音空間事業本部 木村 文紀、北島 宏之、営業推進部 鈴木 純也
写真1 現在も進行中の日藝プロジェクト
1. はじめに
「日藝」の愛称で親しまれている日本大学芸術学部(以下日藝)。日藝出身者には、メディアやクリエイティブの世界など各界で活躍する著名人が多いことで知られています。そして、「江古田」のシンボルマークでもある江古田キャンパス。
現在、平成16年から始まった「江古田キャンパス整備事業」が進行中で、すでに写真・映画学科の実習スタジオ、音楽の演奏ホールなどがある「東棟」、放送学科のテレビスタジオ、ラジオスタジオや音楽学科のレッスン室などがある「南棟」、それに併設する「食堂棟」がオープンしています。
また、平成20年10月には「大ホール棟」、続いて「西棟」「北棟」がオープンし、平成22年に全ての工事が完了する予定です。
このプロジェクトの中で、弊社は「東棟」、「南棟」の音響諸室の音響設計・施工に携わることができました。そこで本編ではその中でも特徴のある、「南棟」の録音スタジオおよび撮影スタジオについて紹介させて頂きます。また、その他の音響諸室についてはいくつか写真で紹介させて頂きます。
建築概要 「南棟」
名称:日本大学芸術学部江古田キャンパス整備事業
延床面積:8,235.83㎡
構造:鉄筋コンクリートおよび鉄骨鉄筋コンクリート造
規模:地上7階/地下1階
設計:学校法人日本大学本部管財部/安井建築設計事務所
施工:清水・飛島・松井建設共同企業体
弊社担当エリア(東棟・南棟)
- 撮影スタジオ(副調整室含む)
- 録音スタジオ(副調整室含む)、フォーリースタジオ
- ポストプロダクションエリア(MAルーム/ビデオ編集室/ダビングルーム)
- 映画試写室
- 音楽練習室
- 音響測定室(多層式無響室:シールド仕様)
2. 放送録音スタジオ
2-1. 概要
南棟の地下1階には録音スタジオ・副調整室、およびビデオ編集・MA室のポストプロダクションエリアがレイアウトされています(図-1)。録音スタジオAは音楽録りが中心。スタジオB,Dはラジオ、スタジオCはアフレコ兼フォーリーという用途です。特にスタジオA(以下Ast)は14.7mW×11mD×7mHの大空間であり、大学の中のスタジオとしては全国最大規模の容積を誇っています。
また、Astのコントロールルームである副調整室A(以下Asub)も広い空間レイアウトですが、このAst-AsubはB1F録音スタジオエリアの中でも一番使用頻度の高い部屋であり、大学ならではの工夫が施されています。
2-2. 大学ならではのコントロールルーム
大学など教育現場のスタジオでは、作品制作のみならず、授業で多数の生徒が入ることにも考慮する必要があります。
Asubは、front7.0m,rear8.0mW×8.4mD×2.6mHとコントロールルームとしてはゆとりを持った空間です。ワイド方向は前方から後方に従い広くなっていますが、これは左右の側壁が平行から遠ざかり、角度が大きくなる分、音響的には、左右方向の低域共振がブロードになるので、優位な方向となります。かつ授業において多くの生徒が入ることからも後方は広めに設計されています。
Ast-Asub間ののぞき窓は、授業時に先生が広く多人数の生徒の作業風景を確認する必要があることから、AsubからAstのほぼ全体を視覚的にカバーできる面積を要しています(4.5mW×1.5mH)。但し、音響的には反射面となってしまいますので、ガラスを上向きとし、1次反射音を天井吸音面に逃がすことでその影響を緩和しています。さらに、のぞき窓のガラスは3重になっており、80dB/500Hz程度の遮音性能が確保されています。
のぞき窓...スタジオ側から、19t (傾斜5.7度上向き), 8t (0度), 15t (傾斜5.7度上向き)
図1 南棟B1F全体レイアウト図
写真2 録音スタジオA
