スタジオジブリの作り手が本当に伝えたい音と映像が体験できる
ジブリパーク「映像展示室オリヲン座」
©Studio Ghibli

愛知県長久手市の「愛・地球博記念公園」内に開園した「ジブリパーク」(日時指定予約制)。スタジオジブリ作品の世界観を表現した公園施設として話題を集め、2022 年11 月の開園以来、多数の来園者が訪れています。今回ご紹介する「映像展示室オリヲン座(以下、オリヲン座)」は、パーク内のジブリにまつわる数々の展示物が見られる「ジブリの大倉庫」の中にある映画館。約170 の座席が用意され、スタジオジブリ制作のオリジナル短編映画が観られます。

   

「オリヲン座」のコンセプト

日本音響エンジニアリングが「オリヲン座」のプロジェクトに参加したのは2018 年12月のこと。スタジオジブリ ジブリパーク事業部で施設担当リーダーを務める田島佑輔氏は、「日本音響エンジニアリングさんには、スタジオジブリの試写室造りに始まり、三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室『土星座』の建設でもお世話になっていて、『オリヲン座』についてもわれわれが希望しているものを造ってくれるだろうと考えていました」と、お声がけいただいたいきさつについて語ります。
スタジオジブリの試写室が造られたのは1999年のこと。作品の画と音を最終確認する場として、改修を重ねながら今日まで重要な役割を果たし続けています。見方を変えると、試写室は作り手が意図した画と音で作品を鑑賞できる環境であるとも言えますが、実は「オリヲン座」は、この試写室で監督たちが観た映像や聴いた音を体験できる場所にすることがコンセプトの一つとして掲げられているのです。

   

宮崎吾朗監督のスケッチを建築に

「オリヲン座」は、古きよきヨーロッパの劇場を思わせるアールデコ調の内装が印象的な空間です。スタジオジブリの宮崎吾朗監督が描いたスケッチを基に造られました。このスケッチが非常に精巧であったと、今回のプロジェクトを取り仕切った日本音響エンジニアリングの佐竹康は振り返ります。
「細部に至るまでスケール感はほとんど当初のスケッチどおりに造られています!」一方で、描かれたものを現実の建築に落とし込む上では苦心もありました。内装を担当した日本音響エンジニアリングの近藤直樹は「スケッチの色をどう再現するか、素材の質感をどうするか、想像力を働かせながらの作業でした」と語ります。
例えば天井。「オリヲン座」の天井は鮮やかな青に星が散りばめられたデザインになっています。
「1m 角ほどの板に星の大きさを変えて描いたサンプルを複数用意し、現地で天井の高さまで持って行って宮崎吾朗監督に確認していただきました(近藤)」
こうして、手探りとも言える作業を繰り返しながらスケッチを現実の建築に落とし込んでいったのです。
天井に画を描くことは、建築音響の面でも工夫が必要になります。
「画を描くための塗料を載せるためには一般的な試写室や映画館のように吸音する素材が使えないんです。ただ、三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室『土星座』も天井に画が描かれており、ほぼ同じ音場を経験していたので、今回も床と壁の調整である程度響きのバランスは取れるだろうと予想していました(佐竹)」
設計を担当した日本音響エンジニアリングの崎山安洋はこう語ります。
「フラットな天井面に対して床面は段床で斜めなのでフラッタリングエコーが生じることがないことと、スクリーン裏のメインスピーカーは指向性が制御できるためおかしな音にはならないだろうという見込みはありました。その上で、床下の空間に低域を逃したり、壁の表から見えない部分の吸音材を厚くしたり薄くしたりしてバランスを調整しています」

外光が差し込む丸窓が雰囲気を和らげる。上映が始まると遮光板で閉じる仕組み
                
遮光板が閉まった状態の丸窓
                 
アールデコ調の内装に合う金色が印象的
 
青をベースに星が描かれた天井
   

試写室クオリティの造り

建築音響の調整と並行して電気音響の検討も進行。試写室の改修や機材入れ替えに携わり、作品の音響作業にも立ち会うスタジオジブリ ポストプロダクション部 部長の古城環氏が担当されました。
「部屋の容積が大きかったので、サラウンドスピーカーもそこそこ大きいサイズのものが必要でした。初めは既製のスピーカーを金具で吊る方法が提案されていたのですが、圧迫感もあるだろうし、意匠的にも美しくないので、試写室と同じように壁に埋め込む形にしました」
スピーカーを斜め下に向け、かつ天面を天井と平行にするため台形のエンクロージャーをカスタムで製造し、後ろ半分が壁に埋め込まれています。こうすることでエンクロージャー内の容積を増して、低域を豊かにする効果を狙っています。
フロントのLCRもエンクロージャーはカスタム仕様。ロー、ミッド、ハイ、それぞれのボックスが分かれていて、個別に角度調節可能。先述した天井からの反射を抑えるためにツィーターのホーンは少し振り下ろすような形になっています。さらに、下段には大型のサブウーファーが4 台設置されています。
「バッフル面を天井から床まで全面的に作って、表面はすべてきちんと吸音もされています。LCR は、鉄骨軸組みの上にコンクリートを打設したステージの上に乗っている。ちょっとやそっとの音圧では揺るがないです。また、スピーカーはスクリーンぎりぎりまで近づけているのでスクリーン面での反射で音が モヤモヤすることもありません(古城氏)」
これらの仕様は、一般的なシネコンなどではほぼ採用されないものであり、まさに" 試写室クオリティ"。そこから生み出されるサウンドは、なかなか味わえない贅沢なものと言えるでしょう。宮崎吾朗監督のスケッチを再現した世界観とともに、ぜひ体験してほしい空間です。

 
壁半埋め込みのサラウンドスピーカー
 
バッフル面のフロントスピーカー
 
メインスピーカー
バッフル面の裏側
スタジオジブリ社屋内の試写室
前列左から、スタジオジブリの古城環氏、田島佑輔氏。後列左から、日本音響エンジニアリングの近藤直樹、崎山安洋、佐竹康
 
試写室写真・人物集合写真:八島 崇

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