防災無線、聞こえますか?

ソリューション事業部 高島 和博、青木 雅彦、光枝 太一、小池 宏寿、鶴 秀生

1. はじめに

平成23年(2011年)3月11日、忘れもしないあの日。東北から関東北部にかけては大きな揺れの後、巨大な津波が沿岸を襲い、多くの尊い命が失われました。

それから約1年後、スタートしたのが今回ご紹介する研究開発プロジェクトであり、防災行政無線の整備を管轄する総務省から委託されたものです。今回はプロジェクトの概要と私達の取り組みについてご紹介させて頂きます。私達はこれまで、幅広いお客様に対し、「良い音」を生かし、「悪い音」を最小化する空間を提供し、また様々な製品やサービスを提供を通して快適な音環境を構築するお手伝いをしてきましたが、このプロジェクトのように直接的に人の「いのち」に関わる音に携わった経験はほとんどなかったように思います。また、国から直接的に研究開発委託を受けることが初めての私達にとっては、身の引き締まる思いで取り組んだプロジェクトでした。

2. プロジェクトの概要

平成23年12月、総務省より「情報通信ネットワークの耐災害性強化のための研究」と題して複数の委託研究開発の公募が行われました。私達は、「多様な通信・放送手段を連携させた多層的な災害情報伝達システムの技術開発」の課題に対して、NTTデータ、NTTドコモ、マスプロ電工、東北大学電気通信研究所と私達を加えた5機関で研究開発の共同提案を行い、審査の結果採択されました。研究開発期間は平成24年3月から平成25年3月までと1年程度しかなく、短期間での成果が求められるプロジェクトでした。

東日本大震災では、防災行政無線を含む地域の防災関係システムについても、地震、津波による浸水や流出等により設備等の機能停止や倒壊等の被害が生じ、発災時に稼動できないケースがあったことが報告されていました。また防災行政無線により災害情報の伝達がなされていても、音声が明瞭に聞き取れず、避難行動が遅れたといった問題も多く指摘されました。皮肉なことに、東日本大震災とそれに関連して起こった大災害が、災害情報の伝達に関わる問題をあぶり出したとも言えるでしょう。国や地方自治体にとって、住民等に災害に関する避難情報や警報等を速やかに伝えることは極めて重要な役割の一つであり、明らかになった災害情報システムの伝達における課題に対応することが求められていました。そこで、迅速かつ確実な災害情報等の伝達を可能とする技術の確立を目的として、5機関でこのプロジェクトに取り組むことになったのです。

東日本大震災にて発生した住民への災害情報伝達に関する主な課題に対して、私達を含む5機関は、様々な伝達手段を一元的に利用できるようにすること、さらに個別の情報伝達手段の性能を向上させたり、新たなメディアと組み合わせたりすることにより、きめ細かでタイムリーな情報を自治体の担当者の負担を軽減しながら住民に提供できるようになると考えました(図1)。研究開発はそれぞれの機関の専門分野を生かし、情報伝達のシステムの基盤と、住民への伝達を担う末端の個別配信手段の双方を高度化し、より多くのメディアを通じて確実に災害情報を届けられるシステムを構築するという、大きな目標を掲げました。

その中で、NTTデータは、情報を一元的に扱い、複数の伝達手段を通じて住民に提供するための基盤ソフトウェアプラットホームの開発と配信コンテンツの自動生成の技術開発に取り組みました。NTTドコモは、現在、緊急地震速報ですでに実用化されている緊急速報メール配信サービスを拡充し、複数の携帯電話キャリアも利用できるようなシステム開発を行いました。マスプロ電工は、地域限定の地デジ、ワンセグ放送等を通じて災害情報をきめ細かく住民に提供できるようなシステム開発を行いました。一方、東北大学電気通信研究所と私達は、防災行政無線から提供される音声をより確実に伝えられることを目的とした、基盤技術開発に取り組みました。また5機関共同で石巻市において、研究開発した内容を実際に自治体関係者に体験して頂く実証実験を行い、研究開発の成果を広くアピールしました。

