データサイエンス事業部  藤田 鋭志

関西エアポート新航空機騒音監視システムの紹介

はじめに

ビジネスや観光を目的に関西エリアには多くの人が訪れます。空路に限ると、多くの来訪者は関西国際空港(関空)・大阪国際空港(伊丹)・神戸空港(神戸)のいずれかに降り立っています。近接するこれら3 空港を運営する関西エアポート様では、航空機騒音を一元的に評価・分析し、スピーディーに公表することを目的として航空機騒音監視システムを一新されました。この記事では、データサイエンス事業部の納入した新システムのうち、新しい技術を厳選して紹介します。

   

2. プロジェクト概要

今般の新システム構築は、次の4 つの要件に従って進められました。
(1)関空・伊丹・神戸、3 空港の一元管理
関空・伊丹・神戸の3 空港はそれぞれ成り立ちや運用方法が異なることから、従来はそれぞれの空港周辺の状況を把握するシステムを構築して稼働させていました。新システムでは、関空周辺9 地点、伊丹周辺10 地点 、神戸周辺4 地点の合計23 地点における各種データを一元的にモニタリング・ 分析できる環境を構築しました。
(2)業務の効率化
測定された航空機騒音の分析等の業務は人手によるものも多くあり、コストがかかるだけでなく実態の把握までに時間を要することが課題となっていました。そこで、自動処理のアルゴリズム改善や、騒音判定および離着陸滑走路判定のためのAI を導入することで効率化を図りました。
(3)情報公開に係る新規機能の実装
測定した騒音値を準リアルタイムでWeb 上に公開する機能を実現しました。さらに、騒音システムに航跡関連機能を統合することで、航空機位置座標と騒音の関係を直感的に把握できるようになりました。航跡機能では飛行中の航空機位置を確認可能であり、騒音の観点からの飛行コース・空港運用の監視に貢献しています。
(4)業務継続性の向上
騒音分析のために用いる付随データには機密性の高い情報も含まれるため、アクセス範囲を絞ったシステムの構築が求められます。一方で、危機管理上の観点や昨今のコロナ禍においては勤務場所にとらわれずに日々の作業を継続することも課題であり、システムの標準機能として端末認証型でセキ ュアにシステムへのリモートアクセスを提供するインターフェイスを構築しました。

 

3. 新システムの全容

新航空機騒音監視システム(以下、新システム)は、合計23の騒音測定局、8 の識別局(航空機電波情報のみを取得する測定局)、および中央局により構成されています。
このうち、保守拠点から距離の離れた7 つの騒音測定局には、鳥害や天候不良等によりマイクロホンおよびセンサに異常が発生していないか確認できるようネットワークカメラを設置しています。また、伊丹空港内の識別測定局には滑走路使用状況確認用のカメラを併設し、タイムラプス画像により航空機の使用滑走路を把握することが可能です(参考: 技術ニュース50 号)。
各測定局および中央局の通信はVPN 回線を基本としていますが、このほかに運航実績データを受信するための回線や、騒音データの自動公開・システムへのリモートアクセスなどの内容に限定された通信のみ可能なインターネット回線と接続されています(図1)。
新システムでは全ての測定器を従来の「DL-100」シリーズから「DL-X1」へ置き換えました。DL-X1 は従来機よりもコンパクトでありながら航空機騒音の測定のみならず航跡算出用のデータ取得も可能になりました。航跡測定のために測定局舎を大型なものへ変更する必要はありません。その他のDL-X1の機能詳細については技術ニュース53 号をご覧いただくこととし、本稿では関西エアポート様のシステムにおけるDL-X1 で取得されたデータの活用や、中央局の兼ね備えた機能について紹介します。

