(株)バップ サウンドイン・スタジオ
石野 和男

1. はじめに

サウンドイン・スタジオは1979年4月東京麹町に日本テレビ四番町別館が建設された時に開業しました。 当時の放送技術に放送局色の強いレコーディングスタジオとして、サウンドイン・スタジオの紹介記事が掲載されたことを記憶しています。 サウンドイン・スタジオは現在日本テレビグループのVAPレコードのスタジオ業務部という立場にありますが、 レコーディング内容は日本テレビ、VAPのハウススタジオとしての枠を超え、レンタルスタジオとして広く門戸を開放しています。

Sound Inn B-studio
Sound Inn B-studio

サウンドイン・スタジオの箱数は4つあり、全て日本音響エンジニアリング(株)にデザイン、施工して頂きました。 フロア面積約100坪のAスタジオは省スペース化が進む東京のレコーディングスタジオの中で、現在最も大規模なスタジオといわれ、 フルオーケストラの録音が可能です。
Bスタジオのフロア面積はAスタの約半分で、リズム録りからミックスダウンまで可能な、多用途なシステム構成をとっています。
CスタジオとFスタジオはほぼ同様の仕様で、ダビング用のブースを持ち、 大規模ミキシングコンソールが導入されミックスダウンルームとしても使用できます。

サウンドイン・スタジオの特徴は、レコーディング専用スタジオとしての規模の大きさと同時に、 使用機器の独自性の高さが挙げられます。
これは「ないものはつくる」という姿勢です。
これは79年の開業以来ずっと受け継がれている形態です。

つまりレコーディングシステムを設備する場合、優秀なミキシングコンソールやエフェクターなどを組み合わせてシステム化することが一般的ですが、 これらの機材は輸入品であることが殆どです。そのため現地の録音形体にはマッチしていても、 日本のレコーディングスタイルには合わないことがあります。
また日本でレコーディングするにあたっては、こんな機材がほしいのにと思ってもどのメーカーからも発売されていないということがあります。

そこでサウンドイン・スタジオとしては、システムの多くは世界的に評価の高い機材を設備しつつ、 不足しているものに関しては自社で開発するという姿勢をとっています。

これはまだアナログエフェクターが全盛だった79年に、オリジナルのデジタルディレイマシンを開発したという一例からも理解していただけると思います。 また常に音にこだわりを持って機材の開発をしているので、このディレイマシンはCDスペック以上が要求される現在でもまだ第一線で活躍しています。

サウンドイン・スタジオはオリジナルの機材が着々と増え、ヘッドアンプ、イコライザー、リミッターと進み、 92年にはついにレコーディングシステムの中心のミキシングコンソール(Over Quality OQM8100シリーズ)も手がけることになり、 BスタジオとCスタジオに設備されています。
これらの機材は当社のAdgearというブランドで一般にも発売されているのでご使用中のユーザーも多くいらっしゃいます。
こういった開発機器のひとつとして、今回紹介させて頂くNESスピーカーシステムが位置づけられます。

B-st Control Room
B-st Control Room

2. レコーディングスタジオのモニタースピーカーの推移

良いモニタースピーカーには、

  1. 音のクセが少なく、長時間聴いても疲れない
  2. ワイドでフラットな周波数特性を持つ
  3. ハイパワーに耐えられる
  4. トランジェント特性が良い
  5. 歪率が低い
  6. 経年変化が少ない

など求められる条件は多く、これら全ての条件を満たしたモニタースピーカーを開発することは困難を極めます。

さらに放送局、レコーディングスタジオ、マスタリングルーム、中継車、試聴室といった用途の違いによって好まれる音色は異なり、 収録される楽曲のジャンルや担当エンジニアによってもスピーカーの鳴らし方は変化してきます。
そして最も大きな条件として、スピーカーの鳴らされる音場は、同じ音響環境の部屋は殆ど無いことが挙げられます。

モニタースピーカーはレコーディングシステムの中で最も移り変わりが激しく、 これはユーザーがその重要性を高く認識している為と推測できます。
サウンドイン・スタジオは開業以来約25年の間に4世代もモニタースピーカーを更新しています。 デジタル機器なら急速な技術進歩により仕様が大幅に変わり、設備更新間隔が短かいことも肯けます。 しかしモニタースピーカーはアナログ全盛時代が現在も続いています。

