音響材料特性予測ソフトウェアSTRATI-ARTZと 自動車防音材の設計

システム事業部 廣澤 邦一、金 誠、山本 亜紀、中川 博 営業推進部 高島 和博

1. はじめに

音に関連する機能を付加した材料、これが「音響材料」です。例えば、音を吸う「吸音材」、音を遮る「遮音材」、振動を減衰させる「ダンピング材」などがこれに当たります。その中でも、今回は「吸音材」、「遮音材」を開発する上で欠かせないソフトウェア「STRATI-ARTZ(ストラティ・アーツ)」についてご紹介させていただきます。

STRATIはイタリア語で「層」を表します。薄くかつ軽量で高い音響性能を持つ材料は、複数の材料を積層させた多層構造で設計されることがほとんどです。特に、自動車に用いられているフロアカーペット、天井材などは、ほとんどが多層構造で設計されています。しかし、多層構造の音響性能を予測したり、要求仕様を満たすように構造を最適化したりすることは簡単ではありません。STRATI-ARTZは、この多層構造の音響特性をシミュレートし、音響材料を効率的に開発する手段をエンジニアの皆様にご提供致します。

2. なぜ多層構造の音響設計は難しい?

読者の皆様の中には、「周波数ごとに最高の吸音率を持つ材料を組み合わせれば、より良い吸音特性が得られる。」と考えておられる方はいらっしゃいませんか?ところがそう単純ではないのです。一つ、例をご覧頂きましょう。

繊維系材料(左)とフォーム系材料(右)
吸音率
図1 繊維系材料(左)とフォーム系材料(右)と吸音率

図1は、ある繊維系材料(材料A)とその垂直入射吸音率、フォーム系の材料(材料B)の顕微鏡写真と垂直入射吸音率を表したものです。いずれも厚さは10mmです。

この二つの材料を、材料Aが上になるように積層した場合の吸音率と材料Bが上になるように積層した場合の吸音率が図2です。

図2 積層材料の吸音率
図2 積層材料の吸音率

いかがでしょうか?積層された状態の吸音率は、それぞれの吸音率からは予想できない周波数特性を示しているばかりか、どちらを上にするかで全く異なる吸音特性を示すことがわかります。これからわかることは、それぞれの材料の吸音率を最適化しても、積層した吸音率は最適化どころか予測すらできないのです。このような非常に簡単な例からも、積層構造の設計は単純ではないことがわかります。またこの結果は、吸音率が材料内部での音の減衰量を正確に表していないことも示唆しています。もし吸音率が、材料内部での音の減衰量を正確に表していれば、積層する順序を変えただけで吸音率が大きく変わるような、一見不条理に見える結果は起こらないはずです。

この結果から、狙った特性を持った音響材料を設計するためには、単体での吸音率や透過損失を最適化するだけでは十分でなく、音の伝搬という物理現象に忠実なモデルを想定した積層構造の検討を行わなくてはならないことがわかります。

3. 積層構造の音響特性を予測するための技術

積層構造の音響特性を予測するためのキーとなる技術、それが私達が取り組んでいる「Biot(ビオ)モデル」による音響材料内の音の伝搬のモデル化であり、積層構造の特性を予測するために各層の音響伝搬モデルを結合して音響特性を予測できる「伝達マトリクス法」と呼ばれる手法です。

まず、音響材料と呼ばれるものの多くは、多孔質材料(porous material)や弾性材料(elastic material)、多孔質弾性材料(poro-elastic material)を組み合わせて構成されますが、それぞれの材料内部での音の伝わり方は異なります。まず多孔質材料の代表的なものは、フェルトやグラスウール等の繊維系材料です。弾性材料とは、空気を通さないもの、例えばフィルムや鉄板などです。多孔質弾性材料は多孔質材料と弾性材料の中間的な振る舞いをするもので、代表的なものはウレタンフォームやメラミンフォームなどのフォーム材です。それぞれの材料について、音の伝搬を正確に記述できる物理モデルが必要です。これらの中でもこれまで予測が最も難しかったものが多孔質弾性材料で、その内部での音の伝搬を精度よく予測できるモデルが、「Biotモデル」なのです。Biotモデルについての詳しいお話は、過去の技術ニュース(19号、21号)で紹介していますので今回は省略させていただきますが、材料中の空気を伝わる「空気伝搬音」と材料の骨格を伝わる「固体伝搬音(振動)」、およびその相互の干渉で音の伝搬をモデル化します。ただし、モデル化には特殊な「材料パラメータ」が必要で、どのようにして材料パラメータを入手するかがこのBiotモデルを音響材料の開発に利用できるかどうかのポイントになります。

図3 STRATI-ARTZによる積層材料の設計
図3 STRATI-ARTZによる積層材料の設計

また、伝達マトリクス法は、複数の異なる性質の材料を積層した際、その境界での音の振舞いを正確に記述できるテクニックです。積層材料が引き起こす内部での多重反射等を正確に表現し、音響特性を計算します。