図1 目指すべき災害情報伝達の姿
図1 目指すべき災害情報伝達の姿

3. 防災行政無線について

図2 防災無線システムの全体像
図2 防災無線システムの全体像

皆様のオフィスや自宅の近くにも、冒頭の写真にあるような防災行政無線の子局(屋外スピーカ)が備え付けられており、日常生活に溶け込んでいると思います。図2に防災無線システムの全体像を示します。子局は図2では市町村防災行政無線・固定系の「屋外拡声器」が該当し、地方自治体が整備しています。また、様々な省庁が接続される仕組みを構築していることからもわかるように、防災情報の提供だけでなく、様々な危機の際に発せられる情報も住民に届ける役割があります。

地域によって内容は様々とは思いますが、例えば私の自宅の近所の子局からは、普段は17:00の「夕焼け小焼け」や光化学スモッグ警報・注意報などが放送されています。しかしその本当の目的は、震災のような非常事態時に周辺の住民に広く情報を伝えることです。まず、非常時の災害情報伝達のためのメディアという位置づけで、他のメディアと比較してみましょう。

例えば、テレビやラジオ放送は非常に安定的に受信できること、様々な受信機器が広く普及していることから、災害時にも頼りになる重要なメディアです。ところが、特定の地域に限定した情報、例えば土砂崩れのような局所的な災害情報や震災後に各所に設置された避難所の状況等の提供は、広い範囲をカバーするテレビ放送には情報が細かすぎ、漏れなくタイムリーに提供することは難しいと言えます。一方、地方自治体が設置する防災行政無線子局は、特定の地域に絞った情報提供ができるという特長があります。

また、別の例としてスマートホン(スマホ)を考えてみましょう。スマホは近年爆発的に普及していますが、その実態は電話の機能を持つインターネット接続が前提の携帯型コンピュータといえます。したがって、スマホでは様々な情報を「検索」し、選択的に取得できることが最大の特長であり、GPS機能などを併用して、地域限定の災害情報・避難情報の取得も可能です。東日本大震災時にも、TwitterやFacebookなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が大きな役割を果たしたことも記憶に新しいですね。一方、例えば、ご高齢の方がスマホに様々な設定を行い、アプリをダウンロードして有効に使うことは難しいかも知れません。つまり、スマホは使いこなすためには一定のスキルが必要となります。また、インターネット上には裏づけや確認が取れていない情報が流布する可能性があり、情報の真偽についてはしっかりと確認する必要があります。逆に、地方自治体が設置する防災行政無線は、情報の受信者に操作や設定といった特定のスキルを求めることがなく、自治体が確認した情報を提供することができるという特長があります。

これらテレビやスマホに共通しているのは、特定の機器を所持していなければ、災害情報や避難情報が受信できないという点です。これに対して防災行政無線の屋外拡声器による避難情報の提供は、手元に何も所持していない状態でも災害情報や避難情報を受け取ることが可能な手段であるといえます。

このような特長を持つ防災行政無線による災害情報の伝達ですが、東日本大震災では次のような問題点があったことが指摘されています。つまり、防災行政無線が持つ特長を充分に発揮することができず、適時的確に対応できたとは言いがたい状況があったとのことです。

(1) 停電や何らかの損傷(鉄塔の損壊等)を受けたため機能しなかった

(2) 拡声音が不明瞭であったり、複数の拡声音が混合したりした結果、内容が理解できなかった

(1)については、バックアップのバッテリ電源による駆動等、さらに安全性を強化した設置が求められます。(2)に関しては、単独の子局で拡声した音声が、周辺の地形や建物等の反射等による影響により明瞭に伝わらなくなることや、複数の子局からの音声が時間遅れを持って到達することが大きく関わっていると思われます。

実は、これまでの防災行政無線の子局配置は、拡声音声の到達距離を考慮した予測計算に基づいて行われています。ある意味この設計手法は正しいのですが、地形や建物等の影響を考慮したり、配置や制御方法を最適化したりして音声による情報伝達効率を上げる工夫をしようという試みはほとんど行われておらず、複数の子局の音声が同時に到来する状況もほとんど考慮されていなかったようです。例えば子局からの距離は近くても、建物や山林の影になるため音が明瞭に届かないような場所が多くあります。また、導入後のテストも定まった方法で行われておらず、(1)の問題の原因の一つとも考えられます。

