音質評価に基づく車内報知音設計手法の確立 「高級感」のある音とは?

システム事業部 鈴木 佐知子

1. はじめに

自動車の車内では、運転操作・警告・注意を運転手に知らせるための様々な報知音を耳にします。例えば、バックする際にギアをリバースに入れたことを知らせる「リバース音」、鍵を挿入した状態で運転席を離れることを警告する「鍵の抜き忘れ音」、運転席のドアが開いていることを知らせる「ドアオープン音」といったものがあります。さらに、近年のカーナビゲーションシステムの普及により、車内には多くの報知音があふれています。

また、各自動車メーカーでは、「ちょっとお買い物用」の車から「スポーツタイプ」の車、高級車...等、顧客のニーズに合わせた幅広いグレードの車をラインアップしています。インテリアを見ると、「お買い物用」をターゲットにした車は「カジュアル」に、高級車は「ラグジュアリー」にと、それぞれグレードに合わせた意匠が施されています。

今回は、「報知音にもそのような付加価値をつけることができないだろうか?」「高級車には、それにふさわしい報知音を使いたい。」というお話を(株)現代自動車日本技術研究所様から頂き、「高級感」というキーワードで報知音の設計手法を開発するというプロジェクトを担当させて頂きました。

写真1 高級車のインテリア
写真1 高級車のインテリア

2. 高級感の開発?

通常、工業製品で用いられる音の設計と言えばどのような方法を想像されますか?パソコンのソフトウェアを使った作業でしょうか?今回は「実際の人間が高級感を感じる」音の設計ができることが重要なポイントです。しかし、「高級感」のある音、と聞いてすぐにイメージできる人は少ないのではないでしょうか。このような抽象的なイメージに対しては、聞く人によって捉え方が異なり、一般的な物理指標の数値だけでは大多数の意見を代表した評価が難しいのが実状です。そこで、今回は被験者を募集し、実際に音を聞いて評価してもらう実験を実施することにしました。この実験の結果をもとに、「高級感」のある音とはいったいどういった音なのか、統計的に具体化することができるのではないかと考えました。

本プロジェクトは、以下の手順に従って進めました。

  • 現状の報知音のサンプリング
  • 聴感実験で使用する評価語と音の設計で使用する物理パラメータの選定
  • 音質評価実験の実施→ 結果を用いた「高級感」予測モデルの作成
  • 検証実験の実施

写真2 評価実験風景
写真2 評価実験風景

3. 評価実験の準備 ~ サンプリング

現状の報知音を把握するために、実際に乗車し、報知音の収録を行いました。今回は、全4メーカー、トータル22車種の報知音の中から、「リバース音」と「ドアオープン音」の2種類を対象としました。日常の生活の中で、報知音を意識して聞くことはあまりないと思いますが、今回、改めて様々な車の報知音を聞いてみると、メーカーやグレードによって多種多様で、海外メーカーの車では報知音とは思えないような音もあり、驚きつつも非常に興味深く感じました。

これらのサンプル音の物理特性を分析した結果から、現状把握だけでなく、聴感実験用の音源を作成する際の物理パラメータを決定することができました。後述する評価実験で使用する音は実際の報知音ではなく、ソフトウェアで報知音を模擬した音を作成し、使用しました。これは、高級感という主観的な評価とその要因となる物理特性の結びつきを明確にし、報知音作成の際の支援ツール(つまり、「あるパラメータを変化させた場合、高級感は○×程度変わる」と予測・評価するツール)の開発を最終目標としたためです。そのためには、「高級感」に影響を与える物理パラメータを選定することが必要になってきます。分析の結果、現状の報知音は次のようなパラメータが相互に関係していることが分かってきました。

  • 時間構造...吹鳴時間、休止時間
  • 周波数構造...基本周波数、倍音構造
  • 音の大きさ
  • 波形のエンベロープ
  • 立下り特性
  • 構成音数(2音構成の場合、チャイム)
  • 揺らぎ

図1 リバース音とドアオープン音の時間構造
図1 リバース音とドアオープン音の時間構造

一例として、時間構造のパターンを図1に記します。時間構造には、大きく分けて吹鳴時間が長いタイプの音、休止時間が長いタイプの音、立下りに余韻があるタイプの音などがあります。

4. 予備実験 ~ 評価語と物理パラメータの選定

評価実験にはSD法という評価実験手法を用いました。SD法は、対象とする音を聞いてもらいながら、ある表現語対に対して印象を評価してもらいます。表現語対は、その実験の目的に応じて選定しなければなりません。今回は、「高級感」を表す表現語対「高級な-安っぽい」を筆頭に、音色の主な因子と言われる「迫力因子」、「美的因子」、「金属因子」に関するものを含む8語を選定しました。

サンプル音の分析結果から、報知音は主に16種類の物理パラメータから構成されていると推測されました。実験結果からその傾向を把握するには、各物理パラメータに対して、3水準以上が必要です。一方、被験者は全種類の音を聞き、各評価語について評価します。さらに、評価実験では結果の精度をあげるために繰り返し試行を行いますので、全ての物理パラメータを対象にすると被験者の負担は大変なものになります。物理特性の計測の場合、測定点が多くても時間をかければ良いのですが、評価実験の場合、実験時間の長さは被験者の疲労に繋がり、結果の精度に大きな影響を及ぼします。評価実験では、できるだけ少ない試行で結果が得られるように、必要最低限の評価語、物理パラメータを選定しなければなりません。

