ソリューション事業部 中川 博
岡山県工業技術センター 眞田 明

1. はじめに

自動車業界がCASE革命により大きく変革しようとしている中で、自動車において静粛性・快適性がますます重要度を増してきています。その中でも特に、車両の軽量化と静粛性を両立させるため有効となる多孔質材料を効果的に使用した吸遮音材の更なる高性能化が求められています。

当社では音響材料評価関連事業として、吸遮音性能計測や、予測モデルに必要となる材料パラメータ計測などの受託試験業務や、これらの計測システムおよび音響性能予測ソフトウェアなどの開発・販売サービスをお客様に提供させて頂いてきました。この度ご紹介する「8マイクロホン新型音響管吸音率計測システム」は、岡山県工業技術センターと共同で開発した新しい計測手法を用いた画期的な垂直入射吸音率の計測システムです。詳細は後述いたしますが、従来の規格に則った測定方法での上限周波数の3倍近い高周波数までの垂直入射吸音率を計測することができる手法です。本計測手法を発表した論文(参考文献1)は、日本音響学会英文誌にて論文賞を受賞いたしました。この新しい計測システムを用いることにより、従来の音響管を用いた吸音率計測における運用上での様々な問題や制限(「計測限界」)を大幅に改善できるのではないかと期待しております。

2. 背景(従来の問題)

吸音性能を計測する方法には、代表的な計測方法として音響管を用いる垂直入射吸音率(参考文献2-4)と、残響室を用いる残響室法吸音率があります。残響室法吸音率が1m2~10m2といった大きなサンプルを残響室という特殊な室に敷き詰めて計測しなくてはならないのに対し、垂直入射吸音率は、直径10cm以下程度の比較的小さなサンプルを音響管と呼ばれる細長い管にセットするだけで計測できます。しかも音響管を用いた計測は、比較的簡単な操作で短時間に計測することができるため、素材(主に多孔質材料)の吸音性能評価に広く使われています。最近では、技術開発の進歩により、音響管で得られた吸音性能から吸遮音性能の予測に必要な材料パラメータ(一般的にBiotパラメータと呼ばれるもの)を推定できるようになっております(参考文献5)。このように音響管を用いた吸音率計測は、音響振動CAE解析にも重要な役割を果たすようになってきております。弊社でも自社開発の音響管およびソフトウェアで構成された垂直入射吸音率計測システムをお客様に販売させて頂きつつ、かつ自社での受託試験業務にも用いることで得られた知見・ノウハウを反映させることで機能や使い勝手の向上を図っております。

このように便利かつ重要性を増してきた音響管計測ですが、計測原理から計測可能な上限周波数に限界があります。例えば、従来規格(ISO 10534-2、JIS A 1405-2)に則ると、一般的に普及している音響管のサイズ(内径φ100mm、φ29mm)だと、

  • φ100mm:100~1,800Hz
  • φ29mm:500~6,400Hz

となりますし、弊社が標準で採用している音響管のサイズ(φ40mm、φ15mm)だと、

  • φ40mm:200~4,800Hz
  • φ15mm:1,000~11,000Hz

となります。これだけご覧頂くと、より細い管で計測した方が高周波数まで計測できて便利ではと思うかもしれませんが、細い管で計測することによる問題点がいくつかあります。その中で代表的なものは次の2つです。

  1. サンプルの局所的なばらつきの影響
  2. 音響管にサンプルをセットしたときの隙間の影響

1に関しては、素材の均質さによって影響度合いが変わってきます。雑毛フェルトや発泡が均質でないフォーム系の素材だと、素材の部位ごとに密度やセル分布のばらつきが生じるために、小さいサンプルで計測するほど、素材としての平均的な吸音性能を把握するために多くのサンプルの測定(N増し)が必要となります。2の問題に関しては、井上の論文(参考文献6、7)にもあるように、通気が少ない材料の場合、わずかな隙間(例えば50mm×50mmのサンプルにおいて0.5mm程度)であっても、吸音率のピーク周波数やレベルが変化することが計算で示されており、当社でも実際のサンプルで確認しております。図1,2に実例を示しています。図1は音響管(内径40.0mm)に内径より0.5mm小さい(直径39.5mm)、のサンプルをセットした状態の写真(隙間ができていることをご覧頂けます)、図2は、直 径40mmの音響管に直径を39.0mmから41.0mmまでの様々な寸法のサンプルをセットして計測したときの垂直入射吸音率を示しています。


