NHKのサラウンドプロダクションにおけるフラッグシップスタジオで採用された音響設計技術

音空間事業本部 崎山 安洋、牧野 和裕、研究開発部 佐竹 康

1. HD-520スタジオの歴史

1992年~1995年サラウンドに対応したスタジオ音響設計の規格化を目的として、NHKを中心として放送関係者、大学、メーカーの多彩な顔ぶれで「HDTVマルチチャンネル音声研究会」の活動がありました。90年代のハイビジョン実験放送は、ディスクリート3-1方式(フロント3ch、サラウンド1ch)で放送されていました。93年新設当時の520スタジオ(当時はHVD520の名称)は、次世代を見据えて3-2方式の再生環境として造られ、その後サブウーハーが追加され、5.1chの再生環境が整えられた経緯があります。しかしながら、スピーカー配置は、フロントとサラウンドは等距離ではなく、サラウンドにディレイを付加して、仮想的に等距離としたものでした。

今回のリニューアルでは、ITU-R BS.775-1準拠による5.1chダイレクトサラウンド方式のスピーカー配置に更新されました。

2. NOEのスタジオ設計コンセプト

当社で考える、理想的なサラウンドスタジオの設計のための基 本的な考え方として以下の2 項を、リニューアルコンセプトの核としました。

プロポーザルの提案内容に求められた主項目は、

  1. 5.1chサラウンド制作に相応しい音環境を実現するための考え方(スピーカ周りの内装設計、室形など)
  2. 低域制御に関する考え方(室モード対策、サブウーファー設置方法など)

以上の2点でした。既存の遮音層を基本的に保存するという制約条件を踏まえてこれらの考え方を実現するための技術提案を行いました。

1.については、

A. 各チャンネルの音が自然に聞こえる環境
B. 各チャンネル間のつながりが良い環境
C. 前後感、奥行き感も含め、空間イメージが捉えやすい環境

以上のコンセプトを実現するための具体的な設計法として、基本室形状の検討、スクリーンとスピーカー廻りの設計については、レイアウト・設置高さ・タイムアライメント・マウント方法・スピーカー音響軸についての考え方、コンソール周辺の吸音処理、拡散機構の採用についての考え方を述べました。

2.については、数値シミュレーションを用いた低域特性の予測により、安定した低域特性の再現することを目的とし、設計プロセスとして次のステップを提示しました。

  1. 遮音層形状による室モードの特性抽出
  2. 最適な浮遮音層形状の検討
  3. サラウンドサークルの最適配置の検討
  4. サブウーハーの設置位置の検討
  5. 三次元シミュレーションによる最終確認

これらの考え方に基づいたプレゼンテーションの結果、採用された最終レイアウトを以下に示します。このプランの中に投入された様々な音響技術について、次項から詳しくご説明していきたいと思います。

図-1.平面 レイアウト
図-1.断面 レイアウト
図-1.平面/断面 レイアウト

写真-1.コメンタリーブース 写真-1.プリパレーションルーム
写真-1.コメンタリーブース(左)/プリパレーションルーム(右)

3. 理想のサラウンドモニター音場の構築に向けて

NHKでは、放送局のため、ほとんどのサラウンド制作スタジオでITU-R BS.775-1準拠による5.1chダイレクトサラウンド方式によるスピーカー配置が基本となっています。サラウンド創世期に作られた旧HVD520は、ITU-R準拠ではありませんでしたが、今回のリニューアルにおいては、ITU-R準拠が必須条件でした。そしてNHKのサラウンド制作スタジオのフラッグシップとして相応しい「5.1ch・ダイレクトサラウンド方式における理想のモニター環境」を構築することがリニューアルの最大のテーマとなりました。

サラウンドモニター環境では、"音の方向感"と"音の包まれ感"を的確にモニター・表現できることが重要になります。一般的にダイレクトサラウンド方式では、チャンネル間のセパレーションがよく、"音像定位"の面では有利ですが、"移動感"や"包まれ感"などの各チャンネル間の音の"つながり"についての表現はやや難しい側面があります。過度に吸音処理を行った空間では、音源位置が明確になる反面、この傾向が更に強くなります。弊社では、これを克服し、「精密な"音像定位"と、奥行き感や立体感などのイメージが表現しやすい"自然な音のつながり"を両立すること」をコンセプトに掲げ、プロポーザルに臨みました。

