惣野 正明
1. はじめに
早いものでAcoustic Grove System(AGS)と日本音響エンジニアリングさんに出会ってから4年が経ちました。音楽をライブさながらに活き活きと聴くためにオーディオや部屋の追求をしてきましたが、この4年間で部屋の音場が大きく改善し、最近は部屋を気にせずに音楽に集中できるようになってきました。
今では部屋の過半がAGS、ANKH(アンク)で囲われていますが、これらは一度に導入したのではなく、ひとつひとつ日本音響さんと優先順位を決めながら、効果を確認しつつ増やしていったものです。それを続けてきたらいつのまにかこのようになっていた、というものです。そのため、部屋のどこに何を置いたら音場がどのように変化したか、ということがよくわかり貴重な体験ができました。
そこで、この4年間のAGS・ANKH導入ヒストリーをまとめ、多くの方に知っていただくことは、私のように部屋の問題に悩んでおられる方々のヒントになるのではと考えました。僭越ですが少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
2. AGSと出会うまで
部屋の重要性に対する意識は若い頃から強く持っていました。1970年代にオーディオを始めてからソネックス、チューブトラップ、QRD、サーロジック等のルームチューニング材を導入し組み合せて試してきました。しかし、プラス効果があればマイナス効果も気になるなどなかなかうまくいかず、市販のルームチューニング製品は本来の目的である部屋がもたらす歪みを解消する効果は極めて限定的で、むしろ素材の色づけをしていく類のものでしかないという印象を持っていました。
音楽を生で聴くのが好きでライブには頻繁に出かけます。若い頃は最前列でかぶりつきの音を楽しんでいましたが、最近ではステージから4~5mほど離れた場所でのライブ感が好きで、そのステージまでの距離感を自宅で再現しようとして、スピーカーからの距離が同じ位置にリスニングポイントを設定しました。ただし私の部屋ではそこには100Hzの強いディップがあることは早くから認識していましたので、このような定在波のピーク・ディップ位置を避ける、という選択肢も当然あったのですが、あえてスピーカーとの位置関係にこだわりたかったのです。既存の音響パネルでは限界があることは知っていましたが、漠然と、何かもっとよいものや手立てがあるはずと思っていました。
オーディオを始めた頃の部屋は4畳半で、そこに38cm径ウーハーと大型ホーンを置いて聴いていました。寝るときはスピーカーとスピーカーの間に足を滑り込ませなければならず、地震が来たら死ぬなと思いながらの生活だったので、大きな部屋でいい音を聴くことが当時からの夢でした。
1985年ごろ念願叶って16畳のオーディオ専用室を造りました。とはいえオーディオルーム造りに関するノウハウなど無く、近所の工務店にお願いして防音してもらった部屋、といったところでしょうか。普通の四角形の部屋でしたが、4畳半が16畳に広がった分スペースにはゆとりができました。当時からルームチューニングに触れている雑誌はあり、グラフィック・イコライザー(グライコ)で周波数特性をフラットにすると良いとか、反射面は吸音する、といったことが教科書のように書かれていました。そこで部屋が大きくなったら試したいと思っていたグライコと簡単な計測器を早速購入し周波数特性の調整を試みましたが、特性をフラットに近づけたところで聴感上は音が良くならないのです。またその頃はソネックスという10cm厚の吸音材が販売されていて、それを購入して反射面に貼ったりもしました。ところが過度な反射がなくなれば音がよくなると思っていたのに反対に音がきつくなっていって聴くに耐えなくなってくるのです。実際に自分で体験して、オーディオルームの調整というのは、グライコで特性をいじったり吸音材を貼ったりして解決できるような単純なものではない、と気づきだしたところでした。
オーディオルームの音響調整に着手しだしたところで、1986年から海外勤務となり、1992年まで7年間ニューヨークに滞在していました。音楽の本場で連夜ライブハウスのはしごをしていました。日本にいてはなかなか経験できない、音楽の本場での生演奏のリアリティ、面白さに接することができたのはかけがえのない体験でした。ライブハウスで聴く本物の楽器の音と日本で一般的に聴くことができるオーディオ装置の再生音はまったく違っていて、自分としてはこの本物の音を自分の部屋で再現することが最終目標になりました。そのための有効な手段のひとつとして部屋の歪みを徹底的にとりたいという思いを強くしました。
