東宝スタジオ「ポストプロダクションセンター1」新設プロジェクト

音空間事業本部 岩渕 淳、上原 薫、崎山 安洋、木村 文紀

はじめに

2003年から8年の歳月と100億円の巨費を投じて進められた「東宝スタジオ改造計画」。この中核施設としてフルディジタル対応の「ポストプロダクションセンター1」が2010年9月に完成しました。

建物は竹中工務店が設計・施工を行い、スタジオの音響設計は竹中技術研究所とともにワーナー・ブラザーズ、20世紀フォックス、スカイウォーカーサウンド、ドルビー試写室など著名なスタジオを手がけるチャールズ・M・ソルター・アソシエイツ社が担当されました。当社は、音響諸室の施工を始め、音響面のアドバイス、スピーカ調整、音響家具などを担当させていただきました。

外観
外観

2008年4月、東宝スタジオ様よりダビングスタジオ計画のご相談を頂き、ポストプロダクションセンターの全体計画を伺いました。アメリカ西海岸のスタジオ数箇所を視察された結果、ワーナー・ブラザーズ スタジオ(以下WB)のダビングステージNo.9とNo.10の音が良かったとのことで、WBに協力を仰ぎ、将来を見据えたスタジオとすべく計画が進められました。

2008年8月末、このプロジェクトに関係する各社(東宝スタジオ、竹中工務店、報映産業と当社)でロサンゼルスにあるWBのダビングステージの視察調査を行い、当社から崎山と木村が参加させて頂きました。普段は滅多に見ることができない舞台裏を建築からシステムに至るまで細かく見せて頂き、WBのエンジニアにも色々と質問させて頂く機会がありました。視察調査団の団長は東宝の中川敬専務、ポスプロだけでなく撮影スタジオも含めた改造計画全般を統括された方です。調査前日には、ホテルの会議室で調査項目・質問事項をまとめ、役割分担を明確にして調査に万全が期されました。WBダビングステージNo.10の音は、解像度が高く、ダイナミックで、サラウンドの繋がりも良好、これがワーナーサウンドだ!と感激するばかりでした。この音を日本で実現するのが課せられたミッションであることを耳と心に刻みました。

さて、今回完成したポストプロダクションセンター1は、ダビングステージ、映像に合わせて足音などの効果音を収録するフォーリーステージ、映像に合わせて台詞を収録するアフレコステージ、試写室(大・小)、サウンドデザインルーム3室、サウンドエディットルーム4室、Avid編集室4室、トランスファールームで構成されています。各室と敷地内の撮影ステージ、スタッフルームは光ファイバー回線で結ばており、撮影された映像を試写室に送り、すぐにラッシュ試写できるなどスムーズな運用が可能となっています。さらに「画像ネットワーク」と呼ばれる高速回線により、東京現像所、IMAGICA、本庄市にある早稲田大学芸術科学センターなど、国内の主なラボ(現像所)、CGハウス、ポストプロダクションなどの拠点と結ばれており、ラボやCGハウスが隣にあるかのような環境が実現されています。今回はダビングステージ、フォーリーステージを中心に、ポストプロダクションセンター1の主な特徴を紹介させていただきます。

試写室
試写室

アフレコステージ
アフレコステージ

ダビングステージ 1 : Dubbing Stage 1

ポストプロダクションセンター1
ポストプロダクションセンター1

ダビングステージでは、編集を終えた映像を見ながら、Final Mixが行われます。映画の音声は大きくDME(Dialog : 台詞、Music : 音楽、Effect : 効果音)に分けられ、それぞれに編集作業が行われます。この素材を映画館と同規模の空間で、複数のエンジニアによりミキシング作業を行なうのがダビングステージです。この作業には、監督・プロデューサーの立会いもあり、その席が室後方に用意されています。

映画作品は、フィルムパッケージからDCP(Digital Cinema Package)に急速に移行しています。今回のダビングステージは、これからのマルチチャンネルモニター環境を見据えて設計された、日本で初めての世界水準のダビングステージで、ハリウッドと同等の設備で7.1chサラウンドミックスが可能です。充実したネットワーク環境により、各編集室からのデータ共有もスムーズにできる設計になっています。

ダビングステージは、廊下を挟んでアフレコステージ、フォーリーステージなどの録音スタジオと隣接しています。大音量でモニターを行うダビングステージと静寂性を必要とする録音スタジオとの遮音処理は、各室をコンクリート壁で区画し、録音スタジオとは構造的にエキスパンションを取り振動絶縁を図ることで、十分な遮音性能が確保されています。