ここでは、プロポーザルで与えられた2つのテーマに対して弊社が提案した、これまでのスタジオ音響設計・施工の様々なノウハウと、新たな音響設計技術を中心にご紹介させていだきます。

3-1. サラウンド制作に相応しいモニター環境の考え方 ~新しい拡散機構による音場設計~

ダイレクトサラウンドモニター環境において、"音像定位"と"自然な音のつながり"の両立を実現するためには、音場の均一な拡散性の獲得が必要であると考えました。本プロジェクトでは、これまでのスタジオ設計思想にはない新しい拡散機構を導入したサラウンドモニター音場の構築を試みましたので、その内容についてご説明いたします。

写真-2.コントロールルーム 側壁~後壁にかけての拡散体
写真-2.コントロールルーム 側壁~後壁にかけての拡散体

◇スタジオの室内音場設計手法の変遷

これまでのスタジオにおける室内音場設計では、2チャンネルステレオの場合、リフレクションフリーゾーン(RFZ)のような、壁・天井からミキシングポイントに返る強い1次反射音の回避を主とした設計手法が取られることが主流でした。

サラウンドモニター環境となると、ITU-RやTHXなどの各規格では、更に残響時間や伝送周波数特性などについての規定も加わります。これら推奨値を満足するために、RFZの考え方の他に、リブやスリット、ディフューザーなどの設置により、吸音バランスの調整を行う設計手法が多く用いられてきました。

これらの手法では、部屋全体の統計的な吸音バランスという観点で主に面積配分し設計されます。しかし、コンサートホールなどと違い、スタジオなどの小規模な空間においては、それらの配置の仕方によって、音源と受音点の位置関係で反射音の特性に差が現れてきます。特にこれらが均等に配置された場合は、配列ピッチに応じて特定の周波数が強調される、"カラーレーション"が生じる要因にもなります。

◇新しい拡散反射のメカニズム

本プロジェクトでは、上述の背景を踏まえ、今までにないアプローチで拡散機構を実現し、サラウンドモニター環境に相応しい拡散性を獲得することに主眼をおきました。

反射面と吸音面の組合せでは、音響的に不連続な境界を構成するため、反射音に不自然で特異な特性が生じます。これを極力回避し、あらゆる到来方向からの音波に対し、できるだけ均一な"拡散反射音"を生成し、"緩やかな"境界変化が得られる拡散機構を実現したいと考えました。この発想から、無数の円筒状拡散体をランダムに配置した拡散体デザインが生まれました。(特許出願中) (写真-3)

円筒形状を採用した理由は、スリット/リブなどの面構成による形状に比べて、単体の反射指向特性が、音波の入射方向に依存性が少なく滑らかに等方的に拡がっているためです。しかし円筒形状でも、サイズに応じて、指向性に周波数依存があるため、奥行き方向に直径を変化させ、限られた奥行きスペースの中で、より幅広い帯域まで拡散効果が得られるように配置をコントロールしています。

また個々の特性は優れていても、複数で周期的な配列により全体を構成してしまうと、ピッチに応じた周期性が時系列と周波数特性に現れる可能性があるため、更にこれらを回避する目的で、側壁から後壁にかけて、平面、奥行きともに一定のピッチを保つことなくランダムな配置とすることで、拡散効果の更なる向上を狙いました。図-2及び3に、規則配列とランダム配列における反射性状の違いについてのシミュレーション結果を示します。図-2は、時系列と周波数特性を模式的に示したもので、図-3は、反射音が過渡的に拡がっていく様子を、差分法による波動解析を用いて可視化したシミュレーション結果です。これらを見ると、時間応答、周波数特性だけでなく、反射波の空間の均一性といった観点からも、ランダム配置の有効性が確認できます。

