音空間事業本部 金沢 克行、研究開発部 大山 宏
1. はじめに
弊社の音響研究所は2005年5月に開設されました。同年の技術ニュース22号・巻末(頁47~48)にて「音響研究所の解説」という記事でその概要のみ、ご紹介させていただいておりますが、本編では施設の"建築的な特色" と音響実験として "どのような用途に使っているか"を詳細にわたってご紹介いたします。
そもそも2005年は弊社にとって節目の年=移転計画の年でした。移転に伴う工事はその年の1月初旬~6月末までかかりましたが、その内容はというと、・・・当時、弊社の技術部署のビルと工事部署のビルが別れていたものを現在のビルに統合し、この研究所はその中間期に平行して千葉北の倉庫を改装して新設する、というものでした。移転計画についての説明は本編内容から逸れますのでこれ以上の説明は省きますが、以前の技術部署ビルの片隅には、グラスウール剥き出しの吸音楔で造られた無響室や小さな防音室などが在ったことが思い出されます。その無響室や防音室はバージョンアップして、残響室や他の施設も併設して、移転計画に伴いこの研究所に生まれ変わったわけです。
【図-1】 第1研究所のレイアウト
2. 建築的な特色をご紹介します
おおよその施工順序は、まず供試体・遮音測定用コンクリート開口を製作し、その後、鉄骨乾式工法による無響室⇒残響室⇒計測室⇒そのほかの付帯設備、という工程で施工したわけですが、その中で特筆する建築的な特色をピックアップして、ご紹介したいと思います。
2-1. 供試体の遮音測定用コンクリート開口
大型残響室と無響室の間にはこの遮音性能試験用供試体を取り付けるコンクリート開口があります。コンクリートは強度が出るまで4週間はかかりますので、最初にここの仕様を決定し、必然的に工事もここから着工する、という運びになりました。
開口の有効寸法は、残響室床から(無響室の床高さに合わせて)0.7mを下端として、高さ2.3m(H)×間口2.75m(W)×奥行き0.6m(D)の大きさを持っています。
この規模は、最大有効寸法≒2500W×2100H、重量にして500Kg以上の両開き防音扉を供試体とした場合を想定しましたが、構造的に自立型の鉄筋コンクリート製を採用し、十分な強度を確保しましたので、どんな重量の供試体を持ってきても測定できるものと自負しております。
仕上げ面は残響室側の反射をも意識して、打放しコンクリートをサンダーにて研磨し、クリア塗装処理を施して平滑度を出しました。また、無響室・残響室を個々に使用する場合は鉄板をボルト締めして遮音界壁としております。
【写真-1】 供試体測定用RC開口の製作風景
2-2. 無響室の建築的な特徴
無響室の部屋寸法と諸元は・・・
・ 完全無響室時 | : | 6.2m(D)×4.8m(W)×2.9m(H) |
・ 半無響室時 | : | 6.2m(D)×4.8m(W)×3.6m(H) |
・ 構 造 | : | 自立型鉄骨造+LGS下地 |
(1) 取り外しのできる床格子と吸音楔
床格子と床の吸音楔を取り出すことによって、車両の入れられる半無響室とすることができます。作業はもっぱら人海戦術で若人5~6人で1時間程かかり、いい運動になります。
【写真-2】 床吸音楔の移動風景
(2) 吸音楔
吸音楔はカットオフ周波数よりも、高域の反射を意識して先端カットのない600楔を採用しました。また天井高さを補うため(通常無響室ではハロゲンランプを使用しますが)この無響室の照明は白熱球として、天井面より突出させないようフレームを加工するという工夫もしました。これは大型天井付けマイクロホン移動装置を取り付ける際にも有効な手段でした。
【写真-3】 天井楔と照明
【写真-4】 天井付けマイクロホン移動装置
(3) 無響室の空調システム
各実験室の天井上は少々の荷物や人間が載っても持つように、積載にして200Kg/㎡相当の重量を構造的に見込んであります。無響室の空調システムは、室外機が外部、室内機は計測室上、サイレンサーを無響室上に設置して、鉛巻きグラスウールダクトにて連結して、供給しています。
【写真-5】 無響室の空調
2-3. 大型残響室の建築的な特徴
大型残響室の部屋寸法と諸元は・・・
・ 部屋寸法 | : | 7.46m(D)×4.7m(W)×4.0m(H) |
・ 容 積 | : | 140m3 |
・ 試料最大寸法(前述) | : | 2.75m(W)×2.3m(H) |
・ 構 造 | : | 浮構造の自立型鉄骨造+LGS下地 |
(1) 特殊下地のコンクリート浮床
防振ゴムを使用した浮床は格別なものではありませんが、この残響室ではやはり天井高さとコンクリート床版の厚さをかせぐために、C-120×40形状に厚さ3.2mmの鉄板を曲げ加工して、浮床の鉄骨下地としたことが特色と言えます。