図1 音響管に設置されたときのサンプルとの隙間
(図はサンプルサイズ:φ39.5mm)


図2 切り出しサンプルサイズによる吸音率の変化

また、低周波数から高周波数までの広い周波数帯域を計測するためには、太い管と細い管の両方で計測するのが一般的ですが、この場合サンプルの物性によっては管の寸法違いで吸音率が異なってしまい、どうすれば正しく計測できるのか悩む場面にしばしば遭遇します。

3. 新型音響管計測システムの特徴(計測手法)

今回ご紹介する新型音響管計測システムは、上記のような問題を大幅に改善いたします。新型音響管計測システムでは、従来の高周波数計測限界を大幅に改善する手法を採用しています。詳しい内容は、本計測原理を発表した論文(参考文献1、7)を参照頂ければと思いますので、ここでは計測原理を簡単にご説明いたします。

計測原理を説明するためには、音響管内の音場について知る必要があります。円柱状の音響管内の空間では、図3に示すように管の長さ(軸)方向だけでなく、径方向および回転(周)方向の様々な音響モードが励起されます。

円柱状の空間の断面における周方向と径方向のモード次数をm、nで表したときのモードの組み合わせを図4に示します。どのモードが励起されるかは、伝搬する音波の波長と関係します。半径R[m]の円筒状の空間における各モードが励起される周波数は式(1)で表されます。


図3 音響管内の様々なモードのイメージ


図4 音響管断面における音響モード
(m: 周方向モード、n: 径方向モード)

ここで、cは音速[m/s]、λm,nは管壁における境界条件により決まる各モード((m,n)モード)固有の値、fcm,nは音速cにおける(m,n)モードの上限周波数[Hz]です。図4におけるm=0,n=0の(0,0)モードは径方向および周方向のモードは励起されないため軸方向にのみ音が伝搬する、いわゆる「平面波音場」となります。平面波音場を仮定することで、規格で示すように2か所のマイク位置で音圧を計測するだけで吸音率の評価が可能になります。逆にいうと、平面波だけが伝搬する音場でないと、音響管を用いて簡単に吸音率を計測することができません。そのため、音響管の太さによって計測可能な上限周波数が制限されてしまいます。従来の方法ですと、平面波音場が保証される周波数は式(1)で求められる(1,0)モードが生じる周波数以下となり、音響管の内径毎に2章で示したような上限周波数が規定されます。そのため高い周波数を計測しようとすると細い音響管で 計測しなければならなくなり、それにより既に説明したような問題が生じてしまいます。

今回発明した新しい計測手法(8マイクロホン法)は、断面方向の音響モードの特徴を利用した2つのアイデアで構成されています。1つは周方向に発生するモードに対するもので、同一断面に90°間隔でマイクロホンを4本配置(吸音率の計測には音響管内の2断面のデータが必要なので計8本のマイクロホンを使用)して、そこで収録した音を適切に処理することで、図2の周方向の一次(1,0)および二次(2,0)までのモードを打ち消すことができるというものです。これにより、従来は計測できなかった周方向のモードが励起される高い周波数においても、軸方向に伝搬する平面波成分だけを取り出すことができるようになります。2つ目のアイデアは、径方向に発生するモードに対するものです。音源およびマイクの位置を厳密に制御することで、径方向の一次(1,0)のモードの影響を受けないように計測することができるというものです。この2つのアイデアを用いることで、従来の計測可能上限周波数の3倍近い高周波数までの吸音率を求めることができるようになります。

4. 仕様

今回ご紹介する新型音響管計測システムは、新しい計測手法である8マイクロホン法と、従来規格に準じた計測手法(2マイクロホン法)の両方の計測が可能な構成となっております。つまり、1つのサンプルで8マイクロホン法による高周波数の計測と、従来法による計測が可能になるというものです。

音響管の構成としては、標準仕様として内径違いのφ100管とφ40管の2種類のラインアップをご用意させて頂いております。φ100管ではマイクを管内に突き出すことで(4,0)モード未満の周波数まで、φ40管ではマイクを管壁にフラッシュマウントすることで(0,1)モード未満の周波数までの吸音率が計測可能になります。図5に音響管(φ100管およびφ40管)の写真を示しています。それぞれの音響管における計測可能周波数範囲などの具体的な仕様は下記の通りです。

