スタジオジブリ試写室新設工事について

工事部 柿沼 誠

1. はじめに

スタジオジブリ試写室はJR中央線から程近い閑静な住宅街にあります。 試写室が新設された第2スタジオは第1スタジオと道路をはさんだ斜向かいに建設されました。第2スタジオは第1スタジオと同様、 白い洋館といった外観です。第2スタジオの玄関を入り、地下につながる木製階段を下りるとそこに試写室が現れます。 外観からは試写室があることなど予想もつかず、初めて目にされた方は驚かれる人も少なくないそうです。
座席数は39席+補助席10席、計49席とコンパクトな試写室ですが、 スクリーンサイズは4700×2500(ビスタビジョン)とこの大きさの試写室としては大きくとってあります。

2. 計画の経緯

1998年5月のある日、以前試写室の改修でお世話になった(株)IMAGICA品質管理(当時)の内田氏から1本の電話を頂きました。 中央線沿線のアニメ関係のプロダクションが試写室の新設を計画されており、弊社を紹介するとのお話でした。 最初は名を明かされずいろいろなプロダクション名を挙げましたが全てはずれ。まさかと思ったスタジオジブリだったのです。

早速図面を送って頂いて検討を始めました。構造は大断面集成材の木造2階建てであり、 近隣に住宅もあったため特に遮音に気を遣いレイアウト・仕様を考えましたが、遮音構造の壁厚が大きくなりどうしても必要スペースが確保できません。
そこで、思い切って地下に試写室を構築することを提案しました。長くスタジオジブリ関係の建物を手がけていた地元の建築業者の設計の方を交えて何度も打ち合わせを重ね、 地下試写室部分が300mm厚のコンクリート構造で、地上部分は大断面集成材の木構造とすることになりました。

以後、スタジオジブリの高橋プロデューサー、音声担当稲城氏、撮影の奥井氏他担当の方、IMAGICA内田氏、 映像音響設備担当の(株)ジーベックス長谷川氏(当時)、大澤氏との打ち合わせを重ねるうち、段々形が見えてきました。

当初は画のチェックができる試写室をという話でしたが、打ち合わせていく中でいろいろな可能性が検討され、

  1. 音のチェックも可能にする。
  2. 35mmフィルム、16mmフィルム、ビデオプロジェクターの映写を可能にする。
  3. 1階編集室から送られた画を投影できるようにする。
  4. 講演、レクチャーも可能にする。
  5. 将来、音の仕込みスタジオに対応できるようにする。

等のことが決まってきました。

内観パース
内観パース

遮音計画として、外壁は地中のため問題ありません。試写室-映写機室間及び試写室-上階、 外部間の必要遮音量を検討しました。その結果、試写室-映写機室間の固定遮音層は外壁と同じコンクリート300mmとし、 試写室はコンクリートによる浮床構造、積層ボードによる浮遮音構造としました。
また試写室の入口(外部階段室とも)には前室を設け、扉を2重にすることで、 上階及び外部との遮音を確保する構造としました。

平面図
図-1 平面図

空調騒音、映写機騒音を低減する為、試写室天井内、映写機室床下に低音域用大型サイレンサーを設置することとしました。
限られたスペースでできるだけ座席数を確保するため、壁面はフラットとし、 音場的には吸音層内部で吸音及び拡散の機構を設置して、最適な音場を得ることができるようにしました。また、 客席下の段差も吸音スペースとして生かすよう工夫してあります。
更に細部を煮詰め図面を描くうち、建築工事は11月にスタート、翌年2月に試写室工事がスタートし、 内装完了間近の4月中旬から映写機スクリーン等映像音響設備の設置・調整が始まり、5月連休明けに施主検査をむかえることができました。

3. スクリーン中心の基本計画

試写室の基本計画は「上映作品が主役」という考え方から、スクリーンの大きさとスクリーン周りの色彩計画がなされました。

スクリーンサイズを出来る限り大きくする為に、スクリーン上部の浮遮音天井を断面的に折り上げて高くし、 さらにスクリーン近傍の仕上天井を傾斜させることで高さを確保しました。

