音空間事業本部 北原 慎也、廣瀬 大輔


写真1:建物外観

1. イントロダクション

「10年先の世代が見ても新しいスタジオを」

打合せの際にアオイスタジオの松島様より、未来を見据えたスタジオを次世代の人たちに残したい、という思いを伺いました。

『アオイスタジオ』は映画・テレビなどの録音から映像・音声編集までを行うポストプロダクションスタジオで、東京オリンピックが開催された年(1964年)に麻布十番に移転し、今日まで様々な映画・テレビ・音楽シーンで活躍してきた伝統あるスタジオです。

弊社は、これまで幾度もアオイスタジオさんの改修を担当させて頂いております。今回はB1Fの旧第5・第6スタジオを解体し、フルデジタル5.1chのダビングステージとナレーションブースが併設された新第6スタジオの設計・施工を担当させていただきました。

2. レイアウト

今回の第6スタジオはダビングステージということで、映画館と同等のパワーが出るシネマスピーカを5.1chサラウンド対応で配置しています。隣接するマシンルームにはプロジェクターを置き、第6スタジオ側に160インチのサウンドスクリーンが張り込まれています。

ナレーションブースは、ナレーション録りをはじめ、アニメや映画のアフレコ作業にも使われます。液晶モニター3台と簡易ベンチも設けてあり、比較的広いスペースとなっています。

図-1. 第6スタジオ・ナレーションブース平面図
図-1. 第6スタジオ・ナレーションブース平面図

図-2. 第6スタジオ・ナレーションブース断面図
図-2. 第6スタジオ・ナレーションブース断面図

旧第5・第6スタジオの既存の間仕切りは図-1の青い部分であり、そのままではスクリーン・スピーカの位置が近い距離になってしまいます。内装仕上げ撤去後、コンクリート壁を解体し、新しくダビングステージとナレーションブースを間仕切る固定遮音壁をつくりました。

3. アコースティックデザイン

3-1. 固定遮音壁

第6スタジオとナレーションブース間の固定間仕切壁の構造は低音域からの十分な遮音性能を必要とします。

解体前の間仕切りはコンクリートでしたが、今回は乾式壁で施工しなければいけません。乾式壁の施工では低音域でいかに高い遮音性能を実現するかが課題となるため、独立した2列の軽量鉄骨下地の両面に21mmのプラスターボードを2重に貼りあわせ、空気層を十分にとることで低音域の遮音性能を確保しました。

また、外壁側躯体の内側は止水ブロック層となっているため、コンクリートブロックを通し、音の側路伝搬を防ぐために間仕切り周囲のブロック壁にはモルタルを塗り、遮音補強を行いました。

3-2. 浮床・浮遮音壁

ナレーションブースの直上にカフェテリアがあるため、歩行音がマイクに入ってしまうという危惧がありました。そこで、通常の浮遮音天井は天井スラブから防振ハンガーで天井を吊る構造ですが、浮床上の鉄骨軸組で浮遮音天井を支える'BOX in BOX'の自立構造にすることにより、直上階との直接的な接点を無くし、上階からの歩行音を遮断しました。

第6スタジオのシネマスピーカは部屋全体を揺らすほど音響パワーがあります。空気伝搬音に比べ、固体伝搬音は伝達スピードが速く、直接音が伝わる前に床壁からの振動放射音が先に伝わってしまい、明瞭な音が得にくくなります。部屋内の振動を低減させ、固体伝搬音を極力減らすため、音圧の高いシネマスピーカ付近の床・壁に一工夫加えました。

  • 浮床の縁切り
    浮床施工の際、スクリーンの真下の床で縁切りを行い(Exp.jを設ける)、音圧の高いシネマスピーカ付近の床を独立させることで、床からの固体伝搬音を伝わりにくくしました。
  • 浮遮音壁のダンピング
    フロントスピーカ廻りの浮遮音壁は、プラスターボード間にダンピングシートを挟み、ボードのダンピングを試みました。

振動について検証測定をしたところ、ダンピングシートを挟んだ浮遮音壁とプラスターボードのみの浮遮音壁ではインピーダンスに差はあまり見られませんでしたが(図-3)、図-4より振動減衰時間では両者に差があることがわかります。つまり、板振動の初期の振動は変わらないが、振動が早く収束し、固体伝搬音を低減させています。

図-3. ダンピングシートの有無によるインピーダンス差
図-3. ダンピングシートの有無によるインピーダンス差

図-4. ダンピングシートの有無による減衰時間比較
図-4. ダンピングシートの有無による減衰時間比較

3-3. 音場調整

  • 第6スタジオ
    ダビングステージで編集を行う際、スピーカからの直接音と壁や天井からの反射音による位相干渉は望まれないことです。音の位相干渉が低減するよう、スピーカとミキシングポイントを結ぶ一次反射面で、吸音・拡散処理を行いました。

