ソリューション事業部  廣澤 邦一

1. はじめに

私たちは10年以上前から音響材料、特に多孔質材料をBiot理論によってモデル化する取り組みを行ってまいりました。このBiotモデルに用いられるパラメータは表1に示す9つがあります。これら一つ一つの詳しい説明は参考文献1)~3)にゆずるとして、これだけ多くのパラメータを用いてできるだけ正確に多孔質材料の音響特性を表現しようとしているのがBiotモデルであるといえます。

表1 Biotモデルで用いられるパラメータ一覧
表1 Biotモデルで用いられるパラメータ一覧

このBiotモデルのパラメータは、そのパラメータの値によって材料の音響特性が変わると考えた場合、すべて同程度に影響するわけではありません。空気の粘性による音波の減衰がその多孔質材料の音響特性に最も大きく影響するもの、または材料の弾性が大きく影響するものなど、対象とする材料によって影響するパラメータはそれぞれ異なると考えらます。ところがパラメータの物理的意味やその影響範囲が判然としないものもあるため、Biotモデルには、それぞれのパラメータが多孔質材料の音響特性にどのように影響しているのかを把握しにくいという欠点があることも認めざるを得ません。そこで本レポートでは、当社が製作販売している積層構造音響特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZに搭載されているParameter study機能を用い、多孔質材料の音響特性を表すものとして垂直入射吸音率を取り上げ、各パラメータがそれに及ぼす影響を考察してみようと思います。なおParameter study機能は特許を取得した技術です。

2.Parameter study 機能について

まず、Parameter study機能についてご説明いたします。Parameter study機能とは、指定された計算条件と構築された積層構造のもとで、検討対象とするレイヤーとそのレイヤーにおいて検討対象とするパラメータを選択することにより、そのパラメータの変化に対する積層構造全体の音響特性の変化を検討することができる機能です。

たとえば剛壁上に設置された単層のグラスウールを想定し、垂直に音波が入射する状況を考えます。そのグラスウールの流れ抵抗が変化すると垂直入射吸音率はどのように変化するのでしょうか?つまり表1に示したパラメータのうち検討対象とするパラメータを除く他のすべてのパラメータの値を固定し、検討対象とするパラメータをある範囲で変動させたときの垂直入射吸音率がどのように変化するのかを検討するわけです。このとき例として検討対象とするパラメータに流れ抵抗を選び、それが103 Ns/m4から107 Ns/m4まで変化すると考え、対応する垂直入射吸音率をコンター表示すると図1のように表されます。図の横軸は周波数、縦軸は変動させるパラメータ(ここでは流れ抵抗)であり、図中の白線は標準的なグラスウールの流れ抵抗の値を示します。

図1 グラスウールの流れ抵抗の変動に対する垂直入射吸音率の変化
図1 グラスウールの流れ抵抗の変動に対する垂直入射吸音率の変化

図1をみると、流れ抵抗が小さ過ぎると大きな吸音が得られず、逆に流れ抵抗が大き過ぎると特定の周波数で吸音率のピークが現れるものの、その他の周波数で小さいままという傾向にあることが分かります。すなわち吸音率を最大にするちょうど良い流れ抵抗の値が存在することが一見して分かります。

このようにParameter study機能は、材料ごとのパラメータの振舞いの特徴を非常に分かりやすく提示する強力なツールであることをご理解いただけると思います。

3. グラスウールとウレタンフォームのParameter study

それでは前節でご説明したParameter study機能を使って、単層で厚さ25mmのグラスウール(以下GWと書く)と膜付軟質ウレタンフォーム(以下UFと書く)を対象とし、それぞれのパラメータがどのように影響するのかを観察してみましょう。これに用いるパラメータを表2に示します。これらのパラメータはすべて参考文献4)に示す当社の測定設備により実測されたものです。

表 2 材料のパラメータ一覧
表 2 材料のパラメータ一覧

これらのパラメータのうちここでは流れ抵抗とせん断弾性率を検討対象に選び、計算を行いました。GWの流れ抵抗の変動に対する垂直入射吸音率の変化をコンター表示したものが先ほどお示しした図1であり、同様にGWのせん断弾性率の変動に対する垂直入射吸音率を図2に、UFの流れ抵抗の変動に対する垂直入射吸音率を図3に、UFのせん断弾性率の変動に対する垂直入射吸音率を図4に示します。それぞれの図中の白線は表2で与えられるパラメータの値です。

これらの図を見ると、パラメータが変動することによる垂直入射吸音率の変化はパラメータによって異なることが分かります。図1や図4ではコンター図が斑模様になっていますが、これはパラメータの値の変動によって垂直入射吸音率が変化するということを表しているわけです。一方、図2や図3では縦縞模様であるとみることができますが、これはそのパラメータが変動しても垂直入射吸音率はほとんど変化しないことを表します。このようにパラメータの変動に対する垂直入射吸音率の変化の様子をコンター図で表すと、そのパラメータの持つ影響度が模様の変化となって現れ、把握しやすくなることがお分かりいただけると思います。

図2GWのせん断弾性率の変動に対する垂直入射吸音率の変化
図2 GWのせん断弾性率の変動に対する垂直入射吸音率の変化

図3UFの流れ抵抗の変動に対する垂直入射吸音率の変化
図3 UFの流れ抵抗の変動に対する垂直入射吸音率の変化

図4UFのせん断弾性率の変動に対する垂直入射吸音率の変化
図4 UFのせん断弾性率の変動に対する垂直入射吸音率の変化

しかし、このままではその模様が斑であるとか縦縞であるなどと主観的な評価しか下すことができません。そこで、これらの影響度を定量化することを次節で考えてみましょう。

4. 各パラメータの影響度

前節でみたように、Parameter study の結果であるコンター図が縦縞模様になる場合では、パラメータが変化しても垂直入射吸音率はほとんど変化しません。これはある1 つの周波数fに注目すると、パラメータによってそのfにおける垂直入射吸音率α(f)が変化しないことを示します。逆に斑模様になる場合はα(f)が大きく変動するわけです。すなわち斑模様と縦縞模様との違いは、図5 に示すようなある特定の周波数における垂直入射吸音率の最大値αmax(f)と最小値αmin(f)との差分

