技術部 中川 博

1.はじめに

「静かさ」というのが自動車、電気製品から、住宅まで、 あらゆる製品の商品価値の一つとして大きくクローズアップされています。 以前は、高級品などにかぎり盛り込まれていた機能ですが、最近ではあたりまえの機能となりつつあります。 つまり、現在のユーザの要求項目において「静かさ」の優先順位が高くなっていることに他なりません。
また同時に、公害としての「騒音」に対する規制などの社会的要求も高まっています。

「静かさ」を実現する(「静粛化」、「静音化」などといわれます)ためのキーワードが「吸音」と「遮音」です。 (あと、「制振」というキーワードもありますが、ここでは割愛させていただきます)「吸音」と「遮音」は、 ともに音を「伝わりにくくする」という意味では共通ですが、それぞれメカニズムが異なるため、 目的により用途が大きく異なる場合があります。ちなみに、それぞれの反意語である、 「吸音」に対する「反射」、「遮音」に対する「透過」という言葉を用いれば、「吸音」は「反射」しない量(率)、 「遮音」は「透過」しない量(率)という概念になります。

音の反射と透過の例
図-1 音の反射と透過の例

つまり、静かにしたい対象の音が自分と同じ空間にあるか、壁などの何か遮蔽物を隔てた別の空間にあるかによって、 「吸音」「遮音」の使い分けが重要となります。図1に、音楽を演奏する部屋と、寝室が壁一つで隣り合っている場合を想定します。 演奏室で発生する音を対象とすると、演奏している部屋を静かにするためには「反射」しない、 つまり「吸音」が必要であるのに対し、隣の寝室を静かにするためには「透過」しない、 つまり「遮音」が必要になることがわかります。

要するに、音の発生源と同じ空間にある音を静かにしたい場合には、 「吸音」により壁などから反射してくる音を小さくし、発生源と遮蔽物で遮られた別の空間を静かにしたい場合は「遮音」により、 透過する音を小さくするというわけです。

「吸音」「遮音」を実現するための材料をそれぞれ「吸音材」「遮音材」といいます。 ただし、音を吸う材料、音を遮る材料はすべて「吸音材」「遮音材」ということになりますが、 ここでは、「吸音」「遮音」を目的として用いられる素材をいう事にします。

また、「吸音」「遮音」を実現するための材料を総称して「音響材料(防音材料)」といいます。

2. 吸音材について

「吸音」は大きく3つのメカニズムに分類できます。

  1. 多孔質型吸音
  2. 板振動型吸音
  3. 共鳴型吸音

以後ここでは、多孔質型吸音に着目して話を進めていきます。その他の吸音メカニズムに関しては、 音響関連(特に建築音響関連)の専門書等を読んでください。

「多孔質型吸音」のメカニズムは次のとおりです。骨格部分とその間の空隙から構成される材料に音が入射すると、 音波は空隙中で骨格部分の周壁との摩擦や粘性抵抗、さらに骨格の振動などによって、 音のエネルギーの一部が熱エネルギーに変換されることで、音のエネルギーが吸収されます。 このような性質を持つ材料を「多孔質吸音材料」といいます。

多孔質吸音材料として有名なのは、グラスウール、フェルト、ウレタンのようなものです。 グラスウールは住宅の断熱などの目的で用いられていますが、吸音の目的でも用いられます。 (ただし、使用量は圧倒的に断熱目的の方が多いでしょうが・・・) その他のフェルトやウレタンフォームも車などの産業機械などの遮音、吸音に用いられています。 グラスウールが他の材料との異なる利点として、「燃えにくい」というのがあります。 この利点のため、弊社の商品の一つである「無響室」も壁面全体にこのグラスウールが用いられています。 燃えにくいという利点の反面、ガラス繊維が肌に刺さり、「チクチク」することがあるので、人目に触れる場所とか、 ガラス繊維が飛散してはならない場所では何らかの飛散防止策が施されております。弊社の施工する無響室においても、 標準的にグラスウールの表面をクロスでカバーしており、簡単にガラス繊維が飛散しないようになっています。

3. 吸音率、特性インピーダンス、伝播定数

吸音材料の吸音性能は、「吸音率」という値で評価されます。

吸音率には、試験方法の違いにより次の2種類の評価値があります。

  1. 垂直入射吸音率
  2. 残響室法吸音率

(1)の垂直入射吸音率が「音響インピーダンス管(音響管、図2参照)」 と呼ばれる専用の測定装置を用いて測定試料に垂直に音が入射したときの吸音性能を測定することができるのに対し、 (2)の残響室法吸音率は、「残響室」と呼ばれる実験室を用いて、試料にあらゆる方向から音が入射した時の吸音性能を測定します。 それぞれの吸音率は目的によって使い分けします。一般的に、 材料の素材としての吸音性能をあらわす場合に(1)の「垂直入射吸音率」を用い、 完成品や成型品などの実際の音場での吸音性能を求める場合には(2)の「残響室法吸音率」を用います。

