ソリューション事業部(名古屋営業所)  森 浩雅(聞き手)

三木 達郎 様

ニチアス株式会社 浜松研究所 研究開発本部
試験解析室 CAE 課  主任研究員
三木 達郎 様

2010 年にニチアス株式会社入社。研究開発部で材料開発等を経て、2016 年からは現在の試験解析室に所属。現在はSTRATI-ARTZ や構造解析用のCAE ソフトを使った材料解析を中心に研究開発等の業務に従事。

1.はじめに

ニチアス株式会社(以下ニチアス)様は一世紀以上にわたり、さまざまな産業分野へ「断つ・保つ」の技術を基盤とした製品・サービスを提供している保温・断熱分野のパイオニア企業です。2017年、ニチアス様は弊社の吸音遮音材料性能評価システムおよび予測ソフトウェアを導入されました。以降5年にわたり、数々の防音材料の音響特性の評価にご活用いただいております。

図1 ニチアス様が導入された吸音遮音材料性能評価システムの一部
(写真は迷路度・特成長測定システム)
図1 ニチアス様が導入された吸音遮音材料性能評価システムの一部 (写真は迷路度・特成長測定システム)
              

浜松研究所の三木様は、防音材料の開発に従事されていますが、高温環境における防音材の性能変化や最適化などの研究にも取り組まれています。今回は、積層構造音響特性予測ソフトウェア「STRATI-ARTZ(ストラティアーツ)」を実際の製品開発に活用されている立場から、導入までの経緯や効果、活用方法について、いろいろお話を頂きました。

   

2. STRATI-ARTZ 導入にあたって

音響材料についても理論的に開発したかった

―― ニチアス様の音響材料開発におけるSTRATI-ARTZ 導入前の課題についてお聞かせください。

三木(敬称略)日本音響エンジニアリングのSTRATI-ARTZを導入する前は、自社で所有していた残響室および無響室を使用して製品の音響評価(実測)を行っていました。

―― 防音材料の音響性能を評価する為に、都度試作をして測定していたのですか?

三木 そうです。ただ、開発スピードが求められる中、単に実測の効率性を向上させるだけではなく、試作前の材料検討段階において理論的な側面から開発する手段を持つ必要性も感じていました。

            

―― たしかに、試作にはコストも時間もかかります。理論的な側面から開発することができればそれらを回避することができますが、その方法について何か具体的なイメージはありましたか?

三木 イメージは持っていました。以前行っていた断熱材の開発では、熱伝導率や密度などの材料パラメータ(物性値)から断熱性能を理論的に説明することができていた為、音響材料についても同様のアプローチで検討できるのではと考えていました。

            

―― 断熱材と同じように、材料のパラメータを知ることで理論的な防音製品の開発ができるようになるということですね。


日本音響エンジニアリングとなら理論的な開発ができそう

―― 弊社を知ったきっかけについて教えてください。

三木 当時一緒に研究開発していた大学教授に紹介いただいたこと、そして音響材料測定システムを扱っているメーカーを調査した際に日本音響エンジニアリングのWEB ページを見つけたのがはじまりでした。

            

―― 既に弊社のことをご存知の方から紹介されていたのですね。実際にコンタクトをとってみた当時の印象はいかがでしたか?

三木 日本音響エンジニアリングの技術担当者と音響材料測定システムについて技術的な対話を重ねていく中で、パラメータと音響特性の整合性をしっかり理論ベースで研究していると感じました。また、流れ抵抗・迷路度・特性長などのパラメータ測定システムを自社で研究開発・販売されており、私のイメージしていた理論的な側面からの開発ができそうだと思いました。

            

―― ありがとうございます。弊社は自社で測定システムの研究開発を行うとともに受託測定も行っているため、測定や結果考察などの経験を多く積ませていただいております。そういった背景が技術的対話に活かされているのかもしれません。STRATI-ARTZ についてはご存知でしたか?

三木 測定システムの導入時に日本音響エンジニアリングの担当者から紹介して頂きました。実際にSTRATI-ARTZ を見て、使いやすさの他に魅力的だと感じた点は2 つあります。一つは測定した材料のパラメータから吸音率や透過損失のシミュレーションを簡単に行うことができることです。もう一つは音響管で測定した吸音率のデータから材料パラメータを逆推定でき、かつそのパラメータを変化させることで音響性能がどう変化するかも確認することができることです。しかも、これらを短時間で実行できることも魅力的に感じました。

  

―― 短時間で予測できるのは、STRATI-ARTZ で取り扱う材料形状が平板(単層・積層)に特化しているからこそですね。

 

3. 導入効果

条件を変えても、すぐに結果を確認できる

  

―― 導入後、作業効率面での変化はありましたか?

三木 防音材料の音響性能を評価(実測)する前に、STRATI-ARTZ を使って音響性能を予測するようになり、どのような材料を使った方がよいかを短時間で検討・判断できるようになりました。

   

―― 具体的にはどのような場面で活用されていますか?

三木 防音材料を製品へ実装する際や現場で使用する際には、どうしても材料の厚さに制限があります。STRATI-ARTZでは、厚さを変えたときの音響性能がすぐに予測できるので、製品開発の方にも大変喜ばれています。

   

―― STRATI-ARTZ には単に材料の厚さを変更する場合と、材料を圧縮して厚さを変更する場合の2 種類の厚さ変更機能がありますので、両者を適宜ご活用頂ければ幸いです。ところで、シミュレーションツールはその予測精度も重要ですが、 STRATI-ARTZについてはいかがでしょうか?