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の値の違いであると解釈できます。ここで、Δα(f)が周波数(f)によって異なる値を示す、つまりパラメータの変動による垂直入射吸音率の変化が周波数によって異なることは容易に想像がつきます。そこで、考えている周波数全範囲におけるΔα(f)の最大値、すなわち最も大きな垂直入射吸音率の変
化量をもってパラメータの影響度を評価することにします。

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このΔαをあるパラメータの変動が垂直入射吸音率に及ぼす「影響度」として定義することとします。

図5 パラメータの影響度算出イメージ
図5 パラメータの影響度算出イメージ

それでは具体的に影響度を計算し、検討してみましょう。

図6 GW に対する各パラメータの影響度
図6 GW に対する各パラメータの影響度

図7 UF に対する各パラメータの影響度
図7 UF に対する各パラメータの影響度

図6 にGW、図7 にUF に対する流れ抵抗σとせん断弾性率N の影響度の周波数特性を示します。また、表3 にGW とUFに対する流れ抵抗とせん断弾性率の影響度を示します。

表3 GW とUF に対する流れ抵抗σとせん断弾性率N の影響度
表3 GW とUF に対する流れ抵抗σとせん断弾性率N の影響度

これらをみるとGWとUFではパラメータの影響度がかなり異なることが分かります。流れ抵抗はどちらの材料にも大きな影響を及ぼすものの、影響度の周波数特性が異なりますし、せん断弾性率は、全周波数域にわたってGWに対してあまり大きな影響を及ぼさないことが分かります。

この影響度から次のような考察が成り立ちます。GWは明らかに流れ抵抗の影響度のほうが大きいことが分かりました。流れ抵抗というパラメータは、多孔質材料の空気の通り抜けやすさを表すとともに、空気の粘性による音響エネルギーの損失を表しています。つまり、GWはせん断弾性率で表される材料全体の弾性よりも圧倒的に材料中の空気の粘性によって音響エネルギーが失われ、それが材料としての吸音性能を決めていると解釈することができます。一方、UFは少なからず流れ抵抗の影響も受けていますが、弾性の影響がGWに比べて大きいことが分かります。すなわち、材料中の空気を伝搬する成分のみならず、UFを弾性体としてみたときの、それを伝搬する弾性波動の影響も材料全体としての吸音性能に影響していると解釈できるわけです。

このように、ある多孔質材料はどのような要因で吸音しているのだろうか、といった検討を行うにはParameter studyは決定的に重要な分析であることがお分かりいただけたと思います。

また、最後にもう一つ付け加えておきたいと思います。それは、ここでお示しした「影響度」という概念は、STRATI-ARTZに搭載されているSingle optimizerというそれぞれのパラメータの値を推定する機能のうち、Scoring(スコアリング)という工程において非常に重要な要素技術として使われております。Single optimizerはモデルに用いられるすべてのパラメータを一つずつ推定する機能ですが、やみくもにパラメータを推定するのではなく、その材料にとって重要なパラメータから順番に推定することによって、推定の信頼性を向上させるという特徴を持っております。本レポートでお示しした「影響度」は、パラメータ推定においても不可欠な概念となっています。

5. おわりに

本レポートでは、STRATI-ARTZのParameter study機能を応用して、ある一つのパラメータを変動させた場合に垂直入射吸音率に及ぼされる影響について検討しました。この影響を定量的に検討するため、パラメータの変動により変化する垂直入射吸音率の差分から定義される「影響度」という評価量を新たに定義し議論しました。この影響度はSingle optimizerにも利用されている重要な概念です。この検討の結果、繊維系多孔質材料の代表としてのグラスウールでは流れ抵抗の影響が大きく、また発泡樹脂系多孔質材料の代表としてのウレタンフォームではせん断弾性率の影響も大きいことが分かりました。このグラスウールとウレタンフォームに対するパラメータの影響度の違いは、繊維系不織布の多孔質材料と発泡樹脂系の多孔質材料の違いを表現するものと解釈できます。

このように多孔質材料をあるモデルで考え、かつそれに用いられるパラメータを詳細に検討することにより、その材料の音響特性がどのような要因に支配されているのか、何の要素を制御すればより性能を向上させられるのかを検討することができます。このような検討は、実物の材料の吸音率などを測定しているだけでは理解が進まず、シミュレーションならではということができます。今後も材料の音響性能評価のための測定やパラメータの測定のみならず、本レポートでお示ししたようなシミュレーションを活用したコンサルティングやソフトウェアのご提供を通して、皆様の材料開発のお手伝いを続けていく所存です。

(本レポートは、参考文献5)に示す2015年4月に行われた日本音響学会建築音響研究会での研究発表を基に作成しました。)

参考文献

1)中川博、“音響材料について”、技術ニュース第19号(2003年6月発行)
2)中川博、“音響材料について(その2)”、技術ニュース第21号(2004年6月発行)
3)中川博、“音響材料について(その3)”、技術ニュース第22号(2005年7月発行)
4)中川博、“音響材料の受託試験サービスについて”、技術ニュース第34号(2012年10月発行)
5)廣澤邦一、他、“垂直入射吸音率における多孔質弾性材料のBiotモデルに対するパラメータスタディ”、日本音響学会建築音響研究会資料AA2015-11(2015.4)

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