ソリューション事業部 早川 篤
1. はじめに
ご自宅の新築やリフォームを機に「自宅で遠慮なく音楽を聴きたい」「ピアノを弾いてみたい」「映画を楽しみたい」といった希望をお持ちの方が多いのではないでしょうか。木造住宅でも気兼ねなく音楽を楽しむにはどうしたらよいか、という相談を数多くいただきます。我が国の一戸建では木造住宅が主流ですが、大きな音が出る「プレイルーム」を設けることに多くの方が不安を感じているのだと思います。
木造住宅はRC造と比較すると遮音性能で劣るとは言え、周辺環境や生活条件とのバランスに配慮し、部屋の使い方を工夫すれば、音を楽しむ空間を作り出すことは十分可能です。市販の防音ボックスを後々設置するのもひとつの方法ですが、部屋の間取りや印象と調和した音響空間の方が、使い勝手、デザインともに馴染むだけでなく、防音ボックスにはない、楽音の深い音色や響きを楽しめることなど大きなメリットがありお勧めです。そこで、今回はピアノ練習室などを例に挙げて木造住宅の遮音設計についてご説明します。
2. 一般的な木造住宅の遮音性能
木造住宅の外壁構成は、工法により多少異なりますが、基本的に外壁側のパネル(サイディングや合板)部と屋内側のパネル(石膏ボードや合板)の二重壁構造となっています。その中空層には断熱材が充填され遮音的にも多少有利に働きますが、それでも外壁の遮音性能は一般的にD-35~40程度です。最近の高気密型マンションの場合、窓サッシの部分を除くコンクリート壁部分ではD-50以上あることと比べますと木造の外壁の遮音性能は少し不安が残ります。参考として隣接する壁の遮音性能の目安として集合住宅の遮音等級と適用等級を表-1に、室間平均音圧レベル遮音等級と住宅における生活実感との対応の例を表-2に示します。音源室、受音室の状況、周辺環境によっても異なりますが、D-40程度ですと会話程度の音が少し聞こえるレベルですから、外部からの音が気にならず、ピアノ等の音が外部でほとんど聞こえない程度の遮音が必要とされる場合、D-55以上は必要と考えます。
建築物 | 室用途 | 部位 | 運用特級 | |||
特級 | 1級 | 2級 | 3級 | |||
集合住宅 | 居室 | 隣戸間界壁 隣戸間界床 |
D-55 | D-50 | D-45 | D-40 |
運用特級 | 遮音性能の水準 | 性能水準の説明 |
---|---|---|
特級 | 遮音性能上とくにすぐれている | 特別に高い性能が要求された場合の性能水準 |
1級 | 遮音性能上すぐれている | 建築学会が推奨する好ましい性能水準 |
2級 | 遮音性能上標準的である | 一般的な性能水準 |
3級 | 遮音性能上やや劣る | やむを得ない場合に許容される性能水準 |
日本建築学会編 建築物の遮音性能基準と設計指針第2版より
遮音特級 | D-65 | D-60 | D-55 | D-50 |
---|---|---|---|---|
ピアノ、ステレオなどの大きい音 | 通常では聞えない | ほとんど聞えない | かすかに聞える | 小さく聞える |
テレビ、ラジオ、会話などの一般の生活音 | 聞えない | 聞えない | 通常では聞えない | ほとんど聞えない |
生活実感、プライバシーの確保 | ピアノやステレオを楽しめる機器類の防振は不可欠 | カラオケパーティ等を行っても問題ない、機器類の防振が必要 | 隣戸の気配を感じない | 日常生活できがねなく生活できる、隣戸をほとんど意識しない |
遮音特級 | D-45 | D-40 | D-35 | D-30 |
ピアノ、ステレオなどの大きい音 | かなり聞える | 曲がはっきりわかる | よく聞える | 大変よく聞える |
テレビ、ラジオ、会話などの一般の生活音 | かすかに聞える | 小さく聞える | かなり聞える | 話の内容がわかる |
生活実感、プライバシーの確保 | 隣戸在宅の有無がわかるがあまり気にならない | 隣戸の生活がある程度わかる | 隣戸の生活がかなりわかる | 隣戸の生活行為がよくわかる |
遮音特級 | D-25 | D-20 | D-15 | 備考 |
ピアノ、ステレオなどの大きい音 | うるさい | かなりうるさい | 大変うるさいそのまま聞える | 音源から1mで90dBA前後を想定 |
テレビ、ラジオ、会話などの一般の生活音 | はっきり内容がわかる | よく聞える | つつぬけ状態 | 音源から1mで75dBA前後を想定 |