スクリーンへの反射を極力減らすためにスクリーン前部の天井は黒とし、垂幕表面の生地は赤ですが、裏面は黒として、 スクリーンに投影された光が周辺からの反射光となってスクリーンへ戻ることのないようにしてあります。 スクリーン近傍での反射の影響は通常天井8:壁2くらいと言われています。

室全体の色調は落ち着いたベージュ系で統一しています。客席通路の階段部分には上映時の安全の為にオリジナルの足元灯を設置してあります。 上映が始まり室内が暗くなると自動的に点灯します。これには2つの機能があり、通路の段差が上映中の暗闇でも分かるように床面を照らす機能と、 段鼻部分(階段の角部分)に埋め込まれたアクリル製スリットを通して光が漏れることで位置表示する機能です。 この足元灯は調光タイプとしてスクリーンへの映りこみを極力少なくするように、実際にテストフィルムを上映しながら明るさを調整しました(図2)。

足元灯検討図
図-2 足元灯検討図

4. スピーカーの設置

この試写室の第一の目的は「画のチェック」という点から、客席最前列からスクリーンまでの距離をなるべく長くとるように計画されています。 バッフル壁の奥行き寸法は必要最小限となりました。そのために、スクリーンスピーカーも奥行き寸法が小さいタイプが選定されていますが、 しかしながらその一方では、迫力ある音を得るための強固なバッフル構造が検討されました。

スクリーンスピーカー・サブウーハーをビルトインするバッフル壁は自立構造(壁からは支持をとっていません!)の強固な木軸組みに合板と石膏ボードとの積層ボードの裏側からレンガを全面に貼った"ハードバッフル"構造としました。 スクリーン裏となるバッフル壁表面にはクロスパネルの吸音面となっています。 バッフル壁内部のスピーカー設置台はスクリーン幅いっぱいにコンクリートを全面打設することで質量を持たせて、 音の再現性にすぐれた大音量にもビリつかない構造としています。

採用されたサブウーハーは通常ポートを上向きとして使用するタイプでしたが、ここでは逆にポートを下向きに設置しました。 ユニット面以外にバスレフポートからも効率よく音が前へ出るように、コンクリート製専用スピーカー台としポート部分を90°分、 丸くえぐった形状としました。これによりポートから出る低音域はタイルカーペットの床に沿って出力され、 同寸法のスピーカーと比べてより低音域の再生に有利となっています。

なお、スクリーンスピーカーがビルトインされたバッフル壁を支える浮床は、 座席部分浮床との間にエキスパンションジョイントを設け縁を切り、さらにまた浮床と浮遮音壁とも縁を切りました。このため、 大音量再生時でも、座席では床の振動をほとんど感じません。

サラウンドスピーカーは、カバーエリアを平面的・断面的な検討結果に基いて配置されています。 天井・壁のデザインは、その配置間隔を基本モジュールとしています。カバーエリアの断面検討結果から、 サラウンドスピーカーは幾分下向きに傾斜し壁から露出する形で設置されました。落ち着いた色調の壁仕上にはちょうど良いアクセントとなっています。

通常の試写以外に、新作の披露試写会及び記者会見時等のスピーチ用設備として、 スクリーンに近い両側の壁にスポットライト、さらに天井裏にはスピーチ用スピーカーを内蔵しています。

5. 室内の音響処理について

天井面は基本的に吸音面と拡散面を交互に配置してあります。拡散面の表面には高音域拡散リブを付け、 その内部空間は吸音用レゾネーターとすることで空間を無駄なく利用しています。 天井レゾネーターは前面に開口を設けクロス吸音面から廻り込んだ音を吸音しています(図3)。

天井レゾネーター
図-3 天井レゾネーター

壁面については仕上げ壁をフラットとし、壁面内部で吸音及び拡散の機構が組込まれています。 音の拡散とダンピングの両面から浮遮音壁にはレンガを直貼りしてあります。ダンピング効果を高めるために、 レンガをバラバラに貼るのではなく、まとまった質量が掛かるように20~30個くらいづつ集中的に貼っています。 吸音機構としては、腰壁上部にはサウンドトラップを部分的に配置しています。

腰壁部分については、表面は反射面としその内部空間を使って低音域吸音用レゾネーターとしてあります。 腰壁内部を水平方向及び垂直方向共に合板で仕切板を入れて箱状とし、その内部に山型のグラスウールを入れました。 巾木部分にレゾネーター開口を設けて吸音するようにしてあります。