実は、音で情報を伝達するはずの防災行政無線ですが、子局の設置に関して、「音で情報を伝達する」という観点からの技術的な指針や標準がどこにもない状態なのです。そこで私達は、東北大学電気通信研究所の鈴木教授のチームと協力し、将来の指針の策定を念頭に置いて屋外での音声伝達性能の向上に関する基礎技術開発に取り組みました。

4. 取り組み内容と成果

私達の取り組んだ内容は大きく分けて次の2つであり、プロジェクトの中では「音チーム」として、東北大学電気通信研究所と密接な協力体制のもと研究開発を行いました。下記の4.1で得られた成果を東北大学チームと共有し、屋外での音声了解度に基づくサービスエリアの策定方法(尺度)を聴取実験等の手法を用いて東北大学チームが開発しました。私達はその成果の提供を受け、4.2の予測ソフトウェアの試作に取り組みました。

4.1 屋外での音声伝達特性の予測・実測手法の開発

私達はまず屋外での音声伝達特性を予測、実測するための技術開発に取り組みました。音声了解度の算出のためには、子局からの音声による音圧レベルの予測では十分でなく、建物による反射や山を越えて音声が伝わる場合の回折等による音声の品質劣化を考慮できるものでなければなりません。

そこで私達は、インパルス応答を屋外で測定する方法について実験的に検討しました。音源として、小型の花火の爆発音と防災無線子局のスピーカから拡声する試験信号について検討し、測定可能な距離や結果の安定性について検証を行いました。実験には東松島市、仙台市に協力を頂き、実施しました。実験の様子を図3に、結果の一例を図4に示します。紙面の都合上詳細は割愛させて頂きますが、次のようなことがわかりました。

図3 屋外での伝達特性測定実験の様子
図3 屋外での伝達特性測定実験の様子 図3 屋外での伝達特性測定実験の様子
図3 屋外での伝達特性測定実験の様子

図4 実験結果の一例
図4 実験結果の一例
(音源から200m離れた点での火薬爆発音(赤)と
防災無線子機から再生する試験音の音圧レベル(黒)の比較)

  • 花火の爆発音はほぼ無指向性であり、200m離れた地点の音圧レベルは85dB~100dB確保可能。周波数帯域は63Hz~4kHzをカバーできる。一方、防災行政無線子局の拡声器を使ってスウィープ信号を出力した場合は、同地点で60dB~85dBの音圧レベル、周波数帯域は500Hz~4kHz 程度で子局のスピーカ特性の影響が大きい。
  • 花火の爆発音は拡声器から出力するスウィープ信号に比べて、測定の再現性が良好。信号の継続時間が長いため、風等による伝達系変動の影響を受けやすい。
  • 収録した音圧波形の同期加算平均処理は、風等の伝達環境の変動の影響を大きく受けるため回避すべき。
  • 大音量での駆動が前提のため、子局のスピーカの非線形歪が無視できず、測定結果に影響を及ぼす。そのため、周波数上昇型のログTSP信号(対数スウィープ信号)を使い、ポスト処理で高調波歪成分を除去して空間の音響伝達特性とする方法が最も信頼性の高い結果が得られる。

一方、音響伝達特性の予測では、私達の商品であるGEONOISE(ジオノイズ)を改良し、幾何音響の範囲ながら屋外でのインパルス応答が予測できるようになりました。GEONOISEでは数値地図による地形データを読み込むことができ、地形や建物の影響を考慮した計算により音圧レベルの予測ができます。今回の研究開発では、音声品質を予測するために、拡声音の音圧レベルだけでなくインパルス応答が必要になるため、ソフトウェアを改良して対応しました。

4.2 屋外での防災無線子局のサービスエリア予測ソフトウェアの試作

4.1の成果を東北大学グループに提供し、音声了解度と対応する物理指標の検討を行いました。これにより、予測された音声伝達特性から音声了解度を予測できるようになったため、一定の音声了解度が得られる「サービスエリア」が策定できるようになりました。