生活実感、プライバシーの確保 | 隣戸の生活行為が大変よくわかる | 行動がすべてわかる | 遮音されている状態ではない小さな物音まで聞える | 生活行為、気配での例 |
室内の暗騒音を30dBA程度を想定していたため、暗騒音が20~25の場合には、1ランク左に寄ると考えた方がよい。 特に、遮音特級がD-65~D-50の高性能の範囲では、暗騒音の影響が大きく2ランク程度左に寄る場合もある。
日本建築学会編 建築物の遮音性能基準と設計指針第2版より
3. 遮音計画
設計計画時に遮音性能を決める際の目安となる手順は以下のとおりです。
(1)用途の絞込み
せっかく専用のプレイルームを作るのだからと、ピアノ演奏ができるだけでなく、オーディオルーム、ホームシアターとしても使いたい。こうした要望を持つお気持ちは理解できますが、用途を絞り込む方がコスト面で有利ですし、使い勝手や音響性能もよい部屋になります。
(2)楽器の種類
スタンドなどを介して床に接する楽器(例えばピアノ、ドラム)か、手持ちで使用され楽器自体が床に直接接触しない楽器(例えばバイオリン、サックス)かを分類します。構造物に伝わる振動の大小が判別できます。
(3)音の大きさと周波数特性
木造の遮音構造は、コンクリートやブロックのような重い材料の構造とは異なり、どうしても低音域の遮音量が不足気味になります。ピアノ演奏などは問題ありませんが、低域の音量が大きい楽器は、外壁に接しない場所に部屋をレイアウトするといった工夫が必要です。
(4)音量がコントロールできるかどうか
オーディオやホームシアターといった電気的に音量を調整できる場合と楽器演奏のようにある程度の音量以下には下げられない場合で分類します。大音量にも耐えうる遮音層が理想なのですが、高性能=高価格がお客様にとって最善とは言えません。設計段階ではお客様とお話をしながら、部屋の大きさ、使用される時間帯、周辺環境、家族構成、ご予算などから遮音構造を絞り込んでいきます。
4. 外部への音の配慮として
出来る限り大音量に対応出来るように、防振ゴムなどを用いて振動が建物全体に伝わらないようにする遮音構造である「完全浮構造」をお勧めしています。室外、室内ともこの遮音構造を設けることによって、より安心な音環境を確保することができます。外部への音漏れの配慮として、壁、窓、換気口などの開口部がありますが、プレイルームの場合、遮音性能は、少なくともD-50(コンクリート壁と同等)理想はD-70程度必要だと考えています。
(1)外壁
外壁単体の遮音量では心細いので、外壁のパネルに石膏ボードなどを貼り増し遮音補強を行います。木造の場合、梁、間柱などの凹凸も沢山ありますので、施工時には、隙間なくボードを貼るような細かい配慮が必要になります。
写真1 壁と天井の隙間
(2)窓
ペアガラスなどの断熱サッシが一般的ですが、遮音面からは窓をなくして壁のみにするのが理想です。しかし、外光を部屋に入れたい、楽器演奏をしないときには外の景色を楽しみたいはずです。そのため外壁側に取り付けられているサッシに加えて部屋内側に防音サッシを取り付けることで遮音性能を確保しますが、窓の間を吸音したり、外部のシャッターなどを組み合わせれば、コンクリート壁程度の遮音性能を確保できます。小さめの音量でリラックスして音楽を聴くときは外の風景を楽しみながら、また、ピアノを集中して練習したい時は外側のシャッターも閉める、といった使い方もできます。
(3)換気口などの外壁の開口部
住宅では24時間換気が義務付けられています。プロ仕様のスタジオで用いられる外部にほとんど音が漏れない特殊なダクトを取り付ける方法もありますがそれなりのコストを要します。多少音が漏れても支障が少ない自宅内部の廊下側にダクトを配置することで、低コストで外部への音漏れを低減する方法もあります。出入口の防音扉も100%音をシャットアウトできるものではありませんので、扉からの音の漏れ具合に比べ差が無いレベルまで下げられればそれほど気になるものではありません。
5. おわりに
今回は木造住宅で音を楽しむプレイルームの遮音設計についてご説明しました。高い音響性能の確保も大切ですが、ご家族が利用される場合、使い勝手が悪いとただの物置となってしまいますので、私たちはお客様の住環境に調和した音響空間をご提供できるよう心がけております。