ソリューション事業部
中川 博 市原 円

1.はじめに

STRATI-ARTZは、これまでも本技術ニュースで何度か紹介させて頂いているように、多孔質材料や非通気材料によって構成された積層材料の吸音性能・遮音性能を予測するソフトウェアです。2011年のリリース後、33号(参考文献1)でバージョン2.0のリリース時に新機能を紹介いたしましたが、このたびバージョン3.0が完成いたしましたので、これまでの機能と含めて新機能を紹介させて頂きます。

2.STRATI-ARTZの従来機能

STRATI-ARTZは、当初のコンセプトではBiotモデル等の計算モデル(参考文献2)を用いて任意の積層構造の吸音率および透過損失を計算するという機能に特化したものでした。Biotモデルの計算には、厚さに加えて下記の材料パラメータが必要となります。

1) 単位厚さ流れ抵抗 (Flow resistivity)
2) 多孔度 (Porosity)
3) 迷路度 (Tortuosity)
4) 粘性特性長 (Viscous characteristic length)
5) 熱的特性長 (Thermal characteristic length)
6) 嵩密度 (Bulk density)
7) せん断弾性率 (Shear modulus)
8) 損失係数 (Loss factor)
9) ポアソン比 (Poisson's ratio)


図1 STRATI-ARTZ

Biotモデルの計算には上記のように多くの材料パラメータが必要であり、なかでも迷路度や特性長という音響の分野では日頃聞きなれないパラメータは、多孔質材料の音響特性を表すのに重要なパラメータであるにも関わらず、特殊な測定装置が必要でかつ測定方法が難しいため、簡単に入手できないという問題がありました。その問題を解決するために、STRATI-ARTZではこれまですでにご紹介している機能も含め、下記の付加機能を加えることで使い勝手を向上させてきました。

A) データベース機能
市場にある(当社が入手可能な)さまざまな吸音材料を当社で入手して各種パラメータを測定し、STRATI-ARTZで使用可能な形式でデータベース化してユーザーの方にご利用いただくものです。現在100種類以上のサンプルのデータベースをご用意しています。内容は、一般的なフェルトやウレタンフォーム、グラスウールなどに加え、実際の車両に搭載されている内装材(フロアマット、ダッシュインシュレータなどの積層材料)の各層のパラメータもご用意しています。

B) マテリアル サーチ (Material search) 機能(参考文献1)
実際のサンプルの垂直入射吸音率に最も近い特性を示すパラメータを有する素材数種類をA) のデータベースから検索する機能です。

C) パラメータ スタディ (Parameter study) 機能(参考文献1)
厚さおよび1) ~ 9) の材料パラメータがサンプルの吸音性能および遮音性能にどのような影響を及ぼすかを表す機能です。Parameter studyは、もう一つの機能として音響管で得られる実測の垂直入射吸音率/垂直入射透過損失に最も近い特性を示すパラメータの値を推定する機能も有しています。

D) シングル オプティマイザー (Single optimizer) 機能
C) のパラメータスタディを1) ~ 9) の全ての材料パラメータについて自動的に推定できる強力な機能です。SingleOptimizerを使えば、音響管で測定した垂直入射吸音率/垂直入射透過損失からすべての材料パラメータを自動推定することができます。これにより、サンプルの実物があり音響管をお持ちの方であれば材料パラメータを取得することができます。

E) シックネス スタディ (Thickness study) 機能(参考文献3)
フェルトなどの繊維系材料において、ある厚さでの材料パラメータから任意の厚さ(圧縮/膨張)における材料パラメータを推定する機能です。

これまでA) ~ E) の機能でユーザーの方々にご利用頂いてきましたが、このたびWindows10対応するためのバージョンアップ(バージョン3.0)にて新たな機能を追加いたしました。

3.STRATI-ARTZの新機能(伝達効率レイヤ)

バージョン3.0では、積層材料の吸音率や透過損失をより現実に近い条件でモデル化できる「伝達効率レイヤ」という新しい機能を追加いたしました。

積層材料では、層同士(界面)がどのように接しているかによって音響性能が大きく変化することがあります。図2は、厚さ0.6mmの鉄板と厚さ20mmのウレタンフォームの2層構造において、界面の接着条件を「完全接着」から「非接着」までいくつか接着条件を変化させた時の透過損失の実測値です。グラフを見ると、1kHz以上の周波数帯域において接着条件の違いで最大10dBほど差があることが分かります。これまでのSTRATI-ARTZでは、界面の条件としては図3のように完全接着か非接着のいずれかしか表現できませんでした。完全接着と非接着では界面での音の伝搬における固体伝搬音と空気伝搬音の割合が極端な条件となってしまい、それが図2のような透過損失の差として現れます。しかし現実の材料はさまざまな条件で接着している場合があります。そこで、新しくリリースするバージョン3.0では、さまざまな接着条件での音の伝搬をモデル化できる機能として「伝達効率レイヤ」を追加いたしました。


図2 鉄板0.6mm+ウレタンフォーム20mmの透過損失実測結果


図3 積層材料の接着状態と音の伝搬(左:完全接着、右:非接着)

伝達効率レイヤを用いることで、図2の実測結果と同じように1kHz以上の高周波数帯域において伝達効率の違いにより透過損失が変化することを表現できるようになりました。この機能をお使いいただくと、積層材料の吸音性能/遮音性能を実測と計算で比較することで、積層材料における各界面での接着条件が現実的にどのようになっているかを推測することができるようになります。さらに、積層材料の設計指針としてどのような接着条件が音響性能に良いかを予測したうえで検討を進めることができるようになります。


図4 伝達効率レイヤを用いて鉄板0.6mm+ウレタン20mmの
伝達効率を変化させた時の透過損失計算結果

4.おわりに

伝達効率レイヤは、現在STRATI-ARTZをご利用いただいているお客様はもとより、音響材料の設計・開発においてシミュレーションの導入を検討されているお客様にもぜひ一度お使い頂きたい機能です。ご導入を検討頂けるお客様には期間限定でSTRATI-ARTZのデモ版を提供させて頂いております。この機会にぜひ一度お試し頂けると幸いです。

参考文献
1) 技術ニュース33号「音響材料特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZ 2.0の新機能のご紹介」
2) J.F.Allard and N.Atalla, "Propagation of Sound in Porous Media : Modeling Sound Absorbing Materials, Second Edition", (Wiley, 2009)
3) 技術ニュース46号「音響材料特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZの新機能紹介 ─ Thickness Studyについて ─」

おすすめの記事