この後、キーストンプレートを敷きコンクリートを打設して浮床とし、更に天井や壁から控えを取らない自立した鉄骨組みにて、この残響室は組立てられています。
【写真-6】 残響室の浮床構造
【写真-7】 大型残響室のアスロック取付け
(2) アスロック仕上げとアクリルの拡散板
表面材は成型コンクリート板のアスロックを採用しました。鉄骨下地に巾600×厚さ60mm・重量を100Kg程度におさえたアスロックをボルトにて固定し、目地はシール処理です。
矩形の残響室ですから、音の拡散状態を少しでも効果的にするため、目地を含めたアスロック表面はクリア塗装を施し、天井にはアクリル拡散板の取り付けなどの工夫をしました。
【写真-8】 残響室のアスロックと拡散板
2-4. 小型残響室の建築的な特徴
小型残響室の室寸法・諸元は・・・
・ 部屋最大寸法 | : | 2.85m(D)×2.3m(W)×2.0m(H) |
・ 容積(不整形7面体) | : | 9m3 |
・ 試料最大寸法 | : | 1.0m(W)×1.0m(H) |
・ 構 造 | : | 木質系パネル造 |
平面的に不整五角形をしたこの小型残響室は、工場にて製作された木製パネルを、既に完成していた計測室に搬入してから5日で組立てられました。木材を構造材として、吸音グラスウールを充填、石膏ボード+鉛合板+化粧合板、を両面に貼った厚さ125mmのパネルです。組立ては防振ゴムの上に床パネルを置き⇒壁パネル⇒天井パネルという順序で、最後に計画された鋼製扉や開口部の処理、アルミ化粧押縁や電気工事、他を処理して完了となります。
簡単そうに見えますが、実際には職人さんが建込み可能な重量の制限がありますから、パネル割とかノックダウン式になる遮音扉とか、(プラモデルの組立図にも似た)製作図の完成度が重要となります。
【写真-9】 小型残響室の外観
3. もう一つの研究所をご紹介
前述の私達が第1研究所と呼んでいる小型残響室は非常に重宝がられ、かなりの頻度で使用され自社の研究開発に支障をきたすようになりました。そんな時、第1研究所のすぐ近くに、本社系列・営業所の建物(平屋)が空き、「渡りに船」的に即刻計画が立案され、2007年4月第2音響研究所を開設するに至りました。この研究所はコンクリート製小型残響室と小型半無響室、そして弊社研究所員用の広めな事務スペースを設備しています。外部にはかなり広めな駐車場があり、スチール製の大型倉庫を設置して多用途なスペースを確保しました。
今後、ここにおいても新たな研究開発が実践されていく予定です。
【図-2】 第2音響研究所の無響室~残響室
3-1. 第2小型残響室の特徴
諸元は第1のそれとほぼ同等の9m3残響室です。大きく異なるのは、なんと言っても"コンクリート製"ということです。しっかりとした音の反射を得るために、厚さ180mmのコンクリート造とし、もともとの全ての床、天井、壁面が互いに並行にならないような室形状を、更に2面の壁を縦方向にも傾けた他、円形の拡散体も壁面に取付けて理想の拡散音場を追求しています。
【写真-10】 第2小型残響室のコンクリート外観
3-2. 第2小型半無響室の特徴
大きさは:3.0m(D)×2.1m(W)×2.2m(H)で、第1小型残響室とほぼ同仕様の防振構造と木質系遮音パネル造の半無響室になっています。仕上げの吸音体は、壁面にクロス仕上げの300H吸音楔とウレタン製250H楔、天井面にクロス仕上げの200H台形吸音体を取り付けています。
サイズや色、材質も「将来これらの楔に替わるかもしれない」と予感させる、楔のサンプル室といった無響室です。
【写真-11】 第2小型半無響室の内観
4. こんな用途に使っています
本編はここから、出来上がった実験室がどのような用途に使われているかをご説明しながら、日頃の私たちの業務の一部をご紹介したいと思います。
研究所の実験室を使用する業務には、社内の研究開発の他に、製品の検査やお客様からご依頼いただいた委託研究や試験などがあります。実験室の利用は、まずグループウエアを用いてネットワークから予約を入れます。これは原則的には「早い者勝ち」で、いつも比較的予約が混み合っているのは無響室、比較的すいているのは大型残響室のようです。おそらく残響室をお持ちの読者の方々の会社でも同じかと思いますが、弊社の場合もご多聞に漏れず、残響室は無くてはならない存在ですが、使用しない時は荷物置き場にされてしまっていることがままあります。
4-1. 無響室
(1) pu-プローブを用いた自由音場法による吸音率測定
吸音率と言えば、残響室法吸音率や音響管を用いた垂直入射吸音率が一般的ですが、近年、粒子速度を直接計測できるセンサー(pu-プローブ)が開発され、私たちはそれを用いて音響材料の吸音率を自由音場で計測することにトライしています。この方法は、比較的簡単に実際の施工状態での吸音率を測定できるというメリットがあります。[1][2]