図2 評価実験の問題点
図2 評価実験の問題点

そこで本プロジェクトではまず予備実験を行い、「高級感」に強く影響を与える物理パラメータを9種類に絞り込むことができました。

また、予備実験によって評価語、物理パラメータを選定すると共に、実験計画法も取り入れました。実験計画法とは、効率的にデータが収集できるように計画を立て、そして、収集したデータを数理統計理論に基づいた手法で解析する方法です。これにより、被験者への負担を軽減しつつ、効果的な実験を行うことができました。

この結果をもとに、選定した物理パラメータの設定により、報知音を人工的に作成するアプリケーションソフトウェアを開発しました。視覚的にも非常にわかりやすく、簡単な操作で実験に使うサンプル音が設計できます。

図3 サンプル音の作成画面
図3 サンプル音の作成画面

5. 評価実験の実施 ~「高級感」モデルの構築

評価実験は被験者総勢61名を対象とする、非常に大規模なものになりました。20~60代の男女一般被験者に参加頂いたばかりか、お客様自身にもご協力頂き、最後は社員までも動員しました。実験には、当社開発の評価実験システム「真耳」を使用し、音の呈示にヘッドホンを使用することで、最大10名の実験を同時に実施することができました。

「真耳」は非常にユニークなシステムで、音声データ再生とデータ収集の管理を行うホストコンピュータと被験者が応答を入力する端末、それに専用のソフトウェアで構成されています。被験者端末にはちょうどiPhoneと同じくらいのサイズの携帯端末を採用しており、無線でホストコンピュータにデータをリアルタイムで送ることができます。大規模な評価実験で起こりがちな長時間に及ぶ実験と、その後のデータ整理にかかる手間を自動化し、大幅に効率化できます。また、実験時にリアルタイムで回答を収集し、保存することができますので、データの入力ミスという心配もありません。

実験終了後、結果を分析し、物理パラメータと「高級感」の関連性を把握、予測モデルを作成しました。予測モデルという言葉は少々分かりにくい表現かもしれませんが、各物理パラメータと「高級感」を関連付ける数式と考えて頂ければわかりやすいでしょうか。関連する物理パラメータを入力すれば、高級感に相当する数値が計算できるものです。具体的なモデルは残念ながらこの紙面では紹介できません。ご容赦頂ければ幸いです。

写真3 評価実験システム「真耳」 写真3 評価実験システム「真耳」
写真3 評価実験システム「真耳」

6. 検証実験の実施

作成した「高級感」の予測モデルに基づいて、「高級感」の高い音、「高級感」の低い音、その中間に位置する音を作成しました。作成した音が「それらしく」評価されるのか、再度評価実験を実施し、予測モデルの検証を行いました。

検証実験では、単なる順位付けができれば良い、という理由から一対比較法という評価実験手法を用いました。一対比較法は、2つの音を順番に提示し、最初の音と比較して、後に呈示された音がどのように感じるかを評価してもらう実験です。今回の実験では、最初の音と比較して「高級な音」と感じるか、「安っぽい音」と感じるか、5段階で評価してもらいました。一対比較法は、基準音が設定されているために、被験者にとっては回答が容易で、また、評価語も1種類なので、前節のSD法を用いた評価実験と比べて被験者の負担の軽い短時間の実験となりました。被験者は一般被験者を募集し、49名の20~60代の男女に参加して頂きました。

実験の結果、概ね予測モデルと評価が良く対応した順位結果が得られ、今回の予測モデルの妥当性を確認することができました。

写真4  検証実験風景
写真4 検証実験風景

図4 検証実験結果
図4 検証実験結果

7. おわりに

高級感という心理的かつ抽象的な概念も、今回のように人間の評価をチェックしつつ検討すれば、複数の物理パラメータを組み合わせた予測モデルで表すことができます。今回、幸いにもこのような主観量を評価するというプロジェクトに携わることができ、またこのように技術ニュースでご紹介することができました。今回、このような機会をご提供頂いた(株)現代自動車日本技術研究所様に、深く感謝の意を表します。

評価実験で重要なポイントは、評価実験を通して要因となるパラメータや評価語を選定し、試行数を必要最小限にすることです。そのための予備実験や実験計画の重要性を強く感じました。予備実験と実験計画に最も労力を費やしたと言っても良いかもしれません。こういった経験から、音質評価は画一的な手法を定めることは難しく、今回ご紹介した内容も一例に過ぎず、対象となる音(今回は車内報知音でした)や、何を評価するか(今回は「高級感」でした)によってパラメータと評価語の選定、実験計画を立てなければなりません。また、音を再生するスピーカの特性や実際の聴取環境を考慮し、より実環境に近い状況で評価することが必要になる場合もあると思います。その場合は、音の呈示方法にもひと工夫加えなければなりません。私達は、これまで培ってきた経験を活かして、そのようなご相談にも積極的に取り組みたいと思っています。

一方、一般の被験者に参加頂くことで、常日頃、音を意識していない方々への説明の難しさも勉強になりました。実験の過程で出てきた現場からの要望はより良いシステム製品の改良へのヒントになります。聴感実験システム「真耳」はこのようなヒントを反映し、お客様に常によりよいものを提供できるよう日々開発を続けております。

物理的な数値による評価の一方で、今後、人の聞こえ方による主観的な音質評価はますます重要になってくると思います。静粛性を要求される製品では、これまで長い間音圧レベルの低減を図っており、物理的な対策が限界に近づいているものもあります。このような場合、物理的な音の大きさを小さくすることは難しくても、より心地よい音だったり、より高級な音にすることができたりするかも知れません。今回のような経験を活かして、今後も音質評価の分野にも力を入れていくと同時に、今後もこのようなプロジェクトに積極的に取り組みたいと考えております。

写真5
写真5

おすすめの記事

■ 製品サービス

■ 技術ニュース