工事部 近藤 奈緒子
1. はじめに
「コンペ取れたよ!!」
先輩のはしゃいだ声を耳にしたのは2005年9月頃でした。
CGパースを見せてもらって「カッコイイ・・・」とため息をつく私。この時は、 まさか自分がIMAGICA永田町スタジオMA1の現場担当をさせていただけるなんて夢にも思いませんでした。
後日、メインモニタースピーカの試聴ということで、エンジニアさんが弊社試聴室にいらっしゃいました。 低域のパワー感にご満足いただき、すんなりと弊社オリジナルスピーカーNESに決定となりました。 その後の打合せで平面図が真っ黒になるほど書き込まれた要望を見て、ものすごいプレッシャーを感じましたが、 電球の種類から家具の形状までひとつひとつが「音づくり」に対するこだわりでした。妥協を許さないお客様に、 絶対に納得してもらえる空間を作ろうと励みになりました。
2. コンセプト
MAスタジオは6.1chサラウンド対応のフルデジタルMAルームです。 2ch用ラージスピーカーとサラウンド用のAIRをITUで配置しています。主にCM、VPのMAを行うそうです。
デザインは台形をモチーフとしたシャープな室形と、サラウンドのRに沿った曲線の家具で構成されています。 寒色系グラデーションの壁・天井の段差で空間に動きをつけ、家具の配置でなめらかな動線を作り出しています。
- スタジオもブースもNC-15以下目標
- 隣・上階はIMAGICAさんの編集室、下階は電気室
- 特に目立った外部騒音はなし
- 地下鉄が近接
といった諸条件のもと、NAS-MA1プロジェクトは始動しました。
図-1 CGパース
3. 開けてびっくり
テナントビルの地下1階、以前はノンリニア編集室として使われていた場所です。 解体してまず驚いたのは天井裏に隠れていた配管です。所狭しと走る配管は、盛替え不可能なビル共有のガス管や給排水管がほとんど。 想定外の多さに眩暈を覚えました。そして次に私を襲ったのは船酔いに似た胸のムカツキです。靴を履いていても伝わってくる、 しびれるような感覚・・・。床スラブの振動でした。スタジオもブースも完全浮構造にし、 床と天井に通常より手間と時間をかけることとなりました。
硬い浮床
振動測定をしてみると定常的に16Hz帯域が突出しており、地下鉄ではなく直下の電気室のファンの振動だと判明しました。 振動を感じなくなるまでには加速度レベルを10dB以上低減させることが必要なので、今回は防振ゴムを2段にして、 さらに浮床自体の剛性を高める為にワイヤーメッシュも2段に敷きつめました。 床スラブの強度の関係で重量ではなく軽量コンクリートを使用しましたが、強度を高めに設定しました。
それらが効を成し、測定結果は施工前より-20dBと良好でした。実際に歩いてみても、 ふわふわした違和感を感じさせないものとなりました。
レベル差の多い浮遮音天井
当然のことながら、お客様は少しでも高い天井を望まれます。 それに加えて天井裏の吸音スペースを確保しようとすると、既存配管に合わせてレベル差をたくさんつけざるを得ませんでした。 部屋芯で線対称にするということも音響的に大事なことです。大梁に合わせて疑似梁も作りました。
写真-1 竣工写真
図-2 振動加速度レベル(測定点:室中央)
遮音天井レベルをギリギリまで上げたので、必然的に空調ダクトは仕上天井裏の吸音スペースを走ることになります。
グラスウールダクトはそれ自体に吸音性を持っていますが、 表面のアルミが仕上のガラスクロスを通して反射面となってしまう為、全てフェルトで覆いました。(吊る前に巻けば楽でした・・・。) 梁下は扁平なダクトにしたり、リアスピーカーの背後の条件をそろえる意味でサラウンドのRに沿って段差をつけた結果、 圧迫感のない高さを確保することができました。
図-3 平面図
4. 仕上
遮音層工事で予想以上に時間がかかってしまい、電気・空調の設備業者さんの見事な連係プレーにもかかわらず、 大工工事にしわ寄せがきてしまいました。