【写真-12】 pu-プローブを用いた吸音率測定
(2) Noise Visionの検査
システム事業部の製品の一つに、全方位音源探査システムNoise Visionがあります。この製品の品質管理の一環で、出荷前の検査を無響室で行っています。これは、Noise Visionの探査結果が音源の小型スピーカの位置に定位するか確認しています。図-3では、中央に黒く写ったスピーカの位置に、音源探査結果のコンターマップの赤い部分がうまく重なって表示されています。
【写真-13】 Noise Visionの検査風景
【図-3】 Noise Visionの検査結果
(3) 平面波スピーカの指向性測定
お客様よりご依頼いただく計測試験業務として、スピーカの性能試験を行うことがあります。今回ご紹介するのは平面波スピーカの指向性測定です。ターンテーブル上のスピーカを5度おきに回転させ、角度毎の伝送周波数特性を自動計測して指向特性を計測しました。写真のタイプの平面波スピーカでは、スピーカの前と後で平面的に逆相の音が出ており、その干渉で理想的には真横には音が出ません。この特性を利用して様々な用途に使われているそうです。
【写真-14】 平面波スピーカ(シーエルディー㈱様)の指向性測定
4-2. 半無響室
(1) 自動車の音響感度測定
自動車の騒音対策においては、エンジンルーム内の様々な位置から運転席等への騒音伝達の計測を行い、その寄与度に応じて対策を考える場合があります。その際には、周囲の騒音や反射音の影響を避けるために、完全無響室の状態から床部分の吸音楔と床格子を運び出し、半無響状態の無響室に自動車を入れて計測を行っています。
【写真-15】 半無響室内の自動車
【写真-16】 運転席のNoise Vision
(2) 模型実験
騒音対策や建築音響の世界では、縮尺模型を用いた実験(模型実験)をすることがよくあります。半自由空間を仮定する場合には半無響室を用います。今回ご紹介しますのは、無指向性点音源として使用する模型用スピーカ(12面体スピーカ)がちゃんと点音源として同心円上に音を放射しているかどうか確認するために、天井付マイクロホン移動装置を用いてその放射性状を測定しているところです。このマイクロホン移動装置は、無響室のほぼ全範囲をカバーしており、こういった多点の計測に威力を発揮します。
【写真-17】 模型用12面体スピーカとマイクロホン移動装置
4-3. 大型残響室
(1) 吸音率測定
大型残響室では、主として建築用の音響材料の吸音率を計測します。今回ご紹介するのは、劇場椅子の吸音力を計測したときのものと、映画館の中で使用する吸音体を検討したときのものです。吸音率(力)は、対象サンプルがあるときとないときの残響時間を計測することにより求めます。弊社では、音源スピーカを4台使用して残響室の拡散性を向上させ、残響時間の計測にはサウンドカードを使用した自動計測システムを開発して使用しています。
【写真-18】 残響室にセットされた劇場椅子
【写真-19】 人が座った状態の吸音力測定
写真にある囲いのようなものは、ウエルと呼ばれ、椅子の配列の端を覆うものでJISで推奨されています。
弊社でも映画館の建設に関わることが多く、いろいろな相談が持ち込まれます。多くは隣り合う映画館同士の遮音の問題ですが、館内の響きも重要で、単にデッドにするのではなく、サラウンド音声がすべての席で快適に楽しめるように工夫しています。
【写真-20】 円筒状の吸音体
【写真-21】 映画館に設置された円筒状吸音体
(2) Noise Visionを用いた自動車の遮音性能評価
残響室は拡散音場を仮定できる音場です。私たちは自動車の外部騒音に対する遮音性能評価をするために、自動車をその残響室に持ち込んで、自動車全体に均一に騒音が入射する状況を作り、車室内にNoise Visionを置いて音源探査しました。この探査結果により自動車の遮音性能上の弱点を一回の計測で明らかにすることができました。図の赤い部分が遮音性能の弱いところを表しています。[3]
【写真-22】 残響室の自動車
【図-4】 音源探査結果
※ 写真の自動車と測定結果は関係ありません。
4-4. 大型残響室-無響室
大残響室と無響室の間には開口があり、そこにサンプルをセットして音響透過損失を計測することができます。この方法の最大のメリットは、遮音上の弱点を見つけることができることにあります。残響室側からランダムに音を入射させ、無響室への放射音の音響インテンシティ分布を計測しています。この分布測定には天井付けのマイクロホン移動装置を用いて、自動計測しています。
(1) 防音扉の遮音性能測定
