営業部 矢野 辰巳

1. はじめに

音響材料移動装置は、日本で初めて(財)日本自動車研究所(以下JARIと略します)において作られました。遮音材料を残響室-残響室法により簡単に測定できるようにと開発されたものです。この装置の特徴は以下の通りです。なお、これは当社の基本特許となっています。

(1) 横2m、縦1mの試料取付部を持つ移動式のカセットを複数台持っている。この開口部にあらかじめ各種材料を施工することができます。

(2) 残響室-残響室間にクレーンレールでこのカセットを移動し、エアシールなどで簡単に固定設置できます。

(3) 各種材料の交換・測定を短時間で行うことができます。

と書いてしまうといかにも簡単に出来たかのように思えます。しかし、開発した当人はあまり口に出して言いませんが、その時の苦労は並大抵ではなかったようです。この装置が出来たからこそ、ここでお話する大型の音響材料移動装置を作れたのです。このJARIの装置は後に作られる大型装置の原点ともいえます。小さなものを作ったから大きなものが作れたのです。

この装置は自動車用部材といった比較的小寸法材料のために作られたものなのです。だから、試料の大きさが1m×2mといったサイズでよいわけです。最初の1台が作られてから次のものが作られるまでは、かなりの時間が経ってしまいました。忘れられた存在だったのです。ある時ひょんなことからこの装置が脚光を浴びることになろうとは。

2. 大型装置への展開

それはある建設会社で音響実験棟を作る計画から始まりました。「残響室-残響室間で試料を施工するのに何日もかかる。測定はすぐ終わるのに。数種類の試料を測定するのにこれでは効率が悪い。何とかならならないかなあ。それに吸音性能を測定するとき、残響室を単独で使うのにいちいちブロックで間仕切り壁を作るのはどうもなあ。」「それなら、おもしろい装置があります。JARIに見学に行きましょう。すぐ近くにあるんですから。」お客様に気に入っていただければ話は早いものです。後はどうしたらいいかを考えるだけです。でもこれが大変なんです。小さなものから大きなものを作るということは、根本的に考え方を変えなければなりませんでした。いろいろな人に相談しました。でも、ほとんどが無理だよという答えでした。こうなったら、自分たちで知恵を出し合って作るしかありません。コンパクトながらもお手本があるのですから出来るはずです。ただし、計画された実験室は無響室と残響室が2室で計3室が並ぶものでした。したがって、測定試料の開口部はこの実験室間の2個所になります。JARIの場合より少し複雑です。

3. 大型化の問題点

検討すべき内容は以下に示すようなものでした。

  1. 大きさや重さは?
  2. 稼働方法は? 建物との関係は?
  3. 安全のためには?

1.大きさや重さは?
JIS規格に従った試料面積約10m2を開口にしなければなりません。このことは移動壁すなわちカセットの重量が何倍になるのか。測定試料の重量に耐えるだけの構造を確保するには。イメージ的には、普通の扉が原子炉のコンクリート扉になるようなものです。測定試料の大きさは約10m2ですから、カセットの大きさはそれより少し大きいくらいになります。稼動方法の項目でもふれますが、駆動部収納スペースも必要です。大きさにはもう一つの寸法があります。それは厚みです。このカセットは残響室と残響室の間にセットするわけです。どの程度の厚さの測定試料を施工するのか、また残響室の壁の厚みなどを考慮して、このカセットの厚みを約500mmと決定しました。
重量については最初に決めたわけではありません。測定試料の重さがどの程度になるのかを考えればよいわけです。一番重い材料は何かと考えそれを載せるのに耐える構造を設計して、重量は最後に決まった、いや分かったのです。なんと、測定試料は約5トンになりカセットの自重は6トンにもなったのです。すなわち、10トンを超える大型移動壁が走りまわることになるのです。

2.稼働方法は? 建物との関係は?
次に、この移動式のカセットをどういう方法で動かすのかを考えねばなりません。クレーンで吊るかあるいは他の方法を。また、カセットを入れ替えるための方法はどうしようか。最初に考えたのは、移動式カセットを自走式すなわちバッテリーで駆動する方法でした。これを数台用意して、電車のように入れ替え部を作ってと。でもすぐに行き詰まりました。この入れ替え方法だとあまりにも広い作業スペースが必要となって現実的ではないからです。このカセットは複数台あってこそ効率がアップするのです。この入れ替え方法を考えなければ、この計画は消滅してしまいます。

図-1移動装置概略図
図-1 移動装置概略図

コンパクトなスペースで入れ替えが出来ないかと知恵を出し合いました。あったのです。それは、入れ替え台車の上にもう一つの台車を作ろうというものでした。計画段階での概要図を載せておきます。イメージが浮かんでくるでしょうか。カセットを実験室間に入れる方向が二つあり、平行ではないので苦労しました。下の台車は横方向に動き、上の台車は回転します。でも建物の設計はもう完了していたのです!せっかくgoodな案が出来たのに。なんとか壁の位置をずらしてもらい、やっとのことでGOがでました。ところで、この入れ替え台車の自重は約20トンとなってしまいました。20トン、20トン、.......

