S邸プライベートスタジオ

工事部 堀井 理恵

1. はじめに

今年、2月初に完成いたしました作曲家S氏の"プライベートスタジオ"の紹介をします。

場所は静岡県伊東市にある別荘地。丘の斜面を利用した眺めの良い閑静なところです。 スタジオが完成し、その後に写真を撮りに伺った際も、よく晴れた5月の爽やかな風の吹く日和で、 遠くに相模湾を眺望できる環境はとても素晴らしく、羨ましいかぎりでした。

木造在来工法一戸建の一般住宅で、写真からもお分かりのとおり、周囲は自然に囲まれていて、 街中で良く懸念される近隣に対しての騒音・また時間を気にして音を出すなどという心配はさほど無い環境でした。
物件を探す際には、スタジオの計画を念頭におきながら、立地条件にはかなりこだわったとお聞きしております。

建物外観(前面道路より)
写真1 建物外観(前面道路より)

2. 平面計画

この建物は、北側が前面道路で、南側に向かって土地が傾斜しているといったところに建っています。 玄関は2階にあり、階段を降りて1階のスタジオに続くという動線となっています。元は和室と洋室が1室ずつあった空間でしたが、 間仕切壁と押入れを解体したことにより、およそ11畳の広々とした一つの空間をとることができました。

部屋のレイアウトとしては、北側(平面図では上側)がコントロールエリア、南側がスタジオという空間構成です。 コントロールエリアには、TANNOYのSP、Apple社の30inchシネマディスプレイが置かれ、周辺にはキーボード・エフェクターラック等が、 手の届く範囲に設置されています。スタジオエリアにはKAWAI ピアノ GM-10 が置かれ、弾きながら窓から眺望を楽しめるような位置に置かれています。

また部屋の中央にはマイクスタンドを設置し、ボーカル録りが、いつでも出来るようにしています。 ピアノだけでなく、シンセサイザーから民族楽器から人の声まで、音素材を幅広く操るS氏にとっては、 さまざまな楽器を持ち込んで音録りができるこのようなプライベートスタジオにメリットを感じているとのことです。

3. 工事の経緯

スタジオ工事にあたり、施工のポイントとなるところがいくつかありました。基本的には、 木造住宅の弱いところを重点に考え、下地の悪いところは組み直し、合板及び石膏ボードにて遮音補強し、さらに浮構造としました。

3-1. 建具廻りの遮音

前述のとおり、外部に対しての遮音対策は街中ほどでは無いにしろ、やはり遮音に不利になる開口部・・主に扉・窓の構造には入念な計画が必要でした。 このお部屋にも、西側に出窓、南側にバルコニーにつながる大きな窓があり、どちらも既存の窓の内側に、 もう一つ防音窓を取り付けました。

遮音に必要な施工法として、隙間無く、またしっかりと固定し取付ることが重要なポイントです。
さらに、浮構造としているため、既存の窓枠には接触しないようにすることが大切です。

写真2
写真2

また、入口扉にはスタジオに通常あるような鋼製の防音扉を取り付けました。 浮構造ですのでやはりこの扉と既存の壁・枠には必ず非接触の納まりとします。

3-2. 浮構造

荷重制限はありながらも、浮構造とすることが遮音性能を高める上では有利です。その構造にはさまざまな工法がありますが、 今回は下図のような乾式の浮床としています。

ここでは、浮床の土台となる既存の床を根太から解体し、再度下地を組みなおし、合板12mmを3枚張り、 頑強にしました。部屋内部から出た振動(スピーカーからの重低音・ピアノのペダルを踏むときに出る音など)を、 外部または上階(居間)に伝えないことが主な目的です。

3-3. その他

空調計画については、家庭用壁掛エアコンを1台・換気用ロスナイを1台設置しました。 室外機は建物の西側外部に設置しました。

また天井廻りでは、鉄骨梁を既存の柱に渡して、上階の柱を支えるような工法をとっています。これは、 コントロールエリアのスピーカー廻りの空間を広く取るためで、これが実現したのも、 音響の部屋だけでなく一般住宅の工事にも豊富な経験を持っている熟練の職人さんの腕に拠るところだと思います。

4. 自然な音空間

ご依頼頂いた作曲家S氏はピアノ・シンセサイザーなどの鍵盤楽器を使って作曲をされる方で、 主にアニメーション作品の主題歌、演劇・舞台などの音楽の製作に携わっておられる方です。自らもボーカルグループを結成し、 ボーカル録り、ミキシング・アレンジまで、幅広いジャンルを手掛けておられるマルチな才能を持った方です。 「音録り~編集までを全て自分の手で行うので、ブース+コントロールルームが一つの空間であることが必要条件であり、 それによって自然な音造りができるのだ」とのことです。

今回は限られた空間から、必要な作業スペースを確保する事により、"吸音層"と我々が呼んでいる、 音場を造るスペースはほとんどありませんでした。

実際は、コントロールエリアの壁内とスタジオエリアの壁内で、吸音具合を調整しています。 コントロールエリアは腰下の保護も兼ねた木製スリットをまばらに取り付け、スタジオエリアは、腰下の壁は全面反射という考えで、 壁の仕上げにも、ちょっとした工夫を施しています。

自然な音空間・・・作業する側が耳障りと感じる音をどれだけ取り除いてあげられるか、 より自然な音場にするためにはどうするかといったことが、スタジオ造りの醍醐味と言ってもよいかも知れません。 ほんの少しのアイデアで、がらっと楽器や声の聴こえ方が変わってくるからです。他には、床にカーペットを敷いたり、 窓にカーテンを取り付けたり、カーテンののふところを大きくとるため、倍ひだとしたり・・・。

写真3
写真3

結果、「ピアノを弾いていて、閉鎖感は無い」 とのお声を頂いています。それは、 おそらくスタジオエリアに床や窓など大きな面積で反射面があり、これがバランスよく配置されている事により低音域がそんなに不快に感じられることはなく、 変な低音域の残りも無く、中高音域のかえりも程よく有るので、バランスの良い音場になったからだといえるでしょう。
ちなみに現状ピアノの横に2人がけのソファが置いてありましたが、これも吸音材としては有効な家具と考えられます。

5. おわりに

さまざまな空間的な制限がある環境の中で、ご満足いただけるような音の空間が実現できたのは、 音楽家であり作曲家でもあるS氏御自身がスタジオの使い方に対して明確なプランをお持ちであったからだと、私は強く感じました。

最後に、御紹介頂きました(有)クリップ 東様には、大変お世話になりました。
この場を借りて、御礼申し上げます。