Auro11.1を採用したシアター/スタジオ導入プロジェクト

音空間事業本部 津金 孝光、藤原 昂、崎山 安洋、大高 俊樹

マイブリッジシアター

1. はじめに

2014年4月、閑静な住宅が立ち並ぶ東京都中野区本町に『東京工芸大学 中野キャンパス 2号館』が竣工しました。90年の歴史があり、写真家をはじめ、数多くのクリエイター、メディアアーティストを世に排出している東京工芸大学。メディア界に、新たな発信拠点が誕生しました。

数年前から三期に亘り行われてきた中野キャンパスリニューアルプロジェクト。その締めくくりとして完成した建物です。主に芸術学部の3,4年生と大学院生が学ぶキャンパスで、教養課程を終え、専門科目を学びはじめた学生達が、専門知識をさらに深め、『就職後もそのまま通用する技術を身につけられる環境』を創りたいという先生方のコンセプトの基、最新の設備が導入された斬新なスタジオとなりました。

2. プロジェクトの概要

地下1階にシアター2室、1階にスタジオ3室の新設です。アニメーション学科専有の『マイブリッジシアター』は、今回のプロジェクトの目玉であり、次世代立体音響システムAuro11.1を採用した都内初の大型シアターとなり、4KのDLPプロジェクターを備えたデジタルシネマ専用施設です。もう1室は、芸術学部7学科共用の『マルチメディア講義室』で、Dolby5.1chサラウンドで、フィルム上映と2Kデジタルシネマ上映とに対応しています。

アニメーション学科専有の『アニメーションサウンドスタジオ』は、Auro11.1対応で、録音ブース、ナレーションブース、マシンルームで構成され、学部共用スタジオは、ナレーション録りブースと2ch調整室で構成された『サウンドラボ1』、アフレコから音楽収録までを行う録音ブースと5.1chサラウンド対応の調整室で構成された『サウンドラボ2』とがあります。本プロジェクトには、計画初期から参画する機会を得、建築計画を担当された坂倉建築研究所様の多大な御協力により、これらのスタジオ群を実現することが出来ました。

3. Auro11.1

Auro11.1は、世界的なテクノロジー企業Barco社様により提供される次世代シネマサウンドの立体音響システムであり、特徴の一つに、スピーカ配置があげられます。スクリーンスピーカは従来のL/C/Rに加え、その上層にさらにL/C/Rが配置され、サラウンドスピーカも5.1chサラウンド音響層に加え、独自のハイヤー音響層、オーバヘッドチャンネルを加えた3層で構成されています。Auro11.1で再生されるシネマサウンドは従来の5.1chサラウンドを超える新しい立体音響として体感することができます。また既存の5.1chサラウンドシステムとの互換性も特徴の一つとされています。

Front
Back
Ceiling

4. シアター/マイブリッジシアター

4.1 概要

固定席76席を擁するシアターは作品の上映機能以外に、椅子席を一部取外し、機材を持込むことで、音響ではダビングステージとしての活用、映像ではグレーディング作業としての活用など、大学の教育施設として多様な使われ方も想定されています。劇場と同等あるいはそれ以上の環境で、将来を見据えた最新の音響映像設備を備えた施設です。

アニメーション作品制作実習は、通常PCを使い、小型のコンピュータ画面上で行われます。この大空間のシアターで試写することで、映像の大きさによる違い、音響のダイナミックレンジの違いを体験でき、その結果を次の作品創りに活かす教育環境の整備が、大きな目的と伺いました。

4.2 システム機器と配置

スピーカはすべてJBL製。フロントは3-Way"5732"が上下2層で6台、サブウーファーは"4642A"が2台、サラウンドは壁天井に2-Way"8340A"が30台、サラウンドベースマネージメント用サブウーファーとして"4645C"が2台。サウンドスクリーンは、Stewart社製で7.0m×3.75m。デジタルシネマプロジェクターは、Barco社製"DP4K-23B"。スクリーンスピーカ、サブウーファーの設置架台は、H鋼による鉄骨軸組み構造にコンクリート製架台、ハイパワー再生にも十分に耐えられる高剛性重量級で、設置方法も含め、低音域の再現性の良い構造としました。スピーカ周りは、中高音域のチャンネル間セパレーションを考え、基本は吸音性のバッフルとしています。一方で低音域で押出しがあり、レスポンスの良い低音域再生のために、ウーファー周りのみは、重量のある材料によるハードバッフル構造としました。

4.3 室内音場

Auro11.1を採用するシアター音場として、室形状検討以外に、特徴的なスピーカ配置に関してAuro11.1を取扱う映像機器システム社様とAuro仕様に合わせながら入念な検討を行いました。

シアター音場は、低音域の吸音層、中高音域の吸音層、拡散反射板などを全帯域の周波数バランスなどを考慮した分散配置型の吸音処理とし、同時に遮音層のボード鳴りを抑え、切れの良い低音域再生を目的としたダンピング処理により、より良い音場を目指しました。他のシアター及びスタジオも同様の考え方を踏襲しています。

またシアター内におけるリスニングカバーエリアの拡大とサラウンドスピーカのレイヤー間のセパレーションを確保しつつも、チャンネル間のつながりを引出すために、弊社の柱状拡散体AGS(Acoustic Grove System)を壁面のサラウンドスピーカ間に配置し、拡散処理技術を応用した室内音場とすることで、Auro11.1システムの3D再生特性をそのままのかたちで十分に引出すこととしています。