1992年に帰国してから、ニューヨークで体感した本物の音を自分の部屋で再現したくなり、思い切って改築することにしました。ニューヨークで最も気に入っていた" ニッティング・ファクトリー" というライブハウスをイメージしながら、ヴォーカルやピアノ・トリオといった小編成のミュージシャンが等身大で再現できるようにすることを考えていくうちに38.5畳の広さのオーディオルームになり、 1994年に完成しました。
完成後は音響調整を再開し、ニューヨーク勤務中に現地でよくみかけたチューブトラップというルームチューニング材を購入しました。部屋のコーナーに設置して、低音は吸収し中高音域は反射するというもので、定在波に効果があるとのことでしたが、実際の効果はよくわからないまま使ったりしていました。また、米国の著名なオーディオメーカーの創始者、マーク・レヴィンソン氏が1990年代に在籍していたチェロというオーディオメーカーのデモルームがニューヨークにあり滞在中によく行ったのですが、そこには床以外のほぼ全面をRPG社のQRDという拡散パネルで囲った試聴室があり、素晴らしい機器が置いてあった、ということもあったでしょうがとても良い音がしていていました。QRDの役割もさぞ大きいのではと思い、新しい部屋にも導入してみました。はじめに2枚、さらに2枚、と少しずつ導入枚数を増やしていったのですが、4枚くらいまではライブ感が出て良いのですが、それ以上に増やすとQRD特有の癖が気になりだす・・・こうした試行錯誤を続けていました。
2000年代に入り、サーロジック社の音響パネルの存在を知り試してみました。予想以上に効果があって音色を整えてはくれるのですが、部屋がもたらす音響的な歪みを取るには至らず、決定打とまでには至りませんでした。
様々な既製品の音響パネルを試してきて感じたことは、多少の効果は感じられるものの音色を付加するだけで、本来のルームチューニングの目的とはずれているという感じを持ちました。本当に必要なのは定在波、フラッターエコー、行路差歪みといった部屋がもたらす音響的な歪みを解消することで、これこそがルームチューニングに求められるもの、という思いを強く持っています。いつか、そうした問題を解決できる製品にめぐり合えればという思いを抱きながら試行錯誤を繰り返していました。
図1 AGS導入以前の様子
3. AGS・ANKH導入記
2009年に友人を介して日本音響さんの存在を知りました。新しい切り口でルームチューニング材の開発に取り組んでいるとのことでした。早速日本音響さんを訪問し、試聴室でその効果を体感したので自宅でのデモをお願いしました。
1. 100Hzの定在波対策 ―部屋後方にAGSを導入(2009年8月)―
早速、シルヴァンという新製品8本と計測装置を自宅に持ってきていただき、はじめに室内の状況を測定してもらいました。自分でも友人から簡単な測定器を借りて測定していましたし、テスト信号を再生して気づいてはいましたが、リスニングポイントで100Hz付近に強烈なディップがあることが確認できました。典型的な定在波の影響だと言われました。続いてリスニングポイントの後方にシルヴァンを置いて聴き慣れたCDを試聴したところ、びっくりするほど音の通りが良くなって、これまで試してきた音響パネルではあり得ないような効果を実感しました。日本音響の山下さんから、奥行20cmのSYLVANよりも奥行が60cmあるAGSの方が100Hzのディップには効果があるという提案をいただき、AGSのデモをお願いしました。数日後、AGSを部屋の後方壁面前に仮設置してもらい試聴したところSYLVAN以上の効果でした。特に低域の音の通りが劇的によくなりました。この状態で測定してもらったところ100Hz付近にあった大きなディップが相当に改善されていることが確認できました。聴感上の違いがデータでも確認できるというのは非常に説得力があることで、即座に導入を決め注文しました。これまでいろいろな音響パネルを試しつつ測定もしていましたが、今回のように効果がはっきりとデータに出るということはまずありませんでした。AGSではその効果をデータでも確認でき、まさに本物であると実感しました。また、この時までは100Hz付近のディップが取れなければ最終的にはグライコを入れることも考えていたのですが、今回のデモで本来入れるべきではないグライコ無しで定在波を解消できそうだと強く予感しました。
図2 AGS導入前後の伝送周波数特性比較
(上段: 導入前、下段: 導入後)
