DL 事業部 小橋 修
1. はじめに
2013 年9 月7 日、2020 年東京オリンピック開催が決定しました。IOC のロゲ会長による開催地「東京」の発表シーンは皆様の記憶に新しいところかと思います。オリンピックとなりますと世界各国から多くの人が集まることから、現在、国( 国土交通省・航空局) によって首都圏空港機能強化と題した、成田空港や羽田空港の国際線増便の計画が進められています。このうち、羽田空港では現在ある4 本の滑走路を効率よく運用させて増便することを計画しており、これまで騒音影響などを考慮して極力避けてきたと思われる東京都陸域上空の飛行経路を新たに設定する案をいくつか挙げています。これに向けて航路周辺の各自治体では将来的な航空機騒音の影響把握や住民への対応などに努められています。この機会にあわせ、今回私どもがこれまで培った技術や経験による航空機騒音の将来予測と音場再現について紹介したいと思います。
2. 航空機騒音の将来予測
首都圏空港機能強化では、羽田空港の国際線増便を目的とした新たな飛行経路がいくつか提案されています。中でも、東京都心部の陸域上空を北から縦断する南風着陸時の飛行経路は、周辺自治体にかなりの衝撃を与えたようで、計画発表の直後からいくつか問い合わせをいただきました。そのため、今回はこの飛行経路について、どの程度の騒音影響があるのか、航空機騒音の将来予測技術による推計を試みました。まず羽田空港の滑走路の状況を図1 に示します。
図1 羽田空港にある4本の滑走路
現在、羽田空港にはA・B・C・D の4 本の滑走路があり、風向や視界などの気象条件により、管制官が使用する滑走路や飛行経路を随時判断して適切に運用されています。現在設定されている飛行経路のうち、南風・視界良好時に運用される飛行経路を図2 に示します。
図2 南風運用時の飛行経路(現状)
着陸機(赤色で示す飛行経路)は千葉県の陸域上空を通過した後に、千葉市付近から東京湾に出て、空港周辺の海域上空を通過する飛行経路でB 滑走路あるいはD 滑走路に降り立ちます。この時、離陸機(青色で示す飛行経路)は行先によりA 滑走路あるいはC 滑走路に振り分けられて、それぞれから飛び立ちますが、着陸機が降りてくるD 滑走路と平面上は交差しており、着陸復航などがあると衝突してしまう危険があるため、着陸機が安全に降り立って停止するまで、離陸機への許可を待つ必要があります。またB 滑走路に着陸した航空機がターミナルに移動する際はA 滑走路を横断する必要があり、その間は離陸機が出発できません。これらの理由により、着陸機と離陸機の間には十分な時間間隔を設ける必要があり、これが国際線増便の課題となっています。そこで、これまで騒音影響等を配慮して避けてきた、東京都心部の陸域上空を、A 滑走路及びC 滑走路に向けて北側から直線的に降下する飛行経路が、需要が集中する日中の15 時から19 時の間に限り運用することで提案されています。この飛行経路を図3 に示します。
図3 南風運用時の着陸飛行経路案
ご覧のとおり、この飛行経路は新宿区、渋谷区、目黒区、港区、品川区、大田区といった都心部を縦断することになります。また着陸の飛行経路ですので、飛行高度も低く大きな騒音レベルが発生することが予想されます。そこで今回はこの飛行経路による航空機騒音の最大騒音レベルの分布を騒音予測手法により推計しました。騒音予測手法の詳細は過去の技術ニュースVOL.27 やVOL.32 などを参照いただきたいのですが、簡単に示しますと図4 のイメージ図の通り、航空機の飛行経路を示す計算モデル1 の「航跡モデル」と、航空機の音の大きさを示す計算モデル2 の「音源モデル」を用いて、航空機と予測点との直線距離(SD) と音の減衰量の関係から予測点での最大騒音レベルを推計します。
図4 騒音予測手法のイメージ図
ここから、今回の騒音予測に使用する計算モデル及び計算条件について説明します。まず航跡モデルですが、通常は実測により得たデータを基にして作成することが多いですが、現状で飛行していない飛行経路ですので、実測等から求めることはできません。そこで、人為的に航跡モデルを作成する必要がありますが、今回の飛行経路は計器着陸による直線的な飛行経路が想定できますので、トラック(平面図)は図3 に示す通りの、滑走路の傾きと同じ直線で設定し、プロファイル( 断面図)は図5 に示すように、滑走路の中心線に沿って北端から約420m 付近にあるタッチダウンポイントと呼ばれる航空機の接地点から、着陸降下角度3 度の傾きのよる直線を設定しました。