このような拡散反射を実現することで、聴感上も、すべてのスピーカーに対して定位感を確保しながら、自然な音のつながりを得ることができました。さらにミキシングポイントだけでなく、ディレクターエリア、クライアントエリアにおいても、特性の違いが少ないため、定位感やサラウンド感が共有できる、カバーエリアの広い音場を実現しています。

最終的なコントロールルームの室内音場の特性として、図-4にコントロールルームの残響時間を示します。この規模の容積のスタジオではなかなか実現が難しい、63Hz帯域までバランスのよいフラットな特性が得られています。聴感上は、残響時間の数値ほどのデッド感はほとんど感じられません。しばしばスタジオで経験することがある閉塞感は感じられず、非常に居心地の良いナチュラルな音響空間を実現しています。これは、内装表面仕上げでの急激な吸音がないことと、拡散体群による微細な反射音による適度な周波数バランスの良い"響き"、奥行き感のある視覚的な効果等、すべての相乗効果によるものと考えられます。スタジオにとって、音響性能とともに重要なファクターである居住性についても、この新しい拡散体デザインが一役買うことになりました。

写真-3.側壁の拡散体(アップ)
写真-3.側壁の拡散体(アップ)

図-2.規則配列とランダム配列の反射性状の違い
図-2.規則配列とランダム配列の反射性状の違い
(上:時間応答/下:周波数特性の概念図)

図-3.規則配列とランダム配列の反射性状の違い(反射音の過渡的な空間分布の可視化シミュレーション)
図-3.規則配列とランダム配列の反射性状の違い
(反射音の過渡的な空間分布の可視化シミュレーション)

図-4.コントロールルームの残響時間
図-4.コントロールルームの残響時間

3-2. サラウンドモニター環境における低域の制御の考え方 ~3次元波動音響シミュレーションによる予測~

サラウンドモニター環境において、すべてのチャンネルスピーカーのモニター特性が全帯域に渡って揃っていることは理想です。しかし、スタジオのような比較的狭い空間では、低域特性が室の固有振動モード(室モード)に大きく支配されるため、低音域まで特性を揃えることは非常に困難です。室モードの固有周波数とモード性状は、スタジオの浮き遮音層の形状により決定されますが、スピーカーとミキシングポイントの位置関係によってその現れ方が大きく変化します。

本プロジェクトでは、ベースマネージメントを用いないダイレクトサラウンドモニター環境を、既存スタジオの浮き遮音層の形状を保存して構築しなければならなかったため、既存の形状を活かして、すべてのチャンネルができるだけ均一な低域特性が得られるようなサラウンドサークルの配置検討が必要でした。

このようなスタジオの低域特性の検証を、弊社では3次元境界要素法による波動音響を用いたシミュレーションによって行なっています。ここでは、その検証プロセスの一部をご紹介いたします。図-5は、既存形状と最終形状における63Hz帯域での音圧分布と、1/3オクターブバンドレベルのシミュレーション結果を示しています。これをみると、室形状の最適化を行なった最終形状では、既存形状に比べて、音圧分布、周波数特性ともにチャンネル間によるレベルのばらつきが改善されていることが分かります。このようにシミュレーションを用いた検証を行い、低音域での特性の安定化を計っています。

検証プロセスの最終段階では、コンソールなどの大型の機器の影響や、吸音の影響を含め、より詳細な検証を行なっています。

なお、弊社では、シミュレーション結果の妥当性を検証するため、実測値との比較検証も行なっています。図-6は、既存の浮き遮音形状でのシミュレーション結果と工事中の実測値との比較結果です。これを見ると、室モードの影響によるピーク・ディップが良く対応しているのが確認できます。このように、各施工段階での実測データとも検証を行なうことにより、予測精度の向上と、設計へフィードバックするための基礎データを蓄積することを心がけています。

図-5. シミュレーションによる浮き遮音層形状最適化の検証(上:音圧分布(63Hz 1/3Oct. band)
図-5. シミュレーションによる浮き遮音層形状最適化の検証(下:1/3Oct. band level)
図-5. シミュレーションによる浮き遮音層形状最適化の検証
(上:音圧分布(63Hz 1/3Oct. band)/下:1/3Oct. band level)