(1)の試験に用いる音響管を用いると、吸音率だけでなく、 試料の素材そのものの音響性能をあらわす「特性インピーダンス」や「伝播定数」という評価量も得ることが出来ます。
これらの値は、吸音材開発における指標として、現在最も一般的な指標です。 というのは、特性インピーダンスと伝播定数が分かれば、任意の試料厚さ、 背後空気層における吸音率を計算で求めることができるからです。例として、 試料の厚さをb[m]、背後空気層の厚さをL[m]とすると、このときの垂直入射吸音率、 ノーマル音響インピーダンスはそれぞれ式(1)、式(2)で表されます。

音響インピーダンス管
図-2 音響インピーダンス管

吸音率とインピーダンスの計算式
吸音率とインピーダンスの計算式

特性インピーダンスと伝播定数を用いるもう一つの利点は、 単純に吸音率で評価する際に見誤る可能性のある「見かけ上の」吸音による誤った評価を回避することができる点です。 例えば、排水性アスファルト舗装の測定データなどで時々見られるのですが、 ある特定の周波数に非常に大きな吸音率のピークが現れることがあります(図3参照)。 これは、排水性アスファルト舗装の内部構造として材料中の音の経路が長くなるために、 材料表面で入射音と背後の剛壁からの反射音が位相干渉を起こして、合成音圧見かけ上小さくなった為に、 計算上あたかも吸音したように評価されるという現象です【参考文献(1)】。 このような材料は、特性インピーダンスと伝播定数で評価すると、試料内部での減衰は小さいという結果が得られます。 つまり、実際には吸音率のピークが示すほど吸音されているわけではないということです。

排水性舗装の垂直入射吸音率の測定例
図-3 排水性舗装の垂直入射吸音率の測定例
(左:垂直入射吸音率、右:減衰定数)

しかし、実際に排水性舗装路面を走行すると確かに静かに感じます。これは、吸音による効果だけでなく、 タイヤの路面設置面からの発生騒音そのものが小さくなる為と考えられています。 つまり、従来のアスファルト(密粒アスファルトと呼ばれます)に比べて排水性アスファルトの方が、 空気の抜ける隙間が非常に多いので、タイヤ-路面騒音(タイヤが路面に設置する部分で発生する騒音)が発生しにくい構造になっているというものです。 ただし、もっと高い周波数(2kHz以上)では排水性アスファルトでも内部減衰もかなり大きくなるので、 実際に排水性アスファルトを施工している道路では、従来の道路に比べて騒音はかなり静かになっています。

4. 吸音性能の予測

特性インピーダンス、伝播定数は、音響インピーダンス管で測定して得られるものですが、 これらの値を予測しようという試みは以前からなされています。

古くは、Rayleigh【参考文献(2)】による毛細管理論に始まり、その後、多くの研究者により、 様々なモデルが考案されました。一例として、材料の流れ抵抗(材料中を流れる空気の流れにくさを表す指標)の実測値を用いて、 繊維系材料(グラスウールなど)における流れ抵抗と、特性インピーダンス、 伝播定数の関係を数多くのサンプルを用いた実験データをもとにプロットすることにより実験的に得られた予測式などもあります。
この予測式は現在でも、グラスウールなどの特定の材料においては、有効な予測手法として用いられています【参考文献(3)】

一方、近年精度の高い予測を行う為の、より現実の材料に近いモデルが構築されています。

このモデルは、Biot(ビオー)の理論というものがベースとなっており、材料を構成するフレーム(骨格)部分と、 その間の空隙(空気の通る隙間)をそれぞれ別の波が伝わると仮定(イメージ図4)して、 それらの波の伝播を予測計算するものです【参考文献(4)】。

多孔質弾性材料の音の伝播モデルイメージ
図-4 多孔質弾性材料の音の伝播モデルイメージ

このモデルにより、材料の弾性が吸音に影響すると考えられる、 ウレタンなどの従来予測が難しかった材料においてもかなり精度の高い予測が可能となってきております。

弊社では、文献調査のもと、このモデルを用いて予測計算するアプリケーションソフトウェアを開発し、 このソフトウェアを用いてパラメータスタディを実施して、学会等にて成果を発表しております。【参考文献(5)】

なお、この予測モデルでは、材料中の音の伝播を予測するために、 材料に関する幾つかの物理パラメータ(材料特性パラメータ)が必要となります。前述の流れ抵抗もそのパラメータの一つです。

5. 材料特性パラメータ

前章の最後に説明した、音響特性の予測に必要な材料特性パラメータには、次の1.~9.のようなものがあります

  1. 密度(density)

  2. 厚さ(thickness)

  3. 流れ抵抗(flow resistivity)

    材料中の空気の流れにくさを表します。音は空気の振動ですので、空気が流れにくいと言うことは、 音が伝わりにくいということになります。材料特性パラメータの中では、非常に大きなウェイトをしめるファクターです。

  4. 多孔度(porosity)

    材料中の空気を占める割合を表します。吸音材料として用いられる素材は、拡大してみれば、いずれも空気の隙間だらけです。 例えばグラスウールなどでは、かなり密に詰まっているように見えても、多孔度としてはほとんど0.9以上です。