ダビングステージのスピーカ調整

ロサンゼルスのWBスタジオの視察から、WBのダビングステージのサラウンド再生環境を本プロジェクトで再現することが、今回私たちに課せられた最大の課題でした。そのためには、適切な機器の選択と設置位置の検討に始まり、室内音響処理、そして最終的な出音を整える音響調整まで、一貫した管理が必要です。中でも音響調整は再生音のクオリティを左右する重要な工程です。今回は規模が非常に大きいため、音響調整は報映産業様を交え工事段階に応じて実施いたしました。

その概略を以下にご紹介致します。

ダビングステージ 1
ダビングステージ 1

1. ディジタルチャンネルディバイダーの設定

各スピーカユニットの1m前で周波数特性と遅延時間を測定。その結果とスピーカメーカの推奨案に基づいて、クロスオーバー周波数とディレイタイムを設定しました。再生音圧レベルの調整は、スピーカ単体ごとに特性を揃えた後、ディジタル領域で十分な信号レベルとし、最終的にパワーアンプのヴォリュームを使いアナログ領域で総合的に調整しました。

2. エンクロージャーの設置方法とホーン設置角度の調整

THX等では、断面形状が凸凹のゴムをエンクロージャー四方に置くことが多いですが、4種類(ゴム系、樹脂系、木質系、金属系)を入れ換えて試聴。振動伝搬を抑えるにはやはりゴム系が有利でしたが、音質面では木質系がバランスが良かったため、木質系を採用しました。

ホーンの設置角度は、バッフル板工事終了後、スクリーンを貼る前に、試聴と角度調整を繰り返しながら最終決定しました。その後にスピーカ周りとバッフル板周りの隙間を塞ぎ、スクリーン貼り込み作業に引継ぎました。

3. ミキサーポイントでの最終調整

建築仕上げも終わり、コンソール等の機材もセットされた段階で、ミキサーポイントでの音圧レベルとEQを若干調整しました。

4. Xカーブの調整

映画特有のXカーブの調整は、(株)東宝スタジオサービス 多良取締役ポストプロ部長と極東コンチネンタル森様により行なわれました。

フォーリーステージ: Foley Stage

フォーリーステージとは、一般の方には馴染みのない言葉かもしれません。映画に欠かすことの出来ない効果音収録スタジオのことです。最初に始めた人の名前から、フォーリーと呼ばれています。フォーリーアーティストが映像に合わせて効果音を創り、それを収録します。収録した素材はそのまま使われる場合と、音響的に加工を加えて別の音を創り出すものとがあります。一番多いのは、足音です。

そのため、床は多様な「足音」を創れるよう、ビニルタイル、大理石などの石が数種類、アスファルト、インターロッキング、土や砂を入れるピット、フローリング(引き出しの開閉で音色を変えられる)といった様々な材料で仕上げられています。

その他、浅型水槽と浴槽のように深い水槽、破裂音ピット、キッチンセットがあり、浅型水槽の上部は、炸裂音や打撃音を録れるように重量物を吊り下げるフレームも用意されています。これ以外にも、木製扉・鋼製扉・アルミサッシや障子・ふすまなどの建具セットも設置されています。

各種床仕上
各種床仕上

扉各種
扉各種

こういった様々な仕掛けは、ステージの入口から、部屋の奥に進むにしたがって"外部"から"室内"へ入っていくような並びになっています。土・砂などのピットは"大地"、アスファルト・石は"道"、ビニルタイル・大理石は"玄関"、そしてフローリングの"廊下"を通り抜けると、"キッチン"といったところでしょうか。

今回は、当社開発のAGSシリーズのANKH(アンク)をカスタマイズした特製の衝立も納入させていただきました。衝立背面に、鉄板をはじめとした様々な鳴り物をぶら下げ、直接的な音から拡散的な音まで、響きの調整をすることで、様々な音を創り出すことを可能にしています。

フォーリーステージ
フォーリーステージ

あとがき

スタジオ建設を統括された中川専務の映画に対する情熱、多良取締役の長年にわたるタジオへの思い、これはスタジオ建設に関わった人々にひしひしと伝わり、世界に誇れるスタジオが完成したと思います。次のステップは、このハードウェアを十分に生かし、上質の映画作品創りへ向けられます。黒澤明監督の"7人の侍"、特撮映画の"ゴジラ"を生み出した撮影所の歴史は、脈々と受け継がれています。今後も、東宝スタジオから数々の名作が誕生することでしょう。

水槽
水槽

ANKH
ANKH