惣野 正明
1. 承前
前号で、日本音響エンジニアリングさんと出会ってからの、Acoustic Grove System(AGS)、ANKH(アンク)の導入ヒストリーの前半部分をご報告しました。AGSやANKHを増やすにつれて周波数特性も自然とフラットに近づき、最も解決したかった定在波の問題もほぼ解消し、大変満足できる試聴環境になりました。前回に続き、その後の導入ヒストリーをまとめました。
2. AGS・ANKH導入記その2
8. 製作精度に感激。センター定位感が大きく向上 ─床用の特注ANKHを導入(2011年6月)―
コーナーAGSを設置した2日後に3.11が発生し、我が家もDACが壊れしばらく音楽を聴けずにいましたが、6月になって新しいDACが届きようやく聴けるようになりました。
その頃、友人のT氏が床置き用ANKHを導入したとのことで聴きに行きました。床に置かれたわずか2枚のANKHで低域のブーミーさが大きく改善していました。拙宅ではすでに床にはサーロジック社のフロア型がありそれが効果的であることは実感していたのですが、T宅での効果から拙宅にも導入することにしました。スピーカーの直近に置くため円柱を挟む板同志の並行面が気になったので、2枚の板が「ハ」の字型となるデザインでお願いしました。
図1 スピーカー前に設置された床用のANKH
円柱一本一本の長さがすべて異なり、しかも切断面が傾斜しているのに板面と隙間無く接合しているのを見て、日本音響さんの製作精度の高さと仕上がりの丁寧さに感動しましたが、実際に音を出して聴いたときの変化は想定以上でした。ウーハー帯域の改善を期待していたのですが、それに加え中域を中心としたセンターの定位が俄然良くなりました。特にヴォーカルの定位感が向上しいっそうリアリティ感が増しました。
これまでに、定在波解消を目的としたAGSの部屋後面への導入から始まり、部屋の前面と左右壁の一次反射位置にANKHを設置し、さらに、部屋の4隅にANKH、AGSを配置したことでこの時点でルームチューニングは一旦完成したと思いました。
日本音響さんのサウンドラボはショウルームということで全ての壁面に隙間無くAGSを配置していますが、そこまでしなくとも各面の要所にANKHやAGSを点置きすれば十分だと考えていました。めでたし、めでたし・・・。
9. 10. 低域のレンジが拡大 ─部屋前方コーナーANKHの側方側にANKHを設置(2011年8月、10月)─
8. まででルームチューニングも完成したと思い音楽を楽しんでいましたが、しばらくすると点置きし処理した部分と、処理をしていないただの壁面からの響き方の違いが意外と気になるようになってきました。試しに日本音響さんからANKHをお借りして、前方のコーナーANKH側方に置いてみると、音場感がより自然になるのが確認できました。どうも思った通りで、コーナーANKHのみの点置きよりも、さらに処理をしていない壁面にANKHを追加していく方がより音場感を自然にしてくれるようです。トホホホ・・・。
設計段階からコーナーANKHの両脇にANKHを並べて設置することを念のため考慮していたのが奏功しました。ただこれほど早く次の段階に進むことになるのは想定していませんでしたが。今回横幅90cm×高さ180cmの大きさで注文しました。当初の幅60cm×高さ120cmのANKHに比べ面積も重さも2倍以上ある(1枚約70kg)大変立派な面構えに頼もしさを感じました。
図2 コーナーANKH側方側に設置されたANKH
設置して聴いてみると、音場感のさらなる向上とともに、低域のさらに下の帯域まで聴き取れるようになり聴感上のレンジが伸びました。実際に計測してもデータ上では差が出ませんでしたが、コーナー周辺にANKHを面的に設置していくと低域のレンジが伸びて聴こえることがわかりました。レディ・ガ・ガのようなPOP系、シンセサイザーなどの低音域の音が多く入っているCDでは以前から低域の不足感を感じることもありイコライザーなどで少し持ち上げようかと思ったこともあったのですが、今回の設置で低域の不足感をほとんど感じなくなりました。
11. 中高音域の音の切れが向上 ─部屋前方コーナーANKHの正面側にANKHを設置(2011年11月)─
9. 10. で点から面に配置していくことの効果が確認できたので、次にコーナーANKHに隣接する正面側にANKHを設置しました。今回は拍手やシンバルの音の切れが良くなり音の鮮度感が向上しました。
12. 中低域の見通しが改善 ─部屋両サイドにANKH-IIIを設置(2012年6月)─
