音空間事業本部 崎山安洋 福村薫美 佐古正人

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1. はじめに

弊社は建築音響の専門会社として、音に関する部屋を通じて本当に良い音とは何か、どのようにすれば良い音になるかを、日々考え追及している。過去40年以上にわたり、レコーディングスタジオやオーディオルームなど、音を聴き評価を行う部屋を数多く設計・施工させていただいた。その際、レコーディングエンジニアやオーディオ技術者の方々と議論を重ね、時には長時間同じ音楽を聴き、今の音はどのように聞こえているか、この先音をどのようにしたいかについて意見交換し、どうすれば求めている音にできるのかを試行錯誤し、技術の蓄積を行ってきた。
音の良さを示す物理指標はなかなかないのではないだろうか。人が感じる味覚と同じように、人の心を動かし、音楽に感動できるような音環境については、数値化までは至っていない。人の耳で聴き分けることが、今の我々にできる評価方法である。一人一人の感性や好きなジャンルは様々だが、それぞれの人の「心を動かす音」は、確かに存在すると考えている。
そうした取り組みの中で、オーディオのポテンシャルを最大限に引き出し、最高の音場で音楽を再現できる部屋を目指し、今回、アキュフェーズ様の試聡室を造る機会をいただいた。今回の記事は、計画の概要から工事の流れ、部屋の音響設計の方針、出来上がった部屋に対するお客様のお言葉へと続く内容となっている。また、最後の1ページはオーディオ評論家の黛健司先生の部屋に対するご感想のページもある。この部屋がどのようにできていき、どのような部屋になったかを皆様にご報告する。

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2. 計画概要

アキュフェーズ株式会社は、今まで製品開発に使用していた試聴室に加え、本社に隣接して新築される第二社屋の最上階に、製品のプロモーションを主な用途とした新試聴室を計画した。製品倉庫や食堂などが設けられた第二社屋の最上階は、社屋設計の段階から試聴室にする目的で計画されており、高さもあり、遮音にも有利なようにRCの厚みも十分ある躯体設計で計画されていた。また、床スラブも下げられており、浮床でも打ち増しコンクリートでも対応できる状況であった。

3. 工事概要

当初のエ期は2020年3月末より着工し、約2か月後の5月未に完成、創立記念日の6月初から使用開始と定めて施工を開始したが、新型コロナウイルス感染症の影響で途中1か月ほどの休工期間を経て、6月末に完成にこぎつけた。
工事期間中も本社では通常業務が行われ、さらに第二社屋の運用も始まり、高価なオーディオ製品の搬入や、運搬車が多く行き交う中での工事となった。そのため、工事車両の出入りには十分な注意を払う必要があった。特に気を使ったのは、道路使用許可を警察に届け出て行った、新試聴室の床のコンクリート打設である。ポンプ車を正面道路につけ、屋上に配管を行ってのコンクリート打設は危険を伴う作業であり、第三者災害などのないように十分な注意をしての作業となった。その後の士間押さえも、季節的な問題もあって水があまり引かず、深夜まで続いた。
今回の計画では浮遮音層はなかったが、前述の床の嵩上げコンクリートや、固定天井、斜め反射壁設置など、通常の浮遮音層がある工事とさほど変わらない工事内容であった。約2か月のエ期中、最初の1か月で軽量・ボード工事、残りの1か月で壁内の吸音・反射処理を含めた仕上工事という内容となった。
内部の吸音・反射処理はこの部屋の音場を左右する重要な作業である。工場製作と現場製作による多くの部材を用いて適材適所に配置し、最後はお客様と共にスピーカーを持ち込み、音場を確認してから最終仕上の壁・天井をふさぐ作業に移った。
最終仕上のファブリック工事も終わり、最後に弊社独自開発の柱状音響拡散機構(AGS)をはめ込む作業を行ったのち、約2日間にわたるウォールナットのフローリング貼りで工事は一旦終了した。
この後、最も重要な作業である、本番の機材、スピーカーを用いた音響調整作業を行った。実際に使うスピーカーは、お客様に別室で音を鳴らし続けていただき、十分なエイジングを行ってから設置された。一緒に同じ音を共有して行う調整では、電気音響、建築音響の壁を越えて良い音の共有ができ、またお客様からは、部屋でこれほどまで音が変わるのか、と実感いただける機会にもなった。

