ソリューション事業部  中川 博   岡山県工業技術センター  眞田 明

1.はじめに

当社技術ニュース50 号での「8 マイクロホン新型音響管吸音率計測システム」 (*1)に続き、今回は透過損失測定に拡張した16 マイクロホン計測システムについて紹介いたします。本手法は、50 号で紹介した吸音率同様、上限周波数を大幅に拡張できる画期的な手法で、材料における音の透過メカニズムの観点から吸音率計測以上に有効性が期待できるものです。なお、本報告の内容は、2022 年8 月にイギリスで開催されたInter-Noise でも発表いたしました。

   

2. 背景(従来の問題)

音響管を用いた透過損失計測手法は、2000 年にBolton らにより論文(*2) が発表されました。その後ASTM E2611(*3)でこの計測法が規格化されたことにより、当社を含め計測器メーカ各社から同規格に準拠した計測システムが販売されるようになりました。
音響管を用いた垂直入射透過損失測定は概ね次の通りです。図1 のように音響管と呼ばれる細い管の一端に音源が取り付けられ、管の中間部分に試験体がセットされます。試験体の入射側および透過側にそれぞれマイクロホンが2 本ずつ取り付けられており、これら4 本のマイクロホンで管の内部の音圧(音響伝達関数)を測定します。音響管内では、音源から発せられた音が試験体に入射し、その一部が試験体表面で反射し、残りが内部を一部消失しながら伝搬し、背面から再放射(透過)します。この時の試験体へ入射波と透過波のエネルギ比が透過損失となります。ただし、試験体への入射波や透過波を直接測定することができないため、試験体の入射側/ 透過側の音圧をそれぞれMicA/B、MicC/D の音圧から算出します。

図1 垂直入射透過損失測定イメージ
図1 垂直入射透過損失測定イメージ

音響管を用いた透過損失測定は、本来は通気がある多孔質材料に適用される手法であり、通気がないサンプルの測定には向いていません。それはサンプルが小さいことに起因します。一般的に材料は、重いほど、かつ周波数が高いほど遮音性能が高くなるという「質量則」に従いますが、試験体の寸法が小さくなると、遮音性能が「重さ」よりも「硬さ」によって支配される「剛性則」に従います。図2 は、有限寸法の平板の透過損失を表したグラフで、横軸は周波数、縦軸は透過損失を表しています。試験体寸法が十分大きい場合、平板の固有振動数が十分低いので、「質量則」と記した領域で表されるように周波数が高くなるにつれて透過損失が高くなる挙動を示しますが、寸法 が小さくなると低次の振動モードの影響が現れる「共振」と記された領域のように大きなピーク・ディップを持つ挙動を示します。寸法が更に小さくなると平板の固有振動数が高くなり、1次の固有振動数より低い周波数では「剛性則」と記した領域のように周波数が低くなるほど透過損失(遮音性能)が大きくなるような挙動を示します。

図2 有限寸法の平板の透過損失
図2 有限寸法の平板の透過損失

ASTM E2611 にも明記されているように、透過損失は素材の物性(密度、弾性)だけでなく、実際に使用するときの寸法、形状、設置条件などに大きく依存するため、素材によっては一般的な特性とは著しく異なる結果を示す場合があります。ここで典型的な例を示します。図3 は厚さ3mm のゴムシートの垂直入射透過損失を表しています。黒い実線が厚さ3mm のゴムシートの質量則(= 無限平板の垂直入射条件における遮音性能の理論値)、青い実線が直径40mm の音響管での測定結果、緑の実線が直径15mm の音響管での測定結果です。直径40mm、15mm サンプルの実測値が理論値(質量則)と大きく乖離しているのが分かります。青(40mm)、緑(15mm)グ ラフの透過損失のディップ(青: 約1,000Hz、緑: 約4,000Hz、赤矢印部分)は図2 の模式図における共振領域に相当するもので、円形サンプルの一次共振を表しており、その周波数では遮音性能が理論値より大きく低下します。一方、一次共振より低い周波数帯域では質量則とは逆に周波数が低くなるほど遮音性能が高くなっております。これが模式図でも示されている「剛性則」の領域を示しています。ゴムシートのように比較的柔らかい素材であってもこのような現象が起きるので、もっと固い素材だとこの影響はより顕著に現れます。このように、通気が無い素材の透過損失を音響管で測定するのはあまり適切な方法とは言えませんでした。

図3 垂直入射透過損失測定例(ゴムシート3 mm 厚)
図3 垂直入射透過損失測定例(ゴムシート 3 mm 厚)
             

3. 新型音響管透過損失測定システム

前述の課題を解決するのが今回の16 マイクロホンを用いた透過損失測定です。図4 は、16 マイクロホン音響管( 内径100mm 管) です。高周波化を実現する測定原理や計測システムの基本的な仕様は当社技術ニュース50 号で紹介した吸音率測定と同じなので今回は割愛し、ここでは測定例を紹介いたします。

図4 16 マイクロホン音響管(内径100 mm タイプ)
図4 16 マイクロホン音響管(内径100 mm タイプ)
                  

図5 はメラミンフォーム(厚さ25mm)の垂直入射透過損失測定結果です。図3 同様、青が直径40mm、緑が直径15mm サンプルの測定結果、黒はBiot モデルを用いた無限平板での理論値です。メラミンフォームは多孔質材料ですが弾性の影響もあり、特定の周波数で共振の影響による透過損失のディップにより無限平板の理論値と大きく乖離しています。直径40mm や15mm のサンプルだとそれが主要な帯域となりますが、直径100mm だとディップがかなり低い周波数に生じるため、それ以上の周波数ではほぼ理論値に沿った特性を示しています。図6 のゴムシート3mm でも同様に主要な帯域においてほぼ理論値に沿っていることがわかります。

図5 メラミンフォーム厚さ25mm
図5 メラミンフォーム 厚さ25mm
図6 ゴムシート 厚さ3mm
図6 ゴムシート 厚さ3mm
 

4. おわりに

                  

ご紹介した16 マイクロホン新型音響管計測システムは、従来の音響管計測における問題点を大幅に改善することができ、お客様の音響材料開発の効率化に大きく貢献できるシステムであると確信しております。本システムを一人でも多くのお客様にご利用いただけるようになればと願っております。また、本システムは発展途上であり、これからも更に機能向上を図っていく予定です。現在、トライアルでの委託試験を承っておりますので、ぜひ一度お試しいただき新型音響管計測システムの可能性を感じて頂けると幸いです。

参考文献
1) 日本音響エンジニアリング技術ニュース50 号 「8 マイクロホン新型音響管吸音率計測システム」
2) Bryan H. Song and J. Stuart Bolton, J. Acoust. Soc.Am. 107, 1131 (2000)
3) ASTM E2611-2019

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