相対する音の入口のマイクロフォンが昭和20年代に製造されたヴィンテージ物が現在も現役で使用されていることを考えると、 極めてその更新間隔が短いといえます。

その理由は

  1. マイクロフォンは収音楽器に応じて使い分けることができるが、モニタースピーカーを同時に何種類も用意しておくことはできない。 (ニアフィールドは除く)
  2. 音楽の流行に伴い、録音手法及び音の好みが移り変わり、好まれるモニタースピーカーの傾向も変化する。
  3. 聴取レベルが時代によって変化するので、対応機種も変化する。
  4. スピーカーユニット、パワーアンプなど、モニタースピーカーの構成ユニットも技術進歩し、 より良いモニタースピーカーがシステム化できるようになっている。
  5. コントロールルームのアコースティックデザインも、より低域までの処理が可能となり、 設置できるモニタースピーカーの幅が広がってきた。
  6. ミキシングエンジニアを始め、レコーディングスタッフ全員が「音のモノサシ」といえるモニタースピーカーに対する要求度が高く、 優秀な新製品が登場すると交換する。

これらが、主な更新条件と考えますが、過去25年のモニタースピーカーの歴史を振り返ると、 サウンドイン・スタジオが開業当初の79年頃はJBL社の4331というシステムが使用されていました。 これは東京の音楽スタジオの殆どが使用していた定番商品です。

当時は中低域が15インチウーファー1本で、中高域が1インチドライバーのホーンシステムという組み合わせが全盛でした。
4331の詳細は割愛しますが、15インチのシングル・ウーファーの2Wayシステムは、 モニターレベルのハイパワー化が進む中で、ウーファーの許容入力を超えボイスコイルが焼き切れることが頻繁に起こりました。 当社のメンテチームはセッションが途切れず円滑に進むよう、ウーファーの交換時間を1分30秒というカーレースのタイヤ交換並みのスピードで終わらせるようにトレーニングされました。
この話は冗談のような話ですが、真実です。

その後ハイパワー化されたTADのウーファーや、Westlakeなどのダブルウーファーのモニターシステムが多く設備されたのは、 こういった不便があったからです。

いずれにしても15インチウーファー1本では、ミキシングエンジニアおよびレコーディングスタッフ、 クライアントを満足させる音量の確保は難しく、80年代に15インチのダブルウーファーと、2インチダイアフラムのホーンシステムという組み合わせが登場し、 レコーディングスタジオはハイパワー化時代に突入しました。
一方でスピーカーマウント方法も、自由度の高い台置き型から、アウターボックスを使用したビルトイン型に変わり、 さらに低域が増強されるようスピーカーのマウント面は低域まで反射面として動作する頑丈なハードバッフルが多用されるようになりました。

ユーザーがハイパワー化の次に望んだのは、ハイクオリティ化でした。これはメディアがCD化されたことにも関係すると筆者は考えます。
そして、80年代後半には好まれる音楽傾向が、ヨーロッパ系のものが主流となりました。 同時に好まれるモニタースピーカーの傾向も、ヨーロッパ産のシステムが主流となってきました。
その結果、モニタースピーカーシステムの中高域にホーンタイプだけでなくソフトドームが多用されるようになりました。 この系列にはQuestedやDynaudioといった銘機があります。

3. NESスピーカー開発に至るまで

ヨーロッパのスピーカーシステムのユニット構成としては、レスポンスの速い12インチウーファーと、 ソフトドームのミッドレンジと、ソフトドームツイーターという組合わせが数多く有ります。
これらのヨーロッパ系のソフトドームを使用したシステムと、以前のアメリカ系のホーンツイーターを使用したシステムとの聴感上の相違は、 ウーファーのスピード感の違いも有りますが、それ以上に中高域の歪率の差が歴然としていました。

ソフトドームの新しいシステムは日本の多くのレコーディングスタジオに導入されましたが、 各レコーディングスタジオの設備担当者の頭を悩ませる問題がありました。

それは、確かにヨーロッパ系のモニターシステムは歪率も低く、音のディティールも判りやすいし、 長時間聴いていても疲れないというメリットがあります。しかし、前述の15インチウーファー1本のシステムと同様に、 ハイパワーのリスニングに中域のソフトドームのユニットは耐えられない製品が殆どでした。

後発のシステムなのに何故同様の問題が起こったかという原因は、実はアコースティックデザインにも大きく左右されています。
それはヨーロッパのコントロールルームの音響仕様と、日本のそれとでは相違があるからです。
ヨーロッパのコントロールルームデザインは概してライブで、日本はデッドです。

