3D/1スタジオ。天井高のある物件に移転したことでトラスを高く設置することができ、カメラの捉えられる範囲が拡大しました。
3D/1スタジオ。天井高のある物件に移転したことでトラスを高く設置することができ、カメラの捉えられる範囲が拡大しました。

「にじさんじ」をはじめ、多数の人気VTuber /バーチャルライバー(以下、ライバー)を擁するエンターテインメント企業ANYCOLORが、制作の拠点となるスタジオを移転し、2024年10月から稼働をスタートさせました。以前は5部屋で運営されていたところを、移転後は大小合わせて16部屋に拡大。併せて質の向上も図られています。移転のいきさつやスタジオ作りに求めたものなど、お話をうかがいました。

天井が高く広い3Dスタジオ

ANYCOLORスタジオ部の部長・水越一海氏は、スタジオ移転のいきさつをこう振り返ります。
「ここ数年、弊社に所属しているライバーの数に対して、スタジオの数がまったく足りていない状態が続いていました。タレントの数は増え続けていて、さらに弊社はアカデミーも運営し育成にも力を入れているので、新しいタレントもそこからどんどん生まれてくる。その規模に見合ったハコを用意する必要があったのです」
移転後のスタジオの構成は以下の通り。

  • 3Dスタジオ×3
  • 2Dスタジオ×5(うち1つはグリーンバック仕様)
  • レコーディングスタジオ×2
  • MA(エディット)スタジオ×2
  • 個人用配信ブース×4

3Dスタジオから見ていきましょう。3Dスタジオはライバーのコンテンツ作りにおいて重要な存在です。ライバーの体や小道具にモーションキャプチャー用のマーカーを取り付け、アクティングエリア(演者の動きが捉えられるエリア)の前後左右+上を囲むように設置した専用のカメラで動きをトラッキングし、動かします。水越氏はスタジオ移転に際し、3Dスタジオの天井が高く取れる物件を求めていたと言います。
「3Dスタジオの天井高は高ければ高いほど良いです。天井が高いとダンスの中でジャンプするような動きにも余裕を持って対応できますし、モーションを正確に捉えられます」
設計を担当した日本音響エンジニアリングの出口公彦は、3Dスタジオの床の構成について次のように語ります。
「アクティングエリアは床の構造を変えていて、飛び跳ねたときに足への負担が少なく、かつ床が沈みすぎないように、硬すぎず柔らかすぎずというバランスの浮床になっています。一方で、トラスが乗っている部分はアクティングエリアとは縁を切って、モーションキャプチャーのカメラが揺れないようにしています」
3Dスタジオは大中小、3つの部屋があり、一番大きい3D/1スタジオは大規模なスポーツが出来るほど広く設計されています。以前の3Dスタジオでも実際にシャトルランやサッカーが行われておりましたが、更に広くなったことでライバーのアイデアをより具体化しやすくなったと言えます。

2Dスタジオの充実も特徴

ANYCOLORの特徴という意味では「2Dスタジオの数が多いこと」も挙げられると、同社スタジオ部の副部長・柴田知洋氏は言います。
「弊社には業界最大規模である200人ほどのライバーが所属しており、それを生かして大人数が集結する企画も頻繁に展開されています。それに対応するためにも2Dのスタジオが充実していることはメリットがあります。実際、今回の移転を記念した柿落とし的な企画では50人が集まって複数のスタジオをまたいで生配信を行いました」
2Dスタジオは、2D/Aスタジオが最大規模となっています。加えてそれに準じる大きさの2D/Bスタジオがあり、小型の2D/Cスタジオ、2D/Dスタジオ、さらにグリーンバックスタジオも作られ、合計で5つのスタジオが用意されているので大人数かつ複数の案件への対応も余裕があります。水越氏が続けます。
「オフラインで演者同士が隣り合うことによって生まれる空気感は、オンラインでつないだときにはないものだと言えます。また、最近は商品をPRさせていただく機会も増えているので、そういった場合での配信クオリティの担保や特に最近はバラエティ要素に富んだ凝った内容の案件配信が増えておりますので、そういったものに柔軟に対応できるという意味でも、ライバーの自宅ではなくこちらのスタジオを使ってもらうのが良いと思います」
2D/Aスタジオには部屋の中にドアで仕切られた小部屋があります。こちらが運用上とても便利だと水越氏は言います。例えば、カードゲームを使ったコンテンツを制作する場合、カードゲームをプレイする様子はこの小部屋でスタッフがライバーの指示でカードを動かしていく。その撮影した画面を配信画面に載せるといった使い方がされるそうです。
スタジオの運用方法も柔軟性があります。通常、映像/音声のコントロールは各スタジオに設けられたサブルームで行いますが、複数のスタジオにまたがったコンテンツでは、どこか1つのサブルームに集約して配信を行います。また、各スタジオはIPネットワークでつながっていて、2D / 3D合わせて、複数のスタジオが超低遅延でのデータのやり取りを実現し、コンテンツにとして活用できるのです。

