Acoustic Grove System ナチュラルで心地よい音場を実現するルームチューニング機構

営業推進部 山下 晃一、佐竹 康

1. はじめに

木々に囲まれた森の中は、とても心地よい音響空間だと言われています。部屋の中のように低音域がこもらないため"抜け"が良く、中高音域は適度な響きとなって心地よい、こうした森の中の特殊な音響効果は、多くの研究者たちを魅了し、これらの解明のため様々な研究が行われています。私たちもこうした森林の音響効果から着想を得て、オーディオ・リスニングなどのあらゆる音響空間にナチュラルで心地よい音場を実現する新しいルームチューニング機構、-Acoustic Grove System-(以下AGS)を開発しました。ここでは、その音響効果についてのご説明と、ご家庭でも手軽にAGSがもたらす音響効果をお楽しみいただくため、AGSが持つキー・エッセンスをコンパクトにまとめて製品化した-SYLVAN(シルヴァン)-についてご紹介いたします。

2. 森林の音環境に関する研究の変遷

森林の中を伝搬する音は、オープンな屋外や壁に囲まれた屋内とは違う、特殊な振る舞いをすると考えられています。森林の存在による騒音低減効果や、森林内の地面と木々による吸音効果、また森林の木々によって生み出だされる残響など、森林の音環境について、古くから様々な分野の研究者たちがそれぞれのアプローチで研究を行ってきました。残響について考えてみると、室内空間における残響は過去から十分な研究の蓄積があるのですが、屋外である森林でなぜ響きが生まれるのかというこの魅惑的な現象は、これまでの室内音響理論では説明がつきません。これは、広大な空間に奥深くまで連なっている無数の木々によって音が乱反射を繰り返すことによって、森林の響きが生まれると考えられているからです。

古くは、Kutruffが、森林の木々を3次元的な剛球とみなして、拡散方程式を解くことによって森林の残響予測式の解明を試みていますが[1]、工学的な応用にまでは至りませんでした。以降、国内外を問わず様々な研究者が森林の残響について研究に取り組み、日本でも佐藤ら[2-4]や宮崎ら[5]の研究によって、森林の残響の存在が測定によって明らかにされています。近年では、羽入らの研究によって、森林の広さや密度、及び径をパラメーターとして、確率過程であるウィーナー過程(ブラウン運動)という数理モデルを用いて残響メカニズムの解明を試みた成果が発表されています[6-11]。この成果によって、壁面の前に散乱体を高密度に配置することで残響が生じることを明らかにし、散乱体内に入射した音波をとどめながら徐々にエネルギを放出する効果を、"音の空間的なコンデンサ"という概念で提唱しています。

一方、電子や電磁波の分野では、ランダム媒質中で電子波が"トラップ"されるアンダーソン局在[12]という、特殊な波動の振る舞いがあることが知られています。当社では、森林の木々を模した2次元的なランダム散乱体の中に音波が"トラップ"されることで波動の局在現象が起こることを数値シミュレーションによって検証しています[13,14]

このような様々な研究の背景を踏まえ、どこからともなく聴こえてくる森の中の心地よい響きのような"ランダムネス"を探るところからAGSの開発が始まりました。

3. AGSがもたらす音響効果

森林の中のような音場は、広大な奥行があるからこそ実現可能であって、屋内の、しかもリスニングルームやスタジオなどの小さな空間でこのような音響効果を実現するにはどうしたらよいか。小さな閉空間特有の様々な音響的な問題を解決するためには、できるだけ"滑らかでランダムな音響抵抗"をもつ壁面の実現が出来ないか、と考えました。この発想から、数多くの円柱を表面から奥にいくに従って徐々に径を太くしながらランダムに配置することで、わずか60cmの奥行で、低音の抜けの良さと、癖のないナチュラルな響きをもたらす機構、AGSを開発しました(意匠登録済・特許申請中)。

写真1 AGSの
写真1 AGSの"柱の群"

AGSがもたらす音響効果は以下の3つで説明できます。

  1. 低域の"部屋鳴り"の抑制
  2. 中高域の癖のないナチュラルな響きの実現
  3. 部屋の用途に応じた吸音特性のコントロール

これら3つの効果により、オーディオ・リスニングにおいて、「クリアな音像」と「心地よい響きと音の拡がり」という、相反する要素を両立させることが可能になり、従来にはなかった斬新な音空間を実現可能にしました。ここからは、これら3つの効果についてご説明いたします。

