011).
*3 成田市 : 地域の環境と生活に関する調査報告書,(2007).
*4 浦安市 : 平成21年度 東京国際空港(羽田空港)騒音影響の実態及び予測調査,(2010).
*5 WHO : Guidelines for community noise,(1999).(概要部分の和訳は以下のURL参照 http://otokankyo.org/docs/WHOsummary.pdf)
*6 EU : Directive 2002/49/EC relating to the assessment and management of environmental noise,(2002).
*7 WHO : Causes of death and burden of disease estimates by country,(2002).
*8 伊坪徳宏, 稲葉敦 : ライフサイクル環境影響評価手法 LIME-LCA, 環境会計, 環境効率のための評価手法・データベース, 産業環境管理協会(2005).

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