無響室で計測する際の留意点

営業推進部 戸口 健治、システム事業部 中川 博

1. はじめに

弊社では、本年(2008年)5月と7月に、主に無響室などを使用して音の計測業務に携わる方やそれらを計画されている方を対象に「音の計測セミナー(無響室編)」を実施しました。2回合わせて130人ほどのご参加をいただき、「音の基礎知識」,「無響室の種類」,「設計手法と基本性能」,「無響室の使い方の注意点」といった内容をご説明いたしましたが、当『技術ニュース』でも今後シリーズ化して、実験室での音の計測に関する情報をお伝えしていきたいと考えています。

まず、第1回目はセミナーでもご紹介した内容ですが、無響室内に反射物がある場合の影響について、実験結果を元に説明していきたいと思います。

本来、無響室とは、室内で(半)自由音場を実現することを目的に作られる実験室なので、無響室に不必要な反射物を入れないことが大前提ですが、一方では、重いものを設置するためのクレーンが必要、室内を監視するためにのぞき窓がほしい、無響室の中に計測机を入れたい、...といった要望があります。

それらの計測結果に対する影響がどのくらいあるのか、定量的に押えているデータはあまりありません。もちろん、無響室の広さによって、それらの影響の度合いは大きく異なりますので、一概に問題があるかどうかは断定できません。

そこで、弊社の実験室内に各種の反射物(面)を再現し、その影響がどのくらいあるか、どういう場合に影響があるかを実験しました。弊社の実験室の大きさは、先号の技術ニュースNo.25で既報の通り、L;6m×W;4.5m×H;3.5mの完全無響室で、ワイヤーメッシュの歩行面と床面に並べた吸音楔を撤去すると、コンクリートスラブが露出する半無響室になります。

ちなみに、(半)自由音場が成立しているか否かを判断する方法ですが、弊社では次のような測定方法を採用しています。つまり、基本的には、無響室内に設置した音源用スピーカからある間隔を置いて離したマイクロホンの音圧レベルを測定し、音源からの距離と音圧レベルの関係が倍距離-6dBになっているかどうか(逆自乗則特性)を検証することで行います。

但し、半無響室では床面の反射の影響があるので、床と理想的には同じ高さに音源用スピーカを置くことが重要で、そこから上方または斜め上方にマイクロホンを離していくことで倍距離-6dBの関係を確認します。(写真-1)

写真-1 逆自乗則の測定風景
写真-1 逆自乗則の測定風景

2. 無響室内の反射物の影響

無響室内に存在する様々な反射物の一例として、クレーンを想定した線状の反射物がある場合の実験結果を報告します。完全無響室の壁面に足場板(W=24cm×2,L=2m)を立てたときの影響を実験してみました。

写真-2 実験時のセッティング
写真-2 実験時のセッティング

測定方法は、無響室内に設置した音源用スピーカからスイープサイン信号を出し、2m離したマイクロホンでインパルス応答を測定しました(写真-2)。このときの足場板の配置位置を、A)足場板なし,B)マイク-スピーカ間中央,C)スピーカ側,D)マイク背後,の4条件としました。(図-1)

図-1 足場板設置位置 図-1 足場板設置位置
図-1 足場板設置位置 図-1 足場板設置位置
図-1 足場板設置位置

A)~D)の条件でのスピーカ~マイク間のインパルス応答の測定結果を図-2のA)~D)に示します。

15~20ms付近の波形に注目してください。この時間範囲に直接音(スピーカ)以外の反射音がマイクロホンに到達しています。それぞれの波形をよくご覧頂くと、A),C)に比べてB),D)の反射音が大きいことがわかります。

これはA)(足場板なし)に対してC)(足場板スピーカ側)の場合は反射音成分が小さいのに対し、B)(足場板マイク-スピーカ間中央)およびD)(足場板マイク背後)はスピーカからマイクへの鏡面反射の位置に足場板があるために、はっきりと反射音とみられる成分が観測されます。

図-2 インパルス応答波形図-2 インパルス応答波形
図-2 インパルス応答波形図-2 インパルス応答波形
図-2 インパルス応答波形

この反射音が測定結果に影響があるか否かを数値的に評価するのに周波数分析を行いました。つまり、足場板が無い状態とそれぞれの足場板の状態での周波数分析結果にレベル差があれば、反射音の影響があると考えられるからです。周波数分析の方法として、狭帯域分析および1/3オクターブバンド分析を行いました。これは、広帯域ノイズ性の音の場合は、1/3オクターブバンド分析で見ればよいのですが、卓越した純音成分を持つ音の場合は、狭帯域分析(FFT分析)で分析しないと正しい評価ができないと考えられるからです。

