
東京都調布市にある角川大映スタジオ。数多くの映画やドラマ、CMが制作されている同スタジオのダビングステージが2024年9月にリニューアルされました。Dolby Atmos Cinemaへの対応をはじめ13年ぶり行われた大規模改修、その中身を紹介しましょう。
音響的な目標は音の解像度を上げること
取材に応じてくださったのは、角川大映スタジオのポストプロダクション技術課兼バーチャルプロダクション課で課長を務める竹田直樹氏と、ポストプロダクション技術課の係長である山口慎太郎氏。竹田氏は、今回のリニューアルの経緯をこう振り返ります。
「ここの建物ができたのが2011年で、そのときから使っていたNEVEのコンソールもそろそろリプレースが必要なタイミングになってきました。いい機会なので、機材の入れ替えだけでなく新しいフォーマットを導入したいと考えDolby Atmos Cinemaへの対応を検討し始めたのです」
2011年の新築時にダビングステージの建築を手掛けたのは日本音響エンジニアリングでした。加えて2018年にMAルームの改修を行い、Dolby Atmos Homeへの対応も行っていたため、今回のダビングステージ改修も担当させていただくことになりました。
音響的なご要望のメインは、音の解像度を上げること。それにどう応えたか。本改修を取り仕切った日本音響エンジニアリングの宮崎雄一はこう振り返ります。
「3階のダビングステージと同じ仕様で地下1階には客席が設置された試写室があります。試写室と比べ残響時間が少し長く感じることやDolbyAtmosに対応させるのに合わせ低域の明瞭度やサラウンドの分離感を向上させたいというご要望がありました。低域の響きを抑えることで音を分かりやすくする方向でご提案しました。ただ、低域の吸音を増やしていくだけでは併せて高域も下がって息苦しい音響になってしまう。そこで、拡散性もバランスよく持たせて、高域は程よく返しながら調整していきました」
音の拡散には日本音響エンジニアリング独自の拡散体AGSが用いられています。改修前のダビングステージでずらりと露出していたAGSを、今回の改修では壁の中に格納し、吸音材とのバランスをとって最適な音響になるよう調整されているのです。
伝統工芸の組子細工を効果的に使用
インテリア面では、壁に使用された組子細工が目を引きます。その導入のきっかけを山口氏はこう話します。
「最初にスタッフ間でデザインのテーマを話し合ったときにキーワードとして出てきたのが"和モダン"でした。それを実現するため何か良い素材はないかと探していたときに、あるスタッフが見つけてきたのが組子細工で。こういうスタジオに導入した例は見たことがなかったし、面白いと思いました」木の温かみを持ちながら、幾何学模様がシャープな印象も与える組子細工。まさに"和モダン"を体現する素材です。導入に当たっては音響的な工夫もなされていると、設計を担当した日本音響エンジニアリングのシニアエンジニア、崎山安洋は言います。「店舗などで使う場合と違って、組子細工の奥、黄色い部分は壁と同じファブリックで透過させているんです。そして壁の奥には吸音材がある。組子自体は木製で、金属やガラスのように反射するものではない。そういう意味では適度な音の拡散も期待できます」
組子細工を含め、今回の改修では木がふんだんに使われているのも特徴的です。床はフローリングに変わり、コンソールを設置するデスクも木を使ったものが製作されました。山口氏はこのデスクの使い勝手が良いと話します。
「改修前はデスクの前に追加のデスクを垂直に置いて横向きで作業していたので、片耳で音を聴くような形になり不便でした。今回はオリジナルで作っていただいたので、作業に必要な幅や奥行きを確保しながら、横の移動もしやすくしてもらって。コンソールのセクションごとのレイアウトも使いやすいです」
明確な目標のもと完成した空間
今回の改修は、ダビングステージの不使用期間を最小限に抑えて集中的に行われました。タイトなスケジュールの中で効率よく進められた要因の一つを、日本音響エンジニアリングの葛西信輔はこう振り返ります。
「今回は、角川大映スタジオさま側でやりたいことが十分に練られ、模型まで作っていただいたので意図がすごく明確に伝わってきました。これは大きなポイントだったと思います」
完成した空間は非常に居心地が良く、取材時の声のやり取りからも、音が聴き取りやすい環境であることがよく分かりました。実際に、使用したお客様からは「音が分かりやすくなった」と好評を得ているとのこと。その評価も納得です。
最後に、竹田氏から「改めてお礼を言いたいです」という言葉をいただきました。
「時間のない中、相当細かいお願いもさせてもらいました。音は言葉で表しても人によってイメージするものが違うので形にするのがとても難しいと思っているのですが、出来上がりを見て、これは自分たちがイメージするもの以上のものができたなと、そう思います」
目標を明確にし、関係者が一つの方向に向くことで出来上がったこの素晴らしい空間で、良い作品がたくさん生み出されるのが楽しみです。




(撮影:八島 崇)