3.安全のためには?
重量のある大きな物が動くのですから、安全には特に配慮しなければなりません。二重三重の安全装置を設置する必要があります。どんなことを想定しなければならないのかな。......あー頭が痛くなる。
カセットは、電車と同じようにレールの上を移動します。考えなければならないことが沢山あります。

  • 非常停止スイッチ-読んで字の如し、押せば止まるスイッチです。
  • レール検知スイッチ-レールがなくなる部分があるのです。
  • 停止位置オーバーラン防止用装置-設定した停止位置を行き過ぎないようにちょっとした工夫をしています。
  • バッテリー切れ警告装置-カセットは充電式バッテリーを電源としているので切れると動かなくなります。
  • この他にもいくつもの装置が積み込まれています。
    また、入れ替え台車も動きます。これは総重量40トンを超えます。
  • 障害物検知装置-大きなトラックが動くようなものなので、人が近づいてくると止まるようになっています。
  • 非常停止スイッチ、停止位置オーバーラン防止装置-説明不要ですね。
  • このほかにもあります。

写真-1カセットが残響室-無響室間に入るところです
写真-1 カセットが残響室-無響室間に入るところです。
台車の上に台車があります。

写真-2カセットが残響室-残響室間に入るところ
写真-2 カセットが残響室-残響室間に入るところ。
上の台車が斜め方向になっています。

このようにして2台目は、しかし大型移動装置は初めて建設会社の技術研究所で作られました。施工途中にこのカセットを残響室-残響室間に入れるとき、すーっと吸い込まれるように動く様子を見て涙がこぼれました。ほろり。いろいろな人の努力に感謝感謝。なお、この入れ替え方法は実用新案となっています。

4. 入替方式の改善

さて、3台目と4台目も建設会社の技術研究所で作られました。2台目の設計・施工を通して応用すべき点や改良点を反映できました。移動装置の構造・稼動方法および安全機構は前回のものをかなり参考にする事が出来ました。でも入替方式は違います。

3台目は、ある要求がありました。作業ホールをフラットにしたいと。しかも、実験室のレイアウトは3室が隣り合わせになっており、試料取付用開口は2カ所あるのです。したがって、カセットの入る方向は二つあり平行ではありません。この作業ホールは入れ替え用台車が動き回る場所でもあります。測定試料の施工もここで行うので、フラットなのがいいのですが...。また難題です。最初に考えたのがターンテーブル方式です。電車の操車場で見かけるあの交換方法です。でも、複数のカセットをこのターンテーブルに載せるには、かなり大きなテーブルが必要となります。当然、作業ホールも広くなければなりません。残念ながら別の方法を考えなければ、...。でも、実はこの方法を応用したものが最後には案として採用されることになるのです。何回も何回も計画図面を書き直しましたが、良い案は浮かびませんでした。やはり、あのターンテーブル方式しか無いのかと、前の図面を持ち出して眺めていたときです。ある一人が大声で叫びました。「作業ホールそのものをターンテーブルにしてしまえばいいんじゃないかな。」みんなは耳を疑いました。そんなの無理だと。でも、説明を聞いて一同やったと叫んでしまいました。入れ替え台車のレールを円弧状にして、台車自体を回転するようにすればコンパクトなスペースで移動が可能です。さらに、作業ホールをフラットに出来るというおまけまで付きます。作業ホール自体がターンテーブルになりました。この入れ替え方法も実用新案となっています。

写真-3回転方式の台車
写真-3 回転方式の台車

建物にも思い出があります。カセットが入る実験室と実験室間のすき間はわずか500mmです。コンクリートの施工にはかなりの精度が要求されます。普通のコンクリート造の建物を作るときとは違って、何倍もの補強材を使っておられたようです。また、カセットも2台目に比べると少しばかりスリムになりました。

5. 改良の継続

写真-4軽量化した台車及び引き抜き部
写真-4 軽量化した台車及び引き抜き部

4台目についても、別の要求がありました。カセットを5台用意するということです。5台といえば5 x 10= 50トン。しかも入れ替え台車の重量が約20トン。合計70トンにもなります。少しでも台車を軽くしなければなりません。ただし、今回の実験室のレイアウトは2室が隣り合わせになっているので、カセットの入る方向は1方向のみです。したがって、入れ替え台車の移動方向は横方向のみで、動きはシンプルです。台車の軽量化を重点的に考えればいいわけです。台車に載るカセットの軽量化も含めて徹底的に考えました。NASAのようにネジ1本にいたるまで、というのはオーバーにしても、もう一度設計をやり直すくらいの意気込みがありました。

測定試料は、今までは台車の上に足場を組んで施工していたのですが、今回は発想を変えて台車の上ではなく別の場所で施工できないかと考えました。色々な方法をスケッチしました。実は、作業ホールが広いので台車からカセットを引き抜く場所が確保できることがわかりました。やはり大きいことは、いや広いことはいいことです。でも、作業ホールでこの引き抜き部が固定されていると邪魔となってしまいます。またまた難題です。固定しないで移動できるようにすれば良いわけです。もともと移動装置を作っているわけですから、動くようにすればOKです。ここでもスケッチという原始的な手段で考えてみました。何枚書いたでしょうか。考えるだけの案はほとんど出尽くしてしまいました。以前なら誰かが「あったー!」と叫んで解決するパターンなのですが、今回はうまくいきません。もう一度原点に戻って考え直そうという事になりました。そのとき、ふと浮かんだのが3台目の台車入替方法でした。回転という移動方法が頭の中で渦巻き始めたときです。やはり誰かが...というと、もうお分かりでしょう。そうです。良い方法が見つかったのです。引き抜き部を回転させて、使わないときは壁際に収納しようというシンプルなやり方です。ここでも回転という方法で解決出来たわけです。そのころ、当社にある流行語が生まれました。「回転は運動の起源である。」

写真-5カセット(実験室間に入るところ)
写真-5 カセット(実験室間に入るところ)

6. さいごに

今回、紹介させて頂いた研究所・企業名は以下の通りです。(竣工順)

財団法人日本自動車研究所
株式会社熊谷組技術研究所
株式会社奥村組技術研究所
東急建設株式会社技術研究所

実はこれ以外にも多くの移動装置があります。メーカーさんの研究所なのであまりお話できないのが残念です。
最後になりましたが、使われる方・設計者・現場の方の協力無くしては、この移動装置は出来なかったと思います。この場をかりてあらためて御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。