写真3 副調整室A
照明は、講義/オペレート/メンテナンスとそれぞれの作業において最適な配灯をするために、蛍光灯/白熱灯の使い分けができるようになっています。また、スピーカをスタンド置きにすることで、サラウンドの授業をする場合などには、自由に角度・距離を変更することができるようになっています。
調整室A 主要機材リスト
Console : STUDER VISTA7
Main LR-ch SP : GENELEC1038B
Surround-ch SP : GENELEC8050A
LFE-ch SP : GENELEC7071A
2-3. アコースティックデザイン(遮音構造)
遮音構造は完全浮構造としています。床は防振ゴムを用いたコンクリート浮床、スタジオ側の壁はRC250mmの固定遮音壁の内側にプラスターボードによる浮遮音壁を設けることにより90dB/500Hz程度の遮音性能が得られました。ブースCは、より高い遮音性能を実現するために、上階のスラブから防振吊支持を用いない自立型浮構造を採用しています。
また、録音スタジオAに併設して運搬車が通るスロープがあり(図-1参照)、運搬車が通る時の振動がスタジオに影響を及ぼす恐れがあったため、スロープ自体も浮床構造になっています。
2-4. アコースティックデザイン(室内音場)
Astの表層デザインは、H=2400mmまでスリット構造とし、不特定多数の生徒が入ることを考慮した当たり止め、および、スリット間隔を不均等に割り付けることによる、広帯域での適度な反射を目的としています。2400mm以上の仕上げ面の裏には奥行650mmの贅沢な吸音スペースがあり、低~中高音域と目的に応じて、吸音・拡散の様々な仕掛けを、適材適所に配置しています。
副調整室は、先生方がデッドな音場を希望されたため、単に吸音するのではなく、吸音過多にならないように吸音層内で音の拡散を狙った処理を行い、広いエリアで聴感バランスが良くなるような工夫がなされています。
写真4 副調整室Aの室内音響デザイン
3. テレビスタジオ
3-1. 概要
前記の放送録音スタジオエリアの直上の1階に2つの放送テレビスタジオがレイアウトされています。テレビスタジオ1は機材庫を含め床面積340㎡、テレビスタジオ2は280㎡となっており、両スタジオ共天井高は3層吹き抜けで12.8m、グリッドパイプレベルで10.8mの高さを確保しています。
また、各スタジオには、外部に面した壁に4.5mW×4.5mHの大型防音扉(両開き)があり、セット等の搬入・搬出が外部から直接できるようになっています。さらに近隣への防音対策として、防音扉と併せて防音シャッターが設置されています(図-2)。
3-2. アコースティックデザイン(防振構造)
TVスタジオの防振構造ですが、床はスラブの上にまずグラスウール浮床を作り、さらにその上にアスファルト防水+約90mmの保護モルタルを形成した後、15mmのセルフレベリング打設の3工程を長期間に渡って施工しました。
浮遮音壁は鉄骨ブラケットで躯体面から持出し、3方向防振ゴムで下地の鉄骨フレームを支持しました。スタジオ照明用のグリッドパイプ、キャットウォーク、その他スタジオ内鉄骨階段等も上下・水平方向共防振ゴムで支持されています。特にグリッドパイプ用の吊材に対しては、吊支点間が大きく、1支点で数トンの鉛直荷重がかかるため、通常の吊り型防振ゴムではなく、床等に使用する大荷重用の防振ゴムの連立型で対応しました。(図-3) (写真-5)
3-3. 放送テレビスタジオ1
音楽番組の撮影が主体のスタジオとなっており、まず目につくのが3面ホリゾントです。ホリゾントが対向する部分においては、音響障害となるフラッターエコーが生じるため、それを避けるためにホリゾントを立面方向に2.5度の傾斜を持たせました。この傾斜ホリゾントはこれまで民放キー局でいくつか施工され効果も確認されています。(特許技術)
