ソリューション事業部  早川 篤 Solution Div. Atsushi Hayakawa

1.はじめに

この数年、世間でよく耳にするキーワードのひとつとして{ウェルビーイング}があります。日本語では{幸福}という言葉に翻訳されることが多いですが、世界保健機関(WHO)の憲章前文では、{病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること/ 日本 WHO 協会仮訳}と定義付けられています。私たちは、日頃から建築的な音環境のデザインやコンサルティングサービスに携わっていますが、オフィス計画の中で、ビルト・エ ンバイロメント(建築や街区の環境)の性能評価システム{WELL Building Standard} によって評価される機会が増えています。この評価システムは【よりよい建物を通じて人の健康をサポー トし、向上させるための10のコンセプト】で構成されていますが、WELLv2 では【音:Sound】という項目があり、その中にSound Masking(サウンドマスキング)が含まれています。その目的は、暗騒音を大きくし会話の守秘性を高めることです。私たちも空間の運用方法と現実的な遮音計画を照らし合わせながら、サウンドマスキングを導入することによって会話の守秘性を高め、不要なストレスを軽減するシナリオを提案する機会もありますが、ここでは、新たな試みとして、サウンドスケープデザインの取り組みをサウンドマスキングと比較しながらご紹介いたします。
*WELL Building Standard は、米国の公益法人International WELL Building Institute(IWBI) の米国およびその他の国における登録商標または商標です。

   

2. サウンドスケープデザイン

2.1 サウンドスケープデザインとの出会い

{サウンドスケープデザイン}は、ヒビノグループに所属するヒビノ スペーステック株式会社のデザイナーの方とお会いする機会があり、会話の中から「騒音を徹底的に軽減し、快適な音環境を求める」と いう方法だけでなく、「その空間デザインの視覚的な印象と音環境に合わせて{デザインされた音}を加えて不快感を取り除き、快適性を向上させる」というシナリオを実務で取り込めないかと考えました。日常業務では、ホール、映画館、スタジオなど音に特化した空間から、住宅、学校、オフィスのような一般的な空間の音環境の設計に携わっていますが、普段の生活環境としては、必ずしも{静寂}が人にとって{快適}とは言えません。{静寂}であるが故に、周辺から到来する{音}に対して過敏になる、静寂を不快に思うなど状況によって人の印象は異なります。そこで、ヒビノスペーステック株式会社と共同で、{建築的なデザイン}{空間印象}{音環境}と{サウンドスケープデザイン}を融合させることにより、統括的に快適な環境の構築を提案しています。

2.2  サウンドスケープデザインの特徴

{サウンドスケープ}はカナダの現代音楽の作曲家レーモンド・マリー・シェーファー氏が提唱した言葉で、日本語では{音の風景}と置き換えられ、国内外のデザイナー、音楽家、技術者が様々な視点から提案しています。商業施設や飲食店などでは空間演出の要素としてBGM(バックグラウンドミュージック)が取り入れられていますが、音楽ジャンルによって人の好みが分かれ、好まないジャ ンルの音楽を聴き続けることは{不快}そのものと言えます。例えば、落ち着いて食事をしたいにもかかわらず、リズムが強調された音楽が流れているといった経験をお持ちではないでしょうか。そこで、私たちが提案する{サウンドスケープデザイン}は建物内の風景、印象を阻害しないように対象とする空間の音環境を事前に調査し、空間印象に適した{サウンド}をデザインし、再生することです。その{サウンド}は{音楽要素がなく、主張しない}ものであり、{定常的ではなくアンジュレーション(うねり)がある}ものとし、{具象音 : 川のせせらぎなど自然由来の音}と{抽象音 : 音程やリズムなどを意識させないアンビエント音}に大別しています。{アンビエント音}とはあまりなじみのない言葉ですが、{聞くという行為を強制しない音楽}を示します。

2.3 サウンドスケープデザインとサウンドマスキングの比較

サウンドマスキングと比較しながらサウンドスケープデザインを解説します。

表1 サウンドマスキングとサウンドスケープデザインの特徴

図 -1は、空間の騒音の時間変動を表現した図です。室内の騒音は周辺で発生する{音}の影響を受け、時間とともに変動し ています。例えば、会話途中に笑い声や歓声などがあがった時は、その間だけ騒音が上昇します。

図1 室内の騒音変動の例
図1 室内の騒音変動の例

図-2は、定常的なサウンドマスキング導入時を表現した図です。室内に均一に放射されるノイズによって、外部から到来する音をかき消します。声の特性に合わせたマスキング音の研究も進められていますが、全ての音をかき消すには、音量を大きくする必要があります。

図2 騒音変動(サウンドマスキング導入時)
図2 騒音変動(サウンドマスキング導入時)

図-3 はサウンドスケープデザイン導入時を表現した図です。室内に到来する{音}の種類や変化の様子を取り込み独自にデザインした{音}を再生する為、外部から到来する音は聞こえるものの、印象的に違和感のない空間となります。ただし、会話を完全にかき消すことはできません。

図3 騒音変動(サウンドスケープデザイン導入時)
図3 騒音変動(サウンドスケープデザイン導入時)
 

3. 音の到来方向とスピーカレイアウト

  

私たちの提案するサウンドスケープデザインでは、{音}のデザインだけでなく、同時に到来方向に配慮しスピーカ設置位置や再生方法を空間に合わせてデザインしています。例えば、図-4のように側面から、図-5のように上部から音が到来するケースがありますが、小型スピーカを家具に埋め込む方法や振動スピーカを壁面裏側に取り付け{音}を再生するなど、空間印象の邪魔にならないよう配慮します。

図4 音の到来方向1

4. 導入事例

4.1 ホテル客室へ伝搬する外部騒音との融合

立地条件によって、建築的に外部騒音(空調設備機器の騒音、鉄道騒音、交通騒音など)を完全に防ぐことができず、空間印象と音環境の印象に違和感があるケース

4.2 体育館や子供施設で発生する衝撃音の緩和

体育館や子供施設の直下階で{飛び跳ね}のような突発的な騒音が聞こえ、意識が音の到来方向に向いてしまうケース

4.3 オフィス空間

リモートワークにより、出社率が低下しオフィス全体の騒音が下がる弊害として、人の話し声が気になってしまうケース

5. 終わりに

以前、映画のCG(コンピュータグラフィックス)専門の技術者が{映像を見てすぐにCG だとわかると、それは失敗だ}とおっしゃっていました。確かに作品全体の品格が下がってしまうのかもしれません。私たちが提案する{サウンドスケープデザイン}も同じことが言え、{音が鳴っていることに気付かない}ことが成功の鍵と考えています。
今後も{不快感を取り除き快適性を向上させる}人にやさしい音環境を目指したいと考えています。

参考資料
1)The soundscape(Raymond Murray Schafer)
2)Environmental Noise Guidelines for the European Region(WHO)
3) GREEN BUILDING JAPAN 「WELL とは」(最終閲覧日:2022/5/13)https://www.gbj.or.jp/well/about_well/
4) International WELL Building Institute 「WELL」(最終閲覧日:2022/5/19)https://resources.wellcertified.com/
協力・資料提供 ヒビノスペーステック株式会社

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