図-6.低域特性のシミュレーション結果と実測値との比較
図-6.低域特性のシミュレーション結果と実測値との比較

4. モニタースピーカーシステム

4-1. 新型ラージモニター「NES211T」の誕生

弊社のモニタースピーカーシステム・NESシリーズは、NHKの放送センター内では、音楽系スタジオを中心に数多く納入実績があります。CR-506などの録音系スタジオでは、コントロールルームの窓ガラス上にビルトインした、横型のダブルウーハータイプNES211S(H)が主に採用されています。しかし、今回HD-520では、今までのラインナップにはないトールボーイタイプの「NES211T」が新たに採用されました。ここではその開発の経緯について触れたいと思います。

HD-520はポストプロダクション・スタジオのため、映像モニターにはプロジェクターと音響透過型スクリーンの使用が前提となりました。スクリーンを使用したITU-R準拠のスピーカー配置の場合、スクリーンとフロントスピーカーの位置関係に以下の問題が生じます。ITU-R配置ではCchがL/Rchより一段奥に下がるため、フロントスピーカーすべてをスクリーンバックにすると、Cchだけがスクリーンから離れてしまいます。音響的には、スクリーンからの反射の影響をできるだけ軽減したいので、これを優先すると、Cch をL/Rchと同様にスクリーンに近づけた配置となりますが、今度は、Cchにディレイでのアライメント補正が必要になってきます。

今回は、ディレイ補正は極力使わずに、シンプルなITU-R配置でのモニター環境構築を目指したため、プロポーザルの段階で、L/Rchの間にスクリーンを配置したレイアウトを提案させていただきました。スクリーンをL/Rchより一段奥に下げ、Cchに極限まで近づけて設置し、L/Rchからスクリーン表面で反射する影響を低減する効果も狙いました。(前記図-1平面参照)

しかし、このレイアウトでNES211S標準タイプを採用すると、キャビネットの横幅が広いために、スクリーンが所望のサイズより小さくなってしまいました。そこで、スクリーンサイズを最大限に確保でき、なおかつ5チャンネルともユニット配列が同条件の新型「NES」が要望されました。

写真-4.ラージモニター NES211T
写真-4.ラージモニター NES211T

室容積とサラウンド半径3.8mを考慮すると、パワー的にはダブルウーハータイプが必須だったことと、キャビネット幅を抑えてスピーカーユニットを極限までスクリーンに近づけたい、という2つ条件を満たす理想の形は、トゥイーター、スコーカー、ウーハーとバーティカルに並ぶトールボーイタイプしかない、ということで「NES211T」が誕生しました。

今回のトールボーイタイプは、標準タイプのNES211Sとキャビネット容積は同じですが、寸法比が変わったため、ネットワークとキャビネット内部の音響処理において、想像以上の工夫を要しました。

4-2. 理想のモニター環境をつくる上でのスピーカー台の役割

2.で記した「精密な"音像定位"と、奥行き感や立体感などの空間イメージが表現しやすい"自然な音のつながり"の両立すること」を現実なものにするには、スピーカーの潜在能力を余すことなく引き出す事が不可欠です。その為にはスピーカー台に求められる役割は非常に大きく、今回は理想に近いスピーカー台を追求いたしました。

◇ラージモニター台

スピーカー台に求められる要素としては、重量、剛性、固有の鳴りや響きがない などが挙げられます。ラージモニター台にはこれらを満たす構成として、木材、モルタル、特殊制振板という組み合わせを採用しました。

下のベースとなる部分には"ブビンガ"というアフリカ産の木材を採用しました。この木は比重が1.0近くで大変重く、強度と粘りを併せ持った材質で和太鼓の胴にも使われます。これを120mm×90mmの積層材にしたものをホゾ組みすることで非常に剛性が高く、微動だにしないベースを作り上げています。又、柱脚を5本にすることでより強度を増し、その上の振動を抑えています。