音響調整については、室内音響と電気音響の両面から行いました。Auroシアターにおいては、シネマ特有の"Xカーブ"に準拠するためにイコライザー調整は必須ですが、自然(位相感)で鮮度の良い音にしたいとの要望に対し、室内音響調整で先ずバランスを整え、電気的なイコライザー調整は過度にしないことを原則とし、測定結果に基づいた調整後に様々な音源を再生試聴し、個別チャンネル、全チャンネルと聴き比べ、ニュアンスを揃えるため、1dB以下を目安にイコライザー調整を行ないました。

Front Back
録音ブース Right Side
アニメーションサウンドスタジオ

5. スタジオ/アニメーションサウンドスタジオ

5.1 概要

『赤』をコンセプトカラーとしたアニメーションサウンドスタジオは、コントロールルーム、種々の楽器録音から簡単なフォーリー作業までを行う録音ブース、ナレーションブース等により構成されています。地下1階のマイブリッジシアターと1階のアニメーションサウンドスタジオは、ネットワーク回線で結ばれており、スタジオで制作された作品を、空間が大きなシアターで試写することにより、劇場規模の空間と機器設備で再生された『音と映像のクオリティ』を確認することができます。この相互関係は、制作作業と試写作業の効率化も意識された計画となっています。

5.2 システム機器と配置

Auro11.1用モニタースピーカとして、11本のREQST製"DW-S1"がサラウンド音響層、ハイヤー音響層及びオーバヘッドチャンネルとして配置されています。サラウンド音響層はスタンド置き、ハイヤー音響層は天吊バトン吊り、天井面スピーカは、埋込み型で配置されました。2chのモニタースピーカは、Focal製"SM9"。映像モニターは、スペースとレイアウトの検討結果から、音響透過型スクリーンおよびプロジェクターとして、限られた空間の中に多数の機器が配置されました。コンソールは、Avid社の"S6"で、国内では早い時期の導入です。

5.3 室内音場

コントロールルームは、地下1階のシアターと同様、柱状拡散体AGSを適所に用い、音場を構築しています。また、システム機器設置調整完了後、先生方と一緒に音響調整を行い、周波数バランス、音像の輪郭、方向感、距離感、音色など細かいニュアンスの追込みを行いました。録音ブース及びナレーションブースにおいても、楽器・音声等の収録目的に合わせた音場を種々の材料を壁面内に仕込むことにより構築しました。録音ブースにはAGSを巧みに組み込んだオリジナルの可動式拡散/吸音衝立を導入し、音場調整およびマイクアレンジに活用されています。

6. おわりに

本プロジェクト遂行の中、アニメーション学科の橋本裕充助教を始め、多くの先生方の熱い思いに接することが度々ありました。Auro11.1の導入にあたっては、先生方が、はるばるロサンゼルスまで足を運び、実際に視聴された結果、『今後20年先まで時代を担っていく人材を育成するために、立体音響システムの導入が必要だ』と感じたとのこと。幾つかの立体音響システムの中から、Auro11.1は5.1chサラウンドシステムよりもさらに自然な音場感を表現でき、5.1chサラウンドシステムの延長上にあると感じ、このシステムなら段階を追って学生に教育できるとの判断から採用を決められたと伺いました。弊社において、Auro11.1によるシアター/スタジオは共に初めてのプロジェクトでしたが、先生方の熱意を糧に取組み、完成度の高いシアター/スタジオとすることができたと自負しております。

最後に、このような機会を下さいました東京工芸大学の先生を始めとする大学関係者様、建築設計・監理の坂倉建築研究所様、建築施工の清水建設様、システム機器設置を担当された映像機器システム社様、タックシステム様に、この場を借りて御礼申し上げます。

マイブリッジシアターオリジナル座席札

アニメーション学科設立当初から
専任の教授であり、多大な献身を
行ってきた古川タク先生によるオリ
ジナルデザインの座席札。古川先
生への敬意を込めて製作したもの。



お客様の声

シアターとスタジオ、求められる音場・音響性能が異なる施設を、どちらも高いクオリティで完成させる必要性が教育上どうしても必要でした。

シアターでは大音量のエネルギーをピタッと止めることの出来るデッドな環境というだけでなく、ダビングステージとしても使用出来るように全ての音が高いクオリティで再生されクリアに確認できることを求めていました。

また、スタジオでは音楽の生命感を失わない適度な響きを持った録音ブース、ナレーションブースでは明瞭な音声が録れるデッドさ、コントロールルームではモニターもサラウンドのためどの方向からの音も正確に聴き取ることが出来る環境、というまさに業者さん泣かせの要望です。これらの要望を全て実現するのは日本音響さんでなければ難しかったのではないかと思います。

音場のコントロールについては、柱状拡散体を上手く使った設計の技術力の高さだけでなく、施工の最終段階で実際に音を聴きながら吸音と反射の量を調整し、理想的な環境を実現して頂きました。欲しい音というのを言葉で伝えるということがコミュニケーションとして大変に難しいのですが、スムーズにこちらの想いをよく理解してくださった事が非常に助かりました。

理想的なスタジオとシアターが完成したのも、日本音響エンジニアリング様と関係者の皆様のおかげです。ありがとうございました。

サウンドラボ1

サウンドラボ2

マルチメディア講義室/Back

マルチメディア講義室/Front