4. 音響設計

試聴室新設にあたり、弊社の試聴室''Sound Laboratory''にお出でいただいた。その音場を体験していただいた後、新試聴室の計画案をご覧いただきながら、音場やその他についてご要望を伺った。建設中の新社屋図面で、試聴室が計画されているフロアの平面図・断面図を見ると、天井も高く、空間の大きさを活かしながら普段はなかなか造れない理想的な音響空間が実現できると思えた。ただ左右方向に比べて前後方向が長すぎるため、有効面積を少し減らして室寸法を適正化することをご了承いただき、間仕切壁を新たに造り前室を設けた。その天井内部に空調室内機と消音器を設置することで、低騒音の空調システムの実現も可能となった。
また、2面の躯体壁は屋外に面しているため、断熱と結露防止のために石膏ボードの新たな壁を設けた。遮音壁・遮音天井で構成した内寸は、低域の共振周波数を分散する寸法バランスとした。遮音層は21mm厚の石膏ボード2層とし、重量のある遮音壁·天井とした。第二社屋は遮音的に有利なRC(鉄筋コンクリート)造で、試聴室を新設するフロアは最上階の5階である。下階は食堂と流通倉庫であることから、建屋内に大きな騒音源・振動源はない。周辺環境は緑に恵まれた閑静な住宅街で、交通騒音なども特に大きくない。したがって、都心のテナントビルと違い、浮き遮音構造を取る必要がないと判断した。高遮音には浮き構造が必要だが、重量のあるしっかりとした固定構造の方が低域再生には良い条件となる。浮床の最低共振周波数は通常lOHzに設定するが、固定床だと数Hzの共振となり、低域再生の安定感とレスポンスの良さに有効となる。試聴室予定地の床レベルは一段下げてあり、浮床を造っても一般通路から段差なく仕上げられる造りになっていたが、コンクリート増し打ちとし、通常の約2倍の厚さのコンクリート床とした。
試聴室の音響計画は単純ではない。業務用スタジオは目的とする機能がほぼ同一であるのに対し、試聴室は、施主様は企業か個人か、設計開発用か観賞用か、大きさも様々であり、客先の業容や要望事項を伺わないと設計内容を絞り切れない傾向がある。今回は、響きは弊社試聴室ほどライブでなくややデッド、音質差が判別できるような解像度、没入感などの要望があった。その後、参考として既存試聴室の音場確認のために試聴をさせていただいた。同じ空間の音をお客様と一緒に聴き、相互に意見を交え、音響計画の骨子が固まった。
低域については、固有振動モードによる低域共振周波数が特定の周波数に偏らず、レスポンスの良い低域再生を目標とした。63Hz帯域の吸音処理はなかなか難しく、室寸法比を調整することで、共振周波数を分散した。125Hz帯域以上は、奥行きのある吸音層を適正配置して吸音処理を行った。中高域については、低域とのつながりの良い周波数バランスとすることを目標とした。また、フラッタリングなどの音響障害もなく、特定方向からの反射音が聞こえないように拡散反射機構を各面に分散配置した。響きについては、ライブ過ぎずデッド過ぎず、モニタールームよりは少しだけライブといった設定である。解像度については、音源の細かい内容が良く把握でき、演奏音と同時に収録会場(スタジオやホール)の響きも聞こえ、演奏家の表情が想像でき、2ch音源の再生でも、前後感、奥行き感があり、空気感のある音が再生されることを目標とした。各楽器の音像の輪郭がはっきりし、音像の大きさが適正で、上下方向の定位はスピーカー音響軸の高さにあり、各楽器やヴォーカルの左右の定位位置が判ることも重要である。
こうした内容は測定結果などでは表現できず、音響調整時の主観評価によって微調整作業を行う。人の聴覚機能は、細かい音の差を聴き分けることができ、同じ場でプロセスを追って聴いていただくと、聴感でこんなに変わるのかというほど再生音が変わったと言われることが多い。仕上げのファブリックを張る前の段階で仮スピーカーを設置し、中間時音響調整を行った。この段階では、音場に大きな問題がないかを確認し、最終的な音場を予想しながら仕上内部の音響バランスを整えた。今回は、8KHz帯域以上の音の伸びを考慮し、壁面の吸音材を少しだけ減らした。試聴室が完成し、用意されたスピーカーやアンプなどを精度良く配置し、完成時の音響調整作業が始まる。スピーカーには固有の特性があり、試聴室も同じものはなく、音響特性も異なる。両方の特性を踏まえて、スピーカーの設置位置と向きから調整開始。ステレオ音源(2ch) の再生でLch/Rchおよびファンタムセンター(ヴォーカル、ナレーションなど)の音像の大きさ/音像の輪郭/上下方向の定位/左右方向の定位が適正になるように調整。さらに、前後方向の定位、奥行き感、空気感、リバーブ感が判り、音も前に出るように調整した。低域/中域/高域の周波数バランスが良いように室内音響の吸音材・拡散材の配置バランスも微調整のレベルで少々修正した。音場の確認には、ステレオ音源は勿論、モノラル音源でも確認し、左右方向の音場の対称性を確認した。このような調整プロセスを経て、お客様にも評価していただける音場となった。

