The Hit Studio

音空間事業本部 河野 恵、廣瀬 大輔、崎山 安洋

メインフロア
メインフロア

1. はじめに

音楽レコーディングスタジオ" The Hit Studio "が完成しました。このプロジェクトは、音楽プロダクション(株)タイスケ様のスタジオで、"CROSSROADS STUDIO"新設に続く2回目のスタジオ新設です。

スタジオ計画にあたっては、2012年のプロジェクト開始から、どのようなスタジオとするかをお客様と十分意見交換し、あるべきスタジオ像を造っていきました。コンセプトは、"アコースティックにこだわったライブなスタジオ"。これを実現するために、音場のこと、機材のこと、録音の歴史などを交えながら、お客様と共通認識を固めていきました。スタジオは、バンドの収録(リズム録り・ボーカル録り)を主とし、ストリングス(弦)録りまで行います。スタジオは、コントロールルーム、メインフロア、ドラムブース、ピアノブース、アンプブース、多目的ブース、マシンルーム、そして特徴的な室であるエコールームから構成されています。これらを具体化するために、国内外のスタジオの写真も参照しながら、スタジオの詳細を検討しました。その過程で、数々の著名スタジオに共通することとして、優れた音場が意匠面に反映されており、それぞれのスタジオに強い個性が表現されている、ということを改めて認識しました。その結果、本スタジオは、ライブな音場を実現するための音響機構を、見える形でデザインすることとなりました。その詳細を、これからご紹介いたします。

2. 良い音場の基礎固め

スタジオは既存ビルの地下1階に計画されました。上階がレストラン、下階がパーキング、さらに積載荷重の制限もありました。スタジオの音響設計には遮音計画と音場計画がありますが、こうしたことから遮音計画から検討を始めました。荷重制限の中で、上階の歩行音、パーキングエレベータの騒音および振動防止のために事前測定を行い、現状を把握してから遮音構造を検討しました。その結果、各室の仕上げに応じて部屋毎に遮音構造が異なる複雑な仕様となりました。遮音構造は、遮音量に関わることは当然ですが、低域の室内音場に深く関わります。その両面から、異種材料で構成した複合構造としました。

3. スタジオの顔

スタジオメインフロアは、" LIVEでアコースティックを重視した音場 "がテーマとなりました。この" LIVE "をどう具現化するか?LIVEのためにすべての面を反射面としても、ただただ " お風呂場の音場 "にしかなりません。このLIVE感を出すには、方向性を持った楽器の音がマイクで収録されることが重要です。そのために、反射面、拡散反射面、吸音面の仕様と配置を計画し、同時に意匠デザインを考えて進めていきました。さらに、空調・照明等の機能デザインも重要な要素です。また、アコースティックな音場とするためには、天井高さを確保したいところです。地下1階の天井高さは4.7mと既存ビルとしては比較的高いものの、特異な梁形状となっており、空調ダクトの引廻しを仔細に検討することで、メインフロア中央部で3.6mの天井高さを確保することができました。

次の段階では、壁や天井、床といった各面の表情について考えていく作業を進めました。

天井面については、高さを活かしながら、実際の高さ以上の空間を感じさせる収録音場としました。LIVEでありながら音が抜けるように、拡散反射面と吸音面とをある比率で面積配分しました。反射板は木材とセメントが混合圧縮された材料で、質感のある拡散反射音を生み出しています。

壁面については、コントロールルームに対向する正面壁はメインフロアで一番大きな反射面となります。ドラム録音では切れの良い量感のある低域、ストリングス録音ではオフマイクでも響きがある高域の伸びた音、ボーカル録りでは艶のある音を念頭に、楽器配置とマイク配置を想定して、材料の選択および配置を行いました。

まず、質感のある低域の再現と中高域を拡散するために、重量のある凹凸のある煉瓦タイルを選択しました。壁面全体は、フラッタエコーの影響を考慮し、約4度上向きに傾けました。次に、コントロールルームに面した"のぞき窓"上には、変わった表情の反射吸音板を細かく配置しました。拡散音場の実現と窓ガラスの反射音の影響の緩和を目的として、内部は吸音とした角度の異なる反射板を採用しました。これらにより表情豊かな意匠と拡散音場となりました。

完成後の音場調整では、床にカーペットを敷いて録音することも想定して吸音材を調整し高域を中域より少し長めに設定しました。試しにドラムのバスドラ、スネアを叩いてみると、ミュージシャンにノリ良く演奏してもらえる響きとなりました。工事完了後、複数点での残響時間測定結果からも、測定点によるバラツキが少なく平坦な特性となっており、音圧分布も均一で、低域の質感があり高域も伸びたバランスの良い音場を実現できました。

天井面
天井面

コントロールルーム対向面
コントロールルーム対向面

コントロールルーム側壁面
コントロールルーム側壁面

4. コントロールルームの音色

スタジオの中枢となるコントロールルームの音響性能として、次の3つのポイントが挙げられます。

  • 低域のピークディップが少ない音場
  • ミキシングポイント以外の位置でも同等の音場
  • 長時間作業でも疲れない音場

室内のピークディップは、室形状や室寸法、機器配置等により左右されます。予め、計画段階で低域共振モードの検討結果に基づき遮音天井高さを調整し、低域モードを軽減するために音圧レベルの高くなる部分を吸音しました。天井には、3種類の吸音体を用意し、低域モード、中高域の反射などを考慮して配置しました。こうした配置計画により、凹凸のある形状の意匠となりました。こうした設計により低域のピークディップの少ないバランスのとれた音場となっています。

