MA-Ryoma の全景
コンソールはAvid S6、スピーカーはGENELEC 8341AP を使用

2012 年に設立され、映画やドラマのDVD パッケージ制作で業績を上げてきた株式会社スカーレットが、2022 年6 月に2 つのMA スタジオを備えた原宿サウンドスタジオの運営を開始しました。「それは会社にとっての新しいチャレンジでした」と、代表取締役の佐々木敦広氏が振り返るこの計画はどのように始まったのか。そのいきさつや、スタジオの特徴を取材しました。

   

新しいビジネスの軸として

スタジオ造りは、Web サイト経由で日本音響エンジニアリングにお問合せをいただいたところからスタートしました。
「本当に、『MA スタジオ 建築』というワードでネット検索することから始めましたよ。どうせやるなら一流のところにお願いしたいと思っていました。検索上位に表示された日本音響さんのサイトを見て素晴らしい実績だったので、早速問い合わせページから『スタジオを作りたいと思っているので相談に乗ってほし い』というメッセージを送ったのです」(佐々木氏)
それが2021 年1 月のこと。翌年には会社設立10 年の節目を迎えようというころです。「DVD パッケージの仕事は当社を大きく成長させてくれていますが、昨今の市場を鑑みると、それとは別に新しいビジネスの軸を確立する必要がありました。そこで考案したのがMA スタジオの運営でした」(佐々木氏)
映像コンテンツはネット配信が普及し、ディスクメディアの市場は縮小しつつあります。ただ、映像コンテンツの市場自体は拡大しており、佐々木氏はこの状況をチャンスと捉え、映像制作に欠かすことのできないMA スタジオを持つことで会社のさらなる成長を目指したのです。

   

スタジオが醸し出す雰囲気作り

希望されていた仕様は、ナレーション録りやアフレコを行うブースとコントロールルームのセットを2 つ。さらに、映像の編集を行う編集室とオフィススペースも同じ建物の中に置くことを前提に物件の検討が始まりました。複数候補の中からの選択に際して佐々木氏は風水の専門家からもアドバイスを受け、原宿に決定。建築の観点からも、1 階にスタジオが作れる原宿の物件は天井高が取れるため有利でした。
「反面、道路が近いというデメリットもありました」と語るのは、今回のプロジェクトを取り仕切った日本音響エンジニアリングの佐竹康。「交通騒音の影響を抑えるために、録音を行うブースはできるだけ奥に。さらに遮音効果を上げるために扉も三重にしてあります。何度かプランを練り直し、最終的に現在の形に決まりました」
MA-Ryoma、MA-Kaishu と名付けられた2 つのスタジオを見ていきましょう。MA-Ryoma は、最大14 名を収容可能なコントロールルームと、4 本のマイクを同時に使用できるブースの組み合わせ。MA-Kaishu は、最大11 名を収容可能なコントロールルームと、こちらも4 本のマイクを同時に使用できるブースの組み合わせ。それぞれのスタジオはネットワークで連動しており、2つのブースを同時に使うこともできます。どちらのスタジオもスタイリッシュかつ居心地が良く、ワクワクするような感じもある印象的な空間です。このあたりは佐々木氏も意識した点であると語ります。「この業界では後発なので、先端の設備をそろえるのはもちろん、サービスや居心地の良さは負けないようにと考えました。デザイン面も含めてリピートしたくなるような空間作りを意識しています」内装のデザインを手掛けた日本音響エンジニアリングの重富千佳子は、スタジオの雰囲気作りに大きな役割を果たす色使いについてこう話します。
「最初に出来上がりのイメージをうかがって、コントロールルームは黒をベースにしたいというお話でした。ただ真っ黒にしてしまうと重たくなってしまうので、スカーレット様の社名にちなんで赤系の差し色を入れています。一方で、演者の方が出入りするブースは対照的に明るいイメージにしたいというお話でした。その上でシルバーの要素をどこかに入れたいというご要望があり、金属を使うのは音響的に難しいところもあるので、金属調で左官仕上げのシルバーに近い色の素材をご提案して、採用していただきました」

MA-Kaishu の全景
こちらもコンソールはAvid S6、スピーカーはGENELEC 8341AP。ブースが正面に位置している
                
MA-Ryoma のブース
マイクはNEUMANN SJ U87Ai を使用
                 
ロビー
ロビーはUnabara と名付けられ、海原をイメージしたカーペットが敷き詰められている
   

このスタジオならではの仕掛け

原宿サウンドスタジオの技術責任者であり、エンジニアでもある中野陽子氏は、さまざまなスタジオでのエンジニアリング経験をふまえ「このスタジオの音はすごく作業がしやすい」と語ります。
「音がすんなり入ってくるんです。例えば、アニメの仕事で音響監督の方がいらっしゃることがあり、初めてのスタジオだと部屋のクセを心配される方もいらっしゃるのですが、『ここは聴きやすいね』と言ってくださっています」
音響の調整について「電気的な補正をする前にアコースティックな建築空間としてのモニター環境を整えた」と語るのは前出の佐竹。「そのためにスピーカーの位置や角度の調整は中野さんにも同席していただいて大いに話し合いました。できるだけ電気的に補正せずにスピーカーが正しく鳴って、かつこの空間にいる全員が間違えない正確な音を目指しています。その上で、このスタジオならではの工夫もあります」
それはMA-Kaishu のセンタースピーカー。ブースがスピーカーの向こう側にあるMA-Kaishu では、収録時に演者が見えるようにセンタースピーカーを台の中にリモコンで収納し、5.1chミックスの作業時にはセリ出して使用できるようになっているのです。「この仕掛けはお客様をご案内したときにも良い反応をいただけます」と語るのは原宿サウンドスタジオの営業責任者である森本正樹氏。「これは代表の佐々木から出てきたアイデアでした。ほかにも佐々木の個性が随所に出ています。例えばMARyoma、MA-Kaishu というネーミングも、幕末が好きな佐々木が名付けたのですよ」
なるほど、単純に"MA-1""MA-2" という記号的な名前にしなかったところが原宿サウンドスタジオの個性を象徴的に物語っているような気がします。都心で利便性が高く、先端の設備を備える......ただそれだけじゃない。ここに来たら何か新しいことが始まりそうな、そんなムードが漂っていました。

                
リモコンで収納可能なセンタースピーカー。台に固定されているので出し入れしても位置や角度がずれることはない
                 
303 MA
取材に答えていただいた皆さん。前列左から、株式会社スカーレットの中野陽子氏、佐々木敦広氏、森本正樹氏。
コンソールはAvid S6、スピーカーはGENELEC 8341AP を使用 後列左から、日本音響エンジニアリングの佐竹康、重富千佳子
 

写真:八島 崇

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