平面マイクロホンアレイOTARを用いた音源探査技術 自動車風洞実験での活用事例

ソリューション事業部 田中 菜津

1. はじめに

私たちは2003年より、カメラとマイクロホンアレイを備えたセンサーを用いて、カメラ画像とマイクロホンアレイによる音源探査結果を重ね合わせることにより、遮音の弱点部位などを探査する音源探査システム"Noise Vision"を開発、販売してきました。これまでは、車室内などの閉空間で音源探査を行うため、図1左のような球形タイプの全方位型センサーを提供してきましたが、2010年、車室外から風騒音の発生源を探査するため、遠距離からでも高精度に音源探査分析が可能な平面マイクロホンアレイOTARをリリースしました。また、仮想リファレンス解析機能という画期的な機能も新たに搭載し、相対的に弱い音源の解像度を高めることができるようになり、より充実したシステムとなりました。本稿では、システムを導入頂いた日産自動車株式会社様風洞施設での風騒音源分析例をご紹介したいと思います。

2. 平面マイクロホンアレイOTARとは

自動車における風騒音とは、走行時、車両が気流の中に存在することにより発生した風切音が車体を透過して車室内で聞こえる音を指します。高速道路などで高速走行した際、横風が吹いたときに発生するバサバサという音や、窓の周囲に耳を近づけたときに聞こえるシューッという、あの音です。とはいえ皆様の実感として、特に街中を走行しているときなど、そういった風騒音が気になることはあまりないかもしれません。それもそのはず、こういった風騒音を低減するため、各自動車メーカーは、実走行でのテストだけでなく、停止状態で車体に風を当て高速走行をシミュレートし、実験的検討を行うことにより、車室内の騒音低減を図っているためです。こうした風を当てることができる評価用の施設は" 風洞" と呼ばれます。風洞実験の最大の目的は空力性能のテストで、自動車では燃費向上や走行安定性向上のために欠かせません。しかし近年では、今回ご紹介するような風騒音のテストも広く行われており、風が吹いている状態でも非常に静かな" 低騒音風洞" が使われています。このような風洞実験設備は、自動車メーカーだけでなく鉄道会社や建設会社が所有しています。

さて、風騒音の解析でまず問題となるのは" 風" です。当然のことながら、風洞内は高速で風が流れており、風に非常に弱いマイクロホンには大変厳しい環境です。このため、マイクロホンアレイは風の影響が小さい、車体から遠く離れた位置に設置するという前提条件のもと、高い音源解像度が求められます。これを実現する一つの解が、平面マイクロホンアレイOTARです。OTARは、曲線状と直線状のマイクロホンアレイモジュールを組み合わせることにより、マイクロホン数を少なく抑えながら、高い精度の音源探査性能をもつマイクロホンアレイシステムです。

図1 全方位型センサー(左) 図1 新開発センサーOTAR
図1 全方位型センサー(左)と新開発センサーOTAR(右)

3. OTARによる風騒音源分析例

OTARを用いた風騒音源測定の一例を図2に示します。図中の赤くなっている部分が強い音源として同定された部分です。ホイールハウス(タイヤ用のスペース)部分や、ミラー周辺に風騒音の発生源があることがわかります。また、図3は、一種の異常音が発生している場合の分析例で、その主な発生源がミラー周辺であることがはっきりわかります。こういった結果が、車から4~5m離れたところから得られることがOTARを使う一つの大きなメリットと言えます。

図2 音源探査結果の一例(風速100km/h,2kHz)
図2 音源探査結果の一例(風速100km/h,2kHz)

図3 音源探査結果の一例(風速100km/h,2.5kHz)
図3 音源探査結果の一例(風速100km/h,2.5kHz)

4. 音源可視化精度を向上させる仮想リファレンス解析

風騒音は、音源探査結果の一例にも示したようにミラー、ホイールハウスなどさまざまな場所で発生します。しかし、音源から車室内への伝達特性を考慮すると、物理的に強い風騒音源が車室内に対して寄与が大きいとは限りません。一般に、車室内に対してはミラー周辺の影響が大きいと考えられており、効果的な対策を行うためには、ミラー周辺の音源をより精度よく分析する必要があります。図2、図3の分析結果はマイクロホンアレイで測定された音をそのまま分析した、"ありのまま"の音源探査マップです。マイクロホンアレイに入射する音はさまざまな方向から到来する音の情報が含まれており、これを分析すると、マイクロホンに入射する全ての音の発生源を探ることができます。これを"トータルフィールド分析"(以下TF分析)と呼びます。これに対し、今回はミラー周辺で発生した音だけに注目するため、信号処理技術を用いてマイクロホンアレイに入射する音の情報をミラー周辺方向から到来したもののみに限定することを考えました。仮に他の部位から発生する音の影響を排除でき、ミラー周辺から到来した音のみを分析対象とできれば、ミラー周辺の音源を高精度で同定できるためです。これをTF分析に対して"パーシャルフィールド分析"(以下PF分析)と呼びます。ミラー周辺の音の情報のみを取り出すには、ミラー周辺から発生する音とマイクロホンアレイで測定される音の相互相関を利用した分析を行います。

今回のPF分析の成否は、いかに忠実にミラー周辺の音の情報を得られるかにかかっています。このような場合、音源情報を取得するため、実際にマイクロホンをミラー周囲に設置することが考えられますが、あらかじめ音源の位置がわかっていなければ、設置位置に誤りが生じ、必要な情報をとりこぼしてしまいます。そこで、今回私たちは、オリジナルの技術である"仮想リファレンス信号"を応用しました。簡単に言えば、ミラー周辺の"エリア"から到来する音を、マイクロホンアレイで測定した信号を用いて推定する信号処理技術です(特許出願済)。収録後にソフトウェア上で、解像度を高めたい"仮想リファレンス信号エリア"を自由に定めることができることが特長で、データ収録時には特別な手順は必要ありません。また、センサーを車体に張り付けるなど風の流れを乱すこともなく、よりそのままの車体の状態で評価できるという利点もあります。

図4にTF分析、PF分析(それぞれリファレンスセンサー使用、仮想リファレンス信号使用)を比較した結果例を示します。PF分析時のリファレンス信号には、①車体ドアパネルに設置したリファレンスセンサー(マイクロホン)の信号、②ミラー周辺0.5m×0.5mエリアの仮想リファレンス信号を使用しました。TF分析とリファレンスセンサーによるPF分析を比較すると、TF分析においてはメインとなっていた音源が、リファレンスセンサーによるPF分析では、消えてしまっていることがわかります。これはリファレンスセンサーが適切な位置に設置されていなかったためにミラー周辺の音源情報を上手く収録できなかったことが原因と思われます。一方、仮想リファレンス信号によるPF分析はTF分析と比べて大幅に精度が向上しており、特定領域の音源情報の解像度を上げることが可能であることがわかります。

図4 結果比較(風速120km/h,1.6kHz)
図4 結果比較(風速120km/h,1.6kHz)

5. おわりに

風騒音の測定・分析、特に音源の情報を正確に同定することは一筋縄ではいかないことが多々ありますが、OTARと仮想リファレンス解析機能を用いることにより、高い精度で音源を同定することができるようになりました。

今回の記事を執筆するにあたり、ご協力を頂きました日産自動車株式会社様に深く謝意を表し、今後もより効果的な測定、分析ができるよう開発を続けていく所存です。

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