ソリューション事業部 音響コンサルタント
早川 篤

1.はじめに

ここ数年、テレビ会議(Video Conference)に参加する機会が増えました。日本語の会議はともかく、英語の会議に招かれると毎回手に汗握る思いをしています。着座位置、資料が映し出されるモニター位置、マイク位置、声の到来方向(スピーカの位置)、音量、会話の内容、言葉の抑揚など、どこ(誰)に向かってどのような声の強さで話をすればよいのか戸惑うばかりです。特に外部からインターネットや電話回線を通して会議にアクセスした時は冷や汗がでます。会議室の中で話が盛り上がると言葉の明瞭性がなくなり、一人取り残された気分になります。個人的に英語力の無さも痛感しつつ、今回はVideo Conference Room(VC と記載)の室内音響について述べさせていただきます。

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2.室内音響と残響時間

室内音響とは、「閉空間における音の振る舞い」のことです。多数の評価尺度が存在しますが、その中で、空間の音響特性を把握する最も一般的で基本的な残響時間{音の響きの長さを知る指標}があります。その昔、教会でパイプオルガンを鳴らし音が止まってから聞こえなくなるまでの時間を測ったのが始まりだそうですが、音を室内に放射させ定常状態に達した後、音源を停止させ、音の強さが60dB 減衰するまでの時間と定義づけられています。(図- 1 参照)

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図-1 残響時間の定義

3.推奨される残響時間

では、残響時間はどのくらいの長さが適切とされるのでしょうか。日本国内では図-2 最適残響時間(日本建築学会)が一般的な指標で、ISOやドイツのDIN規格等も同様に推奨値を示しています。(図-3-1参照)これらは横軸が室容積、縦軸が残響時間、室用途に推奨される残響時間(500Hzまたは500Hzと1kHzの平均値)が示され、それに加えて、室用途に合わせた周波数毎の推奨範囲も示されています。(図-3-2参照)このように、よりよい音環境を目指すには室用途に合わせた残響時間だけでなく周波数毎の値のばらつきにも着目する必要があります。興味深いことに、ドイツのDIN18041では数人が同時に会話する{教育}という基準曲線があり、話者が聴衆の前で話す{スピーチ}よりも約0.2秒短い残響時間が推奨されています。{VC の時は、声がどんどん大きくなってしまう}という利用者の意見にも配慮すると、テレビ会議室は{ スピーチ}や{会議室}の推奨値よりもやや短い残響時間を目標にするのが良いと思います。

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図-2 室容積と最適残響時間(500Hz)の関係

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図-3-1 recommended mean reverberation time between 500 and 1000Hz

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図-3-2 frequency-dependent tolerance range of reverberation time

4.残響時間の比較試験

会議室に吸音パネルや拡散体を設置し、残響時間を比較した結果を示します。本来は空室の残響時間と推奨される残響時間を比較しますが、今回は、家具有の状態の測定結果と推奨される残響時間を比較しています。

4.1試験1:吸音パネルの効果

単純モデルとして、スチールパーティションで区切られた6人用会議室での試験結果です。室寸法は3.2m×4.2m、高さ2.4m、室容積32m3、床はカーペット、天井は岩綿吸音板(塗装あり)で、マグネット脱着式の吸音パネル4枚(90cm×90cm厚み25mmのグラスウールが基材)有り無しの測定結果を図-4-1に示します。結果から250Hz以上は効果が見られますが、吸音パネルと壁面の間に空気層がない為、125Hzの低音域は効果が見られません。測定結果0.47秒(500Hzと1kHzの残響時間の平均値)と図-3-1を比較すると吸音パネル有りの状態でもスピーチを目的とした推奨される残響時間より長いことがわかります。

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図-4-1 残響時間測定結果

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写真1 会議室の試験風景

4.2試験2:VCの音場改善試験

次に10 人用VC で実施した音場改善の試験結果です。室寸法は6.7m×4m、高さ2.9m、室容積約78m3、床はカーペット、廊下側はガラスパーテーションで区切られ、天井は会議机の上部に吸音クロス、壁の一部に吸音パネルが取り付けられており、既に音の響きに対しても配慮されているVCです。図-4-2の現状の測定結果では、天井や壁面の吸音パネルの効果が見られ500Hz 以上の中高音域は整っていますが、250Hzの値が長くなっています。この部屋では低い声が{もやもや}と残る印象があり、まだ、快適な音環境とは言えません。しかし、改善する為に、壁の吸音パネルを増やしていくと結果的には中高音域ばかりが吸音され、不自然に音が聞こえ、居心地が悪く、話すと疲れやすい空間になってしまいます。そこで今回は、壁入り隅に低音域に効果的な吸音体と吸音衝立を設置し、壁面で生じるエコーの軽減と、より自然な音環境を目指してガラスパーティションと壁前に柱状拡散体(AGS)10台を設置して残響時間を測定したところ、結果は、0.46秒(500Hzと1kHzの残響時間の平均値)となり、周波数毎のばらつきも改善しました。図-3-1と比較するとスピーチの推奨曲線より短くなり、印象的にも{話し声が自然に聞こえる}{すっきり}とした空間に変化しました。試験の後、拡散体等を設置した状態で実際にビデオ会議が行われていましたが、利用者には大変好評だったそうです。

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図-4-2 残響時間測定結果

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写真2 VCでの試験風景

5.設計時の着目点として

ビデオ会議が普及するにつれて、改めて会議室の音環境も重要視され始めていますが、音響コンサルタントの立場から設計時の着目点をご提案したいと思います。今後の計画のヒント になれば幸いに思います。

◆床はカーペットが望ましい。

◆天井は吸音仕様、少なくとも会議机の上部は吸音仕様とする。

◆壁面には吸音素材を2面(L型)に配置する。

◆低音域の吸音のねらい目は部屋の入り隅の形状と空気層。

◆拡散体を取り付け、より自然な音環境に整える。

6.おわりに

今回の音場改善試験の際、ご協力いただきました日本メドトロニック株式会社 池田様、株式会社笹村組 笹村様、そして普段からお声掛けいただいておりますプロジェクトマネージャー、デザイナー、他コンサルタントの皆様、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

参考文献: 建築設計資料集成 環境1(日本建築学会編)
Master Handbook of Acoustics(fifth edition) Everest & Pohlmann
写真提供: クレストラ株式会社(www.clestra.com)

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