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5. お客様の声

第二技術部次長 猪熊隆也様より

オーディオ愛好家にとって、オーディオ機器だけでなく、それを鳴らす部屋そのものが重要であることは周知の事実です。オーディオメーカーはオーディオ装置を作る専門家ですが、部屋作りの専門家ではありません。音の響きを知識として持ってはいても、いざ部屋を作ってみろと言われれば、どうしてよいか分からず途方に暮れることになります。社内に新試聴室を作ろうとなったときに、自分達だけで考えたのでは所詮、既存概念から抜け出せないだろう、やはり餅は餅屋にということで、部屋作りのプロフェッショナルである日本音響エンジニアリング様にお願いすることにしました。こちらから出した要求は、モニタールームのような細かい音を聴き分けるためだけの部屋ではなく、誰が聴いても音楽が心地良く鳴る空間にしてほしいということでした。設計から工事過程でのデータ測定や音響調整、最後は耳で聴いてのミリ単位でのチューニング等の結果、完成した部屋は私達の期待を大きく超えるものでした。それは圧迫感のない、いつまでも居たくなるような空気感モニター用途としても十分に使えながら音楽そのものが豊かに鳴る空間です。今後は、この素晴らしい部屋からオーディオの本質を追求し、さらに一段高いレベルでの製品創りを目指していきたいと考えています。

アキュフェーズ新試聴室を「試聴」して
ー心地よい響きで、音の違いがよく判る一 黛健司

完成間もないアキュフェーズ新試聴室を訪ねた。新試聴室は2020年3月に完成した同社新社屋の最上階に位置している。アキュフェーズ本社は、東急田園都市線たまプラーザ駅からクルマで数分のところにあるが、幸運にも隣接する土地を取得することができ、ここに物流倉庫を中心とした施設をもつ新社屋を建設していた。当初、建物の竣工に合わせて試聴室を造る予定はないと間いていたが、2022年に創業50周年を迎えることもあり、齋藤重正会長(現相談役)の鶴の一声で起工が決まったようだ。それまで同社は、創業当時に造った試聴室をエンジニア自らが改良を加えながら使ってきたが、今度は実績ある専門業者に設計施工を任せることになり、日本音響エンジニアリングに白羽の矢が立った。
アキュフェーズ試聴室は50年近く前に基本が完成し、その後、さまざまな改良を受けてきただけに、オーディオ製品の音質の良し悪しを聴き分ける部屋としては、とても使いやすい(つまり、オーディオ製品の音の違いがよく判る)部屋だった。強いて言えば、もう少し広ければ、モニター用のスピーカー(B&W/800D3)がもっと朗々と嗚るだろうにとの印象はもってはいたが。アキュフェーズのエンジニアにしてみれば、現状の試聴室に大きな不満を感じていなかったこともあり、新試聴室の完成を急いでいなかったのだろう。しかしわたしは、新社屋建設を齋藤重正会長(現相談役)や伊藤英晴社長(現会長)、鈴木雅臣副社長(現社長)から聞いたとき、最上階に新試聴室用スペースは用意してあるとの話だったので、一刻も早く部屋を造るべきと進言しておいた。異なる環境の試聴室で自社製品の音を聴くことで、新たな発見があり、製品開発が加速するに違いないと確信したからだ。
けっきょく、新社屋建設と同時に新試聴室を造ることになった。それを知ったとき、他人事ながら嬉しく思うと同時に、どんな試聴室が完成するのか期待がふくらんだ。これで、アキュフェーズの音がますますよくなるに違いないと想像したからだ。
新試聴室を訪れたとき、わたしの想像は確信に変わった。素晴らしく音のよい試聴室が完成していたからだ。新試聴室の床面積は、従来試眠室の1.5倍程度だろうか。しかし天井高が従来試聴室より相当高いため、エアボリュウムは圧倒的に大きくなっている。従来試聴室は製品開発のための試聴を目的としていたため、やや響きを抑えたデッドな音響の部屋だった。しかし新試聴室は、遥かに響きのよい環境で、開発のための試聴はもちろんのこと、音楽鑑賞の場としても好適のように感じた。オーディオメーカーの試聴室としては珍しく、床面が高級フローリング材で仕上げられていることも、この響きのよさに貢献していると思う。そしてなにより、各所に上質な材料を使ったことで、部屋の響きに品格があり、中にいて気持ちがよい。試聴環境がよい、と言い換えてもいいだろう。こんな試聴室なら、仕事を忘れて何時間でも音や音楽を聴いていられる。鉄筋コンクリート構造の贅沢な造りのビルの中に設けられていることと、物流倉庫のための建物なので浮き床構造にする必要なかったことも好条件だったと思う。低域にクセがなく、再生可能な周波数レンジも十分広く、デッドすぎることなく、上質で心地よい響きが確保されている。まさに、理想的な試聴室と言える。
この完成度の高い試聴室が、音響の手直しをいっさい必要とせずに完成していることにも感心した。試聴室の設計施工は難しく、完成後、なんらかの音の手直しを必要とする例は枚挙にいとまがない。しかし、アキュフェーズ試聴室の場合は違った。最初からこの音、この響きを獲得したのだから見事だ。アキュフェーズ側からも「部屋の音」に関しては、なんの不満も出なかった、いや大満足の評価をもらったと聞く。日本音響エンジニアリングの試聴室設計施工の技術がいかに高度なものかを実証したと言っていいだろう。
新たな環培を得て、アキュフェーズのサウンドは飛躍を遂げるに違いない。そんな期待を抱かせる「音のよい」試聴室だった。

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