無響室の規格と音響性能 精密測定用試験室としての無響室の規格

音空間事業本部 福満 英章

1. はじめに

前号の技術ニュース26号でご報告いたしました『無響室について- 無響室で計測する際の留意点 -』に引き続き、実験室シリーズ第2弾として、『無響室の規格と音響性能』をお届けいたします。

無響室は音の精密測定や聴感実験等を行う試験室として広く使用されています。それは、無響室が「自由音場」をもつ試験室であることによりますが、ではその自由音場が無響室内でどのような精度で、またどの範囲で成立しているかを理解した上で測定されている方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。

写真1 完全無響室の内観
写真1 完全無響室の内観

完全な自由音場空間の場合、どの位置であっても測定条件が同じであれば同じ音響特性を得ることができます。しかし、無響室とは言っても、実際に室内全てのエリアで理想的な自由音場が実現できているわけではありません。したがって、測定誤差が小さな精度の良い測定を行うためには、使用する無響室の音響性能を把握しておくことが大切になります。

それでは、その無響室の試験室としての規格はどのようなものなのでしょうか。本編では、精密測定用の試験室として位置付けられている無響室の規格とその音響性能について御紹介しながら、精度の高い測定を行うために必要な無響室の音響特性について御説明したいと思います。

2. 無響室の規格

実は無響室として単体の試験室規格は存在せず、その規格は、音響パワーレベルの測定方法を規定している一連の計測規格において、精密測定に適用できる試験環境をもつ試験室として規定されています。

その計測規格は、国際規格がISO3745、国内規格がJIS Z 8732であり、『音響-音圧法による騒音源の音響パワーレベルの測定方法-無響室または半無響室における精密測定方法』という名称の規格です。

音響パワーレベルの計測規格は国際的には古く、1970年にISO3740シリーズとして制定されています。一方、日本ではパワーレベル計測の実用的な必要性が少なかったことから、遅れて1986年に制定されました。しかし、ISOと技術的に整合されなかったところも多く、1995年以降に始まった規制緩和推進計画のひとつであったJISの国際整合化の中で2000年に翻訳規格として基本的に整合化されました。

表1 無響室の計測規格

測定原理 ISO規格 対応JIS規格 精度 測定環境(適用試験室) マイク位置
音圧法 3741 JIS Z 8734 精密 残響室 固定点
連続移動
3743-1 実用 硬い壁の室(比較法) 同上
3743-2 実用 特殊残響室 同上
3744 JIS Z 8733 実用
(Grade2)
半無響室、屋外、大きな室、吸音性の室(K2≦2dB) 半球面上
直方体面上
3745 JIS Z 8732 精密
(Grade1)
無響室、半無響室
(環境補正値 (K2≦0.5dB)
球面上
半球面上
3746 簡易
(Grade3)
屋外または室内(K2)≦7dB 直方体面上
3747 実用 硬い壁の室(比較法) 固定点
連続移動
音響
インテンシティ法
9614-1 JIS Z 8736-1 精密・実用・簡易 任意 固定点
9614-2 JIS Z 8736-2 実用・簡易 任意 連続移動

2000年の整合化では、基本的な考え方に変更はありませんが、国際的な規制緩和の中、ISO3745も一部、規定性能から推奨性能に緩和されている内容があります。また、ISOに明文化されている内容でJISでは省略されている部分もありますので順次御説明したいと思います。

なお、この規格の中で規定されている無響室は、あくまでも機械、装置及びその他の部品の音響パワーレベルをグレード1の精密級精度で測定することを目的とした計測方法の中の試験室としての規定であり、測定対象である音源の大きさに基づく規定も含まれていますので、それ以外の用途では、その音響的な意味を理解して無響室の性能を広義に解釈して良いと思います。