狭帯域分析結果を図-3に示します。足場板の設置位置によって周波数特性がかなり異なることが観察されます。ある特定の反射音がある場合、直接音と反射音の行路差(インパルス応答波形でみると、直接音と反射音の時間差に音速を掛けたものが行路差に相当します。図-4,5参照)と波長の関係で、反射音が直接音を強めあったり弱めあったりします。

行路差と波長の関係を図-6に示すように、行路差が波長の整数倍(半波長の偶数倍)のとき強めあい、行路差が半波長の奇数倍のとき、弱めあいます。図-3のA)を例にとると、赤色の波形は、約140Hz間隔で周波数特性にピーク・ディップが見られます。直接音と足場板からの反射音の行路差が約2.5mであることから得られる波長との関係と一致します。一方図-3のC)の場合は、足場板がマイクの背後であり直接音と足場板からの反射音の行路差が大きくなるために、ピーク・ディップの周波数間隔がより狭くなっています。

反射音のレベルに関しては、C)はA)よりもピーク・ディップの振幅が大きくなっています。ピーク・ディップの振幅の大きさは反射物の大きさと波長の関係と音波の入射角などによって異なります。今回はこれらの関係についての詳細は割愛させていただきますが、反射物の大きさに関しては、一般的には波長相当の大きさをもつ反射物は反射音の影響が大きくなり、波長に比べて小さい反射物は、それほど反射音の影響は大きくならないという関係があります。今回の足場板は幅が48cmですので、一般的には800Hz付近以上で反射音の影響が大きくなると考えることができます。図-3のA)とC)は反射物の大きさは同じですが、反射物との距離および入射角が異なっており、今回のケースではこれらの関係においてA)よりもC)の方が反射音の影響が大きくなっているということになります。

いずれにしろ、A)やC)の位置関係にあるときには、周波数特性にピーク・ディップが存在する周波数においては、そのレベル差相当の測定誤差が発生しうることを示唆しています。

図-3 狭帯域分析結果
図-3 狭帯域分析結果
図-3 狭帯域分析結果
図-3 狭帯域分析結果

図-4 直接音と反射音
図-4 直接音と反射音

図-5 インパルス応答イメージ
図-5 インパルス応答イメージ

図-6 同相音と逆相音の合成のイメージ
図-6 同相音と逆相音の合成のイメージ
図-6 同相音と逆相音の合成のイメージ

一方、1/3オクターブバンド分析結果を図-7に示します。狭帯域分析の結果と比較すると、C)において、4000Hz付近でわずかに1dB程度のレベル差が確認される程度で、反射音の影響がほとんど無いことが観察されます。

つまり、観察したい周波数帯域が狭帯域か1/3オクターブバンド(あるいはより広帯域)かによって、反射音の影響が測定結果に及ぼす影響が大きく異なることが確認できます。言い換えると、ノイズ性の音の評価であれば、クレーンのレールなどの反射物の影響はそれほど気にする必要はないといえるかもしれません。

ただし、これはどの程度のレベル差を許容するかということにも影響しますので、その点は要求する測定精度と十分照らし合わせる必要があります。

図-7 1/3オクターブバンド分析結果
図-7 1/3オクターブバンド分析結果
図-7 1/3オクターブバンド分析結果
図-7 1/3オクターブバンド分析結果

3. その他の反射物の影響

その他の反射物として、次のようなものが存在します。

  • のぞき窓
  • 半無響室床面
  • 完全無響室床格子

これらの反射物においてもその大きさが異なるために、反射音の影響もそれぞれ異なりますが、今回述べたようなことと同じことが言えます。

4. おわりに

今回は、いくつかある無響室の反射物のうち、クレーンのレールを想定した反射物からの反射の影響について実験結果を元にご紹介いたしました。今回の実験はあくまで一例ですが、皆様が無響室で実験を行う際の参考になれば幸いです。

今後も実際に無響室で計測を行っている方々の「こういう問題について検討してほしい」といったご希望があれば、どしどしリクエストをいただいて、私どもにできる限りの検証を行っていきたいと考えておりますので、ぜひともよろしくお願いいたします。