全て異形の不等辺四角形のパネルは、現場で墨を出して型板をとり、工場で製作しました。 工場のラインを完全に止めて2日で届き、現場にぴたりとはまる精度のよさには感激しました。取り外して音場調整しやすいように、 壁パネルは全てマジックテープで固定してあります。腰壁部分はどうしてもへこみやすい場所なので、 下地の桟にプラスターボードをはめ込み補強しました。
5. こだわりの家具
お客様が面白いアイディアをたくさん出してくださり、使い勝手最優先・無駄のないシンプルなデザインの家具が出来上がりました。 持ち込みPCを考慮してテーブル上には収納式の電源とLANを設置しました。表面は化粧ポリ版で仕上げ、曲線は集成材の削りだしです。
ディレクターテーブル
ディレクターさんの威厳を象徴するかのようにどっしりと重量感があり、部屋の中央に鎮座しています。 ラックは使いやすい位置に引き出し可能です。アナブース寄り、窓前の位置にもディレクター席を設けてあります。
写真-2 ディレクターテーブル
パッチラック
回線が多く将来の盛替えもあるのを考慮して、側面パネルをはずして人が潜り込む作業スペースを確保しました。 外観は扉を閉めるとすっきりと仕上がっています。
フェアライトテーブル
中央のミキサーさん、左端のアシスタントさんの両側から作業できるように回転します。 引き出しにキーボードを収納できます。
写真-3 パッチラックとフェアライトテーブル
アナブーステーブル
表面を張替えが容易な起毛製の布で仕上げました。音鳴りを防ぐためにスチールパイプの脚にグラスウールと桂砂を詰め込んであります。
机の裏側にはヘッドフォンを収入するスペースも作りつけてあります。
写真-4 アナブーステーブル
6. 音響調整
現場を担当して何が一番面白いかといったら、最後の音場調整です。部屋が仕上がって家具やシステムが盛り込まれた状態で、 部屋の吸音・反射・拡散状態を最終調整するのです。私は「気持ちいい音」が聞きたくてこの職業・この会社を望んだわけですが実際は工事騒音・測定のノイズばかり聞いているので、 お客様と一緒に答えを探り出す調整作業は、至福の時間です。
壁の遮音性能、暗騒音レベル、残響時間などの測定をして満足な結果が得られたら、いよいよヒアリングによる調整です。 吸音の仕方はサウンドトラップを吊る、仕上パネル裏に吸音したい帯域で密度を考慮したグラスウールを仕込む、といったことです。
それに加えて音の鳴りを止める効果を期待して、砂をつめる、載せる、レンガを貼り付ける・・・等のダンピングを行います。
バッフル面では特に、レンガを一個置く、サウンドトラップの角度を少し変えるといったちょっとしたことで音場は劇的に変わります。 同じ素材の印象がまったく別に聞こえるので毎回毎回驚かされます。最終的には音像がタイトで定位がよく、 わかりやすい音場と納得していただけました。
写真-5 バッフル面
サラウンドは各chごとに覗き窓の反射を検討してガラスの角度を計画したり、不整形な室形と寸法比がうまくはまり、 特性上大きなディップは見られませんでした。内臓のイコライザーをそれほどいじらずに済みました。
アナブースでは実際に自分がナレーターになって原稿を読んでみます。使い手の立場でしゃべってみて、 音の返り・照明の具合・窓からの視界・居ごごちなどを確認します。それを録音してもらい、 モニタースピーカーで再現してチェックします。自分のアニメ声はさておき、上司の低音の響きがいつもどおりに自然に聞こえ、 ほっとしました。
写真-6 ナレーション録り(ディレクター席からの眺め)
7. 最後に
暮れをまたいでの忙しい工程でしたが、各施工業者の見事なチームワークのおかげで、 笑顔で竣工の日を迎えることができました。自分にとって大きな自信につながる、貴重な体験をたくさんできたと思います。
改めて関係各位のご協力にお礼を申し上げたいと思います。