自動車の風騒音計測に対するNoise Visionの応用

技術部 高島 和博

1. はじめに

全方位音源探査システムNoise Visionの販売を開始して3年ほどになります。これまでも、 日本国内では自動車関連のメーカー様をはじめ、さまざまな方面からシステム導入のお引き合いを頂き、 広くご利用いただくようになりました。一方、Noise Visionを利用したコンサルティング業務についても、 多くのお客様にサービスをご利用いただいています。Noise Visionの「センサーの周囲すべての方向」に対する音源の「可視化」というコンセプトが広く受け容れられた結果と考え、 開発チームの一人として率直に喜んでおります。

さて、今年度になってこのNoise Visionをある海外のメーカー様にお使いいただく機会に恵まれました。 その会社はPininfarina S.p.A(ピニンファリーナ)というイタリアの会社です。ある意味イタリアを代表する会社のひとつと言っても過言ではありません。 今回はその導入経緯と彼らの業務についてご報告したいと思います。

2. Pininfarina S.p.Aについて

Pininfarina S.p.A (以下Pininfarina)はスポーツカーや工業デザインに興味がある方はよくご存知だと思いますが、 そうでない方にとってはなじみが薄い会社かも知れません。

Pininfarinaは1930年、イタリアのトリノにおいて創立された会社です。創業当初は、個人の顧客を対象とし、 カスタムメイドで車のボディをデザイン、製作する業容だったとのことですが、現在では、自動車のデザインからプロトタイピング、 小規模の生産(OEMを含む)まで行っています。特にデザインにおいては、フェラーリ(Ferrari)やアルファロメオ(Alfa Romeo)といったイタリア自動車メーカーの車両を多く手がけています。 特にフェラーリとの関係は深く、歴代のフェラーリのほとんどをデザインしているとのことです。また、 近年では自動車以外のデザインも、建築からオフィスの椅子、携帯電話に至るまで幅広く行っています。

またPininfarinaは、1972年にイタリアで最初に乗用車を入れることができる風洞実験設備を導入したことでも知られています。 この設備(Aerodynamic & Aeroacoustic Research Center, 以下ARC)は、トリノ近郊のGrugliasco(グルグリアスコ)に位置し、当時、 世界でも稀な設備でした。現在では、この風洞実験設備を利用して、自社の車両のみならず、 世界中の自動車メーカーから空力特性や風騒音の計測および改善といったエンジニアリング業務を受託しています。 Pininfarinaは現在でもこの分野において、世界トップレベルの技術と実績を持っています。

Pininfarina Grugliasco地区全景
図1 : Pininfarina Grugliasco地区全景
(左手に見える蒲鉾型の建物がAerodynamic & Aeroacoustic Research Center (ARC)、右手は車両生産工場)

このPininfarina ARCは、設立当初の風洞実験設備に改善を加えながら現在に至っています。たとえば、 地面の影響をシミュレートするためにホィールを回すことができ、地面を模擬したムービングベルトを備えたGround Effect Simulation System (GESS)や、 風の変動を模擬するためのTurbulence Generation System (TGS)など、オリジナリティの高い設備を多く備えています。また、 風洞実験設備で利用する計測器についても、独自の計測手法を多く開発し、利用してきた歴史を持っています。 音響分野ではありませんが、車両周囲の非定常な流れを可視化するために、Nd:YAGレーザーを使った計測を応用したParticle Image Velocimetry (PIV)システム等、 興味深いシステムが多く開発されています。計測のオペレーションも実際に目にする機会がありましたが、 特に計測の効率に十分に配慮したシステムデザインと、技術者のポテンシャルの高さには目を見張るものがありました。

実際にNoise Visionは今回、このPininfarina ARCに納入されました。

余談になりますが、この風洞実験設備は非常に美しいデザインで、見せることに大変こだわった設備です。 日本のメーカーでは見られないような派手なカラーリングや、設備のライトアップなど、随所に写真栄えする配慮がなされています。 この風洞実験設備では、自動車のみならず、著名なプロスキーヤーや自転車選手が自らのフォームのチェックのために利用することもあるらしく、 ウェブサイトではその一端を垣間見ることができます。

Pininfarina ARCの風洞実験設備 Pininfarina ARCの風洞実験設備
Pininfarina ARCの風洞実験設備 Pininfarina ARCの風洞実験設備
Pininfarina ARCの風洞実験設備 Pininfarina ARCの風洞実験設備
図2 : Pininfarina ARCの風洞実験設備
(上より: 風洞のノズル、テストセクション、コレクタの全景、Ground Effect Simulation System (GESS)、Turbulence Generation System (TGS) )

3. 自動車における風騒音

自動車における騒音現象は、車外騒音と車室内騒音の2種類に大別できます。車外騒音は、 道路交通騒音の原因でもあり、各国において型式認証を受けるためには、ある一定の基準をクリアしなければなりません。つまり、 車外騒音の基準を満たしていない自動車は、発売することができないわけです。これに対して車室内騒音に対して法的な規制はありません。 したがって、車室内騒音は各メーカーが自由に設計できることになります。このような観点から車室内の静粛性は、 車両の付加価値のひとつと位置づけられると考えられます。

車室内騒音は、次の形に大別されます。

  • エンジンや吸排気系統に起因するもの
  • トランスミッション(変速機)に起因するもの(ギアノイズ)
  • タイヤと路面の接触に起因するもの(ロードノイズ)
  • 風に起因するもの
  • 上記いずれにも当てはまらないもの(ガタツキ音、キシミ音など)

