音のよい銀行

音空間事業本部 佐古 正人、上原 薫

1. 音のよい空間とは

木々に囲まれた森の中は、理想的な音響空間だと言われています。壁が無いため低音域の" 音抜け" がよく、懐深く連なる無数の木々が音をきめ細かく散乱することで中高音域の緻密な響きをもたらします。四周を壁に囲まれた部屋の中で感じられる閉塞感や壁面反射音相互の位相干渉によって生じる色付けや歪みといった音響障害がないだけでなく、クリアで自然な響きのある音の良い空間となっています。私たちはこうした森の音響効果に着目し音響障害がなく心地よい音場を実現する新しいルームチューニング機構Acoustic Grove System-AGSを開発しました。

2. AGSの適用事例

これまでにレコーディングスタジオや放送スタジオといった音の製作現場にとどまらず、音楽を楽しむためのオーディオルームや楽器練習室といった様々な用途の音響空間でAGSが採用されてきました。

音響諸室は部屋の用途により求められる要素は異なります。例えば精緻な音作りを行うレコーディングスタジオでは高い解像度、精密な音像定位、そしてミキサーやエンジニアが施した音の加工効果が手にとるようにわかることなどが重要です。オーディオルームでは音楽ソースに含まれる情報が余すところなく再生され、音像の拡がり感、奥行き感が感じられ、大きい音から小さい音の変化がグラデーションのように細かく感じ取れること、そして大音量でも音が歪まないことも重要な要素です。

私たちはAGSを活用してこうした" 音のよい部屋" をお客様にご提供してきましたが、ユーザから「解像度が高く音像定位が明確に聴こえる」、「自然な響きと音の拡がり感、奥行き感が実現されている」といった音場としての評価に加えて、「閉塞感が無く部屋が広く感じられる」、「居心地が良く長くいても疲れない」といった音のことだけにとどまらない感想、評価をいただきます。また、私たちはAGSの音場を多くの皆様にご体感いただく場所として『サウンド・ラボ』と名づけた試聴室をつくりました。平成21年11月のオープン以来多くの方々にお越しいただきましたが、ほとんどの方からやはり上記のような感想をいただきます。「音のよい」空間を突き詰めると、生活空間、作業空間としても「居心地がよくそこに長く居たくなる」空間になる可能性を感じ始めておりました。

3. " 音のよい" 銀行の実現

そんな折、『サウンド・ラボ』にお越しいただきAGSの音場をご体感いただいたアーキテクチャー・ラボの高安先生から、「森の中のような音のよい銀行」「そこで働く人にとってもそこを訪れるお客さんにとっても居心地がよく快適な音環境」というテーマで環境省他が主催する「eco japan cup 2010」の三井住友銀行エコ・バンキング(銀行)オフィス賞に応募したいんだが、というお話をいただきました。

高安先生は、『サウンド・ラボ』で聴いた音楽の臨場感(「そこでミュージシャンが演奏しているかのようだった」)のみならず、『サウンド・ラボ』に足を踏み入れたときに感じた無限の広がりと心地良さに、このような空間で仕事ができたらと思い、何かの機会にAGSが実現する森の音場を音楽専用ルーム以外にも適用したいと考えておられたそうです。確かに暑い夏に街中でジリジリと鳴くセミの声は耳に痛く聞こえますが、森の中で聴くそれは美しく心地よく聴こえます。鳥の鳴き声も森の中で聴くとこれほどに美しかったのかと気づかされ、いつまでもそこに居たくなります。そうした森の音場=AGSが実現する音空間を銀行に移植しようという「Bank in Forest」という高安先生の提案(もちろんこの提案には音だけでなく、間伐材の積極利用、空気・光の制御による省エネと快適性の両立など建材、デザイン、設備等の様々な要素が含まれています)はエコ・バンキング(銀行)オフィス賞で最優秀賞を受賞され、賞のスポンサーである三井住友銀行様によって実際に採用いただけることとなり、東京の下高井戸支店と兵庫県の甲南支店で「Bank in Forest」、つまりAGSを用いた空間が実現されることになりました。

3-1. 下高井戸支店

下高井戸支店は京王線下高井戸駅のすぐ南側という立地にあります。付近には踏み切りもあり、非常に喧騒なロケーションになっています。踏切からわずか20mほどの所に、銀行のメインの入口となるガラスの自動ドアがあり、そちらから内部に入ると、R型のATMコーナーがあります。3時まではお客様はそこを抜けて奥の窓口に入ってゆくというレイアウトです。この環境で、音環境を整えるのに、適切なAGSの配置位置はどこがよいかを、アーキテクチャー・ラボ高安先生とともに検討しました。

ポイントとして、外部の喧騒な空間から入ってすぐの場所のATMコーナーに、森の音場を再現したいと考えました。計画ではR型にATMがならぶため音が集中しやすいと考え、ATM上部の壁面にAGSを斜めに設置し、壁から反射してくる音を拡散させ、広がりのある空間になるようにしました。また、その反対面にもAGSを集中配置して、森の木々に包み込まれているような音環境を目指しています。

その他、窓口側のお客様相談コーナーの壁面一面全体に集中的にAGSを配置する事で、心地よい音空間で打合せをして頂けるように配慮しました。

3-2. 甲南支店

甲南支店は神戸市東灘区の国道2号線沿いにあります。こちらの支店は、窓口とATMコーナーは階が完全に分かれており、1FがATMコーナー、2Fが窓口となっています。

AGSの配置の特徴として、1FについてはATMコーナーの壁一面と、それにつながるように大きなR型のAGSを床から天井までの広い壁面に配置しました。さらに、商店街側の入口横にもAGSを配置して設置面積を確保し、ATMを利用するお客様が、閉塞空間からの開放感を感じていただけるように配慮しました。

2Fは道路側のガラス面、窓口以外の入口階段から見える正面壁の広いエリアに、AGSを配置し、部屋全体の音環境改善を狙っています。

4. 最後に

『サウンド・ラボ』には様々な分野の方々が来られますが、そこで音楽を体感していただきますとしばしば「音のよい」空間とは?という話題になります。「多くのお客様が集まり成功している店は音がよい」、「音がよい空間だから多くのお客様が集まるのかも」というお話しされたお客様もいらっしゃいました。「音がよい」空間は、楽器演奏やオーディオ再生、音楽制作といった音響分野のみならず、人々が集い、仕事をしたり遊んだりするあらゆる空間にも適用される可能性を持っていると強く思うようになりました。AGSを通じて「音のよい」環境をご提供することで、生活の質向上のお役に立ちたいと思います。

最後になりましたが、今回のプロジェクトの発信者でありお施主でもある三井住友銀行様、環境配慮型店舗を設計された日建設計様、実際の施工に関し様々なご配慮を頂きました東西建築サービス様、神戸ビル管理様、そしてすばらしいアイデアで森の音場を実現していただいたアーキテクチャー・ラボ様、皆様にはこの場をお借りして御礼申し上げます。