ソリューション事業部  廣澤 邦一 中川 博

1. はじめに

多孔質材料の音響特性を表現する数理モデルは多く提案されています。その中でもJohnson,Champoux,Allardらによって提案された剛骨格モデル(Rigid frameモデルまたはJCAモデル)やBiotにより提案された多孔質弾性モデル(PoroelasticモデルまたはBiotモデル)などは広範な多孔質材料を精緻に表現することができ、広く普及しています。今では,これらのモデルを用いた音響解析ができる汎用数値解析ソフトウェアも多く市販されており,そのユーザーにとっては多孔質材料のモデルは馴染み深くなってきていると言えるかもしれません。

さて、これらのモデルにおいて幾つかのパラメータを用いて多孔質材料の音響特性を表現するわけですが、そのパラメータの中に迷路度(Tortuosity;α∞)、粘性特性長(Viscous Characteristic Length;Λ)、熱的特性長(Thermal Characteristic Length;Λ′)というものがあります。これらは多孔質材料の骨格形状やその分布など幾何学的な情報を表すもので、多孔質材料の内部構造を把握するための重要なパラメータであると言えます。これらのパラメータは一般的に多孔質材料を実際に測定することによって得るのですが、その測定方法は次節に述べるように超音波領域において実施され、かつ媒質が2つ必要という特殊なものです。この測定におけるブロック図を図2に示します。弊社では、この度迷路度と2つの特性長を測定するためのシステム"Torvith"を開発しましたので、ここでご紹介させていただきます。

2. 迷路度と特性長の測定方法

弊社では、迷路度の測定方法として、材料のない自由空間における音速と材料を透過してくる音波の音速を求め、その比の2乗から求める方法を採用しています。具体的には、送信機から受信機まで超音波が到達するのにかかる時間を計測しています。この音速比は周波数特性を持っており、図1に示すTorvithの分析画面の上段に表示される図のように、特に超音波領域(図1の測定では50~600kHz)において横軸に周波数の平方根の逆数を取ると右肩上がりの直線となります。迷路度は周波数を無限大とした極限における値として定義されているため、この図のy切片にあたる値が求める迷路度となります。

続いて特性長ですが、特性長には粘性と熱的と2つの値があるため、2つの媒質(当社では空気とアルゴン)から得られる値から連立方程式を解いて2つの特性長ΛとΛ′を求めるという方法を採用しています。このとき測定している量は多孔質材料を透過する際の音波の減衰量で、多孔質材料中の音速と合わせてQと表される量と骨格近傍の粘性境界層δの積QδがΛとΛ′に関係することを利用して2つの特性長を求めています。このQδの測定値は図1のTorvithの分析画面の下段がその例であり、Qδもまた周波数によって値が異なります。すなわち測定した周波数の個数だけQδも値を持ち、2つの媒質から得られたその組み合わせは膨大な数となります。その組み合わせの中から最も適切なΛとΛ′の値を見つけ出さねばならないわけですが、これは至難の業です。

図1 Torvith の分析画面(迷路度算出部)
図1 Torvith の分析画面(迷路度算出部)

図2 迷路度・特性長測定におけるブロック図
図2 迷路度・特性長測定におけるブロック図

3. Torvith の優れた独自機能

1)S/N比を改善するTSP信号の採用

前節で紹介したように、迷路度と特性長の測定は多孔質材料に超音波を入射させ、その透過波を検出しなければなりません。超音波は空気中および多孔質材料中でも非常に減衰しやすいため,放射時のパワーを十分に大きくしておく必要があります。従来の超音波計測システムでは、強力な(大振幅の)スパイクパルスを放射させるために高価なパルサーレシーバーを用いている例を見かけることがありますが、Torvithでは単位周波数当たりのパワーを確保しつつ同期加算によるS/N比改善を見込めるTSP(Time Stretched Pulse)信号を採用しました。このため、スパイクパルスほどの大振幅を必要としないTSP信号での計測は、従来の測定システムよりも安価に構築できます。

2) 広周波数帯域での測定

TSP信号を測定に用いているということは、インパルス応答を用いることができるということであり、ひいては広い周波数範囲にわたって応答を観察することができるということです。広帯域にわたる測定が可能であるということは、本測定において非常に重要なことであり、図1に示す迷路度を求めるための分析や、図3、図 4に示す特性長の分析においてその値を得るためのフィッティング等の確からしさを向上させる有力な手段となり得ます。

3) 特性長の組合せ検討機能

前節後半で述べたように、粘性特性長と熱的特性長の最適な組み合わせを手かがりなしに見つけ出すのはほぼ不可能です。そこでTorvithでは、迷路度、粘性特性長および熱的特性長から超音波領域における多孔質材料中の音速の周波数特性を計算できることを利用して、実測の多孔質材料中の音速をどの特性長の組合せを用いるとうまく表現できるのか、あるいは実測による音速と計算により予測される音速が似ても似つかないものになってしまうのかを測定値の確からしさの判断基準としています。この判断を分かりやすくするため、図3のように、得られた特性長の組合せによって実測の音速に近いか遠いかを色によって判別し、かつ図4に示すように選択された特性長の組合せによって計算される音速と実測値とを比較検討できる機能を搭載しました。

図3 Torvithの分析画面(特性長の組合せ検討部)
図3 Torvithの分析画面(特性長の組合せ検討部)

図4 Torvithの分析画面(音速による比較検討部)
図4 Torvithの分析画面(音速による比較検討部)

4. まとめ

ご紹介したTorvithは、これまで困難であった迷路度・特性長の測定を手助けする非常に有力なツールです。このTorvihの登場により迷路度・特性長の測定精度が明らかに向上し、また測定者への門戸を広げるものになると期待しています。今後このTorvithの販売を始める予定であり、一人でも多くの多孔質材料のパラメータを必要とする方に依頼計測も併せてできるだけお手伝いをさせていただければ幸いに存じます。

参考資料

1)中川博、“音響材料について”、技術ニュース第19号(2003年6月発行)、技術ニュース第21(2004年6月発行)、技術ニュース第22号(2005年7月発行)
2)中川博、“音響材料の受託試験サービスについて”、技術ニュース第34号(2012年10月発行)

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