ソリューション事業部 中川 博
1. はじめに
私達は、技術ニュース25号でもご紹介したように、2005年に第1音響研究所、2007年に第2音響研究所を開設いたしました。以来、この研究所設備を用いて、社内の研究開発業務やお客様との共同研究とともに、数多くの受託試験サービスを提供してきました。
私達が対応できる音響材料の受託試験には、大きく次の2つの種類があります。
- 防音材(音響材料)の性能試験(吸音・遮音などの材料特性)
- 残響室・無響室を用いた各種音響性能試験
1. は、各種材料メーカ様が開発した様々なサンプルの単体性能試験や、STRATI-ARTZ (技術ニュース31号、33号でご紹介)をはじめとした材料の音響特性を予測するソフトウェアで計算する際に必要となる材料パラメータの測定などがあります。特にお客様の開発中のサンプルの試験を受託する場合は、お客様と事前にNDA(秘密保持契約)を取り交わした上でサンプルをお預かりいたします。一方の2.は、特に自動車業界のお客様から車両をお預かりして各種音響性能試験を受託しております。今回は、1.の防音材の性能試験についてご紹介させていただきます。
2. 単体性能試験
単体性能試験は、自動車をはじめとした各種輸送機器やOA機器、家電製品、あるいは建築などに防音の目的で用いられる材料単体(テストピース)での吸音・遮音性能試験であり、受託試験サービスの中でもっとも多くご利用頂いています。防音材料は、本来であれば機器(完成品)に組み込まれた状態での吸音・遮音性能が求められますが、その前段階としてプレス成型される前の平板の状態での材料そのものの(単体での)性能を評価するというものです。
私たちは単体性能試験として、下記の試験を承っております。
A.残響室法吸音率(残響室)
B.音響透過損失(残響室-無響室)
C.垂直入射吸音率(音響インピーダンス管)
D.垂直入射音響透過損失(音響インピーダンス管)
いずれもJIS、ISO、ASTMなどに規定されている試験です。A、C が吸音性能、B、Dが遮音性能を評価する試験になります。吸音・遮音とも複数の試験方法がありますが、どちらの試験方法が適切かは、試験の目的・用途によって異なります。多くの場合、完成品メーカの要求に合わせた評価をご依頼いただきます。つまり、完成品メーカの要求仕様を満足しているか否かを評価するための試験というわけです。以下に4つの試験方法の概要と私達の試験サービスの特徴をご紹介いたします。
A. 残響室法吸音率
JIS A 1409、ISO 354などで規定されている測定方法です。残響室法吸音率をご存じない方の為に一言でこの試験方法をご紹介すると、「残響室」という非常に響きの長い室を用いて、評価したい試験体(吸音材料)があるときとないときの室の響きの長さ(「残響時間」といいます)を測定し、測定された2つの残響時間から吸音率を算出するというものです。図1に試験のイメージを示します。
図1. 残響室法吸音率測定イメージ
左:空室(試料なし)、右:試料あり
私達の試験の特徴は、小型の残響室を用いることで標準の試料寸法を1m×1mとして、「規格よりも小寸法」の試験を行うことができる点です。
そもそも私達が小型の残響室を提供するきっかけとなったのが、従来の規格に準拠した残響室では、試験に必要な試料の面積が10m2となるため、開発中にこのような大きなサンプルを作成・提供することが現実的に不可能であり、小寸法のサンプルでの試験を可能にして欲しいという自動車業界のお客様からのご要望でした。そこで、あえて規格外の室容積が9m3という小型の残響室を用いることで試料面積が1m2のサンプルを測定可能としました。
図2.小型残響室での試験
残響室法吸音率は、私達の技術セミナーでもご紹介している通り、試験結果がばらつく要因の多い試験です。特に小型の残響室ではその影響が出やすいため、私達はばらつきができるだけ小さくなるように試験方法を工夫しております。図2は私達の研究所にある小型残響室での残響室法吸音率測定の写真です。この写真の中にもいくつかの工夫があります。残響室法吸音率の測定で最も注意すべきなのが、測定中の温度・湿度の管理です。温度・湿度の影響については、技術ニュース30号でご紹介しておりますので、是非ご覧下さい。
私達のサービスでは、残響室法吸音率の試験には1m2の平板サンプルをお預かりすることになっておりますが、お客様によっては1m2のサンプルを作成することさえ困難な場合もあります。そのときは、より小さなサンプルでの試験を承る場合もありますが、面積効果の影響で1m2のサンプルよりも大きな吸音率を示す場合があります。サンプルの性状によっては、小さなサンプルをタイル状に並べて1m×1mを確保して測定する場合もありますが、それが実現不可能な場合もしばしばあります。その場合は、比較評価したいサンプルを全て同一寸法(面積だけでなく縦横比も同じ)でご用意頂き、さらに同一寸法で測定した結果同士の相対比較となることをご了解いただいた上で試験を実施いたします。