3. 無響室の音響性能

ISO3745、並びにJIS Z 8732で規定されている無響室、並びに半無響室に必要な音響性能を図示すると下図のようになります

図1 無響室・半無響室に必要な音響性能
図1 無響室・半無響室に必要な音響性能

また、規格の中で定義されている音響用語も一部改定がされていますので、無響室の音響性能を理解する上で必要な用語について下表に示します。

表2 無響室に関わる音響用語
自由音場 free field 境界面の影響を受けない均質等方媒質中の音場。
(対象周波数にわたって境界面における反射が無視される音場)
反射面上の自由音場
(半自由音場)
free field
over a reflecting
plane
無限大の剛壁面上の半空間における均質等方媒質中の音場。
無響室 anechoic room 自由音場の得られる試験室
半無響室 hemi-anechoic
room
反射面上の自由音場の得られる試験室
逆二乗則 inverse square law 点音源から放射される音の強さは距離の2乗に逆比例する。
(距離が倍になるごとに音圧レベルが6dBずつ減衰する)
暗騒音 background
noise
測定対象機器以外のすべての音源からの騒音。(暗騒音補正値:K1)
暗騒音補正値
(K1)
background
noise
correction
暗騒音の影響を考慮するための補正値。単位はdB。
(ISO3744)
環境補正値
(K2)
Environmental
correction
計測音圧レベルに対する反射音または吸音の影響を考慮するための補正値。単位はdB。

[条件1] 暗騒音レベルが十分に小さい これは対象機器から放射されている音のみを測定するために必要な条件であり、無響室の暗騒音によって測定結果に誤差を生じないようにするための規定です。そのためには、以下の条件が必要になります。


図2 条件1の規定
図2 条件1の規定

なお、この条件は、騒音レベル/dB(A)だけではなく、測定対象である全ての周波数帯域について求められる条件であるということを理解しておく必要があります。また、暗騒音には、空気音成分の他、振動からの放射される固体音成分、さらに、電源や空気中に放射される電磁波等の測定器に及ぼす電気的な雑音、測定器の自己ノイズも含まれます。

[条件2] 適切な室容積

これは対象機器の寸法に比べてある程度離れた位置で測定するための規定であり、計測マイクが配置される測定球面を垂直に通過する音響パワー密度を測定するという測定原理に基づいています。しかし、室の大きさに関するこの条件は大型機器を測定する無響室の条件としては現実的に非常に厳しいために現規格では推奨規定となっており、音響パワーレベル計測にあたっては、下記のように、測定対象の寸法に対して一定の距離を保って計測することが規定されています。

なお、特に規定があるわけではありませんが、自由空間での放射音を計測する観点から考えると、測定する下限周波数の音が1波長程度は存在する室容積は必要かと思います。

図3 条件2の規定(推奨)
図3 条件2の規定(推奨)

[条件3] 十分な吸音性能

これは試験室の内装仕上げからの反射音の影響がなく、試験室内で理想的な自由音場を得るための条件です。そのためには、試験室内で逆二乗則が成立していることが必要であり、理論的逆二乗則からの測定音圧レベルの最大許容偏差が下表のように規定されています。

したがって、この性能を満足した試験室が「無響室」ということになります。


表3 条件3の規定
規定
■自由音場が成立している。(反射音の影響が無視できる)

試験室の種類 1/3オクターブバンド中心周波数 許容偏差(dB)
無響室 ≦630Hz
800Hz~5,000Hz
≧6,300Hz
±1.5
±1.0
±1.5
半無響室 ≦630Hz
800Hz~5,000Hz
≧6,300Hz
±2.5
±2.0
±3.0

『理論的逆二乗則からの測定音圧レベルの最大許容偏差』
(ISO3745 / JIS Z 8732)

さらに、上表に示す許容偏差を満足する無響室で規格通りの音響パワーレベル計測を行った場合、得られる音響パワーレベルの不確かさの上限は、下表の標準偏差の最大値を超えないことをこの規格は保証しています。

表4 条件3の規定(標準偏差)
規定 音響パワーレベルの不確かさの上限が保証されている

1/3オクターブバンド中心周波数 標準偏差σR(dB)
無響室 半無響室
50Hz~80Hz 2.0 2.0
100Hz~630Hz 1.0 1.5
800Hz~5,000Hz 0.5 1.0
6,300Hz~10,000Hz 1.0 1.5
12,500Hz~20,000Hz 2.0 2.0

『音響パワーレベルの再現性の標準偏差の推定上限値』
(ISO3745 / JIS Z 8732)

したがって、完成した無響室でこの性能を評価することが大変重要であると言えます。当社ではこの特性を「逆二乗則特性」と呼んでいますが、規格ではこの測定方法が下表のように規定されています。