 ネットワーク構成図
図1 ネットワーク構成図

4. AI による騒音の識別

要件その2「効率化」にあたって、データ分析作業の中でも特に時間を要する「騒音の精査」の作業を省力化するため、航空機騒音総合判定AI「AndiPredict」をシステムへ組み込みました。このAI は当事業部の長年の航空機騒音評価に関するドメイン知識、統計的に分析する技術、そしてAI エンジニアリング力を駆使して開発したものです。
AI の開発というと「大量のデータをコンピュータに投げ込めば、なんとなくそれっぽいものができあがるのでは」とお考えの方もいるようですが、実際は少し違います。コンピュータとは言え、闇雲に何でも突っ込んだだけではうまくいかないのです。ぜひ子育てをイメージしてみてください。何らかの「こんな大人に育ってほしいな」という親心の下ですくすく成長するのが子供ではないでしょうか。AI の開発も同様で、例えば勉強しやすいような学校選びにあたる「用いるAI 基礎技術の選択」や、眼鏡の度数調整にあたる「データの加工(前処理)」を適切に行えるかどうかで、良質なAI ができるか否かが決まってきます。とはいえ、AIは必ずしも完璧であるわけではありませんし、完璧なAI をつくることは不可能であることに留意してください。なぜなら、親である我々人間が答えを出せないような難問をAI に教え込むことはできないからです。
騒音の自動測定においては、航空機の音だけでなく、野鳥の鳴き声や道路交通騒音などの「その他の音」が測定されることも少なくありません。その他の音だけが測定されることもあれば、航空機の音と混じってその他の音が測定される(重畳音)こともあります。明らかに「航空機の音が大きい」「その他の音が大きい」が分かるようなケースでは「航空機の音として扱おう」「この音は除外しよう」と判断することができますが、音圧レベル差が小さい場合には、音源探査装置DL-SBM を用いなければ、その採否は判定者によって様々になってしまいます。
AndiPredict は測定された各騒音が「航空機の音」なのか「その他の音」なのかを判別するとともに、「航空機騒音」である確率(0 〜100%)を示すことができます。AndiPredict を導入することで、例えば「確率40 〜60% の騒音だけを人間が精査する」といった運用が可能となり、「明らかに航空機の音」や「明らかにその他の音」といったものを省略して騒音の精査を行うことが可能となりました。また、重量音のような人間が判断することが難しい騒音については「AI が55% としたから航空機としよう」といった選択をすることもできるため、判定者によって判断がばらつくことや、何回も音を聴きなおして悩むようなことをする場面は少なくなります。
今回納入したバージョンのAndiPredict では、伊丹空港周辺の測定局においては最大100% の省力化、すなわち航空機騒音の評価指標である時間帯補正等価騒音レベルLden への影響は0.1dB 未満に抑えつつ人間は騒音の精査を一切しなくても良いという結果を出しました。
図2 に、ある測定局において測定されたデータのAI 分析結果を示します。グラフの横軸はAI の導き出したパーセンテージ、縦軸は青色で「実際は航空機の音」、赤色で「実際はその他の音」の相対データ数を示します。測定された騒音のうち航空機は3921件、その他は1322件であり、件数に差があるため、グラフの縦軸は航空機・その他それぞれの全イベント数に対する相対度数を示しています。また、この測定局において人間が再確認するパーセンテージを変えた場合のLden への影響を表1 に、その際の省力化率を表2に示します。例えば40% 〜60% のみについて判定者が再確認する場合、Lden への影響は人間が全件確認した場合と比べて+0.02dB、99% の省力化を行えることを示しています。
測定局の設置されている環境条件によりAI の精度が異なることから、測定局毎に再確認するパーセンテージの範囲を検討することで、評価値への影響を最小限に留めながら人的作業の軽減省力化を図ることが可能です。