またホリゾントの足元は、スタジオ照明設置用に幅1mでスタジオ床面から0.8m掘り下げたローホリを形成しています。但し、音響的に考えるとローホリ部分には、低音域の音が溜まりやすいため、持出し顎部分の空間を利用して、背後空気層を設けて、グラスウールを配置することにより低音域の吸音を試みました。(図-4、写真-6)。
また、ローホリ先端部は学校ゆえに安全性を重視して、落下防止の為に折上げていますが、折上げラインの影が映らないように、なだらかに擦り付けて仕上げました。
テレビスタジオの生命線と言われるホリゾントの塗装に関しては、パテ処理から始まって最終仕上まで13工程にもおよぶ本当に大変な作業です。塗りの最終段階になると、微妙な影をわかりやすくするため、全面足場からローリング足場に変更して、実際に撮影で使われる照明を当てながら微妙な凹凸をなくして平滑にしていきました。(写真-7)
尚、ホリゾントとは、照明を当てて演出するための白っぽい平滑な壁です。
図2 南棟1F全体レイアウト図
図3 グリッド吊り用防振ゴム
写真5 グリッド吊り用防振ゴム
図4 テレビスタジオ1
ローホリ部ディテール図
写真6 テレビスタジオ1
ローホリ部施工写真
写真7 テレビスタジオホリゾント壁
塗装最終段階(左)/完成時状況(右)
3-4. こだわりのライティングデッキ
テレビスタジオ1、2の特徴として、各スタジオ壁一面に奥行き2.4mのライティングデッキ(スポット照明の投光やスタジオ照明をコントロールするためのギャラリー)が2段構成で天井防振鉄骨から吊り下げられ、内部の鉄骨階段の支柱に接合されています(写真-8、写真-9)。スタジオ容積から考えると多少大きい印象がありますが、ここでもやはり学校という特徴を生かしており、授業の為の広いスペースということだけではなく、授業における多様なシチュエーションを考慮したセットや演出に対応できるような設計になっています。
また、法規的に延べ床面積に制限があるため、歩行面は鋼製有孔折板(照明が反射しないように裏面に黒塗装)になっており、床面積に計上されない工夫がなされております。
写真8 テレビスタジオ2ライティングデッキ建方状況
写真9 テレビスタジオ1ライティングデッキ完成写真
3-5. 放送テレビスタジオ副調整室
2階には、機材庫と出演者控え室の直上に、テレビスタジオと隣接して各副調整室がレイアウトされており、スタジオ1副調整室は、音声エリアと映像エリアが袖壁でセパレートされています。
コンソールはSTUDER VISTA5、モニタースピーカーはGENELEC1031が台置きで設置されています。コンソール廻りに生徒が集まりやすいようにビルトインではないすっきりとしたスペースとなっています。(写真-10)
写真10 テレビスタジオ副調整室1 音声エリア
4. 写真紹介
南棟には放送学科以外に演劇学科、音楽学科が入っています。また、東棟では映画学科のスタジオを施工させて頂きましたので、ここでは主な音響諸室を写真で紹介します。
写真11 南棟 演劇録音スタジオ(左)/コントロールルーム(右)
写真12 南棟 音楽録音スタジオ(左)/コントロールルーム(右)
写真13 南棟 音楽学科 音響測定室(多層式無響室)
写真14 東棟 映画学科 映画録音スタジオ
(※JBLスピーカによるサラウンド対応。アフレコおよびダビングステージとしても使用可能)
写真15 東棟 映画学科 映画録音スタジオ2(フォーリー)
写真16 東棟 映画学科 映画ダビングスタジオ
5. おわりに
施工が進むにつれ、とても大学とは思えないほどの建築設備に驚愕を覚えました。「こんな環境で勉強がしたい!」「こんな環境で勉強がしたかった!」そう思える環境を作れたことが誇りであり、またそんな環境から巣立った日藝の生徒さんが世界に羽ばたいて頂ければと願っています。