図5 南風時A・C 滑走路着陸プロファイル
この航跡モデルの妥当性を検証するために、国の説明会で配布している資料に掲載された、航空機の飛行高度を示すデータと比較してみます。国の資料によれば、滑走路から約6km となる大井埠頭・大井町付近の高度で約305m( 約1,000ft)、約12km の麻布・恵比寿・渋谷付近で約610m( 約2,000ft)、約17km の新宿・中野付近で約915m(約3,000ft)となっています。これに対し今回の航跡モデルではタッチダウンポイントから6km で314m、12km で629m、17km で891m となります。比較地点が完全に同じではないので、多少の差が見られますが、今回の推計に用いるデータとしては概ね一致としていると判断してよいかと思います。
この航跡モデルに、国の資料でも大型機として記載されている、B777-300 という機種について、私どもがこれまでの調査等で取りためたデータベースにある音源モデルを与えて、A・C 滑走路それぞれに着陸する際の最大騒音レベルの分布状況を推計しました。なお、音の減衰量は距離減衰とJIS-Z-8738 に規格されている空気吸収量を用いています。それ以外の超過減衰は用いていません。これらの計算条件における航空機騒音予測の結果を図6 及び図7 に示します。
写真1 今回予測に用いたB777-300
図6 C 滑走路着陸による最大騒音レベル分布図
図7 A 滑走路着陸による最大騒音レベル分布図
コンターラインは、赤色が最大騒音レベル100dB、ピンク色が90dB、黄色80dB 、緑色70dB、青色が60dB を示します。こうして見ますと都心部に70dB 以上の騒音レベルが発生する地域が見られ、品川区や港区より南側では80dB 以上の騒音レベルが発生する範囲があることがわかります。
この結果においても妥当性を検討するために、国の資料による最大騒音レベルの推計結果と比較してみました。国の資料によると、B777-300 での最大騒音レベルは、滑走路端から約6km の大井埠頭・大井町付近で80dB とされています。同じく約12km の麻布・恵比寿・渋谷付近で74dB、約17km の新宿・中野付近で70dB となっています。これに対し私どもの推計では、6km 航路直下で80dB、12kmで71dB、17km で66dB と、6km 付近では同じ、12km、17km では私どもの推計値のほうがやや低めですが、比較している地点が全く同じではないので、概ね一致していると考えます。
6km | 12km | 17km | |
国の資料 | 80dB | 74dB | 70dB |
NOE 推計値 | 80dB | 71dB | 66dB |
表1 B777-300 での最大騒音レベル推計値
3. 実際の地上高度や高層階での騒音予測
ここまでの予測結果は標高0m 地点のものです。しかし実際の標高は場所により様々です。航空機と予測点までの距離が1,000m や2,000m といった長距離であれば、音の減衰量からして数10m 程度の標高差は誤差範囲になりますので、さほど気にする必要はありません。しかし今回の着陸機の飛行高度は1,000m 以下のところが多いため、標高を考慮すると差が出てくるかもしれません。そこでまずは地上の標高を考慮した予測を行いました。6km 大井町付近の標高は13.1m、これを考慮した場合の推計値は81dB と標高0m に対して1dB 上昇します。ただし12km 近の恵比寿( 標高28m) では71dB、17km 付近の中野( 標高34m) では66dB と、小数点以下でわずかに上昇する程度で、ほとんど変わりませんでした。次に高層階での騒音予測を実施しました。都心部は高層建築物が多く存在します。そこで15 階建てのマンション最上階を想定して、それぞれの地点における標高に3m×15 階で45m 加算した標高での騒音レベルを推計したところ、6km や12km は標高0m に比べ2dB、17km でも1dB 上昇することがわかりました。このような高層階に対する騒音影響も今後、検討課題となるかもしれません。