防音扉はスタジオ等の施工において不可欠なアイテムで、その仕様も様々なものがあります。その遮音性能の把握をここで行っています。次の例は、子扉のある両開きタイプで、測定結果は子扉の性能が不足していることがよく分かります。
【図-5】 防音扉の遮音性能測定結果
(2) 自動車ダッシュパネルの遮音性能測定
自動車のエンジンルームとキャビンの間にある壁(ダッシュパネル)は、エンジンルームの騒音を遮断する上で非常に重要な要素です。形状も複雑でその性能を正確に把握するためには、その部分だけをカットして実験室に持ち込む必要があります。今回その機会を得ましたので、開口に取り付けた状態をご覧下さい。
【写真-23】 残響室-無響室間開口のダッシュパネル
4-5. 小型残響室
(1) 自動車用内装材料の吸遮音性能測定
自動車に使われる内装材料は、吸音・遮音両方の性能を求められる上に、燃費向上のため軽量化も要求されています。また、これらの材料は建築材料のように大きな寸法のものがない場合が多く、また評価する周波数も低域はあまり期待されないことから、小型残響室を用いて0.5m×0.5mあるいは1.0m×1.0mなどの小寸法で性能計測を行うことが多くなっています。
【写真-24】 小型残響室での吸音率測定
【写真-25】 小型残響室開口に取り付けた遮音測定サンプル
(2) 残響室法吸音率の測定精度に関する検討
残響室法吸音率の測定は、測定点などによって測定結果がばらつく傾向があり、このばらつきをできるだけ小さくすることが私たちの研究テーマの一つでもあります。このばらつきに関する実験を、小型残響室においてインパルス応答を多点で計測し、日本音響学会にて発表しました。[4] [5]
【写真-26】 小型残響室の8chマイクロホンスタンド
実験では、このマイクロホンを用いて8ch同時インパルス応答測定を36点で行い合計288ポイントの音圧レベルと残響時間の分布を求めています。
4-6. 音響材料パラメータ測定装置
音響材料の吸遮音性能を決定付けるパラメータに、流れ抵抗をはじめとするBiotパラメータと呼ばれる物性があります。近年、それらを用いて吸遮音性能をある程度予測計算できるようになってきています。私たちは、早くからその点に着目してBiotパラメータの計測装置や予測ソフトウエアを開発し、音響材料の試験計測やコンサルティング業務に活用しています。[6][7]
【写真-27】音響材料パラメータ測定装置
5. おわりに
長々と音響研究所をご紹介してきましたが、私たちの日頃の業務の一部がお分かりいただけたかと思います。今後もこの研究所を有効に活用して、お客様のお役に立てるよう努力して参りますので、どうかご支援よろしくお願い申し上げます。なお、今回の記事の中で掲載に快くご協力をいただいた関係者様に、この場をお借りして御礼申し上げます。
参考文献
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金誠、廣澤邦一、中川博、pu-プローブを用いた自由音場法による音響材料の吸音率測定 その1、日本音響学会研究発表会講演論文集、2007.9
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廣澤邦一、金誠、中川博、pu-プローブを用いた自由音場法による音響材料の吸音率測定 その2、日本音響学会研究発表会講演論文集、2007.9
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The omni-directional sound source analysis for evaluating the vehicle sound insulation performance K. Takashima, H. Nakagawa
Spring Meeting of the Korean Society for Noise and Vibration Engineering, 2007 -
中川博、関藤大樹、金誠、高島和博、残響室法吸音率の測定精度に関する検討 その1、日本音響学会研究発表会講演論文集、2006.9
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関藤大樹,中川博,金誠,高島和博、残響室法吸音率の測定精度に関する検討 その2、日本音響学会研究発表会講演論文集、2006.9
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中川博、音響材料について、NOE技術ニュース Vol.19,21,22
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廣澤邦一、中川博、積層構造材料の音響性能予測ソフトウエアCapMLSの開発、NOE技術ニュース Vol.24