2009年8月に横幅270cm×高さ180cm×奥行60cmのAGSユニットを納品していただきました。早速試聴したところ、デモ時の印象と同様に低域の音のとおりがよくなったことに加えて、中高域もよく伸びて、さらに定位感も大きく向上していることがわかりました。特にセンターにしっかりとした軸が出てリアリティ感が高くなりました。これまでは定在波の影響で定位感が失われていたのでしょうか。音楽を聴くのが楽しくなり、日本音響の山下さんに導入後数日して感想を聞かれたときには「音楽を長時間聴いても疲れないし楽しいので寝不足になって困っている」と話したことを覚えています。
図3 部屋後方に設置されたAGS
2. 生命が溢れ出てくるかのような素晴らしい効果 ―部屋前方にANKHを導入(2009年10月)―
部屋の後方を少し対策しただけでこれだけ変わるのだから、部屋の前方にも置いてみたくなりました。当時、左右スピーカーの間の正面壁前には拡散型のQRD音響パネル(横幅60cm×奥行23cm×高さ120cm)を4枚置いていましたのでこれをAGSに入れ替えてみたいと思いました。日本音響さんの製品ラインアップには奥行60cmのAGSと奥行20cmで自立型のSYLVANしかなかったので、QRDと置き換えが可能な大きさの柱状拡散体の製作を依頼しました。60cm幅のパネル4枚を横に連結すると240cm幅になるので、日本音響さんには単体ではなく、4枚のパネル全体での円柱配列の最適化をお願いしました。せっかくだから細部にもこだわりたかったのです。
図4 部屋前方に導入されたANKH(アンク)
10月に納品してもらったのですが、2ヶ月前に導入したAGSの効果がより確かになった、という印象を受けました。音の情報量が増えたように感じました。QRDの癖(色づけ)が取り払われて自然な音色になり、QRDのマイナス面が払拭されました。一方で、QRDの良さだった定位感はいっそう良くなってさらに安定し、音域が高域まで伸びて音色が自然になったことと相俟って特にヴォーカルの存在感が向上しました。音楽を聴くのがますます楽しくなりました。私も驚きましたが、日本音響の皆さんもこの効果には驚いていてラインアップに加えて商品化したい、とおっしゃってくれました。製品名をどうするのか聞いたところ、まだ考えてないとのことだったので、私が好きな古代エジプト語で「生命の源」を意味する「ANKH(アンク)」ではどうかと提案しました。初めて聞いたときに、そこから生命が溢れ出てくるように感じたからです。
3. 音像定位の向上を目指して ―両サイド一次反射面にANKHを導入(2010年1月)―
部屋の前後にAGSとANKHを設置してその効果が本物だと実感できたので、以前から気になっていた両サイドの一次反射面でも試してみたくなりました。これまでにもこの位置には拡散型や吸音型など様々な市販の音響材を置いて試してきましたが、何を置いてもマイナスの効果の方が大きく感じられ結果的に何も置いてきませんでした。しかし、ここに何かを置くと聴感上の変化は大きかったことから、この場所が部屋の音場に大きく影響するのは間違いないとは思っていました。
ANKHならひょっとしてこれまでになかった効果があるのではと思い、横幅60cm×高さ120cmの大きさのものを1ペア注文しました。設置してみると想定していた以上に劇的に変化しました。「定位が定位らしくなった」といえばいいのでしょうか、音像定位がすばらしく向上しました。従来から感じていた歪み感も解消し、それが一次反射による位相歪みだったことも実感できました。また120cm高のANKHを床から上に上げたり下げたりいろいろと試してみました。床から20cm持ち上げると低域の効果が減ることもわかりました。今回は120cm高のものを注文したのですが、この高さですとスピーカーのウーハーとミッドバスまではカバーするものの、中高域を担うミッドとツイーターはカバーできていないのです。すぐ嵩上げ用に60cm高のANKHを注文しました。
4. 音響パネルはスピーカーの高さ以上が必要
―両サイド一次反射面ANKHを60cm嵩上げ(2010年2月)―
60cm嵩上げしたことによってANKHの高さは180cmとなり、スピーカーのすべてのユニットをカバーできる高さになりました。聴感の変化も期待通りで、中高域と中低域のつながりの不自然さが一掃されました。音響パネルを設置する場合、その高さも重要でスピーカーサイズ(我が家では160cm高)以上の高さが必要だということもわかりました。
5. 部屋コーナーの重要性を確認
―部屋前方のコーナー部にコーナー型ANKHを設置(2010年6月)―