車室内騒音が自由に設計できるといってもその設計思想は、加速時のスポーティさを強調するためにエンジンや給排気系統に起因する音はある程度残す場合もありますが、 それ以外の騒音現象に至ってはできるだけ低く抑えるというのが基本になっています。今回対象となる風騒音は、 速度が上がるほど顕著になってくる性格のもので、気になる車では「ワサワサ」、「シュルシュル」といった感じに聞こえる、 比較的高周波の現象です。また、隙間の影響により、笛を吹いたような音が出ることもあります。

風騒音の難しい点は、運転している車のみで影響を語ることができない点です。突然吹く横風や、 近くを走行する車による空気流の乱れ、追い越し時の空気流の乱れなど、様々な要素が影響してきます。 これらの変動要因に対する影響の評価は、自動車メーカーによっては実走行テストで行っている場合もありますが、 Pininfarina ARCのTGSのように特殊な設備で模擬をするケースもあるようです。

また、風騒音の発生源はドアミラー、Aピラー(ドライバーから見て斜め前方に位置する、 フロントウインドウを支える左右両端の支柱)の周辺など、自動車の周囲の空気の流れが乱れる場所になります。これらの場所は、 運転席や助手席からの距離も近く、風騒音は窓周囲のシールの弱い場所などから車室内に侵入してきます。 風騒音はこのような性格のため、時として運転者にとって風騒音が他の騒音に比べて特に気になるような事態が起こり、 問題とされるケースがあるのです。

風騒音の対策には、

A) 外部からの音の進入経路の影響を小さくするため、車両のシール性能を上げる。
B) 風騒音自体の発生を抑えるため、ドアミラー等外装部品の形状を変更する。

といったことが考えられます。当然のことながら、風騒音対策では、発生場所を外部から把握し対策することと、 内部への侵入経路を特定し対策することの双方が求められます。Pininfarina ARCではこの風騒音対策のために、 さまざまな実験が可能になっており、車室内からの評価のためにNoise Visionが利用されています。

4. 自動車の風騒音計測とNoise Vision

Noise Visionは、センサーの周囲すべての方向に対して音源探査を行うことができるシステムです。 自動車の車室内において、風騒音に対するウィークポイントを最初から仮定するわけにはいきません。したがって、 車両内すべてを見渡すことができるNoise Visionは、車室内における風騒音の解析に大変有効なのです。また、 Noise Visionはビームフォーミングという解析手法をベースとしたシステムであり、その性格上、 高周波数域ほど高分解能で分析が可能であるという性質を持っています。このため、 比較的高周波の騒音現象を対象とする自動車の風騒音にNoise Visionがよくマッチしているわけです。

なお、自動車の風騒音の分野でNoise Visionをご利用いただいているのは、Pininfarina ARCだけではありません。 日本国内でも実際にいくつかの自動車メーカー様に使っていただいており、成果が上がっています。

5. Noise Visionでの計測例

ここでは、Pininfarina ARCで計測した一例をご紹介いたします。

Noise Visionを利用した風騒音計測のセットアップ Noise Visionを利用した風騒音計測のセットアップ
図3 : Noise Visionを利用した風騒音計測のセットアップ

Pininfarina ARCの風洞実験設備では、上にもご紹介したようにTGS(Turbulence Generation System)と呼ばれる、 風に大きな変動を加える装置が開発され、より自然に近い風と運転時の変動をシミュレートする手段として利用されています(図2 下段参照)。 ノズルの上流(風の吹き出し側)に5本の独立したTurbulent Generatorがあり、それぞれには2枚の翼が備わっています。 この動作速度や動作方法(5本の羽根が揃って動作したり、ランダムに動作したりといったこと)がコンピュータからコントロールできます。 Noise Visionでの計測は、運転席にセンサーを設置して行いました。設定風速は140km/hで、TGSのOFF/ONで結果の比較を行いました。 この結果は、Noise Visionで得られる12個のカメラを使った画像のうち、正面を向いたカメラの画像のみを抜き出したものです。


Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON) Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)
図4 : Noise Visionでの風騒音計測結果(左列: TGS OFF、右列: TGS ON)

結果を比較すると、まず630Hz、800HzでTGSをONした場合に大きな変化が観測されています。また、 2500Hz~4000Hzにおいても同様に大きな変化が見られます。この解析結果で赤く表示されているところから、 車室内に風騒音が入ってきていることがわかります。TGSを動作させることにより風に変動が起こることで、 車両の周囲で空気の流れに乱れが生じます。それが車室内に影響する風騒音の音圧レベルの上昇を引き起こしているのです。 ただ、面白いのはTGSを動作させても影響がほとんどない周波数が存在することです。いずれの結果も、 コンターマップのカラーのレンジ(青色と赤色までの幅)は5dBです。

このようにNoise Visionでは、風騒音の音源を車室内側から観測でき、今回のような細かな条件変化や仕様変更に伴う結果を可視化し、 簡単に比較することができます。

6. おわりに

このたび、様々な方々のご協力があって、Pininfarina ARCにNoise Visionを無事設置し、 使っていただくことができるようになりました。Pininfarina ARCの責任者であるAntonello Cogotti氏をはじめ、 Pininfarina ARCのエンジニアの方々とは、現地でのミーティングや設置作業を通して、大きな信頼関係を築けたと考えています。 また、EUROACOUSITICのAndrea Cerniglia氏には、現地での交渉や納入全般に対するサポートをいただきました。 お世話になった皆様にこの場を借りてお礼申し上げたいと思います。

今後は今回の経験を生かし、国内外を問わずお客様から信頼をされる仕事を目指したいと思います。

7. 参考

Pininfarina S.p.A ウェブサイト http://www.pininfarina.it/
同 ARC ウェブサイト http://www.pininfarina.it/arc/

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