また時折、プレス成型されたサンプルの残響室法吸音率の試験依頼を頂くことがございます。プレス成型された「平板でない」サンプルは、機器に取り付けられた状態と同じ条件を満たすように残響室内にサンプルを設置することが非常に難しい場合が多いので、このようなサンプルの試験をご依頼いただく際は、事前に十分な打合せをさせていただくようにしております。
B. 音響透過損失
JIS A 1441、ISO 15186などで規定されている測定方法です。この規格では、図3に示すように残響室と無響室の連結部の開口に試料を取付けて、音響インテンシティプローブを用いて測定します。
図3. 音響透過損失測定イメージ(音響インテンシティ法)
この試験も、Aの残響室法吸音率と同様「小寸法サンプル」での試験を承っております。こちらは残響室法吸音率と同じ1.1m×1.1mないしはもう一回り小さい60cm×60cmのサンプルをお預かりして試験を行います。図4に私達の研究所にある実験設備の試験開口部の写真を示します。
図4. 音響透過損失試験開口部(60cm×60cmサンプル測定時)
左:残響室側、右:無響室側
音響透過損失の試験は、残響室法吸音率の試験よりもさらに小さいサンプルでのご依頼が多く、中には30cm×30cm程度の非常に小さいサンプルでの試験を求められる場合もあります。これは、開発サンプルを生産ラインではなく実験室で試作する場合、小さいサンプルしか作成できないことが多いためのようです。音響透過損失もサンプルの大きさによって測定結果が異なる場合があります。図5は有限寸法のサンプルの音響透過損失を表すグラフです。横軸は周波数をあらわしております。通常試験するある程度の大さのサンプルの場合は、図5のⅢ、Ⅳ(質量制御領域)の傾向を示し、一般的に周波数が高くなればなるほど音響透過損失が大きくなります。周波数が低くなり、サンプル寸法と波長が同じくらいのサイズになると、サンプルの共振の影響を強く受ける領域Ⅱ(抵抗制御領域)になり、さらにサンプルが小さくなってサンプルの曲げ波長より小さくなると、サンプルの曲げ剛性によって遮音性能が決まる領域I(スティフネス領域)になり、周波数が低くなればなるほど音響透過損失が大きくなる傾向を示します。サンプルのサイズが小さければ小さいほど、より高い周波数にI、IIの領域がシフトしてきます。この結果、同じ素材であってもサンプルの大きさによって音響透過損失の測定結果が異なってきますので注意が必要です。
図5. 有限寸法のサンプルの音響透過損失(参考文献1を元に作成)
C. 垂直入射吸音率
JIS A 1405-2、ISO 10534-2などで規定されている測定方法です。図6に示す音響インピーダンス管(音響管)とよばれる細長い管を用いて測定します。この測定方法は、名称にもあるように材料に音波が「垂直に」入射したときの吸音性能を評価する測定方法であり、現実の空間とは条件が異なるため、通常は材料の素材としての性能評価などに用いられます。
図6. 音響インピーダンス管
音響管を用いた試験は、残響室法吸音率と比べてサンプルが非常に小さくて済むというというメリットがあります。
私達が提供する音響管では、直径40mmの音響管一本で広い周波数範囲を測定します。一方、他の計測器メーカでは、低周波と高周波を太さの異なる2つの音響管で測定するのが一般的です。これには理由があり、材料によってはその大きさ(直径)によって吸音性能が異なる場合があるからです。図7に流れ抵抗(材料中の空気の流れにくさを表すパラメータ)が非常に大きいウレタンフォームを太さの異なる3種類の音響管で測定したときの垂直入射吸音率の測定例を示します。太さの異なる複数の音響管を用いて測定すると、同じ材料であるにもかかわらず複数の吸音率データを持つことになります。これは事実としては受け入れざるを得ないのですが、ご依頼いただいたお客様が判断に困ることがございますし、データの管理上も一つの材料で複数のデータを持つことはあまり好ましくありません。したがって、私達はこの問題を解決する一つの方法として、φ40の一つの音響管を用いて測定させていただいております。私達が販売させていただいている同測定システムも同じ趣旨で、標準システムは一つの音響管で構成しております。
図7. サンプルのサイズが吸音率に与える影響の例(流れ抵抗が非常に大きいウレタンフォーム)
D. 垂直入射音響透過損失
