展示会場、ロビー等のイベント利用とその空間の音響性能を考える 文化庁メディア芸術祭香港展2012・花王(株)本社ロビーコンサート

ソリューション事業部 宮越 あゆみ、早川 篤

1. はじめに

駅前広場のコンサートで大勢の人が集まっている光景を見かけますが、身近な場所を音や映像に関連するイベント空間として利用できないものでしょうか。実は、その空間の特徴(環境や諸条件)を把握した上で演目の内容を選べば、本格的な音響空間に比べると不自由な点はあるとしても、何もできないというわけではありません。今回は、ホールやスタジオのような音響関連諸室ではない展示会場やロビーでのイベント開催を対象とした音響コンサルティング事例をご紹介致します。

2. 事例紹介(1) 文化庁メディア芸術祭香港展2012

図1 展示会場風景(文化庁提供)
図1 展示会場風景(文化庁提供)

2.1 概要

2012年香港にて開催されました森ビル/森美術館が受託された文化庁メディア芸術祭香港展の例をご紹介致します。この展覧会では、マンガ、アニメーション、エンターテインメントなど日本の現代アート、メディア芸術分野から、選りすぐった作品が展示され、アジアに紹介されています。

一般的な映像作品展示の場合、閉鎖的な個室内に入り作品を見るケースが多いのですが、この展覧会では映像展示の新しい試みが取り入れられています。暗室化された個室に入るのではなく、全体を暗くした会場内に複数のスクリーンやモニターを配置し、映像視認性を確保しつつ複数の作品が同時に視野に入るような工夫がされています。図2のように会場内に音響空間(ハウス)を数か所配置し、鑑賞者がハウスの中に入ると正面に映し出された映像とハウス内のスピーカから聞こえる音によって映像作品の鑑賞が可能となっています。しかしここで問題となるのは、自分の見ている映像作品以外の音が聞こえてくる音の相互干渉です。この問題を解決するにあたり、ハウスからの音漏れの影響、適切なスピーカの配置などを音圧分布シミュレーションと可聴化による聴感確認を行い、検証しました。

図2 会場イメージ図(森美術館提供)
図2 会場イメージ図(森美術館提供)

2.2 音響シミュレーションについて

図3に500Hzの場合の音圧分布シミュレーションの結果を示します。すべてのハウスで音が鳴っている場合の展示空間全体の音圧分布の状況を計算しました。ハウス内とハウス周囲では約20dB程差があり、隣同士のハウスでも音の干渉は少ないと予測しました。実際の香港の展覧会場での室内騒音や音の干渉については確認できませんでしたが、御担当者様からは問題なく無事に展覧会を終えることができたというお声をいただきました。

図3 500Hzの音圧分布シミュレーション結果
図3 500Hzの音圧分布シミュレーション結果

3. 事例紹介(2) 花王(株)様 本社ロビーコンサート

3.1 概要

凸版印刷(株)情報コミュニケーション事業本部御担当者様から、花王(株)様本社ロビーにおいてバイオリンコンサートを企画しているので、事前に空間の音響性能を確認したいというご相談がありました。ロビー空間は近未来的なイメージの素晴らしいデザインなのですが、楕円(曲面)がモチーフの空間で、全体的に響きが長いもののホールとは全く異なる環境の為、どうすればコンサートとしてよりよい音響空間になるか検証した事例をご紹介します。

図4 花王(株)様 本社ロビー 図4 花王(株)様 本社ロビー
図4 花王(株)様 本社ロビー

3.2 音響測定と試奏

ステージ配置案は図6で示すA案とB案としました。どちらの案がコンサートに適しているかを決めるために、残響時間の測定を行いました。またチェロを演奏する社員にも同行してもらい、両方の音源位置で実際に演奏しお客様と共に聴感上の違いを確認しました。すると客席側ではB案よりもA案の方が明らかに音の輪郭がはっきり聴こえ、すぐにA案に決定しました。A案では後方にある壁(カウンター)が反射板の役割をしている為、客席側への音の跳ね返りも大きくなり、音圧感が得られたのだと予想しています。一方残響時間は音源位置の違いによる差は殆ど見られず、500Hz以下の周波数で少し変化が現れました。基本的には音源位置を変えても空間の吸音力に変化はなく、音の拡散条件が異なるために差が生じたと考えています。インパルス応答波形(エコータイムパターン)も分析しましたが、A案の方がきれいなもみの木状の形をしており、直接音と反射音のバランスが良く、聴感と一致した結果となりました。

図5 チェロ演奏風景
図5 チェロ演奏風景

図6 ステージ配置案(左A案, 右B案)
図6 ステージ配置案(左A案, 右B案)

図7 500Hzエコータイムパターン
図7 500Hzエコータイムパターン

4. おわりに

展示会やロビーなどの仮設利用時に空間の静けさと遮音性能を追求するには限界があります。しかし最近の一般空間の空調換気設備は静かなケースが多く、演奏者と運営側や聴取者も" 本格的なホールではない" という認識を持てば、十分楽しむことはできると思います。仮設利用時に遮音性能や音漏れに対して工夫できる事は、音量の制御、ステージやスピーカの配置、人の導線計画です。周辺環境を把握してイベント開催を周知し、少なくとも演奏中に扉が開け放たれないような導線配置計画が必要だと考えます。空間の響きについては、椅子や人の影響でも大きく変わりますので、仮設的な部材でも改善することは可能です。

コンサートホールのような音響空間でなくても、普段身近にある空間や場所も少し工夫すれば音環境が良くなり、空間利用の幅が広がると考えます。今後も皆様のお役に立てることを願うとともに、今回の事例をご紹介させていただくことをご了承頂きました文化庁様、森ビル/森美術館様、花王(株)様、凸版印刷(株)様には深く感謝申し上げます。