  5. 迷路度(tortuosity、トーチュオシティ)

    材料中の空気の経路の「迷路度」を表します。この値が大きければ、それだけ音が材料中を長く伝わるので、 一般的により吸音されることになります。

  6. 粘性に関する長さ(viscous characteristic length)

  7. 熱交換に関する長さ(thermal characteristic length)

  8. 弾性率(剪断複素弾性率、shear modulus)

    材料の剪断方向の弾性率です。予測モデルでは材料中での減衰を考慮するので、一般的に損失係数として計測される、 弾性率の虚数成分も必要となります。

  9. ポアソン比(Poisson's ratio)

    材料が圧縮伸張する時の変形の割合を表します。

1.,2.などはよくみる一般的なパラメータですが、5.~7.など、中には普段見慣れぬパラメータも幾つかあります。 また8.,9.などは、吸音と関係ないと思われるかもしれませんがこれらはいずれも多孔質吸音材料の吸音メカニズムに関わっています。 これらの材料パラメータは吸音メカニズムにおいて互いに関連しあっており、 しかも材料によってその関連の度合いが異なると考えられています。そのため、精度の良い音響特性の予測には、 基本的には全ての材料パラメータを測定にて求める必要があります。

ただし、材料の種類によっては、すべてのパラメータが無くても音響特性を予測することができるものもあります。 例えば、グラスウールのような材料の場合には1.~3.のパラメータのみで音響特性を比較的精度よく予測することが出来ますが、 ウレタンフォームのような材料の場合には、全てのパラメータを知る必要があります。

6. NOE(日本音響エンジニアリング)の音響材料に対する取組み

弊社は、過去10年以上にわたり、(株)ブリヂストン様をはじめとする多くのお客様とのとのコラボレーションにより、 音響材料評価に関する様々な測定装置の開発や、測定、評価手法の検討などをおこなってきました。

過去の実績として、ここに幾つかの例(測定装置、ソフトウェア等)をあげさせていただきます。

  1. 2マイクロホン法垂直入射音響管、および計測ソフトウェア
  2. 流れ抵抗測定装置
  3. 現場吸音率測定装置
  4. 音響管支持用リング
  5. 弾性率測定装置

これらの業務を通じて音響材料開発を微力ながらお手伝いさせていただくにつれて、 音響材料開発におけるメカニズムの把握の重要性を強く感じるようになりました。 そこで弊社では、文献調査や海外研究施設の訪問などを行って、 材料の音響特性予測のためのシステム開発およびそれに関する技術の構築をすすめております。

その成果として、現在では次の計測、評価が可能となりました。

  1. 音響特性予測に必要な材料パラメータの計測。(2003年5月現在、パラメータ6.、7.を除く)
  2. 各種材料パラメータの計測システムの販売。
  3. 上記パラメータを用いた多孔質弾性体の吸音特性の予測計算。
  4. 垂直入射吸音率、特性インピーダンスの計測。

弊社は、さらに計測/評価/予測技術を高め、材料メーカ、 および材料を用いる完成品メーカのお客様からの音響材料開発に関する様々な依頼業務に対応できる環境を整えつつあります。
単なる計測システムの販売や委託計測業務のみならず、 材料開発に関するコンサルティングを含めた音響材料開発トータルサポートに対応できることがお客様への本物のサービスであると考えるからです。

7. おわりに

吸音、遮音に使用される材料の系統立てた(効率の良い)開発には、 材料の音響特性の予測技術が不可欠となりつつあります。
そこで弊社は、予測に必要な材料パラメータの測定業務のみならず、 測定によって得られた様々な材料パラメータをもとに音響的に優れた材料の開発のコンサルティングまで行います。 それには当然お客様との密接な協力関係が必要です。お客様の材料に関する知識、ノウハウと、 弊社の材料に関する音響的側面の知識、ノウハウを融合させることにより、 これまでにない音響的に優れた材料の開発ができることを固く信じております。

これまで、材料の音響特性の予測、測定技術に関しては、 ほとんどが海外のコンサルティングに依頼せざるを得ない状況にあります。
そんな中、弊社はこれまで蓄積した技術力を駆使して国内材料メーカへの迅速かつ柔軟な対応を心がけたく進めていきたいと考えております。

【参考文献】

1) M.Yamaguchi, H.Nakagawa and T.Mizuno, "Sound absorption mechanism of porous asphalt pavement", The Journal of the Acoustic Society of Japan(E) 20,1(1999)
2) L.Rayleigh, Theory of Sound, Vol.Ⅱ, Chap.13(1929)
3) M.E.Delany and E.N.Bazley, "Acoustic propaties of fibrous absorbing materials", Applied Acoustics 3(1970), pp105
4) J.F.Allard, Propagation of Sound in Porous Media : Modeling Sound Absorbing Materials, Elsevier Applied Science
5) 中川、山口、"各種多孔質材料の音響特性―(第27)Biotの理論を用いた音響特性の予測・その2―"、日本音響学会秋季大会講演論文集、pp845(2002)

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