部屋の前後と両サイド1次反射位置にAGS・ANKHを設置したことで部屋を気にせずに音楽を聴くことができるようになりました。しかし、しばらくすると部屋のコーナーが気になりだしました。オーディオルームに関する本によると「コーナーは吸音しなさい」と書いてあります。私自身も、チューブトラップなどいろいろな吸音体を試してきましたが、吸音すると音場が左右のスピーカーの間に縮まってしまい、音場の拡がり感がスポイルされてしまいます。それでは拡散系かと思って、市販の拡散パネルを置いてもみましたが一長一短でした。ただ、直感的にコーナーは吸音ではなく拡散すべきと思っていましたので、AGS・ANKHのコーナー設置用を作ってもらえば素晴らしい効果を生むのではと思い、日本音響の設計担当の牧野さんに相談しました。牧野さんもコーナーは拡散すべきと思っていたようで、デザインについてはすぐに一致し、120cm高のものを注文しました。
その音響効果にびっくりしました。スピーカーの後ろの壁が取り払われて無くなったかのように、本来再現されるべき音場が必要なだけ壁を乗り越えてスーッと広がるではありませんか!かといって中央部の音が薄くなったり定位が間延びしたりするわけではないのです。センター定位もいっそう良くなるのです。今回は新しい試みでしたので120cm高のものを注文しましたが両サイド一次反射面のANKH同様スピーカー高をカバーするだけ必要だと感じ、すぐに60cm高の嵩上げ用を追加で注文しました。
図5 コーナー型ANKH
6. 部屋のコーナーは吸音してはいけないと実感 ―コーナー型ANKHを60cm嵩上げ(2010年8月)―
60cm嵩上げされ既存の120cm高と合わせて180cmにしたところ、やはり低域から高域までの拡がり感の偏りがなくなり、一層よくなりました。部屋のコーナーは今までのセオリーに反して吸音してはいけないと実感しました。
7. 定在波によるピーク・ディップが解消
―部屋後方のコーナー部にコーナー型AGSを設置(2011年3月)―
日本音響さんには設置時など折にふれて伝送周波数特性や残響時間の測定をしてもらっています。この時点での伝送周波数特性は100Hzのディップはほぼ解消していましたが、リスニングポイントの1m前で測定すると、まだ1/3オクターブ幅で10dBほどのディップが残っていました。聴感上、測定上ともにAGS導入前に比べると大幅に良くなってはいましたが、まだ改善の余地があることもわかりました。
部屋の前方の2つのコーナーにANKHを設置しただけでここまで改善されてきたわけですから、当然、次に狙うべきは部屋の後ろ側のコーナーということになります。むしろスピーカーから発せられた音は最初に部屋の後ろ壁で反射しますので、こちら側で定在波の発生原因をつぶせれば今回設置したスピーカー側コーナー(部屋の前方)よりも効果的であろうと想定しました。大きな投資でしたが、対策は点ではなく面で行おうと思って奥行60cmのAGSをベースとしたコーナー型AGSを注文しました。
図6 最初に導入したAGS(中央)とコーナー型AGS(両側)
設置後に音楽を聴いたとき、定在波というものが無い環境を初めて体験したと感じました。「カンターテ・ドミノ」を聴いたとき、これまでは無限遠から茫洋と聴こえてくるように鳴っていたオルガンのペダルの位置が初めて正面の壁のずっと向こうに現れたのです!ふつう、定在波の影響を受けると耳の中で音が鳴っているように聴こえます。ヘドロのようにまとわりついてくる粘着性の低音、といったイメージなのですが、それがコーナー型AGSを置いた後は、あたかも泉からこんこんと湧き出してくる清冽な水が体の中をさらさらと通り抜けていくかのように快く耳に聴こえます。低音域にも定位があるのだと感じられ感動しました。設置に来てくれた皆さんが帰った後もずっと音楽を聴いていました。大音量で何時間聴いていてもまったく疲れません。定在波の影響を受けなくなったからなのか、AGSの拡散効果なのか、多分その相乗効果だと思いますが、低域だけでなく高域までレンジが自然に広がり、ストレス無く音楽が聴ける環境が実現できたと感じました。
図7 コーナー型AGS設置後の伝送特性
図8 惣野邸AGS配置図(2011年3月時点)
4. おわりに
当初は100Hzのディップを解消することが最優先でしたが、ANKHやAGSを増やしていくにつれて周波数特性も自然とフラットに近づいていることが聴感でも実感でき、データでも確認できました。定在波の問題がほぼ解消したことで、大変満足できる環境になりました。理想の試聴環境に向けた試行錯誤もこれでひと段落、とそのときは思いましたが・・・実際はまだまだ続くのです。続きは次号でお伝えさせて下さい。