写真-5.ラージモニター用スピーカー台
写真-5.ラージモニター用スピーカー台

このベースの上にさらに重量を増やす目的で無収縮モルタルを充填しています。無収縮モルタルは一般的なモルタルに比べると充密感があり経年変化が少なく、スピーカー台として使用するには理想的なものです。これにより主に低域のレスポンス、押し出し感の向上に寄与しています。さらに無収縮モルタルの上に特殊制振板を敷き、スピーカー台の完成となります。

この特殊制振板はセラミックコンクリートに制振材を含浸させたもので(写真上の黒い板)、比重は約3.5と大きく、且つ剛性、内部損失とも非常に高い理想のマテリアルです。この制振板を敷くことによる音質的な利点としては、解像度の向上により音像が明確になり、奥行き方向もより感じられるようになります。

実際、この台の上にセットされたNES211Tスピーカーはあらゆる要素で音質的な向上が見られ、このスピーカーの潜在能力の高さを証明しました。

◇ミッドモニター台

HD-520のサラウンドモニター環境には、放送という、あらゆる試聴環境が想定されるメディア制作に対応するため、ラージモニターより一回り小さなサラウンドサークルで小さなスピーカーでもモニターできるように、「ミッドモニター」が常設されました。(写真-6)

このミッドモニター用のスピーカー台にもラージモニター同様の要素が求められます。しかし、ラージモニターの手前の床面に設置されるため、なるべくスリムにしなければ動線の妨げになります。

そこで三角柱を基本形状として、三本脚と六角形のスピーカー台という構成にしました。スピーカー台は人工大理石、合板、制振材及びケイカル板の積層構造にすることで、重く、且つ固有の鳴りがないものとなっています。又、転倒防止を考慮し、スピーカー自身をワイヤーで引っ張ると同時に脚の下部にウエイトを掛け、台自身の重心を下げています。これにより、音質的にも重心が下がり、ラージモニターとの比較においても違和感のないモニター環境を創ることができたと思います。

リアチャンネルの開き角度は、床に埋め込んだ受け座をガイドにすることで、120°と110°の角度設定を容易に変更することができます。

写真-6.ミッドモニター用スピーカー台
写真-6.ミッドモニター用スピーカー台

5. 音響調整

サラウンドモニター環境における音響調整では、主に再生レベル、周波数特性、アライメントなどのモニター特性について調整することがメインとなります。これらの電気的な補正を行なう前に、機器レイアウトやその周辺条件などの微調整を行なうことで、電気的補正を最小化するためのルームアコースティック・チューニングが必要であると考えます。スピーカーなどの設置条件を大きく変えるわけではないので、あくまで微調整ですが、しかしながらこの微調整で再生音の完成度は大きく変わります。ここでは、今回行なったアコースティックなチューニングを中心にご紹介いたします。

5-1. アコーティック・チューニング

◇スピーカー音響軸の考え方

ダイレクトサラウンド方式では、すべてのスピーカーが距離、設置高さとも同一であることが理想です。今回は、サラウンドサークル3.8mで、同一スピーカー5台をすべて等距離に配置し、仰角もすべて同じ8°としています。スピーカー開き角は、ITU-R準拠のため、L/Rchは30°、LS/RSchは120°としました。L/Rchの音響軸に関しては、ミキシングポイント一点に直接向けずに、24°と少し外振りの設定としています。この目的は、コンソールでのミキシング作業による左右の移動に対しても、音像変化が少なくサービスエリアをなるべく広く取るためです。また、L/C/Rchの音像の大きさと定位が揃って聴こえ、奥行き感やリバーブなども判りやすい、チャンネル間のつながりの良い音場となります。24°がデフォルトですが、Cchだけでなく、L/Rchも、振り角度とスクリーンとの関係により、スクリーン表面の反射の影響が変わってくるため、最終的にはリスニングにより、振り角度とスクリーン廻りの音響内装を更に微調整して、音像と定位のバランスを追い込んでいきました。

