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発行日:2022年05月12日 | 更新日:2024年04月22日


IMAGICA GROUPの中で、映画やドラマの映像・音声編集から流通支援までを手掛けるIMAGICAエンタテインメントメディアサービス。グループの中核をなす事業を担い、2021年1月に設立されました。今回はIMAGICAエンタテインメントメディアサービスの新たな制作拠点として2021年12月にオープンした「竹芝メディアスタジオ」を紹介します。

「IMAGICA」といえば五反田の「東京映像センター」がよく知られています。1951年にフィルムの現像処理を行う現像所が誕生したことに端を発し、およそ70年の歴史を刻みました。長年愛された、映像関係者にとってなじみ深い場所でしたが、この地が再開発の対象となったため、移転先として選ばれたのが竹芝だったのです。

「竹芝メディアスタジオ」はどんな特徴を持った施設なのか。関係者に取材しました。

▲インタビューに答えていただいた皆さん。前列左から、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスの岡田健氏、越智武彦氏。後列左から、日本音響エンジニアリングの宮﨑雄一、葛西信輔、崎山安洋

新築ビルへの移転で機能的な作りに

「竹芝メディアスタジオ」は、ゆりかもめ竹芝駅にほど近い7階建ての新築ビルに入りました。建物の設計段階から事業に必要な要件をオーナーやゼネコンを交えて協議できたことにより、非常に機能的な仕上がりとなっています。

日本音響エンジニアリングは移転計画の初期から参加し、物件の検討から、オーナーやゼネコンとの協議、設計・施工までを担いました。


▲IMAGICAエンタテインメントメディアサービスの岡田健氏

「竹芝への移転に際しては、五反田でお客様に愛用していただいていた試写室をどう作るかが大きなポイントでした。日本音響さんには2000年に竣工した第2試写室を手掛けていただき、その後の第1試写室の改修もお願いしましたので、IMAGICAが求める試写室の要件を熟知されています。そこでまず日本音響さんに相談させていただきました」

そう語るのは、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス メディア制作部 部長の岡田健氏。五反田「東京映像センター」の第2試写室は映像業界のリファレンスといわれる存在で、氏の言葉通り、それを引き継ぐものを作ることが今回の移転における大命題となっていたのです。

試写室を作るための要件として、1階に作れること、階高が十分であることなどが挙げられ、それに沿って何十という候補の中から選ばれたのが竹芝のビルでした。加えて、先述した通り設計段階からオーナーやゼネコンを交えて協議できたことにより、天井を上げたり床を下げたりしてより大きな容積も確保できました。

また、試写室を中心に、MAやダビング、グレーディングといった各部門が一つのビル内に収まったことも移転のポイントです。機能的にも動線的にも各部門がシームレスにつながっていることは「竹芝メディアスタジオ」の大きな特徴になっています。

「業界リファレンス」五反田の第2試写室を継承

では、個別に部屋を見ていきましょう。今回は、試写室、MAルーム、ダビングルーム、グレーディングルームについてお話をうかがいました。まずは試写室から。

▲IMAGICAエンタテインメントメディアサービスの越智武彦氏

「試写室はIMAGICAのアイデンティティです。われわれは検定試写室と呼んでいます。出来上がった作品を最後に確認していただく場所ですので、正確に映写し、正確な音を出さなくてはいけないのです」

そう語るのは、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス 映像制作部 部長の越智武彦氏。アイデンティティを守るため、五反田の試写室について思うところを社内アンケートで聴取し、日本音響エンジニアリングのスタッフも交え、部屋の大きさや投射・視野角度、席数、上映フォーマットなどの検討を重ねました。

その結果、1階に100席の第1試写室と51席の第2試写室、6階に8席の第3試写室という3つの試写室が誕生。第2試写室は、「業界のリファレンス」と謳われた五反田の第2試写室をモデルに、音響内装をブラッシュアップし、作られました。天井高が高く、黒で統一された内装が印象的な空間です。

▲51席が用意された第2試写室

「黒で統一した理由は、視環境のリファレンスとして機能するように、スクリーンに映写しているもの以外の反射光を極力抑えたかったからです。デザインは単調になりますが、機能性に振り切りました。特に第2試写室はドルビーシネマに対応していて、その深い黒の表現を実現するためには無駄な迷光を抑えなければならないのです(岡田氏)」

