ルームチューニング機構AGSを導入したオーディオルーム K邸 オーディオルーム新設プロジェクト~プランニング、設計から施工、完成に至るまで

研究開発部 宮崎 雄一 音空間事業本部 金沢 克行 営業推進部 山下 晃一

K邸 オーディオルーム竣工後
K邸 オーディオルーム竣工後
Acoustic Grove System(AGS)を壁面に配置

はじめに

音楽を聴いて心が揺さぶられ感動できるオーディオルームを我が家につくる。それは音楽ファンにとっての憧れです。他人に気兼ねせず大きな音量で聴けることも重要です。スピーカ再生された音楽が美しく鮮明に響き、演奏空間が眼前にリアルに再現され音楽に没入でき、長時間聴いていて疲れない空間であることも求められます。

しかし、理想のオーディオルームをつくるのは容易ではありません。一生のうち、そう何度もつくる機会はないでしょうから失敗を繰り返しながら経験を積む、といったことはできません。よくご相談を受ける話しとしては、設計事務所やハウスメーカに相談をしても、音の専門家ではないため理想の音場の話をしてもどうも話がかみ合わない。ネットで検索すると数多の音響業者がリストアップされるがどこまで信用していいかわからない。試しに話を聞いてみても専門用語ばかりで任せられるかどうか心配。ましてや建物の計画段階から相談しようものなら、生活など二の次の建物になってしまいそう。こうしたお悩みを抱えておられる方が多いのではないでしょうか?

今回、お客様が長年温めていた理想のオーディオルーム実現のお手伝いをさせていただく機会を得ました。漠然としていた計画段階から、入念なディスカッションを重ねたプランニング、そしてコスト・パフォーマンスを考慮した設計、施工に至る流れをご紹介することがオーディオルームを検討中、あるいはいつかは手に入れたいと思っておられる皆様の参考になるのではと考えました。

また、私たちは壁の無い理想的な音場と言われている森の音響効果を室内で実現するために柱状拡散機構「Acoustic Grove System (AGS)」を開発し、プロフェッショナルユースのスタジオやオーディオルームでも採用され始めていますが、今回、個人のオーディオルームとしては初めて設計段階からその設置を前提として進めた事例でもあります。本稿では多くの方が最も関心がある、プランニングから音響設計の流れを中心にご紹介させていただきます。

  • K邸 オーディオルーム
  • K邸 オーディオルーム

K邸 オーディオルーム <Audio System>
スピーカ:B&W 800 Diamond パワーアンプ:Accuphase A-65 プリアンプ:Accuphase C-3800
D/A Converter:Esoteric D-05 プレーヤー:Olive 4HD

オーディオルームができるまで

きっかけ ― Sound Labでの音に惚れ込んでいただく

今回ご紹介する部屋のオーナー様は、念願のオーディオルームを計画の際に私たちの試聴室「Sound Lab」を訪れて頂きました。建物全体を躯体から計画するにあたり、オーディオルームの形状や内装、遮音性能や音場をどのように考えていけばよいかわからず、悩んでおられたそうです。そんな折に雑誌記事で「Sound Lab」とAGSを知り興味を持たれ、実際に音楽を聴いて、その音に惚れ込んで頂いたことがプランニングの始まりになりました。

「Sound Lab」 試聴室
「Sound Lab」 試聴室

プランニング ― いつスタートするか?

オーディオルームを計画されている、あるいは計画しようと考えておられる方の多くが悩んでいるのがプランニングをスタートするタイミングではないでしょうか。私たちの経験から申しますと、"早ければ早いほどよい"ということです。今回は幸いにして、建屋からの新築工事、且つ建築確認申請の前でラフなデザイン図だけがあるような段階でしたので、部屋の配置計画、室形状、躯体や遮音仕様の検討など基本となるものをオーナー様と打ち合わせし、計画に反映することが出来ました。こうした項目は建物全体の仕様や図面が固まった後や、ましてや建築確認申請が済んでからでは変更するのは難しいものです。遮音性能の関係する壁、天井、床の厚みや部屋の音場の素性に関係する室形状や寸法比といった、オーディオルームの根本性能を決定する要素については、今回のような早い段階での入念な検討が必要です。

K邸 オーディオルーム <ROOM DATA>
K邸 オーディオルーム <ROOM DATA>
K邸 オーディオルーム <ROOM DATA>
建物構造:RC造 遮音仕様:完全浮構造 部屋の広さ:約18畳 仕上天井高:3.1M