この測定方法は、現在はASTM E2611-09のみで規定されており、JISおよびISOではまだ規定されておりません。この測定方法は、垂直入射吸音率同様小さなサンプルで測定できるので、適用可能な材料には非常に有効な方法ですが、材料によっては実際に施工するサンプルとは試験結果が大きく異なる場合がありますので注意が必要です。特に、通気がない硬い材料(硬質の樹脂や金属)などはこの傾向が顕著に現れます。図8に多孔質材料と非通気の硬質樹脂パネルの垂直入射音響透過損失の測定例を示します。左のグラフの多孔質材料はいずれも周波数が高くなると音響透過損失が大きくなるのに対し、右のグラフの非通気な硬質樹脂パネルだと、図5の領域I(スティフネス領域)のような傾向を示しており、周波数が低くなるほど高い音響透過損失となっております。厚さ数mmの樹脂パネルであるにも関わらず、200~300Hzで50dBを越えるような音響透過損失を示しており、実際に施工する本来の寸法の樹脂パネルのときとは明らかに異なる音響透過損失となってしまいます。このような結果になることをご存じないお客様も多くいらっしゃいますので、その時は、私たちは試験を受ける前にこの現象をご説明した上で、お客様の方で作成可能なできる限り大きなサンプルをご用意いただいて、Bの音響透過損失の試験をお勧めしております。
図8. 垂直入射音響透過損失測定例(左:多孔質材料、右:樹脂パネル)
3. 材料パラメータ試験
前節の単体性能試験は出来上がった材料の音響性能(吸音・遮音性能)の試験であるのに対し、本節で紹介する材料パラメータ試験は、材料の音響特性を予測計算するために必要となるパラメータを同定するための試験です。
製品開発の効率化が急速に進む近年、私達のソフトウェアSTRATI-ARTZ のように材料そのものの音響性能の予測や、形状も考慮した製品全体の音響性能の予測計算を行うFree Field Technologies社のACTRANのような有限要素解析(FEM)ソフトウェアなども徐々に普及しつつあります。それに伴い、予測計算に必要となる材料パラメータのデータが欠かせなくなってきております。
予測モデルには、多孔質弾性材料の音響特性の予測が可能なBiotモデルをはじめとしたいくつかの計算モデルがありますが、これら予測モデルに必要な材料パラメータには次のものがあります。
- 流れ抵抗 (flow resistivity)
- 多孔度 (porosity)
- 迷路度 (tortuosity)
- 粘性特性長 (viscous characteristic length)
- 熱的特性長 (thermal characteristic length)
- 嵩密度 (bulk density)
- せん断弾性率 (shear modulus)
- ヤング率 (Young's modulus)
- ポアソン比 (Poisson's ratio)
- 内部損失 (loss factor)
7.~ 9.は弾性に関するパラメータで、等方性の材料であれば、いずれか2つが得られれば残りの1つは一意に決まります。多孔質弾性材料としてモデル化する場合は2.、9.を除くパラメータを測定いたします。また、弾性の影響を無視できる材料の場合は7.、8.、10.の測定は省略いたします。私達はこれらのパラメータを測定する為に、ベルギーのルーベンカトリック大学に協力をあおぎながら測定装置を開発いたしました。
試験を依頼いただく際は、1種類につき、A4サイズ2,3枚程度のサンプルをお預かりいたします。そのサンプルから各試験に適切なサイズに切り出して、上記の各パラメータと、検証用の垂直入射吸音率の測定を行います。
材料パラメータは、材料物性によって測定が困難な場合も多く、測定データの確からしさを検証する必要があります。私達は、技術ニュース33号でご紹介したSTRATI-ARTZ のパラメータスタディ機能を用いて、測定されたパラメータを検証し、お客様にご提供しております。
図9. STRATI-ARTZ のパラメータスタディ機能
さらに私達は、市場にある一般的な材料に関しては、私達が独自に測定した材料パラメータを広くお客様にご利用いただけるよう、STRATI-ARTZ を導入いただいたお客様にパラメータダウンロードサービスとしてご提供しております。試験とあわせてこのサービスをご利用いただくことで、CAEに必要な多くの材料パラメータをご使用いただけるものと確信しております。
4. おわりに
音響材料の受託試験サービスの概要についてご紹介させていただきました。今回ご紹介した試験サービスを通じてこれまで多くのお客様と接することができ、中には試験サービスのみならず様々な業務でお付き合いさせていただくことができるようになりました。より多くのお客様にご利用いただけるよう、今後さらに技術を高めていくよう取り組んでまいります。