3-1. 低域の"部屋鳴り"の抑制

リスニングルームのような小さな閉空間では、低音域で部屋の寸法に応じた定在波が起こります。いわゆる『部屋鳴り』と呼ばれる現象です。低域の"抜け"の悪さや、ブーミーな音場、狭い部屋独特の閉塞感は、この定在波の影響によるものです。一方、森の中では、閉ざされていない空間であるがゆえ、低域が理想的に"抜け"、空間の狭さを感じさせません。AGSは、小さい部屋の中でも"部屋鳴り"を感じさせない、"抜け"の良い低音再生を実現します。

これまでの定在波対策は、部屋の隅などに吸音体を設置する等の手法が一般的でした。しかし、実際には低域に対してはあまり効果がなかったり、音の艶や心地よい響きに関係する中高域が過剰に吸音されてしまう、という問題がありました。AGSでは、このようなデメリットを伴うことなく、低域の音場改善ができることが特長です。

図1 AGSによる定在波の緩和効果(平面図)
図1 AGSによる定在波の緩和効果(平面図)

図1 AGSによる定在波の緩和効果(平面図)

定在波による音圧のピーク・ディップは、リスニング位置によって低域の聴こえ方が大きく異なるだけでなく、同じ場所で聴いていても周波数によって聴こえ方に大きな差が生じます。例えば、ベースのある音程が大きく聴こえたかと思うと、別の音程がほとんど聴こえない、といったバランスの悪い音場になります。ここでは模型実験の結果を用いて、AGSの効果を説明いたします。

図1はAGS設置による定在波の改善効果を表したものです。横7.1m、縦5.0mの直方体の部屋で、「音源SP」位置を音源とした際の、AGS設置前(上段、四面とも壁面)・設置後(下段、一面にAGSを設置)における音圧分布(80Hz)を測定した結果です(縮尺模型実験結果。室寸法、周波数は実物換算値)。AGS設置前後の様子を比較すると(青色破線で示す範囲)、設置後には音圧のピーク・ディップが部屋の一面だけに設置されたAGSにより大幅に緩和されている様子がわかります。

3-2. 中高域の癖のないナチュラルな響きの実現

リスニングルームやスタジオなどの音響設計には、響きの量を調整するため、反射面と吸音面の組合せによる手法がとられることが一般的です。しかし、反射と吸音という音響的に不連続な境界によって反射音に特異な特性が生じるため、特に狭い空間では壁までの距離が近くなるので、聴く位置によって音色が大きく変わって聴こえたり、不自然な音場となることがあります。一方、森の中では、自然界のランダムな木々の配置によって複雑に乱反射を繰りかえすことで生まれる響きによって、どこにいても違和感なく心地よく聴こえます。AGSは、壁面によって起こる強い反射を吸音によって抑制するのではなく、"キメの細かい散乱波に変換して"あらゆる方向へ返すことで、リスニング位置によって差が少ない、癖のない自然な音場をもたらします。

図2は、2つの壁面の反射性状を差分法によるコンピュータ・シミュレーションによって解析した結果です。左の図は硬くフラットな壁面による鏡面反射、右の図はAGSによる散乱の様子を表しています。鏡面反射では、直接音と波面が揃ったレベルの強い単一の反射波が返っていく様子が分かります。一方AGSでは、特定の方向に強い反射波を生じることはなく、レベルの小さな散乱波がランダムな時間遅れを伴って徐々に現れ、あらゆる方向に拡がっていく様子がわかります。

鏡面反射のような強い反射音は、リスニングルームなどの小空間では直接音との時間差が短いため、直接音と融合して色づけされた"癖のある音"として聴こえることがあります。逆にホールなどの大空間では、直接音との時間差が長くなるため、フラッターエコー等の音響障害を引き起こす要因となります。こうした現象は音源本来の正しい評価を妨げるため、音創りの現場では、極力このような反射を排除するために吸音性の音場が求められてきました。吸音処理された空間を専門用語では"デッド(dead)な"音場といいます。反対に響く空間は"ライブ(live)な"音場といいますが、これらの反射音を避けるために過剰な吸音処理をおこなうと、音を楽しむ空間としては、つまらないと感じる空間になりがちです。