遮音と音場 ― オーディオルームの重要な要素

オーディオルームで最も重要な要素が遮音性能と音場クオリティです。遮音性能とは"音を遮る能力"のことで、外部で発生した音が室内に侵入するのを防ぎ、室内で発生する音(多くのお客様が時には大音量で再生することを望まれています!)が外部に漏れるのを遮る能力を意味します。遮音性能が高いにこしたことはありませんが、高くするほど壁・天井・床厚が必要となりますし(普通はそれだけ室内が狭くなります)、何よりもコストに直結します。そのため、どの程度の遮音性能が必要なのか、お客様が望んでおられる再生音量、建物周囲の近隣の環境(ご近所との関係も重要な要素です!)、建物内の他室で必要とされる静けさなどをお客様からヒアリングし、最適な遮音性能をご提案するのも私たちの重要な仕事です。ただ、この遮音性能は通常、数値(500Hzで○○デシベル)や指標(D-60など)で表現されますが、一般の方がその値を感覚的に理解するのは難しいものです。私たちは遮音性能の異なる試聴室をSound Labに2室、両国の本社に1室持っており、これらの試聴室で、どのくらいの音量で音楽を聴くとどのくらい室外に漏れるのかを実際に体験していただき、必要な遮音量を共有できるのは重要なプロセスとなりました。これにより本計画では、他の部屋への伝搬を考慮し、床・天井・壁とも防振ゴム支持による「完全浮構造」を採用することになりました。

もうひとつの重要な要素が音場ですが、このイメージをお客様と共有することは重要であるにも関わらず難しい作業といえます。 「もう少しライブに」あるいは「デッドめに」などという表現を使ったり、「解像度よりも響きを優先」または「音像が前に出てくるように」等と頭の中のイメージを言葉にして共有しようとしますが、言葉のイメージは人それぞれ異なるため、部屋が完成したときに「こんなつもりじゃなかった」ということになりかねません。今回は最初に「Sound Lab」でAGSの音場を体感し、それに惚れ込んでいただいたことから、その音場を目指しスムーズに進めていくことができました。また「Sound Lab」では、空調や電気設備をどのようにしているのかなど実際にご覧いただき、イメージしやすい環境の中でプランニングができました。

音響シミュレーションモデル
音響シミュレーションモデル
(音圧分布コンターマップ 1/3oct band 100Hz)

さらに私たちが注力したのは音響シミュレーションです。本計画では、使い易く、少しでも部屋が広くなる様に、室形状は矩形を基本に検討を進めました。一般に室内では、室寸法に依存した周波数で、音圧が大きくなったり、小さくなったり、様々な弊害が生じます。低音域でブーミーに聴こえたり、中高域では位相干渉によってスピーカ再生音に特有の色づけ(カラーレーション)やフラッターエコーを生じさせるのもこの弊害によるものです。それらを最小限に抑えるため、部屋の寸法比やスピーカ位置の入念なシミュレーションを行い計画に盛り込んでいきました。その結果、当初の室寸法を変更し、天井高を高くとるために地下を1メートル掘り、他の部屋より床レベルを下げることになりましたが、こうした大胆な提案も躯体計画時から参画させて頂いたからこそ可能であったといえます。

音響計画 ―設計の肝どころ

音響計画については、「Sound Lab」のように、「空間が広く感じられて、居心地の良い空間」、「自然な響きがありつつ、音像定位・解像度が良く分かり、楽器の音が、まさにそこで演奏しているようなリアルな音で聴こえる音場」というのがお客様のご要望でした。そこで「Sound Lab」のエッセンスを凝縮したプランをご提案しました。

プランイメージパース
プランイメージパース

前面: 内部で吸音バランスを調整したクロス仕上げの壁の前にAGSの市販品である「ANKH」を配置し、音像定位・解像度の向上だけでなく奥行き感も出し、楽器の音色やその繊細な表現も良く分かるように計画
側壁: 音像を濁らせる原因となる強い反射を抑えるため、奥行き20cmのAGSを左右対称に配置
後壁: 室形状による低域のモードを抑制するため奥行き60cmのユニットを配置。高音域の伸び・艶を生かしたまま低音域を制御し、抜けのよい音場になるように工夫
天井: 解像度を低下させる天井からの過度な反射を抑えるため、天井内部にサウンドトラップ構造を設け、その表面はクロス仕上げとし、さらに他の壁面と比べ吸音過多にならないよう吸音率の周波数バランスに配慮