これらのキーとなる手法を核にして、STRATI-ARTZは精度の高い音響特性の予測を実現しているのです。

4. STRATI-ARTZの最大の特長
-材料データベースのご提供-

STRATI-ARTZの最大の特長は、複雑な音の伝搬をシミュレートできることに加えて、モデル化に必要な材料パラメータをデータベースとして提供させていただく点にあります。例えば、Biotモデルでウレタンフォーム内の音の伝搬をモデル化する場合、通常はあまり耳にすることがないパラメータ、具体的には流れ抵抗(air flow resistivity)、迷路度(tortuosity)、多孔度(porosity)といった材料パラメータが必要ですが、これらは簡単に測定することができません。私達の研究所では、自社開発したこれらの材料パラメータの測定装置を備え、市場に流通している様々な材料の最新の測定結果をデータベースに反映し、ご提供させていただきます。つまり、STRATI-ARTZを導入頂いた日から、多くの材料のパラメータと音響特性を入手できることになり、すぐに音響材料の開発に着手できるのです。Biotモデルで必要な材料パラメータの測定方法は現在でも技術的にも完全に確立されているとは言えず、材料によっては相当のノウハウが必要です。当社では、データベースに登録されていない新材料についてはお客様からの依頼試験も承っていますし、材料パラメータの測定装置の販売も行っています。当社が長年に渡って蓄積してきた技術をもとに幅広い材料の材料パラメータを正確に測定し、精度よく特性を予測できるよう、徹底してサポートさせていただきます。

また、データベースは随時リニューアルされ、インターネット経由でダウンロードが可能。お客様のデータベースは常に最新の状態に保たれます。また、お客様独自のデータベースをローカル構築することももちろん可能です。

5. STRATI-ARTZによる自動車内装材設計の例1
-自動車天井材の吸音特性の最適化-

STRATI-ARTZを使った自動車内装材の音響性能設計の一例として、天井材の吸音性能を最適化した事例をご紹介しましょう。自動車の天井材は、厚みは7mm~10mm程度ですが、音に関する要求性能だけ取り出しても車の外部から天井を介して車内に入る音を遮る遮音性能、雨音を和らげるといった振動入力に対するダンピング性能、それに車内騒音を減衰させる吸音性能と、様々なファクターが要求される内装部品です。内装部品の中では車室内で大きな面積を占めるため、音響的な寄与も大きく、遮音性能、吸音性能のコントロールが重要になります。

図4 自動車の天井材
図4 自動車の天井材

今回検討した自動車の天井構造は、図4のような三層構造で、他の天井材も類似の構造となっていることが多いようです。キャビンに接しているのは仕上げ材の表皮(0.7mm)、その内側にフォーム系材料で中間層(7.7mm)、バッキング層(4.0mm)という構成です。バッキング層の背後には、通気を止める樹脂の非通気層があります。普段は表面しか見えませんが、内部はその要求を満たすために複雑です。

このベースモデルの残響室法吸音率は図5のようになります。素直な吸音特性で、5kHz以上は0.9を超える高い吸音率を示しています。今回のご要望は意匠を変えずに吸音率のピークを少し低域にシフトさせ、車内の会話に影響を及ぼす2kHz~5kHz程度まで幅広い吸音特性を持たせることでした。

図5 天井材ベースモデルの残響室吸音率
図5 天井材ベースモデルの残響室吸音率

STRATI-ARTZでの検討を始めるためには、各層の材料パラメータを知る必要があります。今回は、実際のプレス成型状態での材料パラメータを把握したかったため、成型品の状態から層を分離し、各層の材料パラメータを私達で測定するところから始めました。そのパラメータを使って、残響室法吸音率をSTRATI-ARTZで推定した結果が、図5です。この時点で、天井材自体の吸音率の実測結果とSTRATI-ARTZによるシミュレーション結果は非常に良く一致していました。

さて、今回の課題である吸音率のピークを低域にシフトさせるにはどのようにすればよいかという点について、まず、今回はベースモデルの吸音率特性が繊維系材料の特性に近い、周波数特性が右肩上がりの特性であることに着目しました。内部の振動伝搬による減衰を持たせれば、吸音率のピークが多少低域にシフトした吸音特性を持たせることができます。まず、一次改良として全体の厚みは変えずに中間層の密度を上げた後その厚みを1mm減らし、バッキング層の厚みを1mm増やす検討を行ってみました。検討結果は図6の赤ラインになります。予想通り比較的よい方向に遷移しましたが、密度を上げた中間層からの反射音の悪影響により、5kHz以上の帯域で吸音率が下がりすぎてしまいました。この後、様々な可能性を検討したのですが、最終的に思い切って中間層を2.7mmまで薄くし、バッキング層の厚みを9mmに増やすことで図6の緑ラインの結果を得ることができ、吸音特性も目標を満たす結果となりました。全体の厚みは変化させず、1層の特性変更と厚みの変化で吸音特性を上手くコントロールできた例です。検討の途中で中間層の密度を上げたのですが、最終的に中間層の厚さが薄くなったため、大きな重量増を避けることができました。