また、吸音層下地を構成する軽鉄下地のビリつき対策としては、下地内部にロックウールを充填することで対処しました。 工事途中で下地を叩いたり音を出したりしながらビリつきチェックをすることも重要な点です。

座席部分の床は木下地組みに合板貼りですが、合板内部をグラスウール貼りとすることで、 天井レゾネーターと同様な低音域吸音スペースとしています。

これらの音響処理により、室内の響きも自然なものとなり、 上映中の音の細かいニュアンスが良く分かる試写室となりました。

6. 空調システムについて

試写室の空調システムは均一な温度分布をねらい、天井吹出し床下吸込みとしてあります。 座席下段床の蹴上部分(段床の垂直面)に床下リターン開口を設け、床下チャンバー、床下ダクト、 映写機室床下サイレンサーを経由して映写機室天井裏の空調機へ戻るようになっています。(図4)

断面図
図-4 断面図

空調騒音の低減と試写室-映写機室間のクロストークを考慮して、 試写室天井裏及び映写機室床下には膨張型サイレンサーを設置してあります。映写機室床下サイレンサーは床下空間をほぼ全部使い、 内部を間仕切りした上に吸音材を貼り付け建築的に造った大型サイレンサーとなっています(「施工前から施工後までの音響測定」参照)。

7. 映写機室について

映写機室の空調は、年間冷房運転としてあります(写真1)。フィルム上映時、 映写機はかなりの熱を発生しますので、天井の排気ファンから専用のフレキシブルダクトを下ろし、 映写機本体に直接接続することで排気効率を上げています。照明は上映中に余分な光が試写室へ漏れないように手元だけを照らすスポット照明にしてあります。 また、内装仕上げも同様な理由から黒とグレーのグラスウール吸音板にしています。

現在の映写機室の様子
写真-1 現在の映写機室の様子

映写窓は、映写軸よりも映写機操作パネル側に横長に広げて窓越しにスクリーンの画像をチェックできるようになっています。 映写窓のガラスは映写時の光が乱反射するのを防ぐために透過率の高い特殊ガラス(反射率約1%。一般のガラスは約8%)を使用しています。 一方、試写室との遮音を考慮して二重ガラスとしています。ガラス厚の大きいものを選択できないため、 二重ガラス内部を通常の遮音窓よりもより吸音性とすること等で高い遮音性能を確保しました。 映写窓は映写機の光を妨げないように試写室側が広がっています。(写真2)。

映写窓
写真-2 映写窓

この試写室では35mmフィルム映写機、長尺専用フィルム巻取機DLP CINEMA機を映画の制作段階に応じて使い分けるために、 映写機室床面に敷きこまれたレール上を3台の映写機が移動できるようになっています。床下の配線ピットとレールがとても近接しており、 床下地を組むのには苦労しました。

レール上を可動する映写機とスクリーンセンターとを合わせ易いように、映写機室の床および試写室の床に位置決め用マーカーを打ちました。 断面方向については、映写機の投影中心がスクリーンセンターとほぼ水平(この試写室は1°下向き)になるように、 映写機室の床レベルを決めています。スクリーンと映写位置が合っていないと、映写機から投影された画像がスクリーン面で歪んで映り、 せっかくの映画が台無しです。

8. 施工前から施工後までの音響測定

この試写室の施工前から施工後まで、段階を追って残響時間測定を行いました。 これは参考のために室内音場の変化を記録するとともに、その結果をフィードバックすることで、 計画通りの音響性能を得るために行ないました。

  1. 躯体コンクリート時(内装工事着手前のスケルトン状態)
  2. 浮床コンクリート打設後
  3. 浮遮音層工事完了後(天井・壁終了後)
  4. 吸音層工事施工中(腰壁レゾネーター施工後)
  5. 仕上工事終了後(内装仕上終了、スクリーン及び椅子は無)
  6. 検収測定時(スクリーン及び椅子設置後)