                     
測定されたデータのAI 分析結果
測定されたデータのAI 分析結果

5. 新しい離着陸滑走路判定

3 空港それぞれの滑走路端には以前より当社製の離着陸滑走路判定装置DL-TLS が設置され、各航空機の使用滑走路の特定や秒単位での離着陸時刻の測定が行われています(図3)。各滑走路端に航空機の発する対地距離測定電波を受信する測定局を設置し、判定は各測定局における対地距離測定電波の受信強度の変化に基づいて行われています。使用滑走路を正確に特定するためには各滑走路端に測定局を配置することが理想であり、滑走路端に配置できない場合でも、対象の滑走路を運用した際の飛行経路の直下に測定局があれば、精度よく滑走路判定を行えます。しかしながら、測定局の配置と航空機の飛行ルートの関係によっては十分な精度が出ないことがあります。対象滑走路を離陸・着陸する航空機が測定局上空を通過しない、あるいは別の滑走路を対象とする測定局上空を通過するような場合です。
そこで、高精度に使用滑走路を判定する仕組みとして、新たに二点時間差法による判定を導入しました。これは、複数の測定局における同一航空機が発する航空機電波情報の受信時間差を算出し、予め設定したテンプレートデータと比較して離着陸判定を行うものです(図4)。従来法では測定局設置位置に「滑走路端」「飛行ルート直下」の制約があったのに対し、この手法では、離着陸および前後のタイミングの航空機電波情報が取得できる位置であれば、滑走路端からやや離れた地点に測定局を設置しても判定が可能であることが特徴です(※正確な判定のためにはなるべく滑走路端に近いことが好ましい)。また、新システムでは、システムの導いた滑走路判定の「自信度」を0 〜100% で表示するためのAI を導入しました。これにより、自信度の低い判定に絞ることで、効率的な確認が可能となりました。

離着陸滑走路判定の概念
図3 離着陸滑走路判定の概念
二点時間差法により伊丹空港周辺の2測定局のデータを用いて航空機の位置からの距離差を計算した結果
図4 二点時間差法により伊丹空港周辺の2測定局のデータを用いて航空機の位置からの距離差を計算した結果

6. 統合された飛行航跡機能

航空機騒音の評価および対策の観点において、航空機の飛行位置は重要なファクターとなります。航空機騒音の分析・評価において、航空機位置座標を参照するケースは近年徐々に増加しているように伺えます。当社でも市販の航跡取得装置のデータを変換し騒音レベル波形に合せて航空機位置座標を表示するソフトウェア「BindDraw」をご用意しています(参考: 技術ニュース49 号)。
今回、関西エアポート様の新システムでは、航跡情報の取得も新しい航空機騒音自動測定器「DL-X1」および航空機電波解析装置「RD-X1」により行われています。DL-X1 シリーズでは、近傍から遠方までの広範囲の航空機電波情報を記録できるようになり、航空機騒音測定を行いながら航跡表示に必要なデータの取得・記録が可能となりました。すなわち、追加投資なく航跡測定が可能であり、また、万が一測定機器が故障した場合においても、他の騒音測定局のデータを参照することで航跡情報のリカバリが可能であるのもポイントです。さらに、リアルタイムに航空機電波情報データ送信することが可能となったことから、弊社製の中央処理システム(中央局)と組み合わせることで、ほぼリアルタイムに航跡の確認が可能になりました。
  新システムでは、民間機の飛行航跡情報をWeb サイトで提供するサービスとして有名なFlightrader 24で採用されているADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)方式およびMLAT(Multilateration)方式に加えて、PSSR(Passive SSR)方式を導入しました(表3)(参考:技術ニュース52 号)。3 つの方式それぞれの長所を生かした飛行経路が確認できます(図5)。ADS-B、PSSR は広域の飛行航跡の把握に用いられており、PSSR は主にADS-B 非搭載機の航跡把握に活用されています。PSSR は4 秒毎であることや、地上や建造物による電波の反射の影響を受けやすい欠点があるため、詳細な飛行位置把握の求められる伊丹空港周辺においては、より高頻度かつノイズの影響を受けづらい特徴があるMLAT 航跡も併用されています(今回のシステムでは。1 秒間隔で算出)。

              
表3 航跡取得3 方式の比較
航跡取得3 方式の比較
(a) ADS-B 航跡
(a) ADS-B 航跡
(b) PSSR 航跡
(b) PSSR 航跡
(b) PSSR 航跡
(c) MLAT 航跡
図5 3つの方式による航跡表示のイメージ