勿論それは単純な建築の施工上の問題ではありません。
つまり歴史的に見てもヨーロッパの住環境は石造りが多く、一方で日本は障子が多く、この結果基本的に好まれる音響感が異なり、 それがコントロールルームの音響仕様にも関わっていると考えます。

その結果、日本の録音スタジオがラージモニターに具体的に望む条件は、デッドなコントロールルームでも十分に鳴るハイパワー化、 CDクオリティを満足するハイクオリティ化の相容れがたい2つの要素ということになります。

ここで93年に当初のBスタジオを改装するにあたり、適当なモニターシステムが現存しませんでした。そこで、 「ないものはつくる」思想によってモニタースピーカーの開発に着手することになり、NESスピーカーが誕生しました。
その後、サウンドインだけでなく、よりハイパワーのハンドリングが可能なソフトドームの中高域ユニットを使用したモニターシステムが望まれる中で、 販売を目的としたNESスピーカーシステムのデザインの開始も始めました。

NES221
NES221

4. NESスピーカーシステム

NESスピーカーは93年にサウンドインのBスタジオを改装するにあたり、 Bスタジオ用のオリジナルラージスピーカーを作ることからプロジェクトを開始しました。

録音技術者のさまざまな要求を満足するスピーカーシステムの設計・製造の為には、まず良質なユニットが不可欠です。
さらにスピーカーを駆動するパワーアンプも極めて重要です。
スピーカーは単体の性能も重要ですが、それ以上に部屋に設置した時にどれだけ良い音で鳴るかが問題で、 コントロールルームのアコースティックデザインは避けて通れない課題です。

最高のモニターシステムを造り上げるためには、ひとつのレコーディングスタジオの能力では不可能で、 ハードウエアメーカーの協力が必要です。またスタジオのアコースティックデザイン、ボックスの設計製造などは日本音響エンジニアリング(株)との共同歩調で進みました。

1カンパニーを超えたソフトウエア・ハードウエア・アコースティックデザインの集大成としてNES(Natural Excellent Sound)が生まれました。

NES211
NES211

5. NESスピーカーの特長

NESスピーカーの最も大きな特長は、オーダーメイドのシステムであることです。
これはスタジオのモニター環境として、室の大きさの違い、録音するジャンルの違い、聴取レベルの違い、 ミキシングコンソールなど機材の違いなど、2つと同じ条件のスタジオはなく、 ワンパターンのモニターシステムで多種多様のモニター環境を満足させることは不可能と考えたからです。

次にNESスピーカーではBoxの材料として木材は使用していません。使用材料はフェノール樹脂系のメラフィットという材料です。 比重が木の約2倍の1.6あり、同じBox寸法で2倍の重量になり、箱鳴りの少ない低域特性の優れたスピーカーボックスを作り上げることに成功しました。 また均一なBoxが出来ることからスピーカーの左右の特性を揃えることができます。

NESスピーカーの使用ユニットですが、ユーザーの色々な環境によってベストなユニットは異なると考え、 世界中のユニットメーカーからモデルチェンジの少ない、安定供給のできるユニットを選択します。 但しプロ用のレコーディング環境で使用できるスピーカーユニットは、星の数ほどあるわけではなく、 限られた中からの選択となります。

特に音の中心帯域のミッドレンジ用ハイパワー・ソフトドームの、良質のユニットはきわめて少なく、 TOA(株)の協力を仰ぎ新型のソフトドーム・ミッドレンジユニットを開発しました。この新型ソフトドーム・ミッドレンジユニットの特長は口径が100mmあることで、 ウーファーとのクロスオーバーを350Hzまで下げることが可能になりました。またハイパワーの聴取にも耐えられる設計を施していますので、 リミッターなどを一切使用しなくても安心して使用できます。

NESミッドレンジユニット
NESミッドレンジユニット

6. NESシステムの種類

NESシステムのラインナップですが、オーダーメイドのシステムなので1セットずつ手作りです。 但し現在までの導入例から、一応の基本構成が出来上がりました。
もっとも大規模なシステムはサウンドインのBスタジオのコントロールルームなどに設備しているシステムです。 トランジェント特性の優れた12inchのウーファー4発にTOA社の新型ミッドレンジと、ソフトドームトウィターを組み合わせたNES411です。

次にNTV音声技術者の現場の意見を大きく反映させたシステムで、12inchのウーファーが2発で、 中高域はNES411と同様のNES211があります。
NES211は使いやすいシステムとして、NHKの高音質スタジオの標準スピーカーに選定され順次導入が進んでいます。 日本テレビ、テレビ朝日など民放各局への導入も進んでいます。