この頃、日本音響さんのサウンドラボで開発中のANKH-IIIを聴かせていただきました。小型軽量ながらその大きさからは想像できないほどの効果があり移動も楽なので、プロトタイプを借りて拙宅の様々な場所で試してみることにしました。以前から気になっていた出入り口扉に何気なく立てかけてみると、中域、特に男性ヴォーカルの声に一本筋が通りました。中低域の見通しが更に良くなるのです。ドアの前に立てかけて置いていては出入りの度に不便なので、ドアに取り付けていただくことにしました。
図3 ドアに取付けられたANK-Ⅲ
ANKHよりふた回り小さいのに中低域がかなり改善しました。扉の位置は部屋のほぼ中央ですが、どうしてここに置くと効果があるのか興味があるところです。今回は出入り口扉の対称位置が窓になっているため窓の下の部分にしか取り付けませんでしたが、先々は取り付け方法を工夫して窓がある上段にも設置したいと考えています。
13. 広範囲なレンジで定位感が自然でリアルに ─部屋両サイド一次反射脇にANKHを設置(2012年11月)─
コーナーに続いて、今度は一次反射位置を点から面に補強しようと考えました。前回、出入口を対策して思いのほか効果がありましたが、このことも一次反射付近の重要性を再認識するきっかけになりました。日本音響さんから借りているANKHを現状の一次反射位置にある60cm幅ANKHの隣に置いてみたところ効果が確認でき、これは何をおいてもと思い注文しました。
図4 一次反射面ANKH脇に隣接設置(2012年11月)
設置後は広い周波数範囲で定位が向上し、さらにリアルに、より自然になりました。一次反射音と直接音が干渉して生ずる位相歪みが取れ音色も良くなりました。
これまで、いろいろな場所に設置した際の音場の変化について述べてきました。言葉で説明すると似た表現になってしまうのですが、ANKHを面的に配置していくと音場の自然さが向上することは確実なようです。経験上、どんなに効果があるものでも最初の効果は大きくても、増やすにつれてその効果は少しずつ薄れていくものですが、ANKH、AGSの場合に限ってはそうではなく、増やしていっても改善度が飽和しません。
今回の設置で50~8kHzまで周波数特性もかなりフラットに近づきました。AGS導入前と比べると見違えるほど良い特性です。部屋の歪みを取っていくと周波数特性は試聴位置だけではなく部屋の広い範囲でスピーカーの特性に相似してくるはずです。この点がイコライザーを使って測定位置での特性をフラットにすることと根本的に違うところです。昔のスピーカー、例えばJBLパラゴンやALTECのモニタースピーカーのようにそもそもの特性がフラットでないといくら部屋を良くしたところでそうはなりませんが、私のスピーカーのように出音が十分にフラットであれば部屋を良くするとフラットになる、という考えが間違っていなかったと実感しました。この時点で残響時間も測定してもらいました。125から8kHzまで約0.4秒前後と残響時間の周波数特性は十分フラットでした。部屋の響きに偏りやフラッターエコーが無く、相当に癖が無い減衰特性となっています。
これで少なくとも側面については、前方のコーナーアンクからほぼ試聴位置の真横のドアに取り付けたANKH-Ⅲまで、面でつながったことになります。点置きのときに気になっていた未処理の壁の響きの違和感もなくなり、再びめでたし、めでたし、です。
図5 リスニング位置での伝送周波数特性(2012年11月)
図6 残響時間特性(2012年11月)
図7 残響減衰形(2012年11月)
14. ヴォーカルの子音やシンバルのディテールが安定 ─天井コーナー用ANKHを設置(2013年1月)─
2つの壁と天井が交わる天井コーナーはその形状もまさにホーンのようで、その対策は必須だと考えていました。拙宅のように残響時間0.4秒前後の部屋では60dB減衰する0.4秒間に音波は部屋の中を数十回行き来します。天井コーナーでは音波が干渉し合い、それがそこから再放射してくるようなイメージとでも言えましょうか。
部屋の前方コーナーにはこの時点ですでに高さ180cmのコーナーANKHが設置されていますが、その上方の天井コーナーは未処理の状態でした。試しに既販の吸音材を取り付けてみるとそれなりの効果がありました。そんな折、日本音響さんから天井コーナー用の製品を開発したと聞き、現物を確認すると作りの良さからこれは試してみないといけないと思い、すぐにお借りしました。
子音、特に「サシスセソ」のギスギス感、刺々しさがスッと消えました。中高域の位相ズレが改善したようです。これまで少し気になっていたシンバルを強打したときの音の定位のズレがなくなりました。曲によってはシンバルの響きが左右に飛び散っていたのですが、あるべき場所に定位するようになりました。さっそく1ペアを注文しました。