図6 天井材の吸音率最適化の結果
図6 天井材の吸音率最適化の結果

6. STRATI-ARTZによる自動車内装材設計の例2
-ダッシュインシュレータの遮音・吸音特性の最適化-

次にダッシュインシュレータと呼ばれる部品の音響特性検討例をご覧頂きましょう。ダッシュインシュレータとは、エンジンルームと車室を隔てる鉄板(ダッシュパネル)に当てられる防音材で、主にエンジンルームから車内に伝搬する騒音に対する遮音補強と車室内の吸音性の向上が要求される内装部品です。歴史的には、遮音タイプと呼ばれる比較的重量のあるもので遮音性能の向上を狙ったものが主流の時代がありましたが、現在では比較的軽量な構成で遮音性能とあわせて車室内の吸音性能を上げることで車内騒音を低減させることを狙った設計が行われます。今回ご紹介する事例は、このダッシュインシュレータの音響特性の高性能化を狙ったものです。

図7 自動車のカットボディとダッシュインシュレータ
図7 自動車のカットボディとダッシュインシュレータ

今回検討したベースモデルは、次のような構造です。エンジンルームと車室を隔てるダッシュパネルを模した0.8mmの鉄板の後方に19mm厚のフェルト、ポリエチレンフィルム、最後に6mmのフェルトで構成されたものです。2層のフェルトはタイプの違うものが用いられています。このベースモデルもいわゆる軽量タイプで、その構成にはゴムシート等の重量で遮音性能を稼ぐ材料は使われていません。

図8 ダッシュインシュレータの構造(左:ベースモデル、右:最終品)
図8 ダッシュインシュレータの構造(左:ベースモデル、右:最終品)

今回のご要望は、このベースモデルの吸音性能を保持したまま、できるだけ重量増を避けながら遮音性能を向上したいというものでした。遮音性能を向上するためには、簡単に済まそうと思う場合は重量を増やせば良いのですが、さすがに燃費性能向上が最優先課題の自動車においては、闇雲な重量増は許していただけません。ここでは、鉄板に接している19mm厚のフェルト層に着目、改良を試みました。

まず一次改良として、19mmのフェルトを5mmと14mmに2分割し、遮音性能の向上を狙って間に非通気フィルムを1枚挿入しました。結果は図9の赤ラインのように、ベースモデル(青ライン)に対して狙い通り高域の遮音性能が向上しました。ところが、図10の吸音率は4kHzで0.1近く落ち込んでしまい、問題となりました。そこで、最終的に鉄板に接している14mm厚のフェルトを圧縮率の高いものに変更致しました。STRATI-ARTZには数多くの材料パラメータがデータベースに登録されており、改良についても材料をデータベースからチョイスするだけで済みます。最終結果は、図9、図10の緑ラインのようになりました。ベースモデルに比べ少し重量は増えてしまいますが、遮音性能をさらに高い水準に持って行くことができたばかりか、吸音率も1kHz以上では元の水準を超える特性とすることができました。

図9 ダッシュインシュレータの透過損失(遮音性能) (0.8mm厚の鉄板を含む)
図9 ダッシュインシュレータの透過損失(遮音性能)
(0.8mm厚の鉄板を含む)

図10 ダッシュインシュレータの吸音率
図10 ダッシュインシュレータの吸音率

この二つの事例からわかるように、ニーズに合わせた構造の変更やそれに伴う音響特性の変化を簡単に予測できるSTRATI-ARTZは、実際の設計において大変有効にご利用頂けます。これまで、このような防音材の最適設計は、試作と評価の繰り返しで行われてきました。STRATI-ARTZでは、この試作・評価のサイクルをコンピュータシミュレーションに置き換えることができます。これまでの試作回数を大幅に低減させることができ、コスト低減と開発期間短縮を両立した効率的な製品開発が可能です。また、STRATI-ARTZと実測結果の整合については、技術ニュース24号でご紹介しています。精度の高い予測のためには、正確な材料パラメータが必要ですが、かなりの精度でシミュレートできるのがお分かりいただけます。ウェブサイトでは、技術ニュースのバックナンバーを掲載しておりますのでぜひご覧下さい。

7. 今後の課題とまとめ

今回ご紹介させていただいたSTRATI-ARTZは、まだまだ発展途上のシステムです。データベースはこれからさらに充実させますし、現在の技術ではモデル化が難しい材料に対応するための技術開発も行っています。その適用範囲はこれから大きく広がるものと確信しています。ぜひこの機会にSTRATI-ARTZをお試しいただき、その有効性を実感していただければ幸いです。

また、素材を提供されるメーカー様にとっては、開発した材料をデータベースに登録させていただくことで多くのお客様に製品の特性を知っていただくことになり、採用の可能性が高まることもSTRATI-ARTZの大きなメリットだと考えております。

最後に、当社のウェブサイトには、STRATI-ARTZの実際の操作をご覧頂ける動画コンテンツを用意しています。ナレーションは英語ですが、簡単な操作で高度な最適化ができることをご確認頂けますので、ぜひ一度ご覧下さい。

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