システムの画面の操作感はBindDraw と同様です。画面上の一覧表から騒音╱離着陸判定╱運航実績を選択すると、地図に表示する時刻が選択されたイベントの時刻に切り替わり、その瞬間の航空機位置座標が表示されます。また、騒音レベルや航空機電波情報の経時変化を示したグラフ上でマウスカーソルを動かせば、地図はカーソルの当たっている時刻の航空機位置座標に切り替わります。すなわち、カーソルをグリグリと動かせば、それに追従して地図上の航空機が移動するので、直感的な操作が可能です。(この清々しい操作感をぜひ実機でご体感いただきたく、随時デモンストレーション受付中です。ぜひお申しつけください。)
取得した航跡データはシステム外でも活用可能です。航跡データの形式として広く普及しているKMLファイルに変換してデータを取り出す機能を備えており、他システムへ航跡データを取り込んで活用したり、Google Earth Pro 等のソフトウェアで違った角度から分析・表示したりすることができます。その他にも、予め設定した断面を通過する航空機数の算出および通過位置を計算する機能といった航跡の分析機能を備えています(図6)。

断面図の算出イメージ
図6 断面図の算出イメージ
(上:対象の航跡をGoogleEarth で表示したイメージ下:出力した断面図イメージ)

7. その他の新機能

周辺測定局への航空機電波情報付与
DL-X1 ではRD-X1 から受信した高い時間精度の航空機電波情報をそのまま記録できるようになったことから、自局のRD-X1 で取得した航空機電波情報をRD-X1 を持たない近隣の他局(参照局)へ従来よりも適した形で提供することが可能になりました。従来のRD-90+DL-100 シリーズでは1 秒間のデータの集計値を記録し、参照局はその集計データをコピーして用いていました。一方で、新システムでは、自局のRD-X1 で測定した高い時間精度のデータから参照局の分析に適した形で分析用データを抽出することが可能となり、測定局が密接する伊丹空港や神戸空港周辺の一部測定局ではRD-X1 を搭載せずとも、搭載した場合と遜色ない分析を可能にしています。

端末認証型の通信・一部機能のiPhone / iPad 対応
従来のシステムでは、測定した騒音データの確認・編集作業は出社してシステムを直接操作することで行われていましたが、今回の新システムではインターネットを通じてどこからでもアクセス可能になりました(参考: 技術ニュース51 号)。予めセットアップされた特定の端末からのみアクセスできる端末認証型を採用したことで、ユーザーはセキュリティについて気にすることなく、まるでネットバンキングのような感覚でシステムを使用することができます。
また、数ステップで行える事前のセットアップさえ完了すれば専用の端末に限らず一般的な事務用PC でもGoogle Chromeからアクセスできるので、在宅勤務時に「事務用PC」と「騒音システム用PC」の2 台を持ち帰る必要はありません。
さらに、「リアルタイム表示」機能については、iPhone・iPadからのアクセスにも対応しており、出先や自宅などからでも、現在の航空機位置座標や騒音レベル変動を手軽に確認可能です。

使用滑走路確認用タイムラプスカメラの導入
弊社では主に軍用飛行場周辺向けの騒音監視ソリューションとして「SoundLapse」という製品を提供しています(参考: 技術ニュース50 号)。騒音測定と連動して1 秒間隔で連続写真を定点撮影し、これをタイムラプス合成することで騒音発生時の航空機の飛行コースおよび機種を特定するためのシステムです。
今回、伊丹空港において離着陸に使用した滑走路の目視確認を目的として、滑走路を見渡せる位置にSoundLapse を設置しました。また、従来のSoundLapse に改良を加え、常に1 分毎のタイムラプス画像を生成し、24 時間いつでも滑走路の状況を確認可能なシステムにしました。(図7)

伊丹空港に設置されたSoundLapse で生成した合成画像
図7 伊丹空港に設置されたSoundLapse で生成した合成画像
         

8. おわりに

 

関西地域の3 空港の周辺地域において、航空機騒音に関する各空港の特性を踏まえ、正確かつ一体的に複数空港の騒音データを評価できる新たな航空機騒音監視システムを構築しました。新システムではAI による作業の省力化、騒音システムと航跡システムとの統合、リアルタイムな情報公開、Web アプリケーションによるシステム運用といった、これまで弊社が技術開発してきた様々な技術を統合したシステムを実現しました。今後も新たな要素技術の開発へ取り組むとともに、皆様のニーズにマッチする使い勝手の良いシステムの構築へ取り組みます。

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