シングルウーファータイプのNES111もあります。NES111は、定評あるダブルウーファーのカスタムモニタースピーカーNES211と同じユニッを使用し、 ウーファーをシングルにすることでNES211の高いクオリティーをコンパクトなエンクロージャーに凝縮しています。

NES111にはバイアンプ仕様のNES111Bがあり、音場に合わせた微調整が簡単に行えるよう、 パワーアンプにはチャンネルデバイダー内蔵のNES450Bを使用し、低域セクションと中高域セクションをそれぞれ独立したパワーアンプでドライブしています。 中高域セクションはスコーカー、トゥイーターをネットワークで分割し、それぞれのユニットのレベル調整もおこなえます。
NES111Bにはニアフィールドでのモニターを配慮し、横型のエンクロージャーを採用するシステムもあり、 これによりリスニングポイントに対し音響軸が高くならないような設置が可能になります。

横型NES111Bモニターシステムの主な仕様は以下のようなものです。

構成:NES111Bスピーカー / NES450Bパワーアンプ
駆動方式:3ウェイバイアンプドライブ
最大出力:中高域=150W / 低域=150W
エンクロージャー:620(W)×420(H)×460(D)mm / 65kg
パワーアンプ:482(W)×132(H)×400(D)mm EIA3U 突起物を除く / 20kg

NES101は小型ながら、NESシリーズのクオリティを保つよう努力した2wayのスピーカーシステムで、 サラウンド用のモニタースピーカーとして導入されています。

さらに2000年にはNESシリーズのコンソール・トップのニアフィード・モニター NESminiというニアフィールド用のモニタースピーカーの開発をしました。 基本的な仕様はNESシリーズのモニタースピーカーとほぼ同様です。NESminiは5.1サラウンド用のスピーカーシステムとしての受注が進んでいます。
NESminiはパワーアンプをスピーカー内に内蔵したパワードタイプも2002年に開発しました。

NESシリーズのモニタースピーカーはお陰様で発売開始後、各方面から受注を戴き、 TVキー局を中心に導入されています。スピーカーサイズは前述のようにオーダーメイドのため広範囲に渡り、 ウーファー4発のビッグモニターから、10インチウーファーとソフトドーム・トゥイーターの2wayモニターのNESminiまで多岐に渡っています。

NESに組み合わせるパワーアンプは、デンマークのNLE社のパワーアンプが推奨で、 モノラルアンプで500W(8Ω)のパワーをクオリティ高く引き出すことができます。現在このアンプは国内で組み上げているので、 以前よりも安価にユーザーに供給できるようになりました。またTOA社と共同開発のリーズナブルなパワーアンプもあります。

2002年にはNESオリジナルの新型パワーアンプNES450を開発致しました。
NES450は入力段、デバイディング段は、定評あるオーバクオリティ・ディスクリートアンプを使用し、 バイアンプ仕様とステレオ仕様を選ぶことができ、低域/L=150W、中高域/R=150Wの余裕あるパワーを持っています。

NES111B
NES111B

7. おわりに

以上、NESスピーカーの概略を説明させて戴きました。

NESシリーズのモニタースピーカーの最も大きな特徴は、クライアントから求められる要望を事前の御打ち合わせ時に把握し、 モニタースピーカーをオーダーメードで製作することです。さらにこれらのモニタースピーカーは工場で製作して納品するだけでなく、 納品後にコントロール・ルームの音響仕上げに合わせて微調整をおこないます。この微調整はただ各ユニットのレベルバランスをとるだけでなく、 ネットワーク、吸音材など広範囲の調整をおこない、妥協を許さないクライアントの要望に可能な限り答えるよう努力致します。

しかしスピーカーを造り上げるためには、ひとつのレコーディングスタジオのパワーでは不可能で、 パワーアンプメーカーをはじめとするハードウエアメーカーの協力が不可欠です。
またスピーカーは単体の性能よりも、部屋に設置した時にどれだけ良い音で鳴るかが勝負で、 スタジオの音響設計・施工、ボックスの設計製造などは日本音響エンジニアリング(株)との共同歩調のプロジェクトとして進んでいます。

1カンパニーを超えたハードウエア・ソフトウエア・アコースティックデザインの集大成としてNES(Natural Excellent Sound)の今後に注目してください。


NES450
NES450