2D/Aスタジオ。2Dスタジオの中では一番広く、奥のドアで仕切られた小部屋は様々な用途として便利に使われています。
2D/Aスタジオ。2Dスタジオの中では一番広く、奥のドアで仕切られた小部屋は様々な用途として便利に使われています。
2D/Aスタジオのサブルーム。サブルームは3D/2Dの各スタジオに併設されていますが、1つのサブルームで複数スタジオの映像/音声をコントロールすることも可能です。
2D/Aスタジオのサブルーム。サブルームは3D/2Dの各スタジオに併設されていますが、1つのサブルームで複数スタジオの映像/音声をコントロールすることも可能です。
中規模の3D/2スタジオ。床を1mグリットの市松模様にし、縦横に番号を振ることで、演者が立ち位置を把握しやすくなっています。
中規模の3D/2スタジオ。床を1mグリットの市松模様にし、縦横に番号を振ることで、演者が立ち位置を把握しやすくなっています。
グリーンバックスタジオ。実写+背景の合成を行う際に使用されます。2Dスタジオの1つとしても稼働可能。
グリーンバックスタジオ。実写+背景の合成を行う際に使用されます。2Dスタジオの1つとしても稼働可能。

遮音は今回の移転の大きなテーマ

ANYCOLORが制作するコンテンツはにぎやかなものが少なくありません。また、複数のスタジオが同時に稼働するケースも多いため、今回の移転に際しては個々のスタジオの遮音が大きなテーマとなりました。水越氏曰く「移転前のスタジオでは遮音が課題になっていた」とのこと。
「1つのスタジオでカラオケの配信をやっていると、隣接したスタジオでは何を歌っているかわかるくらい音が漏れてきており、そちらの配信や収録に影響が出てしまっていました。」
スタジオを効率良く運用するためにも遮音については検討が繰り返され、2Dのスタジオに当初の設計では予定されていなかったボイド(遮音のための空間)を設けたり、屋外から音が入ってくる方角にプランを反転させて遮音性能の高いレコーディングスタジオを配置したりといった工夫が施されています。
「レコーディングスタジオの遮音については、特に綿密な打ち合わせをして力を入れてやっていただきました」とは柴田氏の弁。
「バイノーラルマイクを使うコンテンツがあるので、収録する音以外のノイズは一切排除したいのです。また音響的には、デッドにしすぎると長時間いるのがつらくなることもあるので、調整してもらって長時間の収録でも苦にならない快適な空間になりました」
バイノーラルマイクを使ったコンテンツは増加していて、ANYCOLORではレコーディングスタジオ以外でも使用することがあるとのこと。その点について今回のレコーディングスタジオを担当した日本音響エンジニアリングの柳澤拓海はこう語ります。
「そのため2D/Cスタジオと2D/Dスタジオの室内音響に関してはレコーディングスタジオ/ MA(エディット)スタジオと近い仕上にしています」
水越氏によると、この2Dスタジオ2部屋に関しては音声を担当するオペレーターの方からも好評とのこと。「2D/AスタジオやBスタジオのような大部屋も良いですが、こういったスタジオも小回りが利いてとても使いやすく、積極的に使っていきたいと考えています。音も良くてミキシングがしやすいんです。」

MA(エディット) スタジオ。7.1chのサラウンドに対応。日本音響エンジニアリング独自の音響拡散体AGSも装備されています。
MA(エディット) スタジオ。7.1chのサラウンドに対応。日本音響エンジニアリング独自の音響拡散体AGSも装備されています。
2D/Dスタジオ。2D/Cスタジオと同じ仕様の部屋。レコーディングスタジオやMA(エディット) スタジオと同様の音響内装がされています。
2D/Dスタジオ。2D/Cスタジオと同じ仕様の部屋。レコーディングスタジオやMA(エディット) スタジオと同様の音響内装がされています。
レコーディングスタジオのレコーディングブース。落ち着いた雰囲気で、複数人が並んでナレーション録りできる広さがあります。
レコーディングスタジオのレコーディングブース。落ち着いた雰囲気で、複数人が並んでナレーション録りできる広さがあります。
レコーディングスタジオのサブルーム
レコーディングスタジオのサブルーム

人気を博している個人配信ブース

ライバーの方が1~2人で入って使用することを想定した個人配信ブースについては、当初2部屋の予定だったものを4部屋に増やしたと水越氏は語ります。
「需要がありそうだなとは思いましたが、予想以上に使われていて毎日ご利用頂いています。居心地がすごく良くて。4つあるうちの1つはバイノーラルマイクを常設しています」こちらも高い遮音性能を備えた作りになっていると日本音響エンジニアリングの柳澤は言います。
「レコーディングスタジオと同様に浮床としていますが、壁・天井を鋼製の遮音パネルで構成して遮音性能を確保しています。隣の部屋で大声を上げても大丈夫です」
水越氏によると「トロンボーンを吹いても大丈夫でした」とのこと。4つの部屋が連なった配置ですが、コンテンツ制作へのノイズの影響はなさそうです。

こうして完成したANYCOLORの新スタジオ。VTuber/バーチャルライバーという新しい世界を表現する空間ではありますが、1つ1つのスタジオはこれまで培ってきた技術を生かした、基本に忠実な作りになっていました。柔軟な発想で生み出される演者や制作陣のアイデアを、懐深く受け止められるに違いありません。

個人配信スタジオ。1〜2人での使用が想定されていて、1室にはバイノーラルマイクが常設されています。浮床構造で遮音も万全です。
個人配信スタジオ。1〜2人での使用が想定されていて、1室にはバイノーラルマイクが常設されています。浮床構造で遮音も万全です。

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