その結果、音響内装を施工する前(天井・壁:石膏ボード+塗装仕上時)に測定したデータでは1~2秒程あり、特に中域で長かった残響時間も、100Hz以上で0.35~0.4秒程度に収まり、周波数バランスの取れたフラットな特性と理想的な音場に仕上げることが可能となりました(図7)。

この残響時間特性を感覚的に判り易いようにスピーカからの発生音がリスニングポイントでどのように減衰していくかをカラーマップにまとめました。(赤色ほど音のエネルギーが残っている状態) 内装施工前では30dB減衰するのに500Hzでは0.8秒程度かかり全体的に赤く、定在波の影響で50~63Hz/80Hzでディップとなっていましたが、施工後はこれらのディップが緩和され、全体的にバランス良くフラットに減衰していく様子がわかります(図8)。

図7 残響時間周波数特性
図7 残響時間周波数特性

音響仕上げ前後
図8 リスニングポイントにおける減衰特性
図8 リスニングポイントにおける減衰特性

AGSの効果 ―オーディオルームにとって最も大切な要素とは?

オーディオルームにおいては周波数バランスも重要です。特に低音域の特性を整えることはオーディオルームに限らずあらゆる音場において極めて重要といっても過言ではありません。従来の吸音面と反射面の組み合わせによる音響設計技法では、1メートル以上の吸音層が必要であったり、高音域を吸音しすぎて音に伸び・艶がなくなってしまう傾向がありました。これでは最も大切な音楽を聴く楽しみが失われてしまいます。しかし様々なタイプのAGSユニットを適所に配置することで、高音域の大切な部分を犠牲にすることなく低音域の調整が可能になります。

そして、「AGS」で整えられた音場では、伝送周波数特性や残響時間といった静的、統計的な指標では評価できない、どのように音が減衰していくか、という響きの質を整えることができるため、音楽ソースに含まれる情報を余すところなく再現し、LPやCDにこれほどまでの情報が含まれていたのかと驚くほどの音楽再生を実現します。

音響調整 ―"画竜点睛"

最終的な音響調整では計画した遮音性能や残響時間等を確認するための物理測定の他、オーディオを設置し、再生された音楽を聴きながら微細な調整を行います。今回、スピーカ位置や角度の調整も数ミリ単位で行い、音像定位や広がり・奥行き、ベースの鳴り方や音色などいろいろな面から一番気持ちよく音楽が聴こえる音場に調整し、仕上げを行うことができました。

音響調整終了直後に、私たちが持ち込んだオーディオシステムでお客様に愛聴CDを聴いていただいた瞬間に、満面の笑みで「こんな音がするオーディオルームを持つのが夢だったんだ」と仰って頂いたときの感動は今でも鮮明に思い出されます。

お客様の声

はじまりは、オーディオショップでのSYLVANとの出会いでした。試聴してすぐにその音響効果に驚きましたが、部屋に合わせてオーダー設計するAGSというものがあり、その効果を最大限に引き出した試聴室があると知り、すぐに飛行機の手配をしました。

いざSound Labという試聴室に行くと、入った時から部屋に居るという圧迫感から開放されたその居心地の良さに驚き、音楽を聴き始めると、これまでに聞いたことのない感覚、まさにそこで演奏しているかのような生々しさを体験し、音楽を聴く楽しさを再認識しました。それ以来、生の演奏をより聴きたくなり、様々なコンサートホールへ足を運び、その臨場感を我が家に持ち帰りたいという願いが大きくなりました。思う存分に音楽を楽しめるオーディオルームをつくりたいという積年の思いが、Sound Labによって具体的なイメージとなったことで、1日も早く実現したくなり、それ以来、計画の進行はスピードを増していきました。

計画から約6ヶ月、完成の日を迎え、新調したオーディオセットを運び込み、その音を聴いたときの感動は忘れません。想像していた通りの部屋ができ、森の中のような自然な響きと抜けのよい音場を手に入れることが出来ました。何よりも音楽を聴くのが楽しく、AGSの部屋は聴いていて疲れないし大音量でも耳に痛くないので、これまで出せなかった音量で聴けるのもうれしくて、ついつい長時間聴いてしまいます。オーディオに対する意欲もますます膨らみ、いろいろな機器を試していきたいです。

「長年の夢であったオーディオルームを日本音響に任せて良かった!」と確信しています。これからも長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。

備考

Acoustic Grove System(AGS)、SYLVAN及びANKHは意匠登録済み、現在国際特許出願中です。