音空間事業本部 佐藤慎也 野澤由香 沈揆煌
鈴木純也 岩渕淳 崎山安洋

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1. はじめに

東北放送様は、旧社屋(1959 ~ 1963年に建設)の老朽化に伴い、新社屋の建設計画をスタートさせた。弊社は2011年より1日社屋ラジオスタジオの音響工事などで関わらせていただいたご縁で、本計画にお声掛けいただき、大林組・山下設計共同企業体様の設計施工体制のもと、2016年秋の基本設計段階より音響設計担当として参画した。
初めに東北放送様のご要望に沿ってスタジオ諸室レイアウトや音響仕様について計画概要をまとめた。その後の実施設計期間を経て、2019年春より施工を開始し、翌2020年1月末、建屋が竣工した。その後コロナ禍の中で放送設備工事を行うこととなり、4月の緊急事態宣言時は工程調整も必要となったが、東北放送様を中心に各業者間の連絡体制の整備、特に定例のオンライン化がいち早く実施されたこともあり、当初の計画どおり放送設備工事を進めることが出来た。放送設備工事終了後、弊社は各音響諸室の最終音響調整を終え、2020年夏に全工程が終了した。

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2. 計画概要

仙台市内の、かつては伊達家仙台城があった青葉山に並んだ八木山の頂点に東北放送は所在する。同敷地内に新社屋も建設する計画であったが、八木山には動物公園や、学校住宅地が多く、バスの往来の激しい市道沿いに在るため、基本設計でスタジオレイアウトや遮音仕様を検討するにあたり事前に騒音測定を行い、必要遮音量を求めた。またスタジオ諸室の電磁シールド対応の必要性について、事前に周辺の電界強度測定を行い、放送機器に影響を及ぼす周波数帯で顕著に強い電磁波は周辺に無いことを確認した上で、シールド対応工事は必要なしと判断した。
生放送対応ラジオスタジオのひとつは旧社屋当時より絆スタジオの愛称でラジオリスナーから親しまれている。新・絆スタジオでは公開スタジオとしての機能を踏襲し、窓を大きく配置して外光を多く取り入れ、杜の緑が望める明るいラジオスタジオとなるように設計した。レイアウト上、ラジオスタジオとテレビスタジオが立体的に隣接しており、テレビスタジオ収録時の音(最大音量として音楽番組でライブ演奏を想定)がラジオの生放送に影響しないよう、D-85以上の室間遮音量を目標設定し、固定遮音壁を二重に設け、互いのスタジオを完全浮構造とする仕様とした。施工後測定結果もD-85以上の遮音量を確保している。

3. スタジオ概要

【TV 第lスタジオ】
ホリゾント面を壁三面に出来るだけ広く配置することで、セットレイアウトの自由度が高いスタジオとなっている。

【TV サブ】
ステレオに加え、5.1サラウンド対応の音声エリアとなっている。簡単なナレーション合わせも出来るように、併設する打ち合わせ室はスラブースラブの固定遮音隈で施工されている。

【ラジオ第3スタジオ(新・絆スタジオ)】
旧社屋・絆スタジオを踏襲し、天井バトンや窓を大きく配置し外光を取り入れた生放送対応スタジオである。また鮮やかなオレンジの壁もアクセントとなっている。

【ラジオ第4スタジオ】
杜の緑とその向こうに仙台の街が望める窓があり、インフラ強化されたBCP対応の生放送対応スタジオである。執務エリアからのアクセスも良い。

【ラジオ第5 スタジオ】
ワンマンスタイルの番組にも対応したスタジオである。

【ラジオ第6 スタジオ】
ラジオドラマ制作にも使用できる広さがあり、録音番組に特化したスタジオである。

【MA-1 、2】
旧社屋での施設をグレードアップさせた形のMA2室。MA ・ブース共に完全浮構造を採用している。

4. お客様の声

新社屋建設では、日本音響エンジニアリング様には大変お世話になりました。改めて感謝申し上げます。建築部門との調整・音響設計・施工·家具製作・音響調整等、ユーザー目線で的確なアドバイスを頂き、素晴らしいスタジオ・サブを整備することができました。
来客者・見学者に見せることを意識した正面玄関ラジオ第3スタジオは東北放送の顔、テレビスタジオ・サブは匠の技術力を集結、スタジオ諸室の心地よい音響性能。快適なスタジオから多くの番組・情報が発信され、地域活性化とメディアの発展に取り組んでいく所存です。今後ともよろしくお願いいたします。

5. テレビスタジオに隠された様々な施工技術

東北放送の第1スタジオは、テレビスタジオとして一見シンプルに映ると思うが、ものつくりとしてのアイディア、技術、そして手間が最大限にかけられている。テレビスタジオに要求される施工精度を理解し、手間をかけることを惜しまず、正確に施工しようと努力する職人たちとともに完成させた第1スタジオの、知らなければ気づかないかもしれない施工秘話を紹介する。

