ソリューション事業部  宮本 光亮

1.はじめに

計算機の進化によって、私たちの文化やものごとへの取り組み方は大きく変化しました。製品開発においてもCAE(Computer Aided Engineering) はもはや当たり前のものとなり、製品の開発高速化・性能向上・普及の加速を実現しています。また最近では製品性能のみならず、人間の感性や感覚と関連した価値への注目も高まっており、当社では音について実験・測定領域および数値解析領域の両アプローチを用いた取り組みを行っております。本記事では製品開発に対する数値解析的アプローチを取り上げ、特に大きなハードルとなる実測との乖離についてお話し致します。

   

2. 音のデザインとコントロール

音響材料に関する製品開発を考える場合、その製品レベルに応じて様々考慮すべき要因があります(図1)。

図1 製品レベルと音響的に考慮すべき要因"
図1 製品レベルと音響的に考慮すべき要因

材料の開発であれば単体での音響特性を考慮すればよいかもしれません。しかしながら、材料を組み合わせて作られる部品や、さらにそれらからなる自動車のような空間での音のようすをデザインするにはより多くのことを考慮する必要があります。多くの場合、最終製品の音響特性は構造振動- 音響連成の効果や音の波動性のために、各構成要素の特性の足し算にはなりません。そのようなこともあり、各開発工程でどのような評価をすべきであるのかをよく検討することが重要となります。すでに開発検討に苦労しそうなにおいがしてきましたが...、ここでうまく取り入れたいのがCAE を活用した開発です。

             

3. CAE を活用した開発とその課題

波動性を考慮した音響シミュレーションの数値計算手法として、有限要素法(FEM: Finite Element Method)がよく用いられています。FEM は複雑な形状や条件をもつ計算対象についても、支配方程式に従う妥当な解が得られる可能性のある手法です。従って、構造形状が肝となるようなモノや、製品に近いレベルでの検討にも適用が可能であり、試作・実験回数の削減や、より詳細なメカニズムの分析等が期待されます。一方でCAE を用いた開発の最大のハードルは実験結果と数値解析結果の乖離であると言えます。乖離の原因も自明であることばかりではなく、その究明のためにかえって工数が増えてしまうご経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

4. 実測と数値解析結果の比較検証: 音響管モデル

今回は「音響管による吸音率測定」というシンプルな系を題材に、実測と数値解析が乖離する具体的なケースとその原因について見てみることにします。吸音率とは、材料における音の反射のしにくさを表す量です。身近なところでは、車のシートやフロアにも吸音性の材料が使われています。その他の製品においても、(見えない部分に使われていることも多いですが)主に構造壁面の反射性をコントロールすることで、騒音の低減や音のデザインが行われます。音響管は名前の通り管状の測定システムであり、材料に音を入射させたときの反射の程度から吸音率を算出します。

図2 音響管とその数値解析モデル"
図2 音響管とその数値解析モデル

音響管による実測および数値解析モデルによる吸音率の計算結果を図3 に記します。グラフ上には4 つのデータがありますが、これは全て同じ材料に対して測定および数値解析を行った結果であり、今回は濃い青で示したデータを正しい値であるとみなすことにします。では、他の3 つのデータはなぜ正しい値から乖離してしまっているのでしょうか? 乖離の要因は大きく分ければ「手法の不適切さ」と「物理的仮定の不一致」であると言えます。

図3 同一材料に対する吸音率の測定/計算結果"
図3 同一材料に対する吸音率の測定/計算結果

■ 測定方法が不適切

図4 予実の乖離:測定方法が不適切なケース"
図4 予実の乖離:測定方法が不適切なケース

最初は、測定方法が不適切であるケースです。実は、正しい値であるとみなすことにした濃い青は「適切な手法で実施された測定結果」のデータです。一方で薄い青色で示したデータは、内径40 [mm] の音響管を用いて、41 [mm] 直径に抜き出したサンプルを測定した結果です。特に今回の例の材料は弾性の強い材料であるために、主に1000 [Hz] 付近に強い周囲拘束の影響が現れていると考えられます。もし数値解析で濃い青色とよく一致する結果が得られていたとしても、不適切な実測データと比較しては両者に乖離が見られることになります。

■ 数値解析設定が不適切

図5 予実の乖離:数値解析設定が不適切なケース"
図5 予実の乖離:数値解析設定が不適切なケース

次は、数値解析の設定が不適切なケースです。これは計算領域の空間分割が非常に粗いような極端なケースではありますが、このような不適切な計算設定は大きな乖離の原因となります。また材料を表現するモデル化パラメータの値が適切でないことも乖離が生じる原因となります。

■ 物理的な仮定の不一致

図6 予実の乖離:物理的仮定が一致していないケース"
図6 予実の乖離:物理的仮定が一致していないケース

最後は、測定/数値解析ともに適切に実施しているにも関わらず結果が乖離するケースです。これは注目する現象・効果や物理的仮定が両者間で一致していないことに起因します。今回の数値解析における材料の取り扱いは、Limp フレームモデルという材料骨格中の固体振動による音響伝播を無視した多孔質材料モデルを採用しています。
すなわち「材料の固体振動の影響には注目しない」という姿勢のもとでは適切な数値解析結果が得られているわけです。一方で、実測においては固体振動の影響を排除するような工夫はしておらず、両者の間で注目している現象にギャップがあると言えます。このような物理的仮定の違いは意図せず生じることも多く、また実験においてはコントロールが難しい場合も多々あります。

 

5. おわりに

今回は実測と数値解析の乖離について、具体例とその要因についてお話し致しました。CAE を活用した開発を行うには、数値解析のみならず、実験・注目する現象そのもの(今回であれば音)の理解が重要であることを強調しておきます。また音のような最終的に感覚量として評価されるような価値を扱う場合には、物理量と心理量の対応の複雑さに起因する、製品の機能や要求の定義の困難さも存在します。当社としては物理音響・心理音響に対して実験・数値解析の両アプローチを用いることで、みなさまの想像する豊かで面白い社会の実現の一助となることができれば幸いです。

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