東北大学グループでは、音声了解度と対応が良好な物理指標として、STI(Speech Transmission Index)とU50という2つの指標を検討し、それぞれSTIが0.6以上、U50が6dB以上が音声が了解できる下限値とする結論を得ました。一例として、防災無線子局周辺で、環境騒音のA特性音圧レベルが60dBの場合の、U50に基づくサービスエリアを図5に示します。図中、●は防災無線子局、矢印は取り付けられているスピーカの向きを示します。色が塗られている領域は、子局からの音声が了解可能な領域を示す一方、白い領域は音声で情報伝達が困難な領域を表します。この地域は、図表の下部は里山であり、上は田圃です。この結果を見るとスピーカの近くであっても里山の陰になって音が届いていない領域や反射の影響で了解度が低下する領域が存在することが明確にわかります。

この技術開発により、より確実に情報伝達可能な子局配置の検討ができるようになる一方、今後、実際の設計では地形や建物をどの程度簡略化して扱えばよいか、実務的な観点からも検討する必要があります。

また、東北大学グループでは、津波の到来を示すサイン音(警報音)の作成にも取り組んでおり、警報音の特性に合わせたサービスエリアの算出も可能になりました。サイン音は音声とは異なり、内容の理解が不要であり、音声よりも広いサービスエリアで災害情報の伝達が可能になります。サイン音の認知が進めば、迅速に避難を促すような場合には大変有効な手段と考えられ、今後の普及が望まれます。

図5 シミュレーションによる防災無線子局のサービスエリア検討結果の例
図5 シミュレーションによる防災無線子局のサービスエリア検討結果の例

5. おわりに

今でもはっきり覚えています。震災後のあの津波の時、防災行政無線を使って避難の呼びかけをぎりぎりまで行った自治体職員の方が、自身の避難が間に合わず命を落とされたというニュースがありました。いざというときに多くの人に確実に情報を提供するためには、今回私達が取り組んだような音声伝達の改善だけでなく、この例のような情報配信側の安全性・信頼性の確保も含め、災害情報伝達システム全体としての取り組みが必要になると感じており、専門分野が異なる5機関の協力体制で取り組んだ本プロジェクトの意義を感じました。現在では得られた成果を実用につなげるような取り組みを行っています。昨年末、日本音響学会において「災害等非常時屋外拡声システムのあり方に関する技術調査研究委員会」が発足し、音響技術の観点から防災行政無線の子局を設置する際の技術指針を定める活動に取り組んでおり、私達も参画しています。今後、音声伝達性能を考慮した子局の配置ができるようになり、設置時または設置後のテスト等もできるようになれば、より確実に災害情報を住民に届けられるシステムになります。さらには、すでに全国の市町村の76%以上で整備され、稼動しているシステムであるがゆえ、既存のシステムを有効利用しつつ性能を向上させるような提案も今後は求められるものと思います。

また、別の側面からは、防災無線子局からの放送を、一種の騒音被害と感じている方もいらっしゃると聞きます。遠方まで音声で情報伝達を行うことが目的のシステムであるがゆえに、非常時でない場合の放送でも大音量でスピーカから音声が再生され、子局の近隣にお住まいの方の中には苦痛を感じていらっしゃる方が少なくないようです。いのちを守るためのシステムではありますが、このような問題もあることを忘れてはならないと思いますし、防災無線機器メーカではない、音響コンサルティングサービスを提供している私達に課せられている課題のようにも思います。

最後に、本プロジェクトに参画させて頂く機会を頂き、また研究開発期間中も多くのアドバイスを頂いた東北大学電気通信研究所 人間情報システム研究部門 鈴木陽一教授をはじめ、森本教授、坂本准教授、齋藤技術長、崔研究員、神戸大学 大学院工学研究科 建築学専攻 佐藤准教授、熊本大学 工学部 情報電気電子工学科 宇佐川教授、苣木准教授には、大変お世話になり、感謝の気持ちで一杯です。また、実験場所の提供等にご協力頂いた仙台市、東松島市の皆様にも大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

* : 総務省電波利用ホームページ http://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/system/trunk/disaster/index.htm

† : IEC 60268-16、Sound system equipment - Part 16: Objective rating of speech intelligibility by speech transmission index, Edition 4.0, 2011-06.

‡ : J. S. Bradley, Relationships among Measures of Speech Intelligibility in Rooms, J.Audio Engineering Society, vol. 46, No. 5, 1998.