国立音楽大学 新1号館新築工事 音響施工プロセスにおける新しいスタイル

音空間事業本部 木村 文紀、石垣 充、藤原 昂

写真1 オペラスタジオ
写真1 オペラスタジオ

はじめに

世界中で音楽のための音楽による音楽という環境にこれほど囲まれている大学が他にあるのでしょうか。それほどまで「音楽」という普遍的な定義にこだわり続け、今回ご紹介するような建築いや作品を造り上げた大学こそ、我が国における音楽の最高学府として有名な国立音楽大学です。ご存知の通り、本大学出身者にはジャズ・ピアニストの巨匠、山下洋輔さんや「千の風になって」で大ブレイク中の秋川雅史さんがおり、日本いや世界のトップレベルで活躍されておられる音楽家の方々が数多くおられます。そんな方々が若かりし頃に学んだ校舎もいまや半世紀以上が経ち、その間には音楽教育の多様化に伴う建築基準のあり方も大分変わってきました。今回Featured Projectでは2011年9月に竣工しました国立音楽大学新1号館建設工事、中でも弊社が大きく関わった音響内装についてのご紹介をさせていただきます。また、本現場では、大空間ホールから中・小規模練習室まで様々な音響室があり設計サイドが求めている新しいデザインの中でハイスペックな音響性能をいかにスムーズにクリアしていくかが大きな課題でした。意匠デザイン、音響スペック、コスト効率など様々に相反する要素がある中で私たちが現場サイドの目線を大切にしながらも設計─建築サイドとの間で音響専門業者としてどのように融合を図ってきたのか、そうした観点から施工プロセスを紹介させていただきます。

写真2 エントランスホール
写真2 エントランスホール

建物概要

建物構造 RC、一部S、免震構造
階数 地下1階 地上4階
建築面積 6,049㎡
音響諸室 スタジオ(オーケストラ、オペラ、合唱)
アンサンブル、レッスン室
計131室
遮音構造 防振ゴム鉄骨浮床湿式工法
グラスウール浮床湿式工法
防振ハンガー耐震ブレース工法
大空間防振ブラケット軸組
音響仕上 天然木練付有孔板(8φ-P15)
有孔ケイカル板(8φ-P15)
残響可変用吸音パネル
拡散リブプロセニアムアーチ
設計・監理 株式会社松田平田設計
音響設計・監理 株式会社永田音響設計
照明設計 内原智史デザイン事務所
オペラ舞台設計 株式会社シアターワークショップ
建築施工 清水建設株式会社
音響施工・指導 清水建設設計・技術研究所

音楽作品もその完成までには作曲家、指揮者、演奏家など様々な役割を持つ人々が介在しますが、今回ご紹介する新1号館の建築完成に至るまでには、文字通り業界トップの専門家が集結しました。弊社もその中の一役となれることにプライドを持って音響施工に携わらせていただきました。

音響諸室施工上の留意点

「躯体工事中は型枠、鉄筋、コンクリートのことで頭がいっぱい。それに加え近隣対策や検査書類が山積みで、内装は図面の変更がまだありそうだし、躯体がある程度出来上った段階で詳細な計画を練るしかない」といった言葉を良く耳にします。しかし我々の場合は躯体工事が始まったときから既に同時に音響工事が始まっていると考えます。この時点でどれだけ仕上げ工事の計画を練るかで結果的に工程、品質、コストさらには安全も含めて影響がでるかといえます。本工事の例を挙げますと、今回のオーケストラスタジオ(写真3)のような2層分吹抜けの大空間では、躯体足場の計画時点で遮音壁ライン、または浮床となる2重スラブのレベル位置などを見込んだ計画(写真3)としています。このように音響工事に関してはボックスインボックス型という遮音構造が主流となるため何重にも床・壁・天井ができるので、その都度足場を外したり組立をしたりしていたら工期はもちろんコストにも大きく影響します。今回は元請架設担当の方と我々を含めた入念な事前検討を行ったことで、型枠用足場の段階で、浮床、浮遮音層工事までも見通した足場計画が可能となりました。

写真3 オーケストラスタジオの工事状況
写真3 オーケストラスタジオの工事状況

また、天井インサート一つとっても事前検討によって後の作業効率の改善が見込まれます。今回のような音響室の場合は当然NC値が求められる為、空調設備に関しては、通常のボリュームでは到底まかなえないほどのダクト、サイレンサーが入り乱れて配置されます。その中を狙って防振天井を構成する場合、後施工アンカー等に頼らざるを得ない場合もありますが、やはり耐震に関する考え方や作業手間等を考えると、たかが1箇所数百円とはいえトータルで考えたときの判断としては、施工図段階で仕込みができればよりスムーズに進むと考えます。弊社では下図(図面1)のような検討をし、工程の流れに合わせたタイミングで現場へのフィードバックを行います。