表5 条件3の規定(測定方法)
規定 逆二乗則特性の測定(通称)
■無響室における音圧レベルの距離減衰を測定して自由音場の成立範囲を検証する。

試験用音源 点音源とみなせる小型スピーカ 周波数範囲毎に推奨あり
音源位置 〔無響室〕測定球面の中心、室中央
〔半無響室〕反射面上の中央位置 反射面上、ピット埋込み
試験音 純音 狭帯域、離散周波数成分
1/3オクターブバンドノイズ 広帯域騒音の機器
測定方向 最低5方向、各方向10点以上の測定 室の隅方向等

『無響室及び半無響室の一般的適性試験方法』
(ISO3745 / JIS Z 8732)

写真2 無響室内での測定風景
写真2 無響室内での測定風景

逆二乗則特性の測定事例を下図に示します。

図4 無響室の逆自乗則特性測定事例
図4 無響室の逆自乗則特性測定事例

この測定事例の場合、125Hz以上の周波数では音源位置から吸音楔の近傍まで逆二乗則の許容偏差内に入っていますが、63Hz、80Hzの周波数では2~3m付近で許容偏差からはずれています。したがって、この測定方向では125Hz以上の周波数では吸音楔の近傍まで理想的な自由音場であるという評価になりますが、それ以下の周波数域では、反射音の影響によって音源位置から一定のエリアまでしか自由音場が得られていないという評価になります。

このように、本規格では完成した無響室、または半無響室について適正な試験方法による音場評価を行い、自由音場の成立範囲を検証することを規定しています。

逆二乗則特性の測定結果による自由音場の成立範囲を図示すると下図のようになります。注意すべき点は、自由音場が成立する測定可能なエリアは周波数によって異なる点(通常、低音域は逆自乗則の成立範囲が狭い)であり、さらにISOでは計測用マイクは測定対象周波数において吸音内装から1/4波長以上離すことを推奨している点です。

図5 自由音場の成立範囲
図5 自由音場の成立範囲

また、音響パワーレベルの測定においては、計測マイクは騒音源の最大寸法の2倍以上離すことが規定されていますので、図の青いエリアが実際に使用可能な計測エリアになります。

[条件4] その他の音響条件

その他の音響条件として、半無響室の反射面の吸音率は0.06以下であることが規定されています。したがって、コンクリート構造がその代表例ですが、その反射面に開口等が設置される場合には面密度20kg/㎡の軽量構造でも良いとされています。

なお、反射面は床面だけに限ったものではなく、実際に機器が設置される面を反射面とする半自由音場の無響室として計画します。

表6 条件4
表6 条件4

また、ISOでは、無響室の吸音層として、垂直入射吸音率が99%以上の吸音性能を有した測定下段周波数のλ/4を超える長さの「吸音楔」を推奨しています。例えば、125Hzの場合70cm程度、63Hzだと1.4m程度の長さの吸音楔が必要ということになります。以前はこれが規定項目でしたが、現規格では、吸音楔ではなくても、測定する音源の特性に応じた逆自乗則特性が成立していれば良いという実用的な判断基準に緩和されています。

他には、無響室の歩行床や測定対象音源以外の反射物の扱いについても、理想的な自由音場を確保するための推奨規定として明記されています。なお、これらの推奨規定はJISには明記されていない内容です。

4. おわりに

無響室の規格と音響性能について述べてきましたが、吸音楔を使用した精密測定用の無響室であっても、測定可能な音響性能には限界があり、オールマイティではないことがお分かりになって頂けたと思います。

逆の言い方をすると、無響室の音響性能は計測の目的に応じた特性であれば使用可能ということでもあり、無響室には必ず浮遮音構造が必要であるとか、吸音楔が必要であるということではありません。したがって、これらの無響室の規格は、計測の目的に応じて無響室を経済設計するための規格であると言い替えることもできます。

そのためには、無響室を計画する場合に、計測の目的や想定される計測方法を整理し、運用方法と将来の可能性を配慮しながら必要な音響性能を明確にすることが、最適な無響室を計画する上で非常に大切であると言えます。

また、完成した無響室の音響性能を把握しておくことは、その無響室における計測限界を知ることでもあり、そのことが計測誤差の少ない音響測定につながります。

例えば、無響室内に設置されている設備類からの反射音の影響がある場合でも、精密な計測を行う際に吸音材を配置する等の方法により測定精度を改善する考え方も可能です。

今、実際に無響室をお使いの皆様も、現在の音響特性を確認されてみてはいかがでしょうか。