A)φ100管タイプ

  • サンプルサイズ:直径100mm
  • 8マイク先端位置:(0,1)モードの節位置
  • 測定上限周波数:(4,0)モード以下の周波数
  • 測定周波数範囲:100~5,800Hz
  • ISO/JIS配置:100~1,800Hz
  • 8マイクロホン法:500~5,800Hz

B)φ40管タイプ

  • サンプルサイズ: 直径40mm
  • 8マイク先端位置:音響管内壁面一
  • 測定上限周波数:(0,1)モード以下の周波数
  • 測定周波数範囲:200~10,000Hz
  • ISO/JIS配置:200~4,800Hz
  • 8マイクロホン法:1,000~10,000Hz


図5 新型音響管
(上:φ100管、下:φ40管)

ISO/JIS配置と8マイクロホン法の両方のマイク配置で計測するにより、1つのサンプルで100~5,800Hz(φ100管)、200~10,000Hz(φ40管)という低周波数から高周波数までの広い周波数帯域の垂直入射吸音率の計測が可能になります。従来ISO/JIS配置と8マイクロホン法の計測は同一サンプルを入れ替え無しで測定できるので、両者の測定結果は不連続のないデータとして結合できます。つまり、従来のように太管と細管の別々のサンプルで測定した(一致しない)吸音率データをつなぐ必要がなくなります。

なお、計測可能な音響評価量は、従来の反射法で測定できる全ての値となります。

  • 垂直入射吸音率
  • 複素音圧反射率
  • 比音響インピーダンス
  • 特性インピーダンス
  • 伝搬定数
  • 実効密度
  • 体積弾性率
  • 伝達関数
  • ランダム入射吸音率(推定値)
  • 音響透過損失(推定値)

5. 計測例

新型音響管計測システムでの計測例をご紹介いたします(図6)。計測したのはメラミンフォーム(厚さ25mm)とPETフェルト(厚さ30mm)の2種類のサンプルです。メラミンフォームはマイク突き出し方式のφ100管、PETフェルトはマイクをフラッシュマウントしたφ40管にて計測いたしました。それぞれの音響管において、ISO/JISマイク配置および8マイクロホン法でそれぞれ計測し、ISO/JISマイク配置計測における低周波側と8マイクロホン法による高周波側の吸音率データを結合しております。参考までに、従来のISO/JIS配置での計測可能周波数範囲をグレーで網掛けして示しております。従来のISO/JIS配置での計測よりも圧倒的に広い周波数帯域で計測できることが確認頂けます。


図6 新型音響管測定システムでの測定例
(上:φ100管にてメラミンフォーム厚さ25mm測定
下:φ40管にてPETフェルト厚さ30mm測定)

6. おわりに

ご紹介した8マイクロホン新型音響管計測システムは、従来の音響管計測における問題点を大幅に改善することができ、お客様の音響材料開発の効率化に大きく貢献できるシステムであると確信しております。本システムを一人でも多くのお客様にご利用いただけるようになればと願っております。また、本システムは発展途上であり、これからも更に機能向上を図っていく予定です。

現在、トライアルでの委託試験を承っておりますので、ぜひ一度お試しいただき新型音響管計測システムの可能性を感じて頂けると幸いです。

参考文献
1)A. Sanada, K. Iwata, H. Nakagawa, 'Extension of the frequency range of normal-incidence sound absorption coefficient measurement in impedance tube using four or eight microphones' , Acoust. Sci. & Tech. 39, 5, pp335-342(2018)
2)ISO 10534-2
3)JIS A 1405-2
4)ASTM E 1050
5)当社技術ニュース47 号 "音響材料特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZ 3.0の紹介" , https://www.noe.co.jp/technology/47/47news3.html 6)N. Inoue, T. Sakuma, 'Numerical investigation of effect of support conditions of poroelastic materials in impedance tube measurement' , Acoust. Sci. & Tech. 38, 4, pp213-221(2017)
7)井上、佐久間、'音響管計測における多孔質材の支持条件に関する波動数値解析' , 音響技術 No.185/Mar. pp32-38(2019)
8)眞田、中川、'8マイクロホン法による広帯域垂直入射吸音率測定 ―マイクロホン配置と音源構造の工夫による更なる高周波化―' , 建築音響研究会, 2019.10

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