5-1. ホリゾント壁

壁を感じないようコーナー部は滑らかに曲線を描いてつながり、音が反射してフラッターエコーを起こさないよう壁は傾きをつけ、証明を当てた時に一切の影をつくらないように、紙一枚よりもっと薄い精度で平滑に塗装した壁がホリゾント壁である。
ボードを貼るときにはビスを無尽蔵に打つのではなく、ボードを貼る前にビス用下穴を加工してから、インパクトドライバーで丁寧にトルクを感じながらビスを締め込む。力まかせに打っては、ビスが馬鹿になったり、ボード面が暴れるから駄目なのだ。曲線部ボードを貼るときは、ボード1枚にビス100本以上打つのだが、そのビス一本の締め方ひとつに対して、それだけ手間をかける。塗装下地を紙一枚よりもっと薄い精度で仕上げる必要があるホリゾントには、たとえそれが下地のパテの段階にあっても、間違えたら後で薄くバテを被せればよいという考えは通用しない。上から余分に被せた分だけ厚さが変わるからである。塗装完成まで10工程以上あるが、どの工程であっても誤魔化しは効かない。
伝説の職人が神業でもってホリゾント壁を作っているわけではなく、各工程で職人達は正確に施工するようにひたむきに努力しているのである。工事中は足場などがあって職人たちはその完成形を見ることができないが、照明設備工事が終わりホリゾント壁に証明が灯されたときは、吸い込まれるように白く美しい。

ホリゾント壁施工

ホリゾント壁施工

5-2. 遮音対応大扉とホリゾント

大道具倉庫につながる1枚1000kg近くになる高さ3.5mの大扉は、建具自身を支えるために、H鋼など剛性の高い下地を組み防振ゴムで支持するため、設計に気を使う場所である。
さらに、東北放送ではホリゾント壁を背景として最大限広く使うために、大扉の上までホリゾント壁を伸ばしており、扉の開閉に伴う振動や衝撃が繊細なホリゾント壁に伝わらないようにそれぞれ独立した防振構造で支え、縁を切る必要があると考えた。扉三方枠がホリゾントの見切り枠を兼ねているように作ったのだが、見た目以上に難しく、防振設計で非常に頭を悩ませた場所のひとつである。

大扉周囲の防音下地

5-3. 床セルフレベリング

高精度なカメラ台がスイスイと動きピタッと静止できる床を作るためには1/1000mmのオーダーで相対的なレベル精度が必要だと考えている。そのためには材料の性質を理解し、材料を流し込むスピードや気温と硬化時間を考慮し計画をしなければいけない。そして打設は数時間の一発勝負であり、材料を送る人、床に材料を配る人、トンボで均一にならす人の息が合わなければならない。なぜなら、材料も常に正確な量を判断して床に流していかないと、量が少なければ床は低くなるし、多ければ床は高くなる、というのがセルフレベリングの原理だからだ。
第1スタジオは、ほとんどのエリアで上記目標精度以内というレベル測定結果がでて、その精度の良さに内心舞い上がったが、職人は、我々はきちんと仕事をしただけだし、結果は測定データでありまだまだ改善すべき点が多いと、謙虚な姿勢なのだから頭が上がらない。

床セルフレベリング

床レベル精度 測定結果

6. 用途に合わせた室内音響設計

音響設計された室が、複雑な立体形状や、見事な拡散体が配置されている室ばかりではない。「テレビスタジオほど機能美に溢れた内装は無いのではないか」と過去技術ニュースの記事でも語られているが、東北放送の各スタジオもまさにその通りで、これまでの放送局での経験を生かし、テレビ・ラジオ・MAと様々な用途や要望に応じて音響設計を行った。

6-1. テレビ第1サブ

テレビサブには映像・証明・音声・VEなど様々なセクションが横に並ぶため、音響的処理スペースに多くは割けないが、設計段階から関わり、これまでのテレビサブ設計の経験から良いと思うレイアウトを提案している。メインエリアをできるだけ広くという条件で、各セクション前列のモニター棚と卓の位置関係を調整しながら、映像音声モニター棚背後に最小限のメンテナンス空間を確保している。これはメンテナンス性のほかに、音声エリアのメインスピーカーを解像度よく鳴らすための音響スペースとして機能しており、音声エリア前列のスピーカーバッフル空間を最大限に活かしている。音響的に特別な内装仕様ではないが、音響調整後のミキシングポイントにおけるスピーカー到達音の周波数特性はかなりフラットであり、メインスピーカーATCの良さを十分に引き出せたのではないだろうか。設計段階から関われたことによる機能的なレイアウトと適格なモニター環境の構築ができた。

TV第1サブ メインスピーカーの伝送周波数特性
TV第1サブ メインスピーカーの伝送周波数特性

TV 第1サブ

第1サブ音声エリア

6-2. MAブース、ラジオスタジオ

MAブースもラジオスタジオもどちらも声を収録する室ではあるが、用途・要望に合わせて音響設計が異なる。MAブースは正確に声が収録できることを重視した音響設計とした。一方ラジオスタジオについては、吸音で整理されたデッドな音空間だと、トークをしている演者がしゃべりづらい、という意見があり、声が元気よく自然に聞こえる音空間を目指した。
仕上げを見ても、MAブースとラジオスタジオの違いは、腰下壁くらいしかパッと見分けがつかない。測定した残響時間周波数特性グラフをみると、MAブースに比べてラジオスタジオは、中高音域が少し長めになっていることがわかる。これは、東北放送ラジオスタジオの特徴であるが、ラジオブースとしては大きな部屋の空間を生かし残響時間を長く設定し、壁吸音の量と配置のバランス調整により中高音域の響きをコントロールしている。人の聴覚は中高音域で多くの空間情報を知覚しているが、喋っても聴感上の違和感のないように音響設計を行い、測定結果にも表れている。
新スタジオから放送がはじまった瞬間、車の中でラジオを聞いた。車のオーディオで聞いていてもいつもより声の元気がいいと感じた。何よりその後の東北放送SNSなどを見ていると、みなさんが楽しそうにトークしている風景がアップされており、我々にとって一番嬉しい瞬間である。

MA-1

MA Booth

ラジオ第4スタジオ

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