図2 フラットな面とAGSの反射シミュレーション
図2 フラットな面とAGSの反射シミュレーション

写真2 無響室実験の様子(単板) 写真2 無響室実験の様子(AGS)
写真2 無響室実験の様子(左:単板、右:AGS)

図3 応答エネルギの時間変化(上:単板、下:AGS)
図3 応答エネルギの時間変化(上:単板、下:AGS)

コンピュータ・シミュレーションのデータを検証するために、実物のAGSにおいても反射特性を計測しました(写真3)。図5は、硬くフラットな面とAGS、それぞれの実測した応答のエネルギの時間変化を表しています。フラットな面では(図5上段)、シミュレーション同様、鏡面反射によるレベルの大きな反射音がみられます。このように直接音とのレベル差がない反射音は先に述べた通り音質に悪影響を及ぼします。さらに一度壁面で反射した音は、音源スピーカのキャビネットとの間で、何度もフラッターエコーを発生させている様子も確認できました。わずか20cm×40cm程度のキャビネットでもこれだけ音を反射していることに驚かれるのではないでしょうか。

一方、AGSの場合(図5下段)は、レベルの強い単一の反射音はみられません。直接音に比べはるかにレベルの小さな反射音エネルギが時間的に分散して緩やかに減衰していく様子が分かります。このような特性により、直接音のクリアさを損なうことなく、癖のないナチュラルな響きとなると考えられます。もちろんフラッターエコーも発生していません。

3-3. 部屋の用途に応じた吸音特性のコントロール

音作りの現場であるスタジオ、音楽を楽しむリスニングルームのような空間とでは、部屋に求められる吸音特性が異なります。これまでは、反射面と吸音面の面積配分によって"デッド"から"ライブ"まで音場を用途に応じた吸音特性の調整が行われてきました。

吸音材料の代表にグラスウールなどの多孔質材が挙げられます。これらの吸音材料は一般的に低域よりも高域の吸音力が大きいため(図6黒線)、特に狭い部屋でこのような吸音材を多用すると、低域は吸音されずに高域ばかりが吸音されて、低域の抜けが悪く直接音の高域が耳についてしまいます。このことは、長時間聴いていると疲れる原因の1つともなっていました。この右肩上がり吸音特性を補おうとして、反射面の面積を増やしていくと、部屋全体の平均的な吸音特性のバランスを整えることはできますが、局所的にみると、先ほど述べた通り、リスニング位置によって反射音の特性が大きく変わるため、癖のある音場になってしまいます。

AGSの場合、表面上に出てくる音響的にハードな面が少なく、奥行き方向で徐々にその割合が滑らかに変化するデザインとなっています。そのため、壁面を反射面と吸音面とに分けることなく、低域から高域まで広い帯域にわたってほぼフラットな吸音特性を得ることができます(図6赤線)。

更に、AGSに吸音材を組み込むことによって、周波数バランスを崩すことなく吸音率を調整できるため、音創りのための空間にも、音を楽しむ空間にも、それぞれに合った吸音特性にコントロールすることが可能となります(図7)。

図4 グラスウールとAGSの吸音特性
図4 グラスウールとAGSの吸音特性

図5 AGSと吸音材の併用による吸音特性の制御
図5 AGSと吸音材の併用による吸音特性の制御

4. AGSの導入事例と製品ラインナップ

4-1. AGSの導入事例

AGSの原点となる機構がすでに国内のサラウンドスタジオで採用されています。「精密な"音像定位"と音の"自然なつながり"の両立」を実現するため、AGSのコンセプトを中核とした音響設計・施工がなされ、多くの方々から、自然な響きと解像度が両立し、リスニングエリアも拡大して、閉塞感からも開放される空間、といった評価をいただいております。

4-2. Acoustic Grove System -SYLVAN-

AGSは、これまでのいわゆる吸音層と呼ばれる音響内装の替わりに設置することを想定しています。部屋の状況や用途に合わせて綿密な音響設計を行い、最適なAGSの配置検討を行うことで理想的な音場をご提供いたします。また、AGSはユニット型に製作することも可能ですので、新築や改修時はもちろん、既存の部屋に設置することも可能です。