図面1 天井インサート検討
図面1 天井インサート検討

それから外壁断熱と遮音壁の取り合いや耐火被覆と防振・遮音天井との取り合い等も同じように音響工事が始まってから考えているようでは既に遅く、常に起こりうることはある程度想定できているものに関しても、これまでの実績で培われた当社のデータベースの中から現場に沿ったディテールを施工資料として音響設計側に提案し承諾を得ることで、いち早く準備が整い施工段階にスムーズに移項できればより良い品質のものが確保できると言えます。

また、当社の音響施工管理では常駐の施工管理者が音響技術者でもあるので当社工事範囲外である別途工事または別途業者との調整をスムーズに進めることが可能です。遮音工事、防振工事は他職との取り合いがスムーズに行ってこそ、求められた品質が保たれるのであり、個々の請負範囲だけがうまく行ったところで性能が確保できるとは限りません。特に、空調ダクトの貫通部分や電気配管のエキスパンション方法、音響機器メーカーとの引き渡し後の遮音処理、また遮音建具と遮音壁、遮音窓との取り合いなど、デザインや音響性能に合わせた方法で対処していかなければなりません。また今回オペラスタジオにありましたように舞台上では吊り下げ機構用のぶどう棚、キャットウォークが絡んできます。そのような舞台設備等を合計しますと、かなりの重量となるのですが、音響上は当然防振構造をとる必要があります。では一体それらの設備を防振ゴムでどのように浮かせて、耐震に対する考え方は当然のことながら遮音天井・壁との取り合いはどうやって納めて音響性能を確保するのか等、さまざまな問題点がやってくるのです。

このように、当社のこれまで培ってきた技能と経験を生かし、常に音響施工の危険ポイントを押えているので無理・無駄がなくなります。また実際に施工してもらうのは各専門の職人であり、その職人によって品質にバラツキが出ないよう指導をしなければなりません。そのための音響施工要領書、チェックシートを分厚く立派に作成しても、それらを生かさなければ意味がありません。弊社の場合はその要領書を噛み砕き、さらに職長だけでなく職人各々に音響工事の厳しさ、大切さを理解してもらうために現地勉強会を実施します。ここで大切なのは本現場のように、音響範囲は当社にお任せスタイルではなく、元請設担当者の方々にも音響施工に興味を持っていただくことも狙いとしております。定期的に音響設計者と共に問題を解決していくことで、現場を通じて得られた経験と実績は、今後の財産になることでしょう。

図面2 ポイントとなる音響施工要領を現地で説明
図面2 ポイントとなる音響施工要領を現地で説明

モデルルームの大切さ

通常モデルルームというとマンションの場合、別敷地等の仮設建物内に作ることをイメージしますが、今回のレッスン室に関しては108部屋もの施工に伴い、隣室間の遮音体験や空調騒音確認、それに加え音響設計が求めているさまざまな音楽や楽器種別による音場(響き)の確認、空調、照明等を含む意匠デザインの確認・検証を目的としました。ここで設計サイドからは隣室間の遮音や、敷地周辺環境からの騒音・振動による影響の確認を考慮し、実際の位置で確認することが望ましいと要望がありました。

ただし、モデルルーム内装を着手する時期としてコンクリートの躯体が出来上り通常の内装着手時期から考えては、それから施工、検証しているような時間は当然ないわけです。そこで躯体施工中に対象室の躯体を先行して立上げ、その中に設計図そのままの遮音構造から音響内装まで作り上げてしまおうということを現場サイドで判断した。その中でも、コンクリート強度の問題、まだ躯体工事中の室内で空調設備、電気設備をどのように稼働させるか、モデルルーム完成後は実際にピアノ等の楽器を持ってきて演奏を行うので湿気の対策についても十分な検討を行いました。もうひとつ本レッスン室の大きな特徴であるカラフルな残響可変パネルがあります。設計コンセプトとしてはデザイン的に水平に囲まれた五本のラインを五線譜に見立て、その間に脱着式の吸音パネルがまるで音符のように並べられ自由に配置できるようになっています。生徒さんの中では思わずメロディーを口ずさんでしまうようなこともありそうです。この吸音パネルの脱着方法に関しても設計サイドから、音響効果、安全性、取扱いやすさ両面からの要望があり、これも数パターンの方法を実際のモデルルームで検証を繰り返しました。