移転プロジェクトの現場を統括した日本音響エンジニアリングの葛西信輔は「『機能に振り切る』という考えに助けられました」と話します。「お客様に確認する内容ではない細かい判断も、それを軸に行えました。その軸を示してもらえたのは大きかったですね」

試写室内のステップに設けられた足元灯の明るささえも、実物大の模型を作って実験を重ね、視認性を確保しながら気にならない照らし方が検討されました。

音の面では第2試写室にドルビーアトモスが導入されています。ドルビーアトモスにより最適な環境とするために、躯体の床を掘り下げてさらに天井高を高くしました。先述したように、これは建物の計画段階からの交渉によって実現できたことです。

▲日本音響エンジニアリングの葛西信輔

▲日本音響エンジニアリングの宮﨑雄一

「今回の移転に関しては、映像はもちろんのこと『音のIMAGICAでもありたい』というお話をうかがっていました。そこでわれわれとしては、五反田の第2試写室で評価していただいていた『分かりやすい音』を目指しました」と語るのは、日本音響エンジニアリングで今回のプロジェクトマネジャーを努めた宮﨑雄一。この考え方はリファレンスとしての役割を果たすために不可欠なものです。

「検定試写という言葉が示すように、ノイズや不要な映り込みがよく分かる、画も音も素材の素性がそのまま確認できることが求められますので、ナチュラルで色付けのない調整をお願いしました(岡田氏)」

試写室の音響調整にも携わったIMAGICAエンタテインメントメディアサービスのエンジニア髙橋修一氏は「一番力を入れたのはスピーカーの角度調整です」と語ります。「後で動かせないということもあり、スクリーンを張る前に慎重に行いました。五反田の音は一旦忘れて、あくまでも業界標準の試写室としてのナチュラルな響きや、音源の聴き取りやすさを目指して取り組みました」

スピーカーの角度は少し変えただけでも音が変わります。

「ミリ単位の作業でした。試写室のスピーカーは大きいので、1ミリ動かすのも数人がかりです。本当に音が変わる。日本音響さんとの調整作業は毎回勉強になりますね。いつもすごいなと驚きます(岡田氏)」

▲エンタテインメントメディアサービスの髙橋修一氏

▲日本音響エンジニアリングの崎山安洋

「スピーカーの角度をわずかに動かすことで音が良くなったことが分かるのは部屋の解像度が上がっているということなのです」と話すのは、音響設計と音響調整に関わる全体的なプランを監修した日本音響エンジニアリングの崎山安洋。
「吸音と拡散のバランスが取れて響きが落ち着くと解像度が上がります。解像度が上がると、エンジニアの方も何をすればいいかがよく見えるようになる。そういう部屋が目標でした。これは試写室に限らず、ダビングルームやMAルームにも言えることです」

▲100席が用意された第1試写室

▲第1試写室の映写ブースには、フィルム映写機と4Kデジタルプロジェクターがレール上に並び、使い分けがしやすくなっています

▲コンパクトな仕様の第3試写室 

▲エントランスから入って右に第1試写室、左に第2試写室があります

試写室と同じ音でミックスできるダビングルーム

ダビングルームは3階に同仕様の部屋が2室。主に劇場用の予告編制作に使用されます。こちらは「試写室とのマッチングを高め、同じ音でミックスできるように」というコンセプトで作られました。

▲ダビングルーム301。ナレーションブースの様子は手元の小型ディスプレイで確認できます

「機材はほぼ五反田で使っていたものです。ただ、五反田ではマッチングがそれほど完璧にはできていなかったので、試写室での仕上がりを想像しながらの作業になっていた点は否めなかった。竹芝ではそのストレスがなくなりました(岡田氏)」

機材は変えずに、部屋の設計とスピーカーの配置によって音場を変え、試写室と同じ音に聴こえるように調整。音量も、試写室レベルまで上げても破綻しない作りになっています。もちろん試写室同様に「分かりやすい音」であることもメインテーマです。