しかし、もっと手軽にAGSがもたらす新しい音響効果を楽しんでいただくことできるように、AGSが持つキー・エッセンスをコンパクトにまとめて製品化したのが-SYLVAN-です(写真4)。

写真3 Acoustic Grove System -SYLVAN- (意匠登録済)
写真3 Acoustic Grove System -SYLVAN- (意匠登録済)

SYLVANは横幅約40cm、奥行約20cm、高さ約140cmというコンパクトな中に、円柱群を入念な音響検討を元にランダムに配置し、室内に適度に自然な響きをもたらします。

リスニングルームの"音の拡がりや奥行き感"などの聴感印象の向上に、スタジオ調整室のガラスなどによる音像への影響の軽減効果(写真6)に、また、楽器の練習室やヴォーカルブースなどの響きの改善(写真7)に、このSYLVANは少ない本数でも様々な用途の音場改善を実現します。

写真4 リスニングルームでの使用例
写真4 リスニングルームでの使用例

写真5 スタジオ調整室での使用例
写真5 スタジオ調整室での使用例

写真6 スタジオ・ブースでの使用例
写真6 スタジオ・ブースでの使用例

5. おわりに

私たちは長年にわたり放送局、レコーディングスタジオ、音楽ホールといった音作りの現場、つまりプロフェッショナルの現場で音響設計、施工に携わってきました。音作りの現場の中でも、特に音をモニターする環境では、音像定位やクリアな直接音を優先し、部屋による色付けを極力排除した比較的"デッドな"音場となることが主流となっていました。

一方、純粋に音を楽しむ、心地よく音楽を聴きたい、という立場からすると、"デッドな"音場はあまり好まれないため、リスニング環境では、どちらかというと豊かな響きの"ライブな音場"が主流でした。

このように、これまではプロフェッショナルとオーディオ・ファンが求める理想の音場は別々の方向を向いていると思われていましたが、AGSによってもたらされる、低域の抜けの良さと、中高域の癖のない自然な響きによって、「クリアな音像定位」と「心地よい響きと音の拡がり感」の両立が実現することで、音作りの現場と音を楽しむ人々の両方が求めている理想を繋ぐ架け橋となるような新しい音場がご提供出来るのではないか、という思いを強くしています。

写真7 弊社本社試聴室に設置されたAGS-SYLVAN-とNESモニタースピーカシステム
写真7 弊社本社試聴室に設置されたAGS-SYLVAN-とNESモニタースピーカシステム

私たちは、このような新しい音場を、プロ・アマ問わず多くの方々に体験していただきたいと考え、本社試聴室にAGSを設置し自由に音楽を聴いていただける環境を用意しました(写真8)。実際に聴いていただき、率直な印象をお聞かせいただければと考えております。是非、AGSがもたらす斬新な音場を体感してください。

AGS試聴お問合せ先:営業推進部 山下・佐竹
電話番号:03-3634-7567
e-mail:ags@noe.co.jp

参考文献

  1. Kuttruff,H Acustica, Vol.18,pp.131-143(1967)
  2. 佐藤伸一他、建築学会講梗集P39(1995)
  3. Sakai,H.,et.al,J.Acoust.Soc.Am.,104,1497, (1998)
  4. Sakai,H.,et.al,J.Acoust.Soc.Am.,109,2824 (2001)
  5. 宮崎秀生他、建築学会講梗集p221(1996)
  6. 鎌倉貴志他、建築学会講梗集p55(2001)
  7. 佐藤浩史他、建築学会講梗集p57(2001)
  8. 西水流大典他、音講論p1039 (2004.9)
  9. 羽入敏樹他、建音研資料AA2005-30(2005.7)
  10. 羽入敏樹他、音講論P901(2007.3)
  11. 堀尾貞治他、建築学会講梗集p267(2007.8)
  12. Anderson,P.W.,Phys.Rev,109,14920-1505(1958)
  13. 石塚崇他, 建音研究会資料 AA2006-33 (2006.10)
  14. 鶴秀生他、日本流体力学会,CD-ROM (2007.8)
  15. Huisman,et.al,J.Acoust.Soc..Am.,90,2664, (1991)
  16. Nakasako,N.,et.al,Acoust.Sci.andTech.,26,374377 (2005)
  17. Swearingen,et.al,J.Acoust.Soc..Am.,122,119, (2007)