さらに高層階の遮音性能が資料としてあれば、音源モデルや、予測結果は周波数別のデータで構成されていますので、屋内における騒音レベルを推計することも可能です。
6km | 12km | 17km | |
標高0m | 80dB | 71dB | 66dB |
地上標高 | 81dB | 71dB | 66dB |
地上標高+45m | 82dB | 73dB | 67dB |
表2 高層階(地上45m)での騒音レベルの推計値
4. 音場再現技術について
これまで述べた通り、騒音予測技術を用いることにより、標高を考慮した値、あるいは屋内での値など、様々な騒音レベルを予測することができます。しかし一般の方に対し70dBや80dB といった説明ですぐにわかっていただけるかというと、これまた課題があるようです。一般的な資料で騒音レベルと具体例を対比するものがあり、騒音レベル70dB とは交通量の多い道路や大声での会話、80dB とは地下鉄の車内、電話が聞こえないなどといった説明がありますが、直感的に理解してもらえないことが多いようです。まして普段聴かない航空機の騒音の大きさをdB で示しても、正しく理解してもらうのは難しいです。そのようなときの手段として、実際に航空機が飛行した時の騒音を、あたかもその場にいるような体感を再現する技術があります。これが音場再現技術です。
5. 音場再現の事例紹介
首都圏空港機能強化に関する国の説明会が随時行われておりますが、そこでは想定される航空機騒音を疑似体験できるよう、最大限工夫を行った映像資料を作成して、一般の方に対する視聴を行っておりました。私どもも少しだけ、この資料作成のお手伝いをしたのですが、本質的なところは携わることがありませんでしたので、ここでは過去に軍用飛行場周辺で行った実測及び音場再現を例にして説明します。
まず音源は実際に航空機が飛行する現場において実測します。実測にはダミーヘッドと呼ばれる特殊なマイクロホンを用います。バイノーラル録音という、人間の頭部や耳の形状による音響効果を再現するために用いられる機器で、写真2 に示すような頭部と耳の形状を模した人形の鼓膜の位置にマイクロホンが埋め込まれています。
写真2 ダミーヘッドによる収録の様子
また音場再生時には実際の騒音レベルに合わせた音量で再生する必要がありますので、騒音レベルの測定も実施しました。さらに視覚的要素も重要になりますので、ビデオカメラによる航空機の撮影も行っています。
写真3 ビデオカメラによる航空機撮影の様子
これらの実測データをOSS 再生と呼ばれる技術( 詳細は技術ニュースVOL.1,2,4 を参照ください。) で、あたかもその場に居合わせたかのような臨場感を持つ音場再現をすることができます。本来、音場再現は無響室のような反射がない特殊な実験室でおこないますが、この時は事情により、飛行場の近傍で体感してもらう必要があったため、極力反射の影響を受けにくい、広めの公園で音場再現を行いました。
写真4 OSS 再生の様子
仮に羽田空港の新たな飛行経路における航空機騒音を一般住民の方にOSS 再生で体感していただくとしたら、視聴会場は無響室とすることがベストではありますが、実験施設のような特殊な場所で視聴会を開くのは現実的ではないといった場合は、役所の施設等でヘッドホンによる視聴・体感いただくことも可能です。
なお、この音場再現は建屋の遮音量を考慮することにより、屋内における音場を再現することも可能ですので、一般の方に屋外と屋内での聴こえ方の違いを体験していただくことも考えられます。
6. おわりに
今回は騒音予測と音場再現による体感の技術を用いて、将来的な騒音影響の把握と一般の方への体感の例を紹介させていただきました。首都圏空港機能強化が示す通り、今後の空港の重要性は増す一方で、住民への騒音影響を十分に把握し理解を求める必要も増してくるものと思われます。私どもはこのような技術と経験を多く持ち備えておりますので、皆様の課題に積極的に取り組み、解決のお役にたてるよう、努力していきたいと考えています。