三木 繊維系の単層材料の予測精度は特に高いです。実測値と非常に近い数値が得られるので、サンプルを実測しなくても性能の傾向をつかめる点はとても良いと感じています。

図2 STRATI-ARTZを操作する三木様
図2 STRATI-ARTZを操作する三木様

豊富なデータベースで実測工数を減らすことができた

  

―― STRATI-ARTZ を使用する上で、工夫されている点などがございましたら、教えてください。

三木 STRATI-ARTZが持つ材料パラメータのデータベースを材料検討の際に活用しています。データベースに登録されたサンプルの種類と数が豊富なので、材料を入手する事なく検討を進めることができ、以前よりも実測にかかるコストや工数を減らすことができました。また、材料探索については Material search機能も活用させて頂きました。

  

―― 材料データベースは市販されている材料を中心に現在400以上のデータを保有しております。Material search機能は音響管で測定した吸音率データに近い吸音性能をもつ材料をデータベースから自動検索する機能で、材料検討の際にとても有効な機能です。今後も毎年データベースを増やしていく予定ですので、ご活用いただけますと嬉しく思います。

Material search 機能

STRATI-ARTZ の持つデータベースの中で指定した吸音率と最も音響性能が近くなるパラメータを持つ材料を探索する機能。材料の名称が不明であっても、垂直入射吸音率のデータを読み込むことで、似た特性をもった材料やパラメータを検索することができます。

図3 Material search 機能

Material search 機能の一例を図 3 に示します。あるテストサンプルの垂直入射吸音率の測定データ(青線)に対して、近い特性を示す材料の音響性能を赤・ライム・深緑の線で表示しています。

材料パラメータと音響性能の関係性が一目で理解できるようになった

  

―― 導入後のエピソードを教えてください。

三木 他部署からの音に関する問い合わせに対して、即時に回答ができるようになりました。お陰様で現場からの評判もよく、社内で「CAE で音と言えば三木」とイメージして貰えるようになったと感じています。
他にもParameter study 機能を使うと、横軸を周波数、縦軸をある特定の材料パラメータの値として、音響性能をカラーマップで表すことができるので、どれくらいの周波数、材料パラメータの値で音響性能に効果が出ているのか、一目で理解してもらうことができます。この機能のおかげで、音響材料に関して知見が浅い人への説明もスムーズに行うことができるようになりました。

  

―― 具体的にはどのようなケースがあるのでしょうか?

三木 例えば、「流れ抵抗や特性長などを変えると吸音率がもっと良くなるのではないか」と質問を受けた際に、このカラーマップを見せて、「縦方向に変化がないので、このパラメータは変えても意味がない」、「このパラメータを大きくすることで、ある特定の周波数において効果的」などと説明しています。このような場合、数値よりもカラーマップを提示した方が断然早く理解してもらえるので、大変助かっています。

  

―― たしかに、Parameter studyのカラーマップはパラメータが音響性能に対してどのように影響を与えるかを視覚的に表現しているので、説明には最適ですね。

音に対して理論的にアプローチする意識が高まった

  

―― STRATI-ARTZ を使い始めてから、周囲の方々に変化はありましたか?

三木 浜松研究所内において、音に関しても理論的な側面からアプローチする意識が高まったと感じています。また、社内の打合せで私がSTRATI-ARTZ を使っている様子を見て、「自分も使ってみたい」と声をかけられるようになり、今では所内の多くの方に使って頂けるようになりました。

  

―― 三木様がSTRATI-ARTZ を使って理論的側面から効率的に開発を進められた結果、STRATI-ARTZ自体も所内に浸透していったのですね。

Parameter study 機能

特定の材料パラメータの値を変化させた際の音響性能の変化を把握したり、指定した吸音率に最も合致するパラメータの値を探索したりする機能です。ある材料のパラメータが与えられたとき、その中で着目したいパラメータの値を変化させ、それに伴う音響性能の変化が一目で分かるようにカラーマップ表示されます。
カラーマップは横軸が周波数、縦軸がパラメータの値、カラーは音響性能(吸音率または透過損失)を表しており、赤に近づくほど性能が高く、青いほど低いことを表しています。例えば、図 4 はカラーマップが縦縞になっており、パラメータの値を変化させても吸音性能がほとんど変化していないことがわかります。一方、図 5 はパラメータの値を変化させると吸音性能が大きく変化することがわかります。
このようにParameter study を使用することで、パラメータと音響特性の関係を一目で把握することができます。

図4 パラメータを変化させても吸音率がほとんど変化しない例
図5 パラメータを変化させると吸音率が変化する例

4. 今後のビジョン

音響材料の理論解析をさらに進めて効率的な開発を

  

―― では最後に、三木様の今後のテーマなどお聞かせ頂けますでしょうか?

三木 音響材料の理論解析や材料開発支援などを、今後も続けていきたいと考えています。STRATI-ARTZ は現状も研究所に浸透して大活躍していますが、音響材料の理論解析など、これからも沢山活用できる場面があると思いますので、引き続き効率的な開発を進められたらと考えています。

  

―― 本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございました。今後も弊社のSTRATI-ARTZ や音響材料測定システムが御社の材料開発のお役にたてることを願っています。

    

5. おわりに

今回のインタビューを通じて、昨今の厳しい競争環境下においては開発にスピードが求められており、音響材料を理論的に開発することが、試作レスによる「開発」のスピードだけでなく、メンバーの情報共有という「コミュニケーション」のスピードも向上させるものであることを教えて頂きました。
音響材料を理論的に開発できる背景をもつことは、今後MI(マテリアルズ・インフォマティクス)などの材料開発のDX 化を進めていく中でも必要になっていくものと思われます。STRATI-ARTZ は、材料内部の音・振動の伝搬を正確に記述できる物理モデルを用いているという特長を生かし、皆様の理論的アプローチの一助になれるよう開発を進めてまいります。

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