上記の段階で数回の測定を行いました(図5 主要データのみ)。

残響時間周波数特性
図-5 残響時間周波数特性

その結果、内装工事着手前の事前測定結果と浮床コンクリート打設後の測定結果はほとんど変わらないのに対して、 天井・壁の浮遮音層終了後では約2秒/500Hz短くなっています。これは、床・壁・天井ともにコンクリートであったものが壁・天井が積層ボードに変わった結果の違いが現れています。 吸音層施工時はさらに約1秒短くなり、検収測定時(仕上げ施工後)にはさらに短くなり、計画段階で予測計算した残響時間とほぼ同じ約0.2秒/500Hzに落ち着きました。 これは、工事の進捗に従い、室内の容積や表面積が小さくなり、材質が変わり、吸音材が配置されていくことの結果です。

印象に残っていることは、浮遮音層完了時に測定した際、扉等の開口部を合板で仮塞ぎして測定したのですが、 教会の中にいるようなスーッとした感じの心地よい響きがあったことを覚えています。これは、測定結果にも現れているのですが、 全帯域でフラットな周波数特性になっており、この時点で最終的な室内の響きが良さそうな感じがしました。

このように現場管理を行いながら残響測定をするのは初めての経験でしたが、 音場の変化を肌で直接感じることが出来るのは現場常駐している者の特権ですね。

残響時間以外にも空調サイレンサーの音の減衰量を測定しました。 映写機室床下のサイレンサーおよび天井裏のサイレンサーの2ヶ所ですが、 音源からの廻り込みを完全に防ぐことは出来なかったので簡易的な測定になりましたが、 それでも十分参考になるデータが得られました(図6・7)。

サイレンサー形状
サイレンサー形状
図-6 サイレンサー形状

サイレンサー音響減衰量
図-7 サイレンサー音響減衰量

引渡し後、試写室の暗騒音が小さく(NC-15)、室内の響きも適度なことから、 スクリーンに映写しながら声優さんのセリフを録音するアフレコスタジオとしても使われています。アフレコ時には前方2列の座席を取り外して、 何人もの声優さんが入って同時に録ることもあるそうです(テレビのメイキング番組のときにたまに映ります)。 アカデミー賞を獲った"千と千尋の神隠し"のアフレコ録りもこの試写室で行なわれたそうです。こういった話をお客様から伺うと、 この試写室を作る機会を得て本当に良かったと思います!

現在、この試写室の真上の1階には試写室新設後すぐにAVID編集室が併設され、編集された映像がすぐに試写室で上映できるようになりました。 試写室でのアフレコ作業は、以前は試写室内に録音機材を持ち込んで行われていましたが、今年初め1階に音声用コントロールルームが新設されたことで、 試写室内でのアフレコ作業を1階のコントロールルームでレコーディングしたり、プリミックスしたりできるようになっています。

9. おわりに

内装工事がほぼ終了しスクリーンや椅子が設置されたころ、引渡し直前となったある日、 スタジオジブリ音声担当の稲城さんと現場で打合せをしていると(夕方頃?)、突然宮崎駿監督が現れました。 試写室の最上段の椅子に座ってひとしきり室内を眺めた後、"イメージ通りですね"と言われたときに、 二人してほっと胸を撫で下ろしたことを覚えています。まだフィルム上映をしていない状態で、映像も音もない状況での一言だったのですが、 非常に嬉しかったことを思い出します。

この現場を施工するに当たって、スタジオジブリ音声担当の稲城さん古城さんにはいろいろと便宜を図って頂き大変ありがとうございました。 IMAGICAの内田さんには、実際に試写室を運営する立場から貴重なアドバイスを頂きました。この場を借りてお礼を申し上げます。

試写室緒元

試写室映写機室
床面積(?) 57.0 16.7
天井高(m) 2.78~3.86 2.35
座席数 49席(補助席含む)
暗騒音 NC-15 NC-35
遮音量 73dB/500Hz (試写室-映写機室)
82dB/500Hz (試写室-上階)
映写設備 映写機:35mm、16mm、DLP CINEMA機
スクリーン Stewart Ultramatte 130 MicroPerf
スピーカー Electro Voice
  • 監修:(株)IMAGICA 内田昇一氏
  • 音響設計・施工:日本音響エンジニアリング(株)
  • 映像音響設備:(株)ジーベックス
  • 客席椅子:(株)ミダス(当時)