  • 壁面では平行面を避けて折れ壁形状にし、壁に2種類の厚さのボックス、拡散体、反射パネルを取り付け、音の調整をしています。また、2種類のボックスの先端はフタ形状になっていますので容易に取り外しができ、中の空間にて音響調整をすることが可能になっています。
  • 天井、後壁
    天井はエリアごとに吸音材・反射材をちりばめてミキシングポイントで最適な音環境が得られるようにし、後壁では耳の高さに合わせてサウンドトラップを配置しました。
    ただ、吸音材の吸音特性から、単体で使用すると高音域は吸音率が高く、低音域になるほど吸音率が低下し音が詰まった感じに聞こえてしまいます。そこで吸音材に細工し、高音域と低音域の音が程よく吸音されるように工夫しました。
  • ナレーションブース
    室形状から対向する遮音壁が平行面となることと、アフレコの収録時に反射音が強いと収録後の後処理がしにくいことから吸音性のブースを要望されました。そこで吸音材を主に配置し、後壁は拡散板をランダムな向きに配置することにしました。
  • 下段
    低音域の吸音と腰廻りで音が回るのを防ぐため、第6スタジオと同様に細工した吸音材を配置し、反射板を取り付けることで音場がデッドになり過ぎないよう気をつけました。また、座った状態でのナレーション録りを考えて、後壁の反射板は他3面よりも面積を増やし反射する面を大きくすることで自分の声が自然に響くようにしています。
  • 中段
    立った姿勢でのアフレコをする際、口の高さになります。サウンドトラップに角度をつけて配置することで吸音と拡散処理をおこないました。前壁はモニターテレビが掛けられて反射面になるので、後壁に拡散板を配置することで多重反射を避け、声優さんにとって発声しやすく自分の声が自然に聞こえる音場を整えました。
  • 上段
    下段と同じく基本的には吸音材を配置し、吸音バランスを考えて前壁と後壁の面で互い違いに反射板を配して、多重反射がおこらないように反射と吸音の調節をしました。

  • 通常のタイルカーペットではなく、劣化しにくいハードゴム製の厚いタイルカーペットとしました。これはアフレコをする際、常に自分の前にマイクがあるわけではなく、数本のマイクを代わる代わる使用します。そうした場合、声優さんの歩行音がマイクに入ってしまうことが考えられますので、ゴム系の床材を使用し、特にヒールなどのコツコツ音を防ぐ役割をしています。

写真-1. ナレーションブース全面 音響処理
写真-1. ナレーションブース全面 音響処理

4. インテリアデザイン

これまでのアオイスタジオのインテリアには、歴史を感じさせる伝統的なデザインスタイルが存在し、それは各スタジオにアレンジされて取込まれています。そのため、どのスタジオに入っても、アオイスタジオ共通の空気感のようなものを感じ取ることができるのです。その反面、デザイン的な個性や特徴が少ないことにも繋がっていました。

そこで今回インテリアデザインするにあたって、まず、「えっ、これがアオイスタジオなの!?」と皆様に驚いてもらうことを大きなコンセプトとしています。

4-1. 第6スタジオ

第6スタジオは、コンソール真上に躯体の大梁があり、他の既存スタジオに比べると天井高を高く取れないことから、天井を階段のように段々形状にして高さ方向の奥行き感を出すと同時に、壁際の梁型と天井との間にボーダーを廻し、視覚的に吊天井のように見せています。

さらに階段天井の段ごとにスリットを入れ、照明を落とし込むことでより天井の奥行き感を強調すると共に、照明の光がスクリーンに映り込むことを防ぐようにしています。

側壁は折壁形状とし、その各壁面は繋がずに独立壁とし、天井と同様に奥行き感を出す目的と、この壁と壁の間から空調リターンをする目的の二つを兼ねています。また、壁裏にはこのスタジオ用の弱電配線や稼働中の他のスタジオの通線ルートとして既に使用されている部分があるため、壁裏のメンテナンスができるように考え、ボックス等を外せるようにしています。一部のボックス裏には間接照明となるように青色LEDを仕込み、ボックスがさらに浮き出るようにして壁面に表情の変化を持たせました。

各種設備関係の配置は、照明器具や防災器具は天井のスリットに取り付け、空調サプライは天井及び壁際のボーダーラインに開口を設けることで、将来のクロス張り替えに備えて、出来るだけ設備器具との取り合い箇所を減らすようにし、極力、クロス仕上げ面に配置しないようにしています。

写真-2. 第6スタジオ階段状の天井と青色LED照明
写真-2. 第6スタジオ階段状の天井と青色LED照明

写真-3. 第6スタジオ出入口面折れ壁
写真-3. 第6スタジオ出入口面折れ壁

写真-4. 第6スタジオ折壁上部ボーダーとサプライ
写真-4. 第6スタジオ折壁上部ボーダーとサプライ

4-2. ナレーションブース

ナレーションブースは声優さんが作業に集中できるように、デザイン的な装飾をできる限り排除し、シンプルな造りとしています。スタジオがスクリーンへの映り込みや視界への色の入り込みを防ぐために全体的に暗い色で仕上げているのに対して、ブースは明るい色合いでまとめているので、実際よりも広く感じられます。

室中央を跨ぐ大梁を囲みながら、大きな吊りR天井を造り、まるで船底を見上げているかのような独特の空間となっています。スタジオと同様に設備器具類はボーダーラインに納めて、将来のクロス張り替えが容易にできるように配慮しています。備え付けの簡易ベンチは、声優さんが立ったり座ったりする時の負担をなるべく軽くするために、通常よりも若干高めの420mmに座面を設定し、軽く腰掛ける感じで使用できるようにしました。

写真-5. ナレーションブース
写真-5. ナレーションブース

5. おわりに

解体工事は深夜から朝にかけての作業。本工事の最盛期には早朝3時に集合となったりと、朝晩お構いなしの作業となりましたが、その努力に見合うだけの斬新なスタジオができたと思っております。

内装工事がほぼ終わり、ちらほらと見物のお客様が見えたときに「アオイスタジオっぽくない~、かっこいい!」という言葉を聞くたびに、今までの苦労が吹っ飛び、スタジオ細部のこだわりを話したくなるのを抑え、心の中で「おし!」とガッツポーズをしていました。

最後に、このような素晴しい機会を与えて下さいましたアオイスタジオの皆様、朝晩関係なく工事をしていただいた協力業者の方々、並びに今回の改修工事に携わった関係各社の方にこの場をかりて厚くお礼申し上げます。