部屋全体の表面積から見れば天井コーナー用ANKHが占めるのはわずかな面積です。それでこれだけの効果があるのですから拙宅で気になっている天井と壁との交線をカバーできる新しいANKHを開発していただけないかと思っています。
図8 部屋前方の天井コーナーに設置されたANKH
15. ジグソーパズルの最後のワンピースが完成。歌い手の顔の筋肉の張り具合がわかるほど立体的に ─側面にあったANKHの隙間を対策(2013年2月)─
長い間借りていたANKH-Ⅲの試作機をそろそろ返さなければと思い、部屋前方の側壁で、コーナーANKHから面的に延長してきたANKHと、側壁一次反射位置のANKHから面を延ばしてきたANKHがぴったりつながらず隙間(幅40cm程度)になっている場所があり、そこに何気なく立てかけてみたところ、ギターの低音弦の音がびっくりするくらい変わりました。点から面への対策をし尽くしたと思っていたのに、まだこんなわずかな場所に歪みの原因が残っていたのかと気づかされました。ANKH-Ⅲの横幅はせいぜい60cm程度で、それを立てかけたところでカバーできるのは床から60cm程度の高さまでです。それでこれだけの変化があるのです。そこで、ANKH-Ⅲのカバーエリアを上下にいろいろ変えて試してみましたが音の印象が随分違います。結論としては、床からきるだけ高い位置までカバーした方がよい、ということになりました。約1.2mの高さの位置にエアコンスイッチがあるので、床からスイッチの下までをカバーできる高さのANKHを注文することにしました。ちょうどスピーカーのウーハーとミッドバスの高さをカバーできます。
図9 側面の40cm隙間を対策
設置後に聴いてみると、予想通りウーハーとミッドバス帯域の密度感がとても高くなりました。設置前は歌い手の顔がテレビに映るように二次元だったとすると、設置後は顔の凹凸が感じられるほど立体感が出てきました。頬の筋肉の張り具合のニュアンスがわかると言えば言いすぎでしょうか。それほどの変化がありました。ジグソーパズルの最後の一枚がピタリと嵌ったという印象です。
拙宅の音がライブ演奏に大変近づきました。若い頃から長年求めていたものがようやく手に入ったと感激しています。イコライザーに頼ることなく聴感上もデータも申し分ない状態になりました。
図10 リスニング位置での伝送周波数特性(2013年2月)
3. おわりに
15. 完成後、2013年春にロバータ・ガンバリーニの来日公演をライブハウス『Tokyo TUC』で聴きました。同席した友人のジャズシンガー2人が演奏途中からぼろぼろ涙を流し始め、私ももらい泣きを我慢するのに苦労するほどの素晴らしい2ステージでした。終演後、会場で新作CDを購入し興奮さめやらぬまま帰宅した後、サード・ステージを自宅で体感しました。ライブとほとんど変わらないリアル感で、感動的だったステージの続きを聴くことができました。最近ではライブに行ってその続きを自宅で聴くことが増えています。しばしばそれが朝まで続きます。つい先日も山本剛トリオを『BODY&SOUL』で堪能したあと、拙宅に帰ってから今度は奥平真吾の『Pit Inn』ライブ盤を、まるでライブのはしごをしているかのように楽しみました。
高校時代にオーディオに出会ってから、一生のつきあいになると思うほどの出会いが2つありました。一つ目は高校時代にJBLのスピーカー「D130」を聴いたときです。まるで人がそこで歌っているようで、聴覚と視覚が混乱した覚えがあります。以降、私のスピーカーはJBLのユニットを使用しています。二つ目が大学時代に出会ったマーク・レヴィンソン社のデビュー作、プリ・アンプ「LNP-2」です。このアンプを日本上陸直後に聴きました。このアンプを聴いたあとで他のアンプを聴くとまるで学芸会の素人喉自慢を聞いているように聴こえたものです。ハイエンド・オーディオの幕開けでした。以降、私の家のアンプはマーク・レヴィンソン氏の流れを汲んだ製品を使用し続けています。その後も楽しい出会いや感動する体験はたくさんありましたが、一生の付き合いだと思えるものはついぞその後40年間出現しませんでした。しかし40年経ってついに三つ目に出会いました。それが日本音響さんでした。考えてみるとオーディオの重要な要素はアンプとスピーカーと部屋ですから、40年でようやく三種の神器がそろったということでしょうか。
今回、日本音響さんとの出会いからAGS、ANKH導入の経緯と効果についてご紹介してきました。皆様の参考になれば幸いです。
とはいえ本稿を書いている時点ですでに天井のチューニングを日本音響さんに相談しているところです。目指していた山の頂に達するとさらにその向こうに山があることに気づくかの如く、オーディオに終わりはないのかもしれません・・・機会がありましたらこの続きをご紹介したいと思います。
図11 惣野邸AGS配置図(2013年2月時点)