次に検討したのが、ミキシングポイント以外でも、ミキシングポイントと同等のモニター音場の実現です。一般的に、後壁に近いクライアントエリアでは低域の音圧が上がり、ミキサーポイントとの再生音の違いが出がちです。また、後壁からの反射音が大きいと、音の前後感や奥行き感のない音となります。このような問題を解決するために、後壁全面に柱状拡散体AGSを配置し、コーナーテーブル下部等も積極的に活用するなど、低域吸音処理を行いました。この結果、クライアントエリアでもミキシングポイントと同様に録音内容を把握でき、奥行き感のある立体的な空間表現としてモニターでき、音楽制作上のコミュニケーションもスムーズな作業環境となりました。

現場では、レコーディングからミックスダウン作業まで、緊張感のある長時間作業が続きます。こうした緊張感の中で長時間疲れない空間とするためには、AGSによる拡散音場に加えて、モニタースピーカの解像度が高いことも重要です。解像度が高いモニター音により、エンジニアが迷うことなくミキシング作業に集中できます。解像度の高いモニター音とするためにバッフル仕様をソフトバッフルとし、バッフル内で様々な音響処理を施しています。スピーカ本来の性能を引出すために、スピーカ台の剛性と質量を確保、スピーカ設置の仕方、スピーカ背面の遮音層を鳴り難くするために異種の複合材料とするなど、幾多の処理と調整を施しました。その結果、38cmシングルウーファーであっても、高い解像度を維持しながらパワー感もあり、バランスのとれたモニター音場が実現できました。

こうした設計検討によって、このコントロールルームでは天井面とAGSの表情の豊かさが際立った意匠となりました。このことこそ、単に意匠だけを考えた結果ではなく、音響そのものが形となって現れている空間といえると考えます。

コントロールルーム
コントロールルーム

**SYSTEM**
Console : SSL SL4040G+ , DAW : DIGI DESIGN Protools | HD 3 Accel 192 I/0 40in 40out
Monitor SP : Genelec 1038B , Genelec 1031A
Other EQ : EMT140 , Neve 1081×5 , Telefunken V72×2
Piano : STEINWAY & SONS (NEW YORK) Model B

バッフル面
バッフル面

側壁面
側壁面

後壁面
後壁面

5. 音響が形に現れると

このスタジオには、他にも幾つか特徴のある空間があり、どれも同じスタジオコンセプトに沿って計画されたものです。

ドラムブースでは、後壁に重量のある石材を積み上げ、側壁には取外し可能な吸音体を付け、音圧レベルの高いドラム録音でも質感のある低域とくっきりとした中高域とで、輪郭の見えるパワフルなドラム録音を可能としています。

ピアノブースでは、ピアノ本来の音を引出す録音環境とすべく、低域については吸音処理、中高域についてはAGSの拡散処理と軽い吸音処理とし、マイクポジション側となる正面と右側面にAGSを配置しました。平面的にはコンパクトですが、天井の高さも活かされ、広がるような空間印象と程よい響きが特長となっています。

今回、近年では珍しい、録音にリバーブを加えるための部屋、エコールームも配置されました。天井および壁面は、伸びやかな高域の拡散性反射が期待できる磁器タイルとし、室形状は不正形、天井は傾斜天井とすることで、エコールームに最適な拡散音場としました。低域の残響時間が長すぎると使いにくいので、あえて一部に低域処理用吸音面を設け、天井にはアクリル製の曲面拡散体を吊るして拡散性向上を図り、最後に高さと角度を調整しました。小型スピーカを持ち込みヒアリングすると、十分に音楽が楽しめる空間となりました。残響時間特性もフラットで、低域の残響時間も制御され、中高域が綺麗に伸びる音場を実現しています。

また、スタジオの細部にもこだわり、特にスチール防音扉の表面に木質系材料を貼る事で、扉の反射音の音質を和らげることと、意匠性を両立しました。スタジオ全体の空間に視覚的にも聴覚的にも溶け込み、温かみのある感情をもたらしてくれています。

6. おわりに

" The Hit Studio " 完成に際して、(株)タイスケの森本社長をはじめスタッフの皆様に御礼申し上げます。特に、エンジニアの早川様には計画の細部の細部まで御打ち合わせいただきました。このような皆様のご協力がありまして、最高のスタジオが完成したと自負しております。最後になりましたが、スタジオの益々のご発展を心よりお祈りし、このスタジオから心打つ音楽が生まれ、世の中がより一層元気になっていくことを楽しみにしております。

お客様の声

ビルの地下1Fにあるスタジオは、とても明るく、オープンなスタジオになりました。今回のスタジオを造るにあたり、とにかく響きの豊かなスタジオを目指しました。天井高の確保、壁素材、響き、位相、私どもの要求に一つ一つ丁寧に応えてくださり、その着工のスピードもとても速く、毎日様変わりしていくスタジオの姿が、まるで絵本のページをめくるかの様だったのを覚えています。最後の音響調整までこだわり抜いたスタジオの音は言うまでもなく素晴らしいです。コントロールルーム背面のAGSは音響、インテリアデザインとしても大変気に入っています。プライベートスタジオとして居心地もよく、メインフロア、コントロールルーム共にとても満足しています。日本音響エンジニアリングの皆様、及びその関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

ドラムブース
ドラムブース

ピアノブース
ピアノブース

エコールーム
エコールーム

パニックオープン扉
パニックオープン扉