写真は実際のモデルルームの一つですが、楽器や家具なども配置されると、まるで建物が竣工したかのような感覚になります。実際にはこの部屋を一歩出ると、周辺では型枠工事の真っ最中という状況となっているのです。このモデルルームの施工を本番位置で造り、実際に先生方や学生方がモデルルームの中で楽器を演奏しながら響きの確認をし、調整することによる検証期間と意匠デザインを含めた実験的な改修を行う過程で、施主を始め音響デザインと意匠デザインの妥協のない部屋が作ることができました。結果的にこの検証を重ねた完成系の部屋をレファレンスとすることで元々厳しかったマスター工程にも遅れのないようにスムーズに進めていくことが可能となりました。

写真4 モデルルーム
写真4 モデルルーム

写真5 実際の竣工後のレッスン室
写真5 実際の竣工後のレッスン室

責任施工体制のトータルメリット

大空間コンサートホールを始め、公共施設にある多目的ホール、メーカー企業の音響実験室、テレビスタジオからシネマポスプロ等の新築建物で音響用途がメインとなり、特に高度な音響スペックが求められる建物については、弊社の施工体系が設計事務所を始め、元請ゼネコンさんとの施工体系が非常に重要になってきます。今回の国立音楽大学の場合もその最たる例であり、一概に音響諸室と言ってもさまざまな要求性能があり、それらに対して当初から現場側も慎重に考えていました。当然大手ゼネコンさんには技術研究所の音響部門があり、現場側としても技術研究所との連携が非常に大切になってきます。ただし、技術研究所の方々は全国をまたいで物件を見ており、さらに研究開発や論文発表等、めまぐるしい忙しさで飛び回っているため、1物件の図面確認や現場チェック等、目まぐるしく日々進んでいく現場の中でタイムリーに詳細部分までケアしていくことは時間的にも非常に厳しいとされています。そこで弊社のように音響技術者が現場に常駐することにより、音響品質は当然のことながら独特といわれる音響工程管理や安全管理までまかなえるのであれば十分メリットが見出せます。

このように、当社の役割として、施主、意匠設計、音響設計、施工図室、技術研究所、施工業者との橋渡し的な存在がこれまで数多くの経験と実績を造り上げ、大手ゼネコンさんとの信頼関係を築き上げてきました。

国立音楽大学の場合は、現場所長の大きな判断として、限られた予算・工期を睨みキーポイントとなる業者の選定すなわち弊社との契約をいち早く決めたことにより、設計・施工体制を築くことができました。それにより工事着工後には音響施工図担当を現場に常駐させ、元請担当者、永田音響設計さんを主要とした音響検討会・音響施工確認巡回(写真6)を定例的に行ったことや、一方で松田平田設計さんとの意匠、納まりの等の詳細打合せ(図面3)も詰めていきました。その中には意匠段階のスケッチ等を音響的に解釈する場合や、素材の選定や使い分けまでの一連の流れを協力させてもらうことによって、様々な準備や問題点等を探し出し、無理・無駄のない施工スタイルを築き上げることが出来き、弊社のパフォーマンスを最大限に引き出せていただきました。

写真6 音響施工チェック状況
写真6 音響施工チェック状況

図面3 意匠スケッチから音響的な施工図を起こす
図面3 意匠スケッチから音響的な施工図を起こす

おわりに

本プロジェクトを通して、音楽と建築がまさしく融合した有機的な空間を造り上げていくことの中に携わることができ、単純にそのことに感謝しつつも、この文章を書きながら様々な思いが蘇ってきました。実際その過程では意匠、音響、構造、設備等色んな難関にぶち当たってきました。中でも、仕上工事中に起こった東日本大震災の時は果たしてこのまま工事を進めていくことができるかどうかの不安もよぎりました。しかし、そんなときでも松田平田設計さんを始め、永田音響設計さん、清水建設さん等がさらなる結束を固め、竣工に向けてのベクトルもお互いにぶれることなく進めていくことができました。また仮囲いが取れ建物の外観が見えてきた時には工事敷地外から音大の学生さんが、ものめずらしそうに眺めながら「いつ出来上がるんですか。楽しみです」、「カッコいい建物ですね」と良く声を掛けていただきました。私たちはこんな言葉に励まされながら、世界をまたにかける芸術家の卵である学生さんがこんな環境で演奏や勉強が出来たら喜ぶだろうなという気持ちが伝わるような建物に仕上げていくことを心がけてきたと共に、竣工引渡しで終わりではなく、アフターケアを含めこれからも一緒に係わっていけることを願っております。

写真7 アンサンブル室
写真7 アンサンブル室 周囲にはカーテンで残響調整もできる

写真8 写真9
写真8・9 通路やラウンジには作曲家の作品が、まるで美術館のよう

写真10 オーケストラスタジオ
写真10 オーケストラスタジオ 天井、壁は広帯域における拡散による自然な響きを演出