◇スクリーン・エフェクト

今回のスピーカーレイアウトでは、Cchのみスクリーンバックとなるため、Cchとそれ以外のスピーカーの音色を合わせるための手段を検討する必要がありました。

まず、今回採用されたサウンドスクリーンの音響透過性を確認するために、インストール前に測定をさせていただきました。その結果、音響透過性に非常に優れた特性だったため、Cchは極限までスクリーンに近づけてスクリーンの影響を最小化し、Cch以外のスピーカー面に、サランネット用のジャージクロスによるパネルを設置しました。スクリーンバックのCchの特性に合わせるのではなく、Cchをそれ以外のスピーカーに如何に近づけるか、ということが音響調整に求められました。

音響透過性に優れたサウンドスクリーンでもやはり"スクリーン・エフェクト"は起こります。スクリーンを透過したときのロス以外に、スクリーンを透過せずに僅かに反射した音が、スピーカーのエンクロージャーとの間で多重反射を起こすことによって、高域特性に"フィルター"が掛かり、音像の解像度に影響を与えます。これを改善するため、トゥイーター周りのエンクロージャー面に薄い吸音材を貼り、この影響を抑制しました。こうすることで、スピーカーとスクリーンの間で起こる干渉が低減され、最終的なモニターコントロールのEQによる微調整が反映されやすくなり、L/RchとCchと音質の差を最小化することができました。

◇コンソールトップのVUメーター台

コンソールメーター上部に設置されることが多いVUメーターですが、コンソールサーフェイス同様、筐体による音の反射の影響がフロントチャンネルのモニター特性に現れます。サラウンドでは特にCchの高域で顕著に現れるため、今回は視認性を確保できる範囲でVUメーターを少し上向きに傾けて設置し、筐体面は薄いフェルトで吸音しました。これにより、8~10kHz付近の高域特性の暴れが緩和されます。(図-7 モニター特性参照)

◇コンソール周辺の吸音処理

コンソール背面は、一般的に軽量の金属パネル仕上げとなっており、剛性が低く鳴りやすい反射面になっています。そこで今回は、コンソールの前に吸音衝立を設置することで、コンソール背面での高域反射の抑制と、CchとL/Rchとの低域特性の違いを微調整して、"音像の締り"といった解像度の向上を図りました。

5-2.モニターコントローラー

今回は、基本的にルームアコースティックでの調整により、電気的補正を最小限に抑えることを目標としていたため、モニターコントローラーにもシンプルで高音質なものが望まれました。今回採用された「Dolby Lake Processor」は、SSL C300コンソールのモニター回路に、ダイレクトにデジタルでセンド/リターンすることで、A/D、D/Aコンバーターを介すことなく、シンプルなシグナルパスとなり、音質劣化を最小限にとどめることができました。

調整項目は、以下のイコライジングをメインに行いました。Cchには、前述のスクリーン・エフェクトの高域補正と、部屋芯にスピーカーが配置されることに起因する定在波のピーク部分を少し抑える目的で、LS/RSchには、フロントチャンネルより背後壁が近いことで低域が上昇するためそれを抑える目的で、それぞれPEQにて微調整を行いました。なお、L/RchはEQしていません。

タイムアライメントに関しては、スピーカー音響軸までの物理的距離の精度追求と、ユニット、ネットワーク、ケーブル長など、スピーカシステムでの誤差の最小化を計ったことで、5チャンネルすべて、サンプル精度で時間特性が揃っていたため、今回ディレイ補正は行なっていません。

写真-7.センターチャンネルの調整風景
写真-7.センターチャンネルの調整風景

図-7.ラージモニターのモニター特性(上:調整前/下:調整後)
図-7.ラージモニターのモニター特性(上:調整前/下:調整後)

最後に、これらのアコースティックチューニング及びモニターコントロールの前後での特性を図-7に合わせて示します。

6. 最後に

理想のサラウンドモニター環境の構築を目指し、歴史あるHD-520スタジオのリニューアルという機会をいただけたことに心より感謝いたしております。ご担当いただいたNHK関係者の方々には大変お世話になりました。また、このプロジェクトに携さわられた多くの方々に、この場を借りてお礼申し上げたいと思います。

今後、NHKのサラウンド制作におけるフラッグシップスタジオとして、このHD-520スタジオから数々の素晴らしいサラウンド作品が世に出され、感動を与えていただけることを心から願っております。