ソリューション事業部  田中 菜津 倉光 拓馬

1. はじめに

レストランやカフェ・バー、ラウンジなどを訪れるとその場に合った音楽が流れているのをよく耳にするのではないでしょうか。その多くはスピーカから流れていますが、もちろん実際に演奏者がピアノなどの楽器を演奏するということもあると思います。株式会社エクシング様(以下、エクシングと略させていただきます)では、そうした空間や家庭で300 曲以上の楽曲をフルコーラスで生演奏可能なオルゴール「Primotone(プリモトーン)」を販売しています。これらを販売営業するにあたり、プリモトーンによる演奏とスピーカから流れる音楽がどのように違うのか、プリモトーンの優位性を説明できるようなデータを取得したい、とご相談をいただきました。

弊社では、どこから音が到来しているかを写真上や3次元グラフィックス上で可視化することができるNoise Vision システムを2003 年より販売しております。本システムは、これまで静粛性の高い自動車の開発や、工場などの環境騒音の対策の検討に使用されており、音楽のような楽しむための「音」に対して適用した事例はありませんでした。しかし、騒「音」もオルゴールの「音」も「音」であることは変わりません。そこで今回、プリモトーンが奏でる「音」とスピーカから流れる「音」をNoise Vision システムで可視化することにしました。

図1 音源探査システム Noise Vision と分析例
図1音源探査システム Noise Vision と分析例

2. プリモトーンとは

プリモトーンはエクシングとその親会社であるブラザー工業株式会社様が共同開発したオルゴールです。一般的によく手にされる安価な小型のオルゴールは、ゼンマイを利用したシリンダーオルゴールが多いかと思います。これらの製品は、ピアノの鍵盤に相当する櫛歯( 長さの違う櫛状の金属板) をゼンマイで回転する金属の円筒に取り付けたピンで弾くことによって音楽を奏でます。このようなオルゴールの場合、演奏時間はゼンマイの巻数によって制限されますし、ピンの位置は自由に変えられないため、簡単に演奏曲を変更することはできません。

一方、プリモトーンは電子制御で自由にピンを駆動させることにより、1台で300 曲以上の楽曲をフルコーラスで生演奏することが可能です。また、本器の音は従来のオルゴールと同じように、櫛歯をピンで弾いて発生させた音を筐体内で共鳴させ、サウンドホールから外に放射させることにより奏でられます。このため、プリモトーンはスピーカから流れる音楽と同じように長時間音楽を再生できるという特長と、スピーカとは異なり、音をさまざまな方向に放射させることにより音の広がりを感じることができるという生演奏ならではの特長をあわせもった音源といえます。

図2 プリモトーン
図2プリモトーン

3. Noise Vision システムによる計測・分析

プリモトーンによる演奏とスピーカから流れる音楽の違いとみられる音の放射状況を可視化するために、Noise Visionシステムの機能の1つである球面近距離音響ホログラフィ分析(以降、Sp-NAH 分析)機能を用いました。この方法では球体センサー周囲の音響インテンシティ( 音の流れ ) を求めることにより、計測対象物周囲の音の流れ、つまり、音の放射状況を可視化することができます。計測・分析・結果について以下にご紹介いたします。

A) 3次元形状計測

Noise Vision システムでは3次元グラフィックス上で計測・分析結果を表示させることができます。そこで必要となるプリモトーンおよびスピーカの3次元形状計測を行いました。Noise Vision システムでは、3次元形状計測センサーを用いて対象物のまわりをぐるりと撮影することにより、3次元モデルを作成することができます。図3 は今回作成したプリモトーンおよびスピーカの3次元モデルです。

図3 プリモトーンおよびスピーカの3次元モデル
図3プリモトーンおよびスピーカの3 次元モデル

B) プリモトーンのオルゴール音、スピーカ音の収録・分析

プリモトーンのオルゴール音およびスピーカから再生される音に注目するため、計測は室内の反射を無視できる無響室で行いました。まず、プリモトーンを無響室内に設置し、その周囲数点においてNoise Vision センサーで、プリモトーンのオルゴール音の収録を行いました。スピーカについても同様に設置し、オルゴール音を再生したスピーカ音を収録しました。計測した各点の収録データについてSp-NAH 分析を実施し、それらと前項で作成した3次元モデルを合成することで、プリモトーンおよびスピーカの音の放射状況を可視化しました。

図4 計測風景
図4.計測風景

C) 結果

プリモトーンの音の放射状況の可視化結果を図5に示します。本図は音の流れの向きを矢印の向きで、音の流れの大きさを色と大きさで示しており、大きなエネルギーが放射されていると、色みが赤く、大きな矢印が表示されます。図5より、プリモトーンを中心に前後左右、上方向と大きな赤い矢印が外側に向かって広がっており、プリモトーン本体全体から音が放射していることがわかります。

一方、スピーカでオルゴール音を再生した場合についてはどうでしょうか。図6にスピーカの音の放射状況の可視化結果を示します。大きな赤い矢印はスピーカの前方方向のみに集中し、後ろ方向および上下左右方向には小さな青い矢印ばかりになっており、スピーカは主にコーン紙の向いている前方方向に音を放射させていることがわかります。

これらの可視化結果から、プリモトーンはスピーカとは全く異なる音の放射特性を持っていることが明らかになりました。

図5 プリモトーン周囲の音の流れ
図5プリモトーン周囲の音の流れ

図6 スピーカ周囲の音の流れ
図6スピーカ周囲の音の流れ

4. おわりに

Noise Vision システムを用いて音の流れを可視化することにより、プリモトーンによる演奏とスピーカから流れる音楽の違いを視覚的に表現することができました。本結果はエクシングのプリモトーンカタログにも掲載され、プリモトーンの優位性を示すデータのひとつになっています。このような可視化は専門家以外の方などにも音響現象を伝える手助けになり、また計測結果の説得力を増すこともできます。このような機会をいただいたエクシング様にこの場を借りて御礼申し上げます。

5. お客様の声

電子データで本格的オルゴールを演奏する利点は、どんな楽曲でも "生の楽器" が奏でられる素晴らしさです。心が安らぐ点でCD や電子音源をスピーカで再生するオルゴールとは全く異なります。これを強烈に視覚化したく日本音響様にご協力いただきました所、素晴らしい先端技術で見事に表現頂きました。どなたがご覧になっても理解の出来る説得力あるグラフィックに仕上げて頂き、カタログでも好評で、大変感謝しております。

おすすめの記事