電気的な調整は極力行わず、建築的に音を調整していくことに時間がかけられました。試写室がそうであったように、スピーカーの角度や設置の仕方がわずかに違うだけでも音が変わってくるので、そこも入念に行われました。

また、ダビングルームでミックスした音を、階下の試写室に持っていき同じ音で確認できるのは、各制作工程を担当する部門が一つの建物に入っている「竹芝メディアスタジオ」の大きなメリットです。

▲301のナレーションブース

ドラマのMAをメインに。ドルビーアトモスホームも導入

MAルームは3階に4室、昨今の制作スタイルの変化に合わせて設計されました。

▲ドルビーアトモスホーム7.1.4ch仕様の303。スピーカーはProcella Audioのものが導入されました

「五反田のころからドラマのMAが増えていたこともあり、移転を機に、それに対応した作りにしました。昨今のドラマのMAは、ミキサーの方とアシスタントの方以外にも、音響効果や選曲を担当した方々がデータを持ち込んで、その場でミックスしながら監督に音を聴いてもらってディスカッションするような場にもなっています。映画のダビングステージに近いスタイルになってきている。加えて、4室すべて5.1ch以上、1室はドルビーアトモスホームの7.1.4chにしたいというのがこだわったポイントで、それらを加味した設計を日本音響さんにお願いしました(越智氏)」

それを踏まえ、4室ともに一般的なMAルームよりも広いスペースが確保され、ドルビーアトモスホームが導入された303は天井高も高く設計されています。

MAルームのスピーカー選定や音響調整にも携わったIMAGICAエンタテインメントメディアサービスのミキシングエンジニア渡部聖氏は「運用して3カ月ほどになりますが、音に関してお客様からポジティブな反応をいただいています」と話してくれました。

「ドルビーアトモスホームは天井から音が降ってくるという、自分自身も初めての体験でしたので、音響調整にあたっては自分の感覚だけではなく、スタッフや日本音響さんとも話をしながら進めました。
建築音響で素晴らしい音が出ていましたが、電気的な細かい調整でも自分たちの意見をすぐに反映していただけ、この段階で満足いくものになっているのはありがたいことです。五反田時代に自分たちが目指していた音作りができる環境に、プラスアルファで良いものになったと実感しています」

▲IMAGICAエンタテインメントメディアサービスの渡部聖氏

▲303のナレーションブース。こちらも広いスペースが確保されており、座りや立ちで複数人が作業できます

試写室と同じ感覚でスクリーンが見えるグレーディングルーム

グレーディングルームの中でも、とりわけ4階に2室設けられたスクリーンカラーグレーディングは特徴的な部屋です。ダビングルームが音の面で試写室とのマッチングを図ったように、こちらは画の面で試写室とのマッチングが図られています。

▲スクリーンカラーグレーディング402

映写もシネマプロジェクターを使用、カラリストが座った位置からスクリーンを見たときに試写室と同じ感覚で見られるようにスクリーンの大きさと距離が決められています。

「日本音響さんには、設計の段階からカラリストの座る位置がスイートスポットになるようにお願いしていました。カメラマンの方からの指示を正しく画に反映させるためには、カラリストがその色を評価できるポイントにいなければならないのです。もちろん、シネマプロジェクターの色も試写室と同様に素性がよく見えるように調整されています(越智氏)」

内装も試写室に合わせ、不要な迷光を抑えるため黒で統一されました。ダビングルームと同様に、グレーディングを終えてすぐに階下の試写室で画が確認できるのは大きなメリットです。

映像制作のリファレンスとして

「竹芝メディアスタジオ」は、建物全体で映像制作のリファレンスになり得る存在です。どの部屋も画や音に色付けがなく、素性がよく分かる環境で作業でき、かつ、ダビングルームと試写室、グレーディングルームと試写室のように、作業の感覚をシームレスに引き継げる。視覚的な印象に差が出ないよう、照明器具のチョイスや明るさの設定も考え抜かれているのです。

およそ70年の歴史を刻んだ五反田の地を離れ、竹芝で新たな歴史を刻み始めたIMAGICAエンタテインメントメディアサービス。「竹芝メディアスタジオ」は